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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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枝話「藤野颯と匂わせ2」

 試験の初日の放課後は、高松と佐島さんに勉強を教えている。

 今日も高松家のリビングに招かれて、二人に勉強を教えつつ俺も勉強。

 最初の休憩で、佐島さんが「小百ちゃん、もう終わりじゃだめ?」と机に突っ伏した。


「私は平均点を取れるもん。もうやだー」


「そう? 真由ちゃんがいいなら、いいんじゃない?」


 昨日はサボったらしいから今日ばダメ。

 高松は佐島さんにそう言ったから、厳しい高松部長が出てくると思ったけど、彼女は柔らかく微笑んだ。


「やったー! じゃあ、お邪魔しました! 帰れるぞ、ひゃっほう!」


「えっ、真由ちゃん帰るの? そこのソファとか、私の部屋で待ってるんじゃなくて?」


「帰るよ。小百ちゃんが琴ちゃんの違う曲を聴きたいって言うから、編曲で忙しいの」


「えーっと、じゃあ俺も帰った方がいい? 高松、困ったら連絡してくれればすぐに教えるよ」


 佐島さんの気まぐれで帰らないといけなくなった。俺としては、少しでも長く一緒にいたいのに。


「なんで? 藤野っちがかかりきりじゃないと、小百ちゃんの勉強時間が長引くから帰っちゃダメ! 引き受けるって言ったんだからよろしく」


 佐島さんは腰に手を当てて、「めっ」と叱責するような顔をしてから帰った。


(なんか、いきなり高松と二人きりになった!)


 俺の告白もどきは宙ぶらりん。あれから高松の反応がますます気になって、俺はああいう発言を全て封印して、勉強と部活話ばかりしている。


「ごめん、藤野君。真由ちゃんはほら、わりと自由で。私と違って成績も悪くないし」


「二人に教えるより一人の方が楽だから、まぁ」


 帰れと言われたくないので、高松にさせていた課題の進み具合を確認した。特に何も問題はなさそう。

 彼女は理解力が悪いのではなく、効率が悪いだけなので、俺や涼が勧めて方法を変えた今回の試験は、多分、成績が上がると思う。


「……そう。ありがとう」


「ん」


 好きな子が目の前にいて、真剣な顔で勉強をしている。邪魔したくないし、力になりたいけど、佐島さんの存在で保たれていた理性や集中力が消えていく。

 考える時の癖なのか、少し尖らせた唇。きちっと結ばれたポニーテールのおかげで露わな白くて細い首。シャーペンを動かす華奢で細い手。


(……一朗。あいつは一昨日、しばらく相澤さんと二人で勉強だった)


 こういう時はどうしたものか、先輩がいるからアドバイスを求めよう。

 すぐに席を立つのは変なので、心の中で「集中!」と念じながら、やる気が起きないので、覚え終わっている英単語を覚えるフリをして書き続けた。

 

「ふぅ、ちょっと息抜き。外の空気を吸ってきてもいい? 腹が減ってきたから、ついでにスーパに行ってくる。なんかいる?」


「ゼリーとかヨーグルトならあるよ。でも外を歩きたいのか。椅子に座ってばっかりは疲れるよね」


「パンとか食べたいし、散歩がてら行ってくる。高松はそれ、終わらせておけよ」


「うん、頑張る」


 過剰に意識しているからか、今日はいつもよりも笑顔が眩しい。

 家を出て、一階まで降りてマンションを出ると、道の端で一朗に電話をかけた。

 

「もしもし? どうした?」


「相談があるんだけど平気? そんなに時間は取らせないと思う」


「ん? 分かった」


 少し待っててと言われたので、スーパーに向かいながら待つ。

 しばらくして、「話って何?」と問われた。

 事情を説明して、一朗は一昨日の日曜、どうやって平静を保ったのかと尋ねた。

 緊張して、彼女を意識したことは確実なのでそこは確認せず。


「……」


 返事がなく、沈黙なのはなぜなのか。


「理性を奪われて、ちょっと……したんだけど、そうしたらさ、日曜から琴音ちゃんがそっけないんだ」


「何をしたんだ?」


 ゴニョゴニョ言われたので聞き取れなかった。話の流れ的に、手を出したことは分かる。


「……手を出した。可愛すぎてつい。俺はされたことを仕返しただけなのに、なんか嫌われたんだけど!」


 一朗は「うわぁ、最悪だ」と嘆き声を出した。


「何をされて、どんな風に仕返ししたんだ? 同じと思ったけど違って、嫌がられたんじゃないか?」


「……なぜかいきなり、ほっぺにちゅうされたから、俺もした。これ、俺が悪い? 違うことだった?」


「……相澤さんってそんな大胆なのか。それは同じことだと思うけど」


 同級生、それも友人が大人の階段を登っていると驚き、心臓がバクバクしはじめる。


「そうだよな? 照れ照れ嬉しそうだったのに、ほぼ音信不通なんだけど。短文かスタンプがまれに返ってくるくらい」


 分からないので、女子は分からないと二人で頭を抱える。


「そんな感じで女子は謎生物だから、出たとこ勝負だ。そこまで匂わせたなら、さっさと告白しろ。フラれたら骨は拾ってやるよ」


「それならお前もさっさと相澤さん本人に『嫌だった?』って聞け。俺も骨を拾ってやるから」


「連絡があるうちは大丈夫……なはず。じゃあ、頑張れよ」


 緊張を紛らわせて煩悩を振り払う方法を求めたのに、違うアドバイスをされた。

 スーパーでパンと飲み物、高松に差し入れを買って戻り、マンションのオートロックの扉を抜けて家の前に着き、インターホンを押すと、彼女に「お帰りなさい」と出迎えられた。


(……お帰りなさいって、なんか一緒に住んでるみたいだな)


 告白はいつするものなのか、どのタイミングがいいのか、映画デートの時が最適解なのかなど、悶々としながら勉強会を続けていたら、高松の母親が帰ってきた。


「あっ、すみません。こんばんは、お邪魔しています」


 もう夕方なのに帰ることを忘れていた。


「こんばんは。日曜も今日もなんてありがとうございます。小百合、真由香ちゃんに聞いたわよ。全然ダメそうで、先生を独り占めだって」


 仕事中、娘が男と二人きりだったというのに、高松の母親はにこやかだ。

 俺の印象がいいことは知っているけど、本音ではないかもしれないのでソワソワする。


「真由ちゃんが、もう勉強は嫌って帰ったんだよ。そう、Letl.したでしょう?」


「藤野君、お礼になるか分からないけど、これ、良かったらお家に。重たいけど、好きだって言っていたから」


 差し出された袋に入っているのは箱入りのトマトで二箱もある。トマト大好き人間なので大歓喜。


「うわぁ、ありがとうございます。でも、なんかすみません」


「その顔、喜んでくれて嬉しいわ」


 この間のランチで、運動部だからお菓子は制限しているのかとか、好きな食べ物は、嫌いな物はなど、メニュー選びの時に聞かれたけど、ここにも繋がっていたようだ。


「わっ、トマトだらけ」


 高松が急に近くにきて袋を覗き込んだので、心の中で「うわぁ!」と叫んだ。彼女はたまに、このように距離感がおかしいから心臓に悪い。


「ありがとうございます。父にミートソースにしてもらいます」


「あら、そうなの。ちょうど挽肉もあるから、それならこちらもどうぞ」


 袋の中に挽肉も増やされた。


「いえ、あの高松さんの家の食材が無くなってしまいます」


「うちはもう一パックあるから大丈夫ですよ」


「いえ、あの、じゃあ、お邪魔しました」


「うちの子は頑張り屋なんだけど、聖廉は大変みたいで。良かったらまた娘に勉強を教えて下さいね」


「はい。箏曲部から頼まれていますので。部長が赤点でいなくなるのは困るって」


「……頑張ります」


「頑張ってます、だろう? あの、お邪魔しました」


 玄関まで見送られ、家を出ようとしたら自動で扉が開いた。

 父親も帰宅か? そう思ったら、数年振りの高松兄だった。小学校の時に見た時は大きかったけど、俺よりも背が低くなっている。


「……誰? えーっと、こんにちは」


 高松兄は俺を上から下まで眺めてから、俺の後ろにいる母親と高松に視線を移動させた。


「お帰りなさい。例の藤野君よ。藤野君、小百合の兄です」


「……これが噂の海鳴彼氏。うわっ、小百合。お前はこんなイケメンと付き合ってるのか」


 付き合ってないし、イケメンでもないけど。友人ではないから軽々しく突っ込めない。

 あと、高松家は俺を高松の彼氏と認識しているのか、そのことが気になってならない。


「違うから! 藤野君が私なんかの彼氏だなんて失礼だからやめてよ。藤野君は親切だから、私たちに勉強を教えてくれるって言ったでしょう!」


 兄に対してぷんぷん怒る高松に、心の中で「下心で教えているだけだけど」と突っ込む。

 彼女の「私なんか」発言はかなり気になった。しかし、とても深掘りできるような状況ではない。


「そうだっけ。そういえばそうだったかも」


「今日は真由香ちゃんが疲れて帰っちゃって、途中から小百合だけが藤野先生を独占してたんですって」


「真由香ちゃんが来てたのか。ニアミスで残念」


「夜分遅くまでお邪魔しました。失礼します」


 礼儀正しくを意識してお辞儀をして帰ろうとしたら、高松が「エレベーターまで」と着いてきた。

 二人でエレベーターに向かっている間に、兄が無礼でごめんと謝られた。


「……何が? 高松の彼氏って誤解されるのは得だろう」


 つい、ぽろっと本音が漏れた。計算とか隠すとか、そういうのは苦手な、わりと自分に正直な人間だという自覚はある。


「……」


 日曜からのこれだから、「好きな人は自分?」って疑問を持ってくれますように。

 察してくれれば、嫌なら避けられるし、嫌でなければ離れないでくれて、その態度で進んでいいのか判断できるから。

 高松は無言で自分の手を軽く弄っている。


「そ……うかな。私も一応、聖廉生で……皆までじゃないけど……たまに他校生がチラチラ見るからね。制服が、目立つから……」


 またしても、反応は悪くない。俺はあのスカイタワーの日から、今日までで、高松の心を多少なりとも掴んだのだろうか。


(清田から助けたし、勉強出来るアピールも出来てるから?)


 二人でデートをする日に告白をしたら、どうなるだろうか。

 エレベーターが来たので乗り、「じゃあ」と手を振る。


「私は藤野君が彼氏だと最高だよ」


 締まりかけの扉から高松の小さな声が届いた。


(は?)


 俺は今、告白されたのか?


「天宮さんも。他にもいるみたいだよ。だから藤野君は無理って諦めないで、頑張った方がいいよ。諦めないで頑張って!」


 告白めいた台詞から一転、片想いを応援されるとは、なんなんだこれは。

 思わず、締まる直前のエレベーターを手で止めた。高松の驚き顔が目に飛びこんでくる。


「……じゃあ俺、映画デートは気合い入れて行くから。人生初デートだからよろしく」


 高松が目を見開いて瞬きを繰り返す。俺は照れでエレベーターの『閉』ボタンを連打した。

 一階に到着してマンションの外に出て、道の端で、へなへなと座り込む。


(格好悪っ。あんなことを言うなら好きって言え。俺はバカでアホ……)


 翌朝、高松から「今日から一ノ瀬君に助けてもらいます」と連絡が来て、俺、死亡。

 テスト期間終了後、まだ部活が始まらない特別授業がある日のうち、帰宅が早い日に放課後映画デートだったのに。


【分かった】


 高松【映画。楽しみです】


 デートはしてくれるのかよ!

 相澤さんといい、女子は謎生物だ。


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