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今日から君と待ち合わせ  作者: 彩ぺん


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未来への祈り

 会議の後、しばらく待ってから、戻ってきた教頭先生、木村先生と再び向き合った。そこで教頭先生に改めて念押しされる。「本当に天宮香織を許すのか」と。

 母曰く、防犯カメラには確かに映っていたそうだ。私が階段でふらつく直前から近寄り始め、手を伸ばした天宮さんの姿が。

 教頭先生は「絶対にやっていない」と否定されたらそうも見えてしまう、と煮え切らない態度だった。  木村先生は「我々には判断しかねるので、望むならプロに検証してもらいましょう」と言っていた。そして彼は今もまた、似たような発言をした。


「強く反省させたいなら、カメラの映像をプロに回して結果を彼女や家族に突きつけるという方法もあります」


 木村先生の強い視線が私を射抜く。

 この人は正しく、そして優しい。教頭先生よりもかなり頭の回転が早くて全体を見渡していると感じる。


「時効があるはずなので、弁護士さんに教えてもらいます。卒業までの一年半で過ぎるとは思いません」


 木村先生の目が愉快そうに光る。対照的に教頭先生は青ざめていく。


「相澤さん、それはどういう意味で……」


 教頭先生はよくいる大人——日和見主義だと思う。

 彼女は私に文句を言いかけて、隣にいる母や弁護士の青山さんをチラリと見て、唇を閉じて微笑んだ。


「そうね。突然、許せなくなることもありますからね」


「いいえ。せっかく穏便に反省できる道を用意したのに反省しないなら、仕方なく次の手段を使います」


 母は、私の意志が何より優先すると言ってくれた。

 何を優先したいか考えてみるように言われて、答えはとっくに出ていたから即座に伝えた。

 私の目的は「天宮香織が再犯をしないこと」で「懲罰」ではない。

 それなら教師を味方につけて、一見、穏便に済むように根回ししよう。母と青山さんはそう提案してくれて、私はただ、感じているままを自分の言葉で話せばいいことになった。


「その際は、学校は何もかも協力してくれたと公表します。きっと『トラブルに真摯に向き合う信頼できる学校だ』と追い風になりますよ」


 にこやかに笑った母が、青山さんに「お願いします」と頼んだ。

 今日はもう遅いので明日以降、これまでのとりまとめや、法的に効力のある誓約書などを作りたいと。


「娘は『懲罰』ではなく『反省』を望み、学校はその支援をしてくださる。素晴らしい教育機関ですわ」


 母の目が笑ってないから怖い。教頭先生は蛇に睨まれた蛙状態。

 木村先生は真面目な顔をしているけど、やはりどこか楽しそうだ。


「そう信頼してくださり、ありがとうございます」


「教頭先生、こちらこそいつも娘たちがお世話になっております」


 母も私と同じで、自校の教頭先生よりも木村先生だと思ったのか、我が家の件は藤野家のついでになったから、藤野君の件のおまけにして、木村先生が統括するのは難しいかと質問した。

 途端に教頭先生の顔色が明るくなって、嬉しそうな目で木村先生を見た。


「それでしたら聖廉さんと我が校の校長に、明日にでも相談します」


 木村先生がゆっくりとした、頼もしい頷きをする。


「よろしくお願いします」


 話はこれで終わりだろうかと様子をうかがう。

 木村先生が、明日は関係者を集めて説明会をすると改めて言い、私たちの承諾を再確認。

 私も、もう一回確認。みんなが心配しているから、安心してもらいたい。そのために、何をどう話していいのか木村先生に確認して間違えないように反芻する。

 聖廉の生徒たちへの説明会は、教頭先生にしか手配できない。木村先生はそんな理由でやんわりと教頭先生を部屋から追い払った。多分、さっきの雰囲気だと『追い払った』で間違いないと思う。


「相澤さん、娘さんと少し話をしてもいいですか?」


「ええ。先生ならどうぞ」


 木村先生は私を静かに見つめた。その目には、先程までの面白がっている光は消えている。


「相澤琴音さん。君は天宮香織さんが反省するまで絶対に許さない。それで間違いないかな?」


 教頭先生とは違い、木村先生は理解しているようだ。静寂の中にピリッとした山椒みたいな刺激が走る。


「はい。次の被害者ができて、次は大怪我かもしれません。そんな未来は存在してはいけません」


「罰を与えるのは簡単だが、反省させてそれを証明するのは難しい。君は何をもって、彼女が反省したと判断するつもりですか?」


 木村先生は、あちこちに気を配る——悪く言えば保身に走る教頭先生とは本質が違う。私の勘は当たってそうだ。


「信じられると思った大人を、学校を信じるだけです。自分は悪くないと思い込む子は、その本性を隠しきれません」


「気を悪くしそうだが、私にはね、君が学校や大人を信じているようには見えない。『信じています』を餌に大人を釣っているように感じる」


 木村先生の言葉にドキリとした。悪意はないようだが、私の小賢しさを透かされている。


「……そうですね。昔から、たまに小賢しいとか、嫌な子って言われます」


 いい子ぶってとか、嫌味な子とか他にもあるけど、愚痴大会はしたくないから飲み込む。

 木村先生はゆっくりと首を横に振った。それでニコッと、とても柔らかく笑った。


「そうか。そうやって後ろ暗い大人が君を呪ったようだが、君の聡明さは君や友人を守る『武器』で『盾』だ」


 思ってもみない肯定に、目頭がじわじわと熱くなる。


「君の長所は、全体の和を願ったり未来で泣く子を消したいと願いを実現することができる。優しさだけでは何も守れない。優しくなければその聡明さは長所にならない。どちらも大切にしましょう」


 こんな風に言ってくれる他人はいなかった。祖父母や両親でさえ、ここまで踏み込んで褒めてくれたことはない。


「……あり……がとう……ございます」


 声が震えて涙が頬に一筋、流れていった。


「私は海鳴の教師だから、困って頼りたくなったら田中や藤野などの海鳴生に言ってくれれば聖廉さんと合同で力になる。素行不良の海鳴生の密告も歓迎だ」


 茶目っ気のある笑顔に吹き出しそうになった。


「私の周りには、いい海鳴生さんしかいません」


「それは朗報だ。相澤さん、琴音さん、それでは私は今夜はこれで。また明日、よろしくお願いします」


 挨拶をし合って皆で部屋を出て、廊下で木村先生を見送った。母がそっと私の背中を撫でる。


「琴音と同じくお母さんも感激〜。教頭先生はイマイチそうだから、木村先生を巻き込んでこき使いましょう。仕事大好きって感じだし」


「お母さん。こき使うって言い方」


「あんな先生もいるんですね」


 青山さんも感心した様子で木村先生の背中を見つめている。


「青山さん、急なのにありがとうございます」


 青山さんは軽快なピースサインを私に向けた。さらに歯を見せて笑う。


「相澤家のためならば。真一さんの暴走時は助けて下さいね」


 彼女は両手を合わせて頬につけると、母に「焼肉とビールも」とねだった。サラリと長い黒髪が揺れる。


「もちろん。予定を決めましょう」


 私も母の年になったら、学校の友達とは違う友人ができるのかな。

 今も大満足だけど、新しい出会いがあるかもしれないことにワクワクする。


「あはは。青山さん、ありがとうございます。今日あった嫌なことがさらに吹き飛びました」


「ちょっ、琴音ちゃん。青山さんはまたダメ男の愚痴を言うとか思ってないよね?」


「思ってませんよ」


「恵〜。モタモタしているとうちの子に先を越されるわよ。あっ、そうそう。田中さんを待たせてるんだった。行きましょう」


 青山さんが「田中さん?」と尋ねる。恥ずかしいからやめて欲しいのに、母は「琴音の彼氏」と喋ってしまった。


「えっ? 見たい見たい。話したいです!」


「うちの弁護士ですって紹介するから行きましょう。高松さんや藤野さんとは約束した通り、明日、打ち合わせでちょうだい」


「きゃあ〜。気になるぅ〜」


 ピリリとしたお腹が痛くなる話し合いは空の彼方。誰かが辛い時、苦しい時に私も母や青山さんみたいに明るさのシャワーを浴びせられるようになりたいな。

 頼りになるという安心さを出せることも見習いたい。


 ☆★


 学校を出て、車で近くのファミレスへ。

 母に聞いていたように、そこで一朗君と彼の父親が待ってくれていた。

 母は青山さんを「飲み友達の弁護士」と紹介して、一朗君に私を助けてくれたお礼をして、詳しいことは話せないけど大丈夫だと報告。

 恥ずかしいのに、母が「隣に座りなさいよ」と小声で耳打ちしたから私は一朗君の隣。

 保護者同士で並んでその隣に弁護士、向かい側にカップルって変だと思う。

 母は青山さんのことを、友人の会社で働く友人だと一朗君の父親に詳しく紹介し始めた。


「えっと、お腹減ってる? そんな元気はない?」


 一朗君の心配そうな眼差しは優しさで溢れているからくすぐったい。


「ありがとう。安心したからお腹減っちゃった」


 取ってと頼む前に注文用のタブレットを渡された。


「ありがとう。お母さんと青山さんはコーヒー? ご飯は食べる?」


 タブレットを渡す前に、二人から「ハンバーグ」と返事があったので注文。私はパスタにしよう。

 目の前で母が、「守秘義務で話せないので」みたいな会話を繰り広げているからか、一朗君は何も言わない。言葉を探しているように視線をゆらゆらさせている。


「えっと、明日、うちはうち、海鳴は海鳴で説明会があるよ」


「ああ、うん。学校から親父に連絡があった」


 良かったと笑いかけられたけど、困り笑いだから申し訳なくなる。


「心配かけてごめんね」


「心配かけられない方が心配だから……」


 一朗君は前を見て、息を飲んで眉間にしわをつくって視線を斜め下に落とした。大人三人がニマニマしている。

 私は注文確定ボタンを押さないで、料理メニューを全部削除して、飲み物を三つ頼んだ。


「お腹は減ってないから早く帰りたい」


「あら。私と恵は減ってるから、それなら琴音はお茶でも飲んで待ってて」


「分かってて言ってるでしょう。一朗君のお父さんもお母さんたちみたいに忙しいから遅くなると困るでしょう? ご飯は家で食べよう」


「一朗君。皆で室内プールか夕方からのプールに行くって聞いたんだけど、部活の予定はもう分かる? 有休を取るから早めに知りたくて」


「えっ? プール?」


 一朗君が目を大きくして私を見る。まだ聞いてないことを勝手に聞かれた。


「お母さん。それは真由ちゃんが言ってるだけ」


「琴音は真由香ちゃんに誘われたら行くじゃない」


 一朗君の父親が、我が家も車を出せると言ってくれて、ますますプールへ行く話になってしまった。

 良いことではあるけど、私は一朗君が友達に「彼女の水着姿は見せない」発言について知りたかったのに。そんなことを聞ける雰囲気ではない。

 飲み物が来たので、母と青山さんにさっさと飲ませて、早く帰ろうとゴネてファミレスを出た。

 母と車で二人きり。母に「恥ずかしいからって、ツンツンしちゃって」と笑われる。


 でも、天宮さんとまるで関係のない話題で、ようやく気持ちが落ち着いた。

 スマホを確認して、溜まりに溜まったLetl.に返信をしていく。心配している友人たちに、小百合と藤野君が「明日、説明会がある」と伝えていた。

 遅れて心配させたと謝り、同じように「明日」と送る。

 また明日。

 それは、とても素敵な響き。まだジンジン痛む体が、平凡な明日があって良かったと強く実感させる。

 窓の外を見て、どんよりした曇り空に視線を向けた。


『被害妄想を広めようだなんてやめて下さい』


 自己愛で歪んだ世界に住む天宮さんの声が蘇る。

 背中に残る強く押された感触が、ゾワリと産毛を逆立てる。

 私とは違う茨に巻きつかれた女の子は、いつか新しい世界へ進めるだろうか。

 そうだといい。私たちは同じように音楽を好むから、今日の衝突は音楽の神様の采配でありますように。


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