枝話「天宮香織と面談」
部活中に教頭先生に呼び出された。
面談室へ連れて行かれて首を傾げる。母まで来て、これはなんだろうとますます疑問を募らせる。
印刷物を見せられて、開示請求をした結果、送り主は私だと言われた。
そういうことかと気づく。学校はようやく高松の小百合に生活指導をするのだと。
なので、私の知る限りの彼女の悪いところを教えた。
クラスメートだった時は、どちらかというと長所が見えていたけど、今は悪い面が目立っている。
きっと——相澤琴音という悪友のせいだ。
相澤琴音は聖廉生のくせに、朝帰りなんてする偽優等生だ。
彼氏がブレザーを家に忘れたとか、それを当たり前の顔で返していたと聞いた時はギョッとした。
受験室でも人目を憚らず、不適切行為をしていたし。
あの子のせいで高松小百合は悪い方に変わってしまって、藤野君を堕落させている。
話していたら、先生はなぜか眉間にしわを作った。
相澤琴音は私がわざと階段から突き落としたと主張しているらしい。
「なんですかそれ。八つ当たりです」
言いながら、背中に冷たいものが流れる。
クーラーの効いた室内なのに妙に暑い。いや、熱いのかもしれない。それなのに背中は冷えていく。
そりゃあ、たまたまぶつかってしまったので、つい手が出てしまったけれど。
あれなら——助けようと手を伸ばしたとも言える。
「私は彼女にぶつかってしまって、助けようとしましたけど、それがなんで突き落としたことになるんですか?」
先生は、私の主張は分かったと微笑んだ。信じてもらえてホッと胸を撫で下ろす。
「相澤さん側は、親御さんの強い希望で学校の調査に不信を抱いた瞬間、警察に介入してもらうと言っています」
「……警察? うちの子が誤解で警察に突き出されるって言うんですか⁈ うちの子をちゃんと守って下さいね!」
母が珍しく私のことで他人に怒った。それもいい意味で。
「あまりにも主張が異なるので、学校としてしっかり調べます。相澤さん側は『処罰ではなく再犯防止』を求めています」
「再犯って、思い込みでうちの子を悪者だと決めつけて! なんていう生徒なんでしょう!」
母も私のことで怒ったりするんだなとぼんやり。
「まずは防犯カメラを確認します。香織さん、もう一度聞きますが、このメールの件も相澤さんの件も、悪意は無いんですね」
「ありません」
手のひらで押した相澤琴音の体の柔らかさが甦り、体が少し震えた。
つい、だった。あれはついで、わざと突き飛ばしにいったわけではない。
「良かったわね香織。映像で調べてもらったら簡単に無実が証明できるわよ」
どうしよう……と心の中で呟く。映像だと「つい」だなんて分からない。
「それから、部活中にいきなり海鳴生が香織さんに告白しまして」
母が何か言う前に、先生は続けた。
海鳴と颯君の親は今日、彼にメールの発信者が誰なのか伝えた。
そんな状況で颯君は私と付き合うと言ったから、どう考えても正常な判断ではない。
それも、わざわざ他校の部活に押しかけての告白だ。
「好きではないけど付き合ってみるだなんて、どう考えても悪意を持って近寄っています」
「悪意? なぜですか? 颯君は私に好意的になったから付き合ってみるって言ってくれたのに」
「香織さん、あなたは藤野颯君に好意的に思われていると考えているんですか?」
「だって、私は悪い女子から助けてもらえるようにしたんですよ?」
ほら、とメールを印刷した用紙を先生に差し出す。
「お母様はこのメールの件をどのようにお考えですか?」
「どうって、素行の悪い海鳴生を告発したなんて偉いですよね。しかも同級生のことも報告していて」
先生の表情がさらに険しくなった。
「中等部自体に保護者と合同でネットリテラシー講習を行ったのでご存知ですよね。開示請求されたということは、『誹謗中傷』だと認められたんです」
「はあ? 誹謗中傷?」
母が顔をしかめた。私の眉間も自然と寄っていく。
「藤野颯君とご家族と海鳴は、これら複数のメールは事実無根の誹謗中傷で、ストーカーの証拠だと言っています」
まさか。そう息を飲む。動悸が早くなり、手のひらが汗ばんでいく。
「だって颯君は私と付き合うって……」
「おそらく恨みからでしょう。何か言ってやろう、傷つけてやろうと考えたんでしょうね」
恨み? 私は何も悪いことをしていないのに何で?
「逆恨みなんて恐ろしいです。先生、娘を守って下さい」
「お母様。香織さんの安全を確保しますが、逆恨みではありません。娘さんが行った過ちをまずは受け止めて下さい」
「これのどこが過ちなんですか! 娘は海鳴生と同級生の悪事を教えただけですよ!」
「海鳴から、藤野颯君に素行不良はないと確認済みです。これは娘さんがでっち上げた嘘です。まずそれを受け入れて下さい」
嘘では無いからそう伝えた。しかし、信じてもらえない。
別の先生が部屋に来て、教頭先生に何かを耳打ちした。
「海鳴から、藤野さん側からの謝罪を受け取りました」
安堵の息が漏れる。颯君の誤解が解けたようで良かった。
「大勢の前で『交際する』と言ったのに、『一緒に帰る』と言ったのに何もないと変な噂になるかもしれない。その件については、穏便に済ませる方法を話し合いたいそうです」
「なんでうちの娘が素行不良生徒と話をしないといけないんですか。香織、そんな男の子と付き合うなんて許しませんよ」
「違うよお母さん! 颯君は高松さんや相澤さんに騙されたり悪いことに誘われただけなの! 颯君は痴漢から私を助けてくれたんだよ!」
「痴漢から助けた? それは確か……田中君でしょう?」
「一緒に助けてくれたでしょう?」
母と話していたら、また別の先生が来て教頭先生にコソコソ何かを告げた。
相澤琴音の受診が終わり、学校に戻ってくるそうだ。彼女の親は、親同士で話をしたいと言っているらしい。
「いいでしょう。先生、うちの子は悪く無いとしっかり説明して下さい」
「学校は中立の立場です。独自の判断で被害者に寄り添い、道を外れそうな生徒にはしっかりとサポートをします」
「良かったわね香織。学校から相澤って子やその親に、きちんとした対応を取ってもらいましょうね」
母と教頭先生、さっき来た先生が部屋から出て行った。
少しして、先生が一人だけ戻ってきた。田口と名乗った先生は、私に色々聞きたいと冷たい口調で告げた。
「色々? 知らない先生と話したく無いです」
「それでも話さないといけない状況です」
質問に答えるように、強めの口調で命じられた。
「なぜですか?」
「主張が真逆なので、真実を突き止めるためです」
それなら話をすれば分かってもらえる。けれども田口先生の目には疑いが滲んでいる。
高松小百合も相澤琴音も優等生ぶっているから、田口先生まで騙されているのか。そのことに気づいて、深いため息を吐いた。
なんだか今日は厄日だ。




