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彼と海の向こうの友達

 彼の家族にきちんと挨拶できるか、受け入れてもらえるか心配で、寝不足だった。そのせいか、つい眠ってしまったらしい。

 名前を呼ばれて目を覚まし、「しまった」と慌てる。


「よだれ。垂れてたよ」


 隣に座っている一朗君からの指摘に、血の気が引いていく。


「うそっ!」


「うそー」


 悪戯っぽい笑顔がまぶしい。私が照れたせいか、一朗君も少し照れた顔になった。


「あの、これ」


 そっぽを向いた一朗君が机の上を指さす。その先には、彼の数学のノート。

「好きです」と書いたことを思い出して慌てる。


「ん、俺も」


 えっ、と驚く私に、一朗君はさらに続けた。


「俺もこれ」


 彼はそっぽを向きながら、ノートの文字を指でとんとんと示す。


「……ふぁい。ありがとうございます……」


 一朗君が、首の後ろに手を当てながらゆっくりとうつむく。


「えっと、報告で、威生と橋本さんが痴話喧嘩をして、仲直りして、迷惑をかけましたって帰った」


「……えっ⁈ 何があったの⁈」


 美由は大丈夫だろうかと、スマホを確認する。Letl.が届いていた。

 内容は——日野原君と小さな喧嘩をして、皆を巻き込んで場の空気を悪くしたから帰る、という報告と謝罪。

 最初から二人で話せばよかったのに、人前で話してしまった、とも書いてある。

見せてもいい内容だと思い、一朗君にトーク画面を見せた。


「うん、端的に言うとこれ」


 彼に詳しく説明され、呑気に寝ていた自分が申し訳なくなる。


「一階が空いたから下に行こうか。琴音ちゃんは、高松さんのことも気になるだろうし」


「うん」


 一階へ降りることにしたけど、一朗君のスマホに着信があった。彼はポケットからスマホを取り出して、画面を見て「あっ」と止まって応答した。


「Sorry, I forgot a bit.」


 英語だから、もしかして。

 そういえば今日、一朗君は私を海外の友人に紹介すると言っていた。

 長年この家に暮らしていたジェイコブの甥で、私たちと同い年のエイデンという男子。

 数年前に初来日して仲良くなり、それ以来ずっと電話やメールで交流を続けている、一昨年会えたと前に教わった。


「But she's sleeping」


 私はもう寝てないけど。


「until just now」


 ……ちょうど今まで寝てただと、間違ってはいない。


「ちげぇよ! 普通に寝てたの。勉強疲れ。そっちは日本語で言うのがルールだろう?」


 突然大声になったので、ビクッとしてしまった。


「ヤるとか言うな! する……」


 一朗君と目が合った。彼の顔が青ざめていく。


「……」


「……。えっと……男子ってやっぱりそういうことを聞かれるんだね……」


 海外の人は特に。それは偏見だろうか。


「言わないから! 何をしてもしなくても絶対に言わないから! あと、そこまでもしないから!」


 そこまでしないの"そこまで"って多分あのこと。しないんだ。

 祖母と約束したし、その時の話を自分も大切だと思ったからしないけど。


「……うん」


 恥ずかしさと気まずさで、顔を見られずうつむく。

足元を見る前、一瞬、がっかりしたような表情が見えた気がした。


「えーっと、その、電話はエイドから。You said some weird things and the atmosphere became weird.Canceled today」


 エイドが一朗君に……言ったから? 何を言ったの? 早くて聞き取れない。


「キャンセル? なんで? 大丈夫だよ」


「If you say anything unnecessary, I'll K you.OK? それならあの、相澤さん、失礼なことは言うなって言ったから……スピーカーにするね」


 OKって、何がOKなんだろう。


「うん」


 挨拶は私からした方がいいかな……と思っていたら、向こうから話しかけてくれた。

 日本語で、エイデンという名前で、同い年で、アンカレッジ在住、自分にも恋人がいると。彼女の名前はアイリスだそうだ。


「琴音って言ったら怒られるんだよね。えっと、なんだっけ一朗。アジさんだっけ?」


「相澤さん」


「相澤さんだ。あのヒーロー先生と同じ名前! 琴音はマイヒーローアカデミーは知ってる?」


「アニメですよね? 名前は知っています」


「だから名前で呼ぶなって言ってるだろう」


「一朗は英語。そういうルールだろう?」


「OK.I’ll kick your ass.」


「怖っ」


「もしかして蹴るって言ったの? 一朗君、ダメだよ」


「やきもーち、もちも一ち、一朗君。もちち、もちち、もちち一朗君〜」


 エイデンは陽気な性格なようで一朗君をからかいつつ、歌った。


「うっせ」


「もちもち三兄弟の歌も知っているんですね。もちち、もちち、3つ揃っておもち〜」


「琴音は素敵な声だね。一朗、顔も見たいから、テレビ通話に変えよう?」


「We'll study, so see you next time.」


「えー。まあ、いっか」


 エイデンは「勉強なら仕方ない、夏に日本に行くから会いたい」と言ってくれた。


「家族旅行だから、アイリスとデートじゃないのが残念だけど。今度、アイリスと4人で話そうよ」


「ぜひ。お話ししてみたいです」


「その時こそテレビ通話にしよう」


「うん、また。今日はありがとうございました」


「どいたしまして、だっけ? 一朗」


「どういたしまして」


「どういたしまして琴音。二人で勉強デートを楽しんで。一朗、Catch you later.」


「おう、またな」


 通話が終わり、一朗君にお礼を言われた。


「こちらこそ、紹介してくれて嬉しいです」


「それなら良かった」

 

 一朗君と居間へ行くと、意外にもみんな楽しそうにワイワイ話していた。


「あれ、お兄ちゃん、どうしたの?」


「倫、なんか楽しそうだな。休憩か?」


「うん。お兄ちゃんの話をしてたの。いっ君と彼女さんの喧嘩で、シーンってしてたから」


「……その気遣いは偉いけど、俺のどんな変な話をしていたんだよ!」


 一朗君が、倫の後ろに立って、両肩を掴んで前後に大きく揺らす。


「あはは、やめて。キャンプで寝ぼけて池に落ちた話だよ」


 それは気になる話だ。


「その話か! このやろう!」


 倫の髪の毛がぐしゃぐしゃにされる。仲の良い兄妹らしい光景で、とても楽しそう。

 あんなに触ってもらっていいなという言葉が脳裏によぎり、自分の思考にびっくりして顔が熱くなっていく。

 恥ずかしいけど楽しいから、美由たちもいて欲しかった。美由に返事をしたけど、既読になっていない。

 もう仲直りしたから大丈夫。後で話すと書いてあったけど心配。

「謝ったけど、さゆちゃんをお願い」と書いてあったので、頼まれことをしておこう。


「えっと、美由ちゃんがさゆちゃんにごめんねって」


 私はとりあえず、小百合の隣に腰を下ろした。


「うん。直接も、Letl.でも謝られた。私がつい口を挟んだから、余計に場の空気が悪くなって、話の邪魔をしちゃったのに……」


「高松、ありがとうって言ってくれたんだから、もうやめたら? 橋本さんの気まずさが終わらなくなる」


「……うん、そうだね」


 小百合は藤野君に向かって、苦笑いを浮かべた。


「次に会ったら、もう終わってるって感じで話せば、またいつものようになるって」


「そうかな? そうだよね。うん。頑張る」


 小百合が元気を出すと、藤野君はとても優しげな笑顔を浮かべた。

 こういう眼差しをするから、藤野君は小百合が好きなのではと勘繰ってしまう。


「仕事がようやく一息(ひといき)ついた。真面目に勉強してるようだな」


 一朗君の祖父が、私たちにお昼までのおやつだと、お饅頭を持ってきてくれた。

 お礼を言ったら、彼は私の横に「よっこらしょ」と腰を下ろした。


「そこにいる孫から聞いたんだけど、うちの一朗が通学路でナンパしたんだってな。可愛いし親切って」


「……あの、その」


 祖父の微笑ましいという目がくすぐったくて恥ずかしい。私と彼の馴れ初めは、そういうことになっているのか。


「ナンパじゃないから」


「そうだよ。犯罪じゃないストーカーをして、えいって話しかけたんだよ」


「それをナンパと言う」


 倫の発言に、一ノ瀬君が即座に突っ込んだ。一朗君が「もう、それでいいや」と呆れ顔でぼやく。


「自慢の孫だから、試しに付き合ってくれてありがとう。悪さをするなって口を酸っぱくして言っておくから、仲良くしてくれると嬉しい」


「いえ、あの、試しではなく……」


 勇気を出して「素敵な人だと思うから付き合っています」と伝えたいけど、人が多いので恥ずかしい。


「試しじゃないのか。だってよ、良かったな。このお嬢ちゃんにはええ男に見えて。俺似で得したな」


 祖父は大きな口を開けて笑った。顔は似ていないけど、通学路で遠くから見ていた、一朗君の屈託のない笑い方に似ている。


「じいちゃん似でも嬉しいけど、俺はカツジじいちゃん似だろう」


「あはは、そうだった。じゃあ、昼まで頑張れよ」


 一朗君の祖父が去り、自然と勉強会が再開された。

 勉強以外の会話はしないで勉強に励み、お昼休憩になった。

 今日の昼は昨日のお礼ということで、一朗君の家が担当だ。

 

「そろそろ昼か。じゃあ、俺は倫ちゃんたちにご馳走してくる」


「一ノ瀬先輩、ありがとうございます」


 倫は、一ノ瀬君の母が骨折している間、家事を手伝うバイトをしているらしい。

 だから一ノ瀬君は、親からお礼をするように言われているそうで、倫と友人二人に、駅前で何かご馳走様するらしい。


「バイト代は払っているのにお礼は建前で、三人が琴を習いに来てくれるのが楽しいみたい」


「お母さんたちがいいって言ったから、一ノ瀬先輩、今日はご馳走になります」


 こうして、四人は居間を出て行った。


「あいつらは元々居ない予定だったし、話もついているみたいだから、まあいっか。涼だけは一緒で良かったのにな」


「俺と高松も外だからじゃあ」


「えっ? 俺、両親が二人にもご馳走するって伝えたよな?」


「親に、せっかく彼女を紹介する日なんだから邪魔をするなって言われて。(うち)の親から一朗の親には連絡済み」


「お母さんが朝子さんに頼まれて、琴ちゃんにも内緒にしてたの。頑張ってね!」


 二人の家は船川駅まで遠くないので、小百合の親が来て、駅前であの件のお礼を兼ねたランチ会になるらしい。

 

「颯、お前、そのランチ会までサボろうとしたのか」


「ん、まぁ。うん。高松がポッキリごときであんなに怒るから嫌になって」


「口調の強さに気をつけます」


 最近ギクシャクしていた二人だが、雨降って地固まるように親しくなったように見える。まさか二人の関係悪化がお菓子のことだったとは。

 今頃、美由と日野原君もこんな感じになっているといいな。

 二人も出ていくという時に、母から着信があった。


「琴音、そろそろお昼でしょう? 一朗君は昨日、一人できちんと挨拶したから、あなたも今日は一人で頑張りなさい」


「今、その話聞いたよ。心の準備あるのに、なんで黙ってたの?」


「対応力を磨くためよ〜。じゃあ頑張りなさい。お母さん休日出勤になっちゃって、帰りはお義母さんに頼んだから。船川駅までは一朗君に送ってもらうのよ」


 母は一方的に通話を切った。仕事人間でせっかちな母らしい。

 こうして、小百合と藤野君もいなくなった。


「うわぁ、緊張する」


「あはは。昨日の俺になるってことだ」


 行こうと言われ、『ひくらし』を出る。

 お店を出る時、一朗君の祖父や従業員に挨拶をして去ったら、背中に「お嬢様彼女」とか「うちの孫はやるな」みたいな声が飛んできて、とても照れた。


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