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仲直りまでの道標3

 スマホが手元に無い私に代わって、真由香に一朗君と連絡を取ってもらった。彼は藤野君を頼ったそうで、一緒にいる小百合から連絡があったそうだ。

 

「りっ君が、明日どら焼きが欲しいって田中君に電話したらしいよ」


「りっ君が一朗君に?」


 一朗君は素直に「私と喧嘩した」と律に話した。

 すると律は、明日の鉄板焼きやどら焼きが無くなると困ると、彼を我が家へ招いたらしい。姉はそろそろ帰宅するから仲直りするといいと。


「頼まれて、小百ちゃんと藤野君も相澤家に行くって。小百ちゃんもお泊まりって誘う?」


「小百ちゃんが大丈夫なら。勉強を見てあげられるし、一緒に練習できるよって伝えてくれる?」


「OK」


 こうして、私は真由香がお泊まり準備を終えた後に帰宅することになった。

 真由香が美由に用があるから船川駅に一度行きたいと言い、私も彼女に早めに謝りたいから了承した。

 船川駅の改札を出ると、美由と日野原君が出迎えてくれた。私たちが到着するギリギリまで、お茶をしていたという。

 美由に「デートの邪魔をした」と謝る前に、日野原君が私に話しかけた。


「じゃじゃーん。これ、どう思う?」


 差し出されたものは写真で、そこには昔の私と金髪の男の子が写っていた。

 真由香のアルバムにあった、歌舞伎観劇の日と同じ浴衣姿の私が、ハニカミ笑いを浮かべている。


「うわぁ、さっき見た昔の琴ちゃんだ」


 真由香が日野原君から写真を受け取ってしげしげと眺める。


「おお、やっぱり琴音ちゃんで正解なんだ。面影はあるけど、他人の空似もあり得るかなって思ったけど」


「この浴衣は私と小百ちゃんとお揃いなんです。祖母が私たちのために仕立ててくれました」


「知り合った頃の琴ちゃんと似ているから、本人だろうと思ったけど、本当にそうなんだ」


 美由は真由香に笑いかけると、私の手を取った。


「もう一度会いたいって願っておまじないの言葉を写真に書いたら、高校で再会できたって運命的だね」


 その通りなので、胸がきゅっと締めつけられるように、ときめいた。

 『文化祭の演奏で私が気になった』が、まさか『再会を願っていた人がいたから』だなんて、夢にも思わない。

 日野原君は、これはエイドの叔父——ジェイクの家にあるアルバムにあったと笑った。 

 事情を説明したら、一緒に写真があるか探してくれて、この写真を貸してくれたそうだ。

 一朗君が持っている写真の元データはアメリカの親戚の家にあり、ジェイクはそれがピンボケしていたかも記憶にないという。


「一朗と琴音ちゃんのはピンボケ写真なのに、あいつ、よく高校生になった琴音ちゃんに気づいたな」


 私以外が「すごい」と言い合う。私は静かに心の中で頷く。ドキドキと心臓の鼓動が早くなっていく。


「琴音ちゃん。一朗は頑張って隠しているけど、短気だし口も悪いんだ。でも正直者」


 だから——そう、日野原君が続ける。一朗君が「後悔するからな」と言った理由は、自分は嘘をついていないという心の叫びだろうと。


「生まれた時からの付き合いだから分かるけど、今頃猛省して、謝ろう、伝えようって思ってる。きっと自主的に色々謝るよ。話を聞こうと思ってくれてありがとう」


 日野原君に、とても優しい眼差しで笑いかけられた。


「こちらこそ。デートの邪魔をしたのに、仲裁しようとしてくれてありがとうございます」


「邪魔? どこが? 今も二人でいるし、お互い多忙で会ってなかったジェイクに彼女自慢をできたのに?」


「そうだよ。日野原君の小学校の写真もあって楽しかった」


 二人の言葉や笑顔で、迷惑をかけたという心苦しさが消えていく。


「美由ちゃん。威生(いお)君はどこにいっちゃったの?」


「本日の回数は終わりました」


「じゃあ、まだまだ口説かないと。時間はまだある?」


「うん。門限を知っているよね? 行こうか」


 美由は私と真由香に「頑張ってね」と笑顔を残して、日野原君と去っていった。


「美由ちゃんって、相変わらず日野原君を手のひらの上で転がしてるよね」


「ねっ。『毎日、名前呼びでもいいけど面白いから』って言ってたし」


 真由香と顔を見合わせて肩を揺らす。真由香に、私もあのくらい自信を待つといいと言われた。


「琴ちゃんが爆発した理由ってさ、結局、好かれている自覚が足りないんだよ」


「……そうなんだろうね。好意は沢山感じているのに、なんでだろう」


「漫画とかからの知識だけど、好きって気持ちが大きいからじゃない? どっちも悪くてどっちも悪くないから、お互い謝って仲直りしようね」


 手を引かれて歩き出す。あんなに聞きたくなかった『朝日ちゃん話』を、今は本人の口から聞きたくてたまらない。


 ★


 心の中で「終わった……」と呻きながら、志津さんに今日の喧嘩内容と『朝日ちゃん』の話をした。

 こうなった原因の律君は、しれっと逃亡していない。「俺は琴と先輩の喧嘩に無関係だから。勉強しないと」とは、ちゃっかりしてる。

 孫への悪態もひどいが、そもそも中学生と喧嘩なんて大人気ない行為を目撃されて最悪だ。

 いたたまれなくて、ずっとうつむいて、服の下にダラダラ汗を流しながら喋り続け、今、全部終わった。

 俺が相対している人物が人物なので、颯と高松さんは無言を貫いて傍観者に徹している。逆の立場なら、俺もそうする。


「どんな喧嘩かと思ったら、うちの琴音が爆発しちゃったのね。ごめんなさい。あの子、溜め込む悪い癖があって」


「……いえ、俺が気づくべきでした。爆発したって、冷静に話しかけ続ければ良いだけで……」


「俺、The end.」と吐きそうになりながら、ますます頭を下げた。


「庇ってくれるのね。ありがとう」


「俺が悪いので、庇ってないです」


「どれ、私は少し席を外します。すぐ戻るから、みんな楽にしてて」


 足跡が遠かったのでそろそろと顔を上げる。颯に背中をバシンッと叩かれた。


「なんで相澤さんと仲直りに来て、弟君と喧嘩するんだ」


「売り言葉に買い言葉でつい」


「その短気や喧嘩っ早いところを直せ。痴漢逮捕の件でも、そこを叱られただろう?」


「……反省して直す。すみません」


「なんで律君と……」


 高松さんの声を遮るように、佐島さんの「お邪魔します」という声がした。「琴音ちゃんだ」と期待と不安が入り混じる。

 

「私が出迎えて、ここに呼んでくるね」


 高松さんが声を出して立ち上がる。彼女は少しして、琴音ちゃんと佐島さんを連れて戻ってきた。

 琴音ちゃんの姿が目に映った瞬間、立ち上がって「ごめん」と頭を下げた。今すぐ謝りたいと、気持ちがはやって体が動いていた。


「私もごめんなさい。感情的になって話をしなくて。話も聞かなかった」


 泣いていないことにも、睨まれなかったことにもホッとした。


「あら、真由香ちゃん、いらっしゃい。琴音もお帰りなさい」


 志津さんが戻ってきて、俺たちに「ほらほら座って」と笑いかける。

 佐島さんと琴音ちゃんは志津さんと並び、俺たちの向かい側に座った。


「お互い謝っていたから、まずは私の話を聞くように」


 廊下で遭遇した時と異なり、志津さんの目の奥に棘がないのは気のせいだろうか。


 ☆


 律はいつもの自称仕事——趣味で引きこもり。私は一朗君のところ。だから祖母は母とデート、遅くなると言っていたのになぜかいた。おそらく、母が仕事で呼び出されたのだろう。

 「まず私の話を聞くように」だから、一朗君は祖母にも喧嘩話をしたようだ。


「琴音。人の話は聞きましょうって教えていますよね」


「……はい」


 先程の「私の話を聞きなさい」は公開お説教だ。

 みんながいないところで、二人だけしてくれればいいのに。自然とうつむいてしまう。


「田中君は小学校五年生の時に琴音と会ったそうです。そこまでは聞いたのよね?」


 お説教をするような声色ではないので顔を上げて祖母を見つめた。


「……はい」


「田中君の記憶によれば、りっ君と呼ばれた小さな弟が転んだから手助けして、琴音と話したのよね?」


 祖母の問いかけに、一朗君が小さく頷く。


「はい。でも琴音さんに指摘されて気づいたんですが、律君の年齢と合わないんです」


「そう。それなら別人なのかしら。そのことに関して、一朗君はどう思ったの?」


 彼は少し視線を彷徨わせてからうつむいた。


「あの子は絶対……琴音さんだと思うけど……。話が合わないから違うかもって……自分の記憶を疑ってます……」


 声が小さくなっていく。


「それで?」


「……別人なら別人でも。俺が中一の時に見つけたのは琴音さんなので、そのことは絶対に間違いじゃないから、あの子と別人でもいいです」


 私は『中一』という単語で息を飲んだ。


「そうなんだ、相澤さん」


 静寂を断ち切るように藤野君が口を開いた。


「一朗は俺らにも去年の文化祭で見たのが最初って言ってたのに、中学の時に道場の先輩たちと遊びに行った聖廉高の文化祭で、相澤さんを見つけたんだって」


「琴音、そうらしいわよ。そんなに前からって気持ち悪がられたくないから、一年くらいしたら言おうって意気込んでいたんですって」


 祖母がとても優しく微笑む。私が何か言う前に真由香が「そうなの⁈」と叫んだ。


「田中君は中一から琴ちゃん狙いだったの?」


「……うん」


「ストーカーしてたの? 二人が付き合うまで田中君の姿を、特に見たことないけど」


「ストーカーはしてない。中二、中三の時も文化祭に行って『いる』って確かめただけ。女子中だと彼氏はできないかなって……」


「いる子はいるよ」


「そうなの⁈」


 今度は一朗君が大きな声を出した。祖母を見て、慌てた様子でうつむく。


「えっと、琴音ちゃん。そんな感じで俺……高校を海鳴にしたんだ。そうしないと出会えないと思って……」


「そう……なんだ。気持ち悪い話じゃないのに、なんで隠してたの?」


 むしろ教えてくれてたら、私は今日、爆発しなかっただろう。


「……知っての通り、話すきっかけは琴音ちゃんだっただろう? 俺、琴音ちゃんのことだとビビりで……」


「田中君は不安だったようだけど、琴音はこの重い田中君の気持ちが嬉しいってことね。ニヤついてるから」


 祖母は私の顔を覗き込み、ふふっと笑いながら私の頬を指でつついた。


「ちょっと、やめてよ。からかわないで」


「一朗君。琴音。別人説の理由、年の離れた弟はね、真由香ちゃんの従兄弟の陸君です。あの日、彼もいたから」  


 なぜ私や真由香とまだ話をしていない祖母が、そのことを知っているのだろう。

 祖母は目尻のしわを深くしながら、一冊のアルバムを机の上に置いて開いた。

 驚いたことに、そこには一朗君らしき男の子と浴衣姿の私が写っている写真があった。

 今、机の上にある、喧嘩の発端のピンボケ気味の写真を鮮明にしたようなものだ。ただ、角度など少し違う。


「これ……」


「秀明さんが撮っていたのよ。それでね、この秀明さんの日記にも、この日のことが書いてあります」


 祖母が亡き祖父の日記をそっと開く。それから、軽く読み始めた。孫たちと佐島家、麻生家と歌舞伎観劇だという始まりだった。


「律、そこにいるんでしょう? 入りなさい。それで私の隣」


 しばしの沈黙のあと、すねているような律が無言で入室してきて、祖母の隣に静かに腰を下ろした。

 祖母が「少し飛ばして」と言い、続ける。

 お手洗いに行っていたはずの律がなぜか自分よりも年上の老人に怒鳴られていて、助けようとしたら男の子が助けてくれた。

 口は悪かったけど、震え声で庇って、律に手で「逃げろ」と誘導してくれた。

 助けようと思ったら、彼の連れらしき海外からの旅行客が駆けつけたので良かった。


「律、何か覚えてない?」


 祖母の問いかけに、律は記憶があるというような反応をした。


「ああ、その日。あのジジイが俺にぶつかってきたのに、『走るな』『ぶつかって謝りもしないのか』って最悪だった」


「律、言葉遣い」


「はい」


 祖母に叱られても律はどこ吹く風だ。


「すみませんくらい言いなよ」とあとで言おう。


「秀明さんは、あの日律を助けてくれた男の子を立派だと褒めていたわ。ここにも書いてある」


 祖母が慈しむような手で日記をそっと撫でる。その瞳は懐かしさと悲しみで揺れている。

 おしどり夫婦だったのに、一昨年、永遠のお別れになってしまったので、まだまだ辛いだろう。

 祖母は日記をまた読み始めた。

 祖父があっと思ったら、麻生家の陸君が走って転び、先程の男の子が助けてくれた。

 琴音が彼の連れの金髪の男の子に「一緒に写真を撮りたい」と頼まれた。よくあることで、いつも相手家族の人となりを会話で確認して許可するが、その時はあの男の子の連れだったから快く許した。


 そうだ——と記憶が蘇る。あの日、トイレから戻ってきたら律がガラの悪い老人に怒鳴られて、私は祖父に助けを求めた。

 でもその前に、同い年くらいの男の子が律を助けてくれた。


『わざとじゃなくて謝ってるのに、そんなに怒鳴りちらすことないだろう!』


 あの男の子の声も姿もはっきりは思い出せない。しかし、弟のところに駆けつけて、助けてくれた男の子は確かにいた。

 一朗君を見たら、目を大きく見開いて固まっていた。きっと、私も似たような表情をしているだろう。


「一朗君、あの時は律を助けてくれてありがとうね」


「……そうなんですか? 全く記憶にないです」


「えっ。あの時のって、あんたなの⁈ あのジジイ、本当に怖くて、ヒーローが来てくれたと思ったのに……お前かよ」


 なんで律は一朗君にこんなに失礼なの? と首を傾げて眉根を寄せる。

 一朗君は何も思わないのか、それとも放心しているのか、祖母を見つめて固まったまま。


「一朗君から話を聞いて、もしかしてって夫の日記やアルバムを見たらこうだったの。こんなこともあるのね」


「あの、ありがとうございます。別人でも良かったけど、本人だと分かってやっぱり嬉しいです」


「この日記によればうちの人がね、『良かったら君も孫と』って言ったのよ。あと少し長生きして一朗君と再会できていたら、『あの時の子か』って、とても喜んだでしょうね」


「……そのようにありがとうございます」


 一朗君は少し震えた涙声を出した。祖母も涙で瞳を潤ませている。


「口が悪い男の子だけど親切って書いてあるから、口の悪さは相変わらずなのね。直したらもっといい男になるわよ」


 優しさに満ち溢れていた祖母の瞳に棘が見えた。その目が律にも向けられる。


「律、あなたから喧嘩を吹っかけたのは見ていましたからね。どちらが早く口の悪さを直すか競争しなさい」


「……はい。すみません」


 一朗君は背筋を伸ばして神妙な顔で頭を下げたけど、律はバツが悪そうで不貞腐れている。どうやら、一朗君と律は喧嘩したようだ。


「明日は再会と仲直りのお祝いしましょう。私と喧嘩した時にこのやろうはいいけど、ババアは言わないでね」


「どっちも言いません!」


「琴音、もういいわね。女の勘で『朝日ちゃん』を強敵だと思って怒ったようだけど、自分だったんだから」


「あっ、はい。私、『朝日ちゃん』を目の敵にしてだけど……まさかの自分でした」


「前から言っているけど、普段から溜め込まない、あと人の話は聞くように」


「気をつけます」


「明日の食事会は再会と仲直りのお祝いね。暑さも和らいできているから、外を散歩でもして、二人で話してきなさい」


 祖母は柔らかな表情で私たちを促した。

 私と一朗君は目を合わせて笑い合った。きっと——数年前の写真の中のぎこちない笑顔だろう。

 私たちはここからきっと、また一緒に笑い合う日々を始めていく。仲直りできるように導いてくれた友人たちや家族と共に。


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