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こじれる

 一朗君から藤野君と天宮さんのことを聞き、お礼品の返却係を引き受けることにした。

 天宮さんが小百合の悪口を言い出したため、彼女に接触して様子をうかがいたかったからだ。

 気になる人に勇気を出してお礼の品と連絡先を渡したのに無視されたことには同情するし胸が痛む。

 諦めきれなくて、もう一度同じことをした気持ちも理解できる。

 天宮さんが友人なら何か協力してあげたいし、悲しい心に寄り添ってあげたいけれど、私たちは他人だ。

 おまけに、私の友人の悪口を言っているため、彼女の印象は悪い。

 恋のライバルの良いところを探して真似するのではなく、相手を不当に下げるのは間違っている。

 しかし、私はまだ失恋を知らないから、そんな正論を考えられるのかもしれない。


 昼休みを利用して天宮さんのクラスを訪ね、出入り口近くにいた見知らぬ女子生徒に頼んで彼女を呼び出してもらった。

 背中に紙袋を隠しながら「突然すみません」と告げ、自己紹介をする。

 天宮さんは怪訝そうな表情で、私を頭から足までじっと見つめた。

 その視線には棘があり、強い警戒心が感じられる。

 このまま和やかな雑談に持ち込むのは難しいと判断し、単刀直入に切り出すことにした。


「あの、その……私は海鳴の剣道部員さんとお付き合いしていて、その人に頼まれてきました」


 彼女が何かを言う前に、「彼の友人が天宮さんにこちらを返したいそうです」と言って紙袋を差し出す。


「……これ」


 紙袋を見た天宮さんは目を見開き、怒りとも悲しみともつかない表情で私を見据えた。


「どうしてこれを返されたんですか? どうして少しLetl(レテル)もダメなんですか?」


 彼女の顔には、悔しさと悲しみが入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。


「私は返してほしいと頼まれただけなので、理由は分かりません」


「……聞いてください。聞いて教えてください!」


 突然の大声に驚いて、私は思わず一歩後ずさりした。

 お礼の品と手紙を返されるということは、「お礼は不要だ」「交流を望んでいない」という意思表示に他ならない。

 それにもかかわらず、「どうして?」とか「聞いてください」と言われるなんて、彼女にはその意味が理解できていないのだろうか。

 さらにもう一度「聞いてください」と迫るように言われ、改めて彼女にはその意図が伝わっていないのだと感じた。

 廊下で騒ぎ立てれば、周囲の注目を集めてしまうし、噂の的になるだろう。

 まさかこんな形で会話が続くとは、ましてや大声を出されるとは思ってもいなかった。

 教室の出入り口近くにいる私たちは、目立ってしまっている。

「聞いておきます」と言うと、再び天宮さんを訪ねなければならない。

 だが、次に来たときに穏やかに話せるとは思えないし、「またあの二人、何か揉めてるの?」と噂されるのは避けられない。

 どうしよう……。

 

「私は彼の友人のことはあまり知りませんので……聞けません」


 卑怯かもしれないけれど、とにかく紙袋を渡して逃げよう。

 天宮さんは大人しそうに見えて、意外と気が強いことが分かった。

 藤野君と交流したい、このままでは納得がいかないし、理解できないという気持ちも伝わってきた。

 

「彼氏さんに聞いてって言えますよね?」


「……まだ付き合いたてなので難しいです」と、逃げられそうな言葉を探す。


「言うだけなんだから、付き合ったばかりなんて関係ないですよね?」


 回避を失敗した。


「……いえ。それにあの、後ろ向きなことを言われた時に、それを天宮さんにお伝えする勇気がありません」


 これなら、どうだろうか。


「どうせ高松さんが言ったんですよね? 人の彼氏に接触するなって」


 小百合の名前が出て、睨みつけられて、その目のキツさにたじろぐ。


「藤野君と小百合さんは付き合っていませんから、そんなことは言いません」


 揉め事も喧嘩も苦手で、そもそもそういうことが少ない人生だから彼女に気圧されて、声がどんどん小さくなっていく。


「じゃあなんで! なんでこの間の合同遠足で二人でいたんですか!」


 怒鳴るように言われて少しだけ怖い。いや、わりと怖い。

 一朗君が、藤野君は仲介人になってしまった男子のためにお礼の品を受け取って、彼に優しく、礼儀正しくしたと言っていた。

 自分のせいではないのに、すごく申し訳なさそうに、板挟みにして悪いと謝ったと。

 一朗君はさらにこう言った。

 天宮さんが似たような感じなら、それをさり気なく伝えよう。

 そうしたら、藤野君も断固拒否から態度を軟化させるかもしれない。

 藤野君は、「興味が無い」しか言わないらしく、一方的な片想いをしていた一朗君は天宮さんに同情的で、私も彼の意見に賛同していた。

 でも、そんな同情心は砕け散った。


「……二人でいた時間があったのは、同じ班の私と彼が二人になりたくて、別行動を頼んだからです」


 返却したい紙袋を受け取ってもらえず、泣くか涙目で黙り込むと思っていた天宮さんに怒鳴られたので、想像していなかった展開に途方に暮れる。

 周囲の注目が集まる中、天宮さんの友人らしき女子たちが教室から出てきて、彼女のそばに寄り添った。

 それに続いて西園さんたちも現れ、私の近くに来て「どうしました?」と声をかけてくれた。


「……あなたのせいで、彼が女子と二人になったんですね。酷い」


 強い睨みに胸が痛んだけど、「そんな八つ当たりってある?」と衝撃を受けた。

 私は天宮さんの友人ではないし、彼女が藤野君を気にかけていることも知らなかった。

 それなのに、藤野君が女子と二人になるきっかけを作ったらいけないだなんて、そんな気遣いはできないし、する義理もない。


「高松さんも酷い。応援するって言ったのに横取りするなんて」


 西園さんが私に「任せて下さい」と耳打ちして、「横取りだなんて、それが本当なら小百合さんが悪いです」と言い、「真実なら天宮さんには怒る権利があります」と話しながら、私からそっと紙袋を奪った。


 西園さんたちは私に目配せをして、天宮さんから見えにくいような場所に立ってくれたので、その隙にそうっと逃亡。

 廊下を走ってはいけないので、早歩きで進み、心臓を嫌な音でバクバクさせながら教室に飛び込んだ。

 麗華と美由に心配されたので、後でちょっと話すと返事をしながら、西園さんたちにお礼のLetl(レテル)を送信。

 天宮さんは泣きながら怒って、愚痴を言っているそうだ。

 香川さんから、吹奏楽部は人数が多いし、天宮さんは発言力があるというか、いろいろ話す人だから、同期に状況を共有しておいた方がいいと提案された。

 小百合にも報告して、「天宮さんの発言は八つ当たりであり、私たちは全員味方だから安心してほしい」と伝えるべきだと。


 四人のトークで、まず小百合以外の全員に話そうと決まり、小百合を除いたグループトークを作成。

 みんなに、小百合のために相談がある、内容は会った時にと伝えた。

 小百合だけを先に帰して、自分たちはサルゼに集合する方法を考えて部活後に実行。

 私は一朗君と二人で帰りたい、話がしたいという理由でみんなと離れた。

 彼には「二人で話したいから二人で帰りたい」と頼んで少し待ってもらい、みんな、特に小百合がいなくなった頃に合流。

 一朗君には天宮さんと揉めたというか、一方的に怒られた話をまだしていない。

 話をするかどうかも悩んでいる。

 お礼の品はきちんと返しましたという報告だけにした。


「ありがとうございました。引き受けてくれたから頼んだけど、やっぱり悪かったなと。颯も申し訳ないって言ってて」


 「ごめんね」と言いたげな表情を向けられ、何も言わないでおこうと決めた。

 私が自分の都合や考えで引き受けたことであり、二人に非はない。

 このモヤモヤした気持ちのまま話し始めたら、天宮さんの悪口を言ってしまいそうで、そうなれば結果的に二人を責めることになってしまう。


「終わりました」


 嘘は好きではないし、言わないと決めたけれど、心にわだかまりが残っていて、「無事に」という言葉はつけられなかった。

 

「あっ、雨。降るなんて言っていなかったのにな」


 不意に、一朗君が空を見上げた。

 今夜は雨の可能性がありますって天気予報だと、朝、祖母に言われたけど、彼は違う天気予報を見たようだ。

 私の頬にと、ぽつり、ぽつぽつと冷たい感触が落下してきて、その粒が小さくないので慌ててカバンの中を探った。

 折りたたみ傘を取り出し、二人が濡れないように広げて差した。


「ありがとうございます。悪いんですけど、学校に戻って自転車を置きたいです。電車で帰ります」


「悪くないですよ」


 学校へ戻り、「目を離した時に変質者が来たら困る」と言われて一緒に海鳴の駐輪場へ。

 屋根があるから、彼の大事な自転車がずぶ濡れになることはない。

 時間はあまり経過していないのに、もうすっかり本格的な雨になっている。

 一朗君は当然のように傘を持ち、私が濡れないように傘を傾けてくれた。

「行きましょう」と促されたけれど、このままだと彼の体がかなり濡れてしまいそうだ。


「もう少しこうしないと濡れますよ」


 傘の角度を変えようとしたら、「二人で一本だから、どちらかは濡れます」と言われた。


「この傘は琴音ちゃんのだから濡れるべきなのは俺です。心配してくれるなら……なるべく近くを歩いて下さい」


 歩き出すと、一朗君が傘をしっかりこちらに傾けてくれたので、なるべく寄り添うようにした。

 二人が濡れないように位置を調整していると、肩が触れ合うほどの距離になって緊張。

 土砂降りや雷がない、今のような静かな雨はわりと好きだけれど、今の状況のおかげでますます好きになりそうだ。

 ただ、ドキドキしすぎて言葉が出てこない。

 同じ気持ちなのか、それとも部活で疲れているのか、一朗君も話さず、二人は黙ったまま歩き続けた。

 黙々と歩いていたらバイブ音がして一朗君が制服のポケットからスマホを取り出した。

 

「親からだ。すみません」


 通話を開始した一朗君は、「うん、電車」と口にした後に「ありがとう」と告げた。

 多分、「雨が降っているけど大丈夫?」と聞かれたのだろう。


「ひっくしゅ」


 くしゃみが出ると慌てて口を手で隠して抑えようとしたけどダメだった。

 一朗君が耳からスマホを離して、足を止めて「大丈夫ですか?」と心配してくれた。


「すみません。全然、平気です」


「これ、着てて下さい」


 一回、なぜかくしゃみが出ただけで寒くない、平気だと伝えたけど、ブレザーを肩にかけてくれた。

 見た目以上に大きくてびっくり。ぶかぶかだ。

 歩き出したら、彼はまた親と電話に戻った。


「えっ? 颯の幼馴染と同じ部活の子たち。最近、スクールバスを降りたところに変質者が出たからボディーガード」


 親に私の声が聞こえたのだろうか。前に、面倒だから彼女のことは教えたくないと言っていた。

 変質者は出ていないので、今のは一朗君の嘘だ。しれっと嘘をついたな。


「分かった。はい。はい、はい。うん。調べて送る」


 通話はこれで終了で、地元駅から家までバスだけど、親が車を出してくれると教えてくれた。

 

「彼女? まではいいけど、その後にどんな子? だったから面倒。つい、集団下校って嘘をつきました」


「お母さんですか? お父さんですか?」


「親父です。妹が彼女? って親父に聞いた声がしたから最悪。絶対、黙ってよう」


 私も両親に話していなくて、祖母にしか教えていないから気持ちは分かるけど、面倒、最悪という言葉にはなんだか気分が沈む。


「ああ、そうだ。面倒じゃない友達が琴音ちゃんと喋りたいって。そういうのって有りですか? 紹介的な」


 家族に言いたくという話を聞かされたところに、友人に紹介したいという発言だから驚いてしまった。

 モヤモヤが吹き飛んだので、「はい」と言いながら頷く。

 友人に、私の了承を得たと伝える、今度一緒に電話しようと言われた。

 気がついたら駅前まできていて、駅の改札まで彼を送ろうとしたら、逆にサルゼまで送られた。

 

「じゃあ、また」


 ブレザーを返そうとしたけど、一朗君はサッと行ってしまった。

 慌てて連絡をしたけど返事は無い。

 お店に入り、先に到着していたみんなと合流して、話をしながら、たまに一朗君から反応があるかスマホを確認。

 すると、「忘れていました。明日の朝、返して下さい」というLetl(レテル)がきた。

 麗香にブレザーについて突っ込まれて、理由を話したら、優しいとか、噂の忘れっぽいってこれだとみんなが盛り上がる。

 彼シャツみたいなものだ、着てみてとからかわれたので話題を逸らしたいし、本題を言いそびれたら困るから、そそくさと天宮さんの話題を出した。

 私や西園さんたちの意見を交えながら報告して、それぞれが意見を出して、私たちは仲良しだと伝わるように昼休みに集まって遊ぼう、お互い様になるのは嫌だから自分たちは天宮さんの話をしないと決めた。

 それから、小百合には軽く話して、誤解だと分かっている、味方だと話すということも。

 

 翌朝、ブレザーを返すために一朗君と駅で待ち合わせた。

 ソワソワして、ついつい家を早く出たら、早く行くと言っていないのに一朗君も早くきてくれて、友人たちを待つ間、お喋りできて嬉しかった。

 昼休みは、昼に教室にいない生徒が多いD組に集まって、わいわいお喋りだったけど、私は生活指導の先生に呼び出された。

 理由は学校の電子相談箱に、「私が不純異性交遊している」という匿名メールがあったから。

 私が今朝、「昨日の夜、私の家に制服を忘れていった」と海鳴生に言い、さらに破廉恥(はれんち)な話をしていたという。

 不純異性交友って、一朗君と手も繋いだこともないのに濡れ衣!


 複数人いる生活指導の先生は、全員「校則内でできる可愛いメイクが分からないです」みたいな気軽な質問にも答えてくれる気さくで優しい先生なので、しっかり違うと言えて、信じてもらえた。

 嫌がらせのような匿名メールなので、心当たりはないかと問われ、決めつけは良くないのに、ふと天宮さんの睨む顔が脳裏をよぎってしまった。

 朝、彼女と目が合って睨まれたので。

 こんなことを考えてしまうくらい、私は彼女が苦手になったようだ。

 これは私の中だけの秘め事とする。

 こんな被害妄想を口にしたら、それこそ私たち同期と吹奏楽部の揉め事になる。


 本人が自慢をしていなくても、勝手にそう思い込んでひがんで嫌味を言う人もいる。

 先生はそんな話をしながら、この内容だと気をつけようがない、一回だけの嫌がらせなのかそうではないのか分からないので様子見、困ったことがあれば頼るようにと言った。 

 

 良いことが続いていると思っていたら、なんだか急に不穏だ。

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