実感
夜に『お休みなさい』と挨拶をしたら、朝は『おはようございます』の挨拶なので、ドキドキしながらスタンプを送ったけど返事は無い。
既読にもなっておらず。
朝の登校は学校の最寄り駅から徒歩で、同じ部活の小百合と真由香と改札前で待ち合わせて三人だ。
麗華と美由は朝練がない演奏会組なので。
聖廉高校は海鳴高校の前を通り過ぎて学校に入るのだが、海鳴高校の前を通り過ぎて学校に入るのだが、驚いたことに一朗君が友人達と一緒に聖廉の校門脇に立っていて、私と目が合うと会釈した。
明日から校門前で挨拶をしたいという一朗君の冗談を間に受けて、私は朝の挨拶をしたいと答えて、彼は返事をしなかったので、余計なことを言ってしまったと考えていたのに。
朝から会えたと喜びながら歩き、彼らに近づくと、
「相澤さん、おはようございます。部活、頑張って下さい」と一朗君に笑いかけられた。
困り笑い、ぎこちない笑い方だ。
「……は、はい。い……田中君も頑張って下さい」
『一朗君』と言いかけて、慌てて『田中君』に変更。
勇気を出して名前を呼んだら、向こうから『俺も名前で呼んで良いですか?』と言われないかな。
一朗君以外の海鳴生にも挨拶をされたので挨拶を返す。
何も知らせていない小百合と真由香も驚きつつ、彼らに挨拶を返した。
「じゃあ、また」
小さくためらいがちに手を振った一朗君が、友人たちと共に自分達の学校内へ去っていく。
当然のように小百合と真由香に、今のは何だと問われた。
「……。お付き合いすることになった海鳴生さんです……」
「なんで、いつですか? えっ? 琴ちゃんは告白されたんですか⁈」
「小百合さん、制服の時に琴ちゃんは良くありませんよ。二年部長なのですから気をつけて下さい」
「ごめん真由香、驚き過ぎてつい」
「さぁ、朝練、朝練。昨日からで恥ずかしいから落ち着くまで話せません」
小百合と真由香に喋りなさいと小突かれながら部室へ。
気持ちを切り替えようとしたけど、今朝の一朗君のおはようございますを急に思い出して——というか勝手に頭の中に彼が現れたので、うわぁ、ひゃあと指を滑らせて怒られた。
怒られて当然なので素直に謝り、反省して心を無にする。
ちっとも無にならないようなので、一朗君に頑張っていないんですねと冷めた表情をされる妄想で乗り切った。
☆★
お昼休みまでスマホの電源を落として触れてはいけないというのか我が校、そして部活の規則。
破ると一週間、スマホを没収される。
私達の昼食は食堂で給食なのだが、その食堂で使用することも禁止。
食堂から教室に戻ってきて、お昼休みが終わるまでの時間がスマホの使用可能時間。
私はその時間に友人たちと可愛い物や行きたいカフェを探したりしているのだが、今日は一朗君からの通知があったのでそれどころではない。
お昼ご飯を食べている時に、クラスメートの麗華と美由に今朝のことを教えたので、二人に『お昼は連絡をしないんですか?』とからかわれた。
なので、連絡があったから返事をすると堂々と惚気てみた。
なんて。堂々とは言い難く、しどろもどろで噛み噛みだ。
彼からの最初のメッセージは8:18と表示されている。
一年田中さん【海鳴生は朝練後にスマホを教室のロッカーへしまって先生が鍵をかけます】
次のメッセージは同じ時間で、
一年田中さん【昼はスマホが解放されます】と続いた。
夢ではなく、本当に付き合い始めたのだと感無量。
こちらもお昼休みだけスマホが解放されるという返事を送信。
すぐに既読にはならなかったけど、ジッとトーク画面を見つめていたら、5分もしないうちに返事がきた。
返事は文字ではなくて写真で、慌てた表情の一朗君と楽しそうな友人たちが写っている。
友人の一人が自撮りをして、それを一朗君が送ってくれたというよりは、勝手に送信されたような構図。
彼の友人は四人写っていて、そのうち一人だけは微笑みで、大人びて見える。
一年田中さん【普段はこいつのスマホなんて見ないけど今回は!】
一年田中さん【このバカをよろしくお願いします】
一年田中さん【忘れっぽいから気をつけて下さい】
一年田中さん【合同遠足で琴音ちゃんと同じ班希望らしいから委員長に頼みました】
一年田中さん【委員長が頑張ります】
また写真が送られてきて、同じ写真だけど文字が増えていて、海鳴高校剣道部二年と書いてある。
さらに全員の名前がひらがなで添えてあり、大人っぽい微笑み男子には『りょう』だけではなく『委員長』という文字も。
一朗君は下校時に、同じ部活の四人と一緒にいることは知っていて、盗み聞きで少し覚えていたけど、これで誰が誰なのか正確に覚えられる。
癖っ毛の『はやて君』に、鼻ほくろが目立つ『まさみち君』と、口が大きい『かずや君』に、大人びた『委員長りょう君』の四人。
通知はどんどんきて、
一年田中さん【写真】
一朗君が、今まさにスマホを取り戻そうとしている写真だ。
一年田中さん【いちろーがお前ら許さないってうるさいです】
一年田中さん【怒っています】
一年田中さん【怒ってるいちろー】
一年田中さん【写真】
メッセージはこのように続き、一朗君が机に押さえつけられて、上から軽く潰されているような写真が送られてきた。
一年田中さん【すみません】
一年田中さん【二度と奪われませんので】
一年田中さん【写真は消して下さい】
一朗君の写真は初めてなので、この頼み事は無視して写真を保存。
一朗君は友人達にからかわれているようだけど、なんと返事をして良いのか分からず。
見せても構わない、逆の立場なら面白いだろうと考えて、麗華と美由にトーク画面を見せた。
「登下校だとキリッてしているけど、これだとお兄さんと同じ人種みたいです」
「来月の連休前に合同遠足がありますよね。同じ班という考えがなかったです。男子達といよいよ交流かぁ。小学校以来だから緊張します」
私はC組で、一朗君は二組だから同じ班は難しいだろう。
先輩に尋ねたことがなく、班分けの概要を知らないので分からないけどおそらく。
スマホの画面を自分だけが見えるようにして、琴音ちゃんという文字を指でなぞる。
これは友人が勝手にそう呼んだのか、彼が友人達に『琴音ちゃんっていう彼女が出来た』と言ったのか、とても気になる。
一年田中さん【あのー】
一年田中さん【騒いですみません】
彼女が出来ましたと報告してくれて、私の名前を友人たちに伝えてくれたことが嬉しい。
なので、
【お友達に彼女だと紹介してくれてありがとうございます】と送信してみた。
すると、『よろしくお願いします』というスタンプが戻ってきた。
それなら私も『よろしくお願いします』と返す。
もう返事がないので、トークはこれで終わりのようだ。
何日経過したら、『一緒に帰りませんか?』と提案して良いものなのか。
なぜか麗華と美由が、私の初デートはどこだ、ここだと言い始めて、そこから単にあの可愛いカフェに行きたいという、いつもの会話に変化した。
朝は返事が無いなと落ち込んだけど、挨拶をするために待っていてくれて、昼休みにも連絡を取り合えるなんて幸せ。
本当に私は一朗君の彼女になったのだと実感して、胸がいっぱいだ。