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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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枝話「藤野颯と誤解」

 高松と2人で勉強会をすることになったが、開催する前に「自分で頑張るのでノートだけ貸して欲しい」と断られた。

 2人で映画へ行く話も、「佐藤君も観たいって」と人を増やされた。

 ゆっくり頑張ろうと思っているけど、アピールの機会を潰され、2人きりは嫌だと避けられたので落ち込んでならない。

 部活がないので、モヤモヤを吹き飛ばすために勉強にのめり込み、勉強だけがはかどっていく。


 そんな中、天宮さんから突然Letl(レテル)がきた。

 内容は俺の友人からアカウントを教えてもらった、1回だけ話をしたいというもの。

 これで俺はますます彼女への嫌悪感を募らせた。

 明らかな拒否の態度を示しているので、もう諦めて欲しい。

 今はテスト勉強期間で部活がなく、高松の姿を探していると多くの聖廉(せいれん)生を見かけるので、天宮さんと2回、目が合ったことがある。

 その時、俺は彼女から目を逸らして、手を振りそうな彼女をわざとらしく無視した。

 高松は、気持ちの匂わせてくる俺に対して、このような苛立ちを感じているかもしれない。

 そう考えたら、頑張ろうという気力は枯渇していった。


 結果、俺は一朗の祖父の家でする勉強会に参加することをやめた。

 涼が急に「俺も参加する」と言ったので彼に先生役を譲り、一朗には本当のことを伝え、他の参加者たちには前日、「喉が痛いから風邪だとうつすから」と嘘をついた。

 当日である今日は、勉強する気が起きなくて、朝から大好きな漫画を1巻から読み、現実逃避をしている。

 自室のベッドでゴロゴロしながら漫画を読んでいたら、微かにインターホンが鳴る音がして、しばらくしたら母が訪ねてきた。


「颯、小百合ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ。あなた、仮病をつかったの?」


 俺は今朝、母に「一朗の家の都合で勉強会はなくなった」と言った。

 用意してあった手土産は、日頃お世話になっているという理由で、明日、学校で渡すとも。

 

「仮病? まさか」


「颯が風邪で今日の勉強会に来られなくなったから、ノートの返却ですって。お見舞いの品まで持ってきてくれたわよ」


「勉強会は中止じゃなかったの?」と母に突っ込まれて、嘘が苦手な俺の口からは、とっさに何も出てこず。


「漫画を読みたくて友達との約束を破るなんて、そんな子に育てた覚えはありません」


 母は腰に手を当てて俺を睨みつけた。


「俺にも俺の都合があるんだ」


「心配をかけて、余計なお金まで使わせたんだから、小百合ちゃんに謝りなさい」


 風邪だと伝えてくれと言おうとしたけど、「余計なお金を使わせた」という台詞がひっかかり、すぐには何も言えなかった。


「理由は分からないけど、息子は仮病を使って約束を破ったって、もう言ったからね」


「んなっ!」


 寝っ転がっていたけど思わず飛び起きた。母が俺の文句は聞かないというように無言で立ち去っていく。

 パジャマで出ていくわけにはいかないので急いで着替えてリビングへ向かうと、高松はダイニングチェアに腰掛けて凛と背筋を伸ばしていた。

 母から俺は嘘をついたと聞いて怒っているという様子ではなく、悲しげにうつむいている。

 これから勉強会へ行く彼女を待たせてはいけないので、恐る恐るリビングへ足を踏み入れた。


「……おはよう、ございます。高松……さん」


 気まずくて「さん」付けにしてしまった。


「おはようございます。あの、その……何が嫌で今日は……来たくなくなったの? さっきその、お母様に……嘘をついたと聞いて……」


 高松は一瞬だけ俺の顔を見て、すぐにまたうつむいた。それからはずっと自身の手元を見つめている。

 気を遣ったのか母の姿は見当たらず、日曜のこの時間はリビングにいるはずの父もいない。

 賑やかなことが多いリビングが静まり返り、俺と高松だけがその静寂の中に佇んでいる。


「……ごめん。なんか最近、高松に避けられてるから……。今日は居ない方が高松の勉強が捗るかなって」


 彼女の突然の来訪と、母に味方してもらえなかった混乱で、素直な気持ちが口から飛び出した。

 顔を上げた高松の猫のような目が徐々に見開かれていく。


「私? 私、避けてなんていないよ」


「いいよ、別に。仕方ないっていうか、ほら、嫌なものは嫌でどうにもならないことだから……」


 言葉にしたらますます傷ついて胸がじくじく痛みだした。

 目を背けて漫画の世界へ逃げていたのに、まさかこんな風に向き合わされるとは。


「嫌って、私、そんなことを言ったことはないし、思ってもいないよ? なんでそう思ったの? きっと誤解があるよ」


 顔を上げた高松の瞳が涙で滲んでいく。

 泣かせるつもりなんてなかったのにと、俺の胸の痛みはさらに増した。


「ちょっ、泣くな高松。誤解って、じゃあなんで俺に勉強を教わるのは嫌なんだ? だから俺、今日も居ない方がいいと思って……」


 驚き顔で固まった高松は、少しするとぶんぶんと首を横に振った。


「私は! 迷惑をかけたくないから自分で頑張るって言ったんだよ……。泣くなんて卑怯だ、ごめん……」


 そう言いながら、高松はカバンからハンカチを出して目元を押さえて、もう1度「ごめん」と謝った。

 俺は下心があるから「迷惑じゃない」と伝えたけど、高松は頑なに「悪いから」と固辞した。

 迷惑ではないと一生懸命伝えた上で断られたので、「嫌だから断った」と解釈したのだが、どうやら彼女の辞退は純粋に俺を慮っただけのようだ。


「……俺はさ、何回も迷惑じゃないって言ったよな? 教えると覚えるとか、1人だとサボりそうとか……。現にもう勉強に飽きて、さっきまで漫画を読んでた」


 高松は俺の言葉を無視して、自身の中で「藤野君は迷惑だ」と変換し、俺のことをシャットアウトした。

 そこまで口にして、「遠慮だと考えないで、拒否だと誤解してごめん」と謝罪した。

 

「ううん。私こそごめんね。そっか……私が藤野君の言葉を裏読みしたから……本当にごめんなさい」


 俺はすねているのか、高松が「それなら勉強を教えて」と言わない限り機嫌を直さないし信じないと思った。

 口から心臓が飛び出しそうになるくらい、うんと勇気を出して「2人で映画に行きたい」と誘ったのに、それを遠回しに断られたことが引っかかっている。


「……えっと、この感じで勉強を教えて下さいは変だし……。私のせいで田中君と遊べなくなって……。今さら仮病でしたなんて言えないよね?」


「一朗に『仮病だろう。最近、高松さんとギクシャクしてるからだな』って言われて、そうだって言ったから平気。相澤さんと涼には普通に謝る」


 どんな理由であれ、嘘をついて約束を破ったのは俺だ。だから「高松のせいで一朗と遊べなくなった」という考えはおかしい。

 彼女にそう指摘すると、高松は複雑そうな表情を浮かべ、何か言いかけて、何も言わずに唇を結んだ。

「出掛ける準備をするから待ってて欲しい」と頼み、リビングを出て自室へ向かおうとしたら、両親が夫婦の寝室へ入っていく姿が見えた。

「覗き見するな!」と心の中で叫びながらため息を吐き、自分の部屋へ入って急いで出掛ける準備をしていく。


 支度を終え、両親に声を掛けるために夫婦の寝室を訪ねたけど2人は居なかった。

 リビングへ行くと、両親が高松をもてなしていた。

 入室しようとしたその時に、高松が「藤野君には本当に感謝しています」と言ったので、ドアノブに伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。


「ははは、自分も藤野君だからなんだか気分がいいです」


 冗談を言った親父の表情がデレデレして見えるので呆れる。


「もう、お父さん。ニヤニヤしちゃって、恥ずかしい」


 普段は父のことを名前で呼ぶ母が、パシンと軽く父の背中を叩いた。


「あっ、そうですね。お父様も藤野君ですね。あの、その、颯君には昔からお世話になっていて、とても感謝しています」


 好きな子に下の名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいことだとは知らなかった。

 急に動悸が始まり、心の中で「颯君だって」という叫びがこだましていく。


「だからあの、漫画を読みたくなって約束を破ったくらい、全く気にしません」


 高松のこの発言で、両親が「うちの息子が仮病で約束を破ってすみません」みたいな話をしていたと判明した。


「学年二十位前後だなんてすごいですよね。そりゃあもう勉強は少し休んで息抜きしようってなります」


「私はね、息抜きには全く反対しません。手前味噌だけど、うちの息子は真面目で成績も良いですから」


 父はその後に、「悪い嘘をつくのはダメだ」とゆっくりと首を横に揺らした。


「頭が悪くても、運動ができなくても、体が弱くても構わないけど、素行不良は許しません」


「すみませんでした。反省します」


 このまま盗み聞きをしても自分の良い話は出なそうなので、リビングへ足を踏み入れた。


「反省して友達に勉強を教えてきます」


「よろしい。行きなさい」


 イスから立ち上がった父は俺の脇を通り、去り際に肩を軽く叩いた。優しげな微笑みと共に。

 高松に「待たせてごめん」と謝って、母から手土産を受け取って家を出た。

 玄関前で一朗にLetl(レテル)をして、何があったか端的に伝え、出発しようとしたまさにその時、予想外の人物から電話がかかってきた。

 わざわざブロックする必要はない、既読スルーで察してくれると考えていたのに、スマホの画面に「天宮 香織」と表示されている。

 俺は思わず『拒否』のボタンを押して着信を強制終了させた。

 高松にもスマホの画面が見えるようにしていたので、何か言いたげな彼女と目が合う。


「……勝手に連絡先を知られて」


「勝手に? そうなの?」


「1回も返事をしていないのに、まさか電話がかかってくるなんて……」


 自分は話をしたくないし、勝手に連絡先を入手されて怖いのでブロックします。

 返事をしなかったことは謝りたくないのでそういう文だけを送り、天宮さんのアカウントをブロックして、さらに削除もして、俺の連絡先から天宮さんの存在を完全抹消した。


「もしも天宮さんに何か言われたら俺に教えて。高松は関係ない、むしろ橋渡しをしようとしたって彼女に教えるから」


「……あの、好きな人がいるからなんだよね? それならそう言ってあげたら……諦めがつくと思う……」


 天宮さんと高松は元クラスメートで少し会話するくらいの仲だったというのに、高松は「藤野君はヒーロー」みたいに言ったのに、俺ではなくて彼女側に立った。

 俺の味方になって欲しいのに、なんで、そういう感情がイライラを誘発していく。

 高松は清田に言い寄られて、あんなに迷惑がって怖がったというのに、今の俺の気持ちを理解できないのだろうか。


「……でも、言いたくないよね。勝手に連絡先を手に入れたり、いきなり電話してくるなんて、会話したくなくなるよ」


 腹立ちで黙っていたら、高松が俺に寄り添うような言葉を口にしてくれたので、荒ぶり始めていた気持ちが凪いでいった。


「……あの、失恋したのに諦められないから、他の子と話すのはまだ嫌ってこと? 1度も返事がないから、うんと勇気を出して電話したようだけど……」


 先程と同じく、高松の中では天宮さん>俺だと感じた。


「勘違いされて頑張られたら気まずいというか……嫌だから。高松が清田を拒否して怖がったことと、これは同じだと思うんだけど……」


「天宮さんはつきまといなんてしてないし、勝手に彼女面だって。あっ……ううん、ごめん。藤野君は怖かったんだよね……。ごめん」


 天宮さんを「いい人」と評価している高松が、彼女を庇いたくなるのは当然だ。

 しかし、こうして俺の気持ちにも寄り添おうとしてくれている。

 俺は心の中で「なにが天宮さん>俺だ」と呟き、自分の頬を殴る代わりに両手の拳を強く握りしめた。


「お礼の品は素直に嬉しかったし、生まれて初めてだったから手紙も。でも俺、彼女に興味を持てないんだ。待たせてごめん。行こうか」


「顔色が悪いよ。家で休む?」


「いや、家にいるよりも気晴らしになるから行こう。気を使わせてごめん。ありがとう」


 駅に向かって歩きだし、空気が重いので何か明るい話題をと考えていたら、高松が先に口を開いた。


「あの。手紙。天宮さんにもらったの?」


「……うん。お礼の品が入った紙袋に入ってた」


 彼女の話はもうやめてくれと頼んだのに、蒸し返されるとは。


「そっか。……あの。生まれて初めてって……手紙をもらうのは……ううん、なんでもない」


 高松はなぜかとても不安げな眼差しで俺を見上げて、目が合うと慌てたように視線を落とした。


「なんでもなさそうだけど何?」


「なんでもない」


「言いかけたんだから言って欲しいんだけど。勉強のことで誤解していたように、俺はエスパーじゃないから」


 高松は自身の髪を両手でぎゅっと握り、小さな、とても小さな声を出した。


「……私、卒業式の時に藤野君に手紙を渡したよ。小学校の時のことなんて……忘れて当然だけど……」


 そのような記憶はないので驚いていたら、高松はうつむいたまま苦笑いを浮かべた。


「手紙なんて貰ったら嬉しくて忘れないけど……いつ? 俺、高松を呼び出した時は言いたいことを言ってすぐ逃げたけど……」


 あの時、高松に何か貰っただろうかと振り返ってみても何もない。


「……下駄箱。それで私を呼び出してくれたんでしょう?」


 恐る恐るという様子で俺を見上げた高松の瞳は涙でうるんでいた。


「下駄箱? 何もなかったけど……。ん? あっ、もしかして」


 ★ 回想 ★


 ハンカチを落としたようなので拓馬と共に朝のルートを確認していたら、俺の下駄箱近くに見知らぬ奴がいた。

 オロオロしているように見えたので、「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけたら、驚き声を上げて走り去った。

 今から卒業式があるので、校庭へ出たら遅刻してしまう。


「教室はそっちじゃないぞ!」


 そう叫んだけど、彼は戻ってこなかった。

 彼は手に何かを握っていて、それをポケットに突っ込んだので、俺のハンカチなら返して欲しい。

 100回以上使ったハンカチだし、決めつけは良くないから、ハンカチくらいで「泥棒」なんて言いたくない。

 俺のハンカチはあとできっと、落とし物だと戻ってくるだろう。


 ★ 回想終了 ★


 俺は思い出した出来事を口にして、「まさか」と呟いた。

 

「……そうなんだ。そっか。下駄箱を間違えた人が、自分宛だと思って持っていっちゃったのか。そうだったんだ」


「なんて、なんて書いてくれたの⁈」


「えっと……親から隣の学校に通うって聞いたから、たまに一緒に登校しよう……的な」


「……う、うわぁあああ。知っていたら頑張って話しかけたのに。誰だあいつ……。俺の4年間を返せ……」


 本人がいることを失念して頭を抱えてしゃがんでしまい、後から「しまった」と気がついた。

 今の台詞は、「俺は4年間、高松に話しかけたかったけどできていなかった」という自白である。

 高松の反応を確認する前に白い犬が現れて、俺に飛びかかり、嬉しそうに顔を舐めた。

 拓馬のところのフクがなんで今、このタイミングで現れるんだ。

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