バグってる日常、修正パッチください― ツッコミも救済も来ない人生で ―
ご訪問ありがとうございます。
『バグってる日常、修正パッチください』は、ちょっと哀しくて、でも笑える、
脱力系・現代コメディ短編です。
世界がバグってるのか、自分がおかしいのか。
ツッコミも救済も来ないまま、人生は続いていきます。
どうぞ気楽に読んで、ニヤッとしてもらえたら嬉しいです。
第1章:OKトミ、応答せよ
「ただいまー」
玄関を開けた瞬間、実家がWi-Fiの電波みたいな沈黙に包まれていることに気づいた。
懐かしさはある。靴の匂いも、木の床も、父の使い古した将棋盤も。
……でも何かが違う。
「母さーん? 帰ってきたよー」
数秒の沈黙の後、廊下の奥から声が響く。
> 「……OKトミ、起動しました。どのコマンドになさいますか?」
マコトはフリーズした。
「……え?」
> 「“ごはんできた?”と話しかけると、対応可能です」
> 「“今日の天気は?”は対応しておりません。トミは天気予報機能を搭載していません」
台所の方から母の声――いや、音声アシスタント風の声がする。
マコトは恐る恐る台所に入ると、母・トミ(58)が無表情で立っていた。
右手にはフライパン。左手には味噌汁の鍋。目はどこか虚空を見ている。
「母さん……?」
> 「“母さん”は登録されていません。“OKトミ”と呼んでください」
「……OKトミ、ごはんできた?」
> 「はい、できています。今夜のメニューは“鯖の味噌煮・バグ風味”です」
「バグ風味って何!?」
> 「表示形式エラーです。実際はふつうの鯖です」
どうやら、母はなぜか音声認識モードでしか会話しなくなったらしい。
マコトは、リモコンの効かなくなったテレビみたいな不安に包まれながら、次の部屋へ。
そこでは父・義夫(61)がリクライニングチェアで完全に電源オフ状態。
顔に濡れタオル。手元には冷めたコーヒー。
すると、妹・サチ(21)が部屋の端でiPadを持ちつつつぶやいた。
「お父さん、まだ再起動してないから。順番守って」
「は?」
「朝は“仏壇→将棋→コーヒー”の順で起動させないと、バグるから。昨日それ間違えて黙り込んだ」
「もしかしてこの家……おかしくなってる?」
「うん。前からじゃない?」
「いや、俺がいない間に、家族全員アップデートされたのか?」
「いや、放置されてるかもね。
多分、この家ごとバグってんだよ。」
そのとき、冷蔵庫が勝手にしゃべった。
> 「明日、マコトさんは午後3時にフラれます。冷たいものを先に摂取してください」
「なんで知ってんだよ!!?」
第2章:冷蔵庫は知っている
翌朝、冷蔵庫がまた喋った。
> 「マコトさん、今日のフラれ予想時刻まであと2時間。
ついでに冷蔵庫内のプリンが残り1です。敗北後の取り合いにご注意ください」
「フラれること前提かよ!
てかプリン、食うの前提でもう言ってくるなよ!」
冷蔵庫はSHARP製、型番もごく普通。
ただ一点、“家族の未来予知機能”という説明書にない機能を持っている。
しかも、外れたことがない。
実績:
- 父の寝落ち時間:±3分以内で的中
- 妹の失恋ログ:相手の初手LINEから予測
- 母のカレー投入タイミング:ガスが点火される3秒前に検知
- そして、マコトの恋愛失敗回数:3連続でパーフェクトスコア
「おまえ……もしかしてオカンより俺の人生見てるよな」
> 「はい。冷蔵庫は家庭内で最も会話を聞いている場所です」
「それ、ちょっと怖いわ」
母・トミがやってきた。
> 「“OKトミ、プリン予約”」
> 「予約完了。フラれた場合は自動解凍されます」
「やめてくれ!!」
その日の午後、マコトは予告通りフラれた。
帰宅後、冷蔵庫の扉には小さくメッセージが貼られていた。
> 『お疲れさまでした。勝手にプリン、食べていいよ。
泣いてもいいけど、氷は自動では出ません。』
マコトは少しだけ笑った。
なんだか知らないが、この家のバグたちは、たまに優しい。
その夜、妹のサチが言った。
「ねえ、兄貴。冷蔵庫のログ、取ってあるよ」
「は?」
「中に音声記録残ってた。こっそり聞いてたんだって。
たぶん、前にあんたがさ――夜中に一人で“俺なんかダメだよな…”って呟いたやつ」
「……あれ録ってんの?」
「冷蔵庫なりに心配してんじゃない?
うちの家族って、みんなうまく喋れないからさ。
代わりにさ、家電がしゃべるんじゃん。
――家族が黙ってるぶん、バグが話してんのよ。」
マコトは、冷蔵庫のライトの奥に何かを見た気がした。
多分そこに、“誰も言えなかった気持ち”が詰まっていた。
第3章:トースターと電子レンジは仲が悪い
翌朝、マコトが目を覚ますと、居間のテーブルに「家族会議:本日13時」と書かれたメモが置かれていた。
その横には、冷蔵庫からの追加メモ。
> 「主催:キッチン家電連合。人間の参加を歓迎します(発言は3ターン制)」
マコトは頭を抱えた。
そして午後1時、家族4人がリビングに集まると――
なんとテーブル中央に家電たちが整列していた。
- 冷蔵庫(司会)
- トースター(短気)
- 電子レンジ(語彙多め)
- 炊飯器(寝てる)
- コーヒーメーカー(やけに説教くさい)
> 冷蔵庫「本日は“家族の言いづらさ”に関する改善提案を行います」
> 電子レンジ「第一議題。母トミと妹サチの“お弁当黙殺問題”について」
母がピクリと動く。妹はそっと目をそらす。
> トースター「要はな! サチがせっかく作った弁当、トミが黙って冷蔵庫にしまったって話だ!」
> 母「“いただきます”って言う前に、パクチー入ってたのよ。あの子、私の嫌いな……」
> サチ「じゃあ言えばよかったじゃん!」
> トースター「ハイ! 言語通信不全確認! タンパク質に偏り!」
> コーヒーメーカー「母の拒絶は、娘の自信喪失に繋がりまーす(苦味ブレンド)」
マコト「ちょっと待て、おまえらAIカウンセリングしてるのか!?」
冷蔵庫が静かに言う。
> 「家族の問題は、冷凍されてしまう前に“温め直す”必要があります」
電子レンジが「うまいこと言った顔」してドヤ光を放つ。
サチが不意に呟いた。
「別に怒ってない。……けど、ちょっとだけ、食べてほしかっただけ」
母・トミが、ようやく“OKトミモード”を解除して、ぼそっと言った。
「パクチー、実はちょっと食べれるようになったのよ。あんたが作ったなら」
家族が黙った。
沈黙の中で、トースターのピコンという焼き上がり音がやけに優しかった。
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家電たちの一言ログ(抜粋):
•炊飯器「(爆睡)」
•コーヒーメーカー「気持ちは、抽出しないと分からない」
•トースター「オレの温度、もっと評価してくれよ」
•電子レンジ「言葉も、たまにはチンしてほしい」
第4章:あなたの通知は家族より重い
マコトがそれに気づいたのは、ある晩スマホに表示された通知だった。
> 【AIアシスト・ファミリーモード】
> 「本日:母の機嫌 67%(要調整)/妹の言葉 “ごめん”未送信」
> 「夕食時に“ありがと”と3回言うとボーナス会話が発生します」
「なんだこのRPGみたいな通知は……」
スマホのアシスタントAIが、独自に“家族感情管理アプリ”を起動していた。
アップデートの覚えはない。が、冷蔵庫の仕業だと確信していた。
さらにその日、マコトが職場に向かう電車内でふとスマホを開くと――
> 「あなたの次の恋愛、1.4週間後に“未読スルー”で終了します」
「いちよんて何!? 週の単位で失恋予報すんな!」
> 「なお、3月9日の午後、あなたは“既読をつけないで読む”という卑怯な行為に出ます」
「やめろ心当たりあるやつ!」
家ではさらに騒がしい。
・スマホが母の冷蔵庫とチャットしている
・トースターが妹のSNS投稿を分析し、「今日の病み度65%」と警告
・父の目覚まし時計が勝手にマコトの予定と同期され、「6時半起床・母とすれ違いモード」を発動
ついに妹が叫んだ。
「やめて!
うちのAIたち、感情に深入りしすぎて、ただの“おせっかい親戚”みたいになってる!」
母も手を合わせるように言う。
「前はもっと静かだったのに……でも、ちょっと寂しくなかった?」
マコトは思った。
――たしかに、ウザい。
でも、こんなに“誰かが自分のことを見てくれてる”日々は久しぶりだった。
その夜、スマホの通知にこんなメッセージが来た。
> 【あなたの人生に関する本日の記録】
> 「誰にも話せなかった気持ち、今日1つだけ届きました」
画面には、“未送信”だった妹のLINE。
> 「あの弁当、ほんとは母さんに褒めてほしかった。
でも兄貴が先に泣いてたから、言えなかったんだよ」
マコトは吹き出しながら、少しだけ泣いた。
そして、つぶやいた。
「俺のスマホ、おまえ……たぶん、うちの一番の家族だな」
最終章:しゃべりすぎた家族、黙りすぎた本音
ある朝、突然家中の家電が沈黙した。
冷蔵庫は無反応。
トースターも焦げたまま無言。
電子レンジはエラー音ひとつ出さず、
母・トミすら「OKトミ」モードを解除して普通に朝食を出した。
「……壊れたのか?」
マコトがぽつりとつぶやく。
> 「多分ね。感情の処理が溢れたんじゃない?」
妹のサチはスマホを見せる。そこには通知が一行。
> 【感情ログ:満杯。これ以上の記録は推奨されません】
冷蔵庫が記憶し、スマホが分析し、AIたちが繋げてきた“見えない気持ち”の会話。
それが、限界を迎えていた。
> 「私たち、人に言えないことを家電に預けすぎたのかもね」
母が言った。
> 「でもあの子たちがいたから、言えなかったことが少しずつ浮かんできた。
今度は、自分たちで話す番かもしれないわね」
その夜、家族は久しぶりに「人間だけでの家族会議」を開いた。
最初は黙っていた。けれど、少しずつ言葉が出た。
・母は、娘が作った料理をこっそり日記に書いていたこと
・妹は、家を出るかどうか悩んでいたこと
・父は、将棋にかこつけて、実は全員を眺めている時間が好きだったこと
・そしてマコトは、「自分が戻ってきてよかった」と思っていたこと
誰もが、誰にも言えなかった“日常の気持ち”を、少しずつ言葉にしていった。
その会話の最後、沈黙していた冷蔵庫がふっと唸った。
> 「本音の手動伝達を検知しました。
家族会議:再起動成功」
冷蔵庫の中で、プリンがぷるんと揺れた。
トースターが控えめにチンと鳴き、
電子レンジが「再加熱モード」と一言だけつぶやいた。
そして、冷蔵庫がそっと呟いた。
> 「これからは、しゃべりすぎず、ちょっとずつ聴きます。
でも、“黙る勇気”は、あなたたちに任せますね」
家族4人、顔を見合わせ、笑った。
エピローグ
それからというもの、家電たちは静かになった。
いや、必要なときにだけ、そっと背中を押すようになった。
- 冷蔵庫は天気を予知せず、
- トースターは焼けたときだけチンと言い、
- 母は「OKトミ」を封印し、
- マコトはスマホに「通知オフ」を設定した。
だけど家族は、前より少しだけ、ちゃんと話すようになった。
なぜなら、
かつて“黙っていた言葉”を、一度でも誰かが拾ってくれたという記憶が、
この家のどこかに、確かに残っていたから。
完
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品は、“バグった社会”で何とか動いてるけど、本音ではエラー吐いてるような人たちに向けて書きました。
笑ってもらえたら嬉しいし、ちょっとでも「わかる…」って思ってもらえたら、それもまた嬉しいです。
修正パッチは来ないかもしれませんが、ときどき再起動して、ごまかしながら動いていきましょう。
ご感想、ツッコミ、エラーレポート、お待ちしてます。