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偶然のその先

 友人に初恋の人について打ち明け、その名前を教えた結果、なんとその本人に聞かれてしまった。

 彼の後ろには、彼がいつも一緒にいる部員たちのうち二名がいて、同じようにトレーを手にしている。

 私たちと同じように、先に席を取らずに注文してから、この二階へ来たようだ……。


「……あの。海鳴高校二年二組、剣道部のタナカイチローは俺なんですけど、なんですか?」


 タナカイチロー君、私が心の中で密かにイチロー君と呼んでいた彼は、しかめっ面から驚き顔になり、片手で自分の口元を覆った。

 イチロー君の他の友人たちも、いつの間にか一階から上がってきたようで、二人が四人に増え、みんな私たちの様子をうかがっている。

 

 目の前にいるイチロー君は、数センチしかない短髪で、身長はそこそこあるが、他の部員達の中では低めで撫で肩だ。

 一重で少し厚ぼったいまぶたの下に、白目の少ない瞳が覗いている。

 直線的な眉毛の凛々しい顔立ちをしており、制服から見える肌は自転車通学のせいか、かなり日焼けしている。

 どこからどう見ても、今、私に話しかけたのは初恋の人だ。

 一人で突撃する勇気が出ないので、友人に相談して一緒に頑張ってもらおうと考えていた矢先の出来事。


「あの、すごく顔が赤いんですが……」


 イチロー君は小さな声でそう言った。

 ですよね。多分そうですよね。

 私は緊張したり照れると顔が真っ赤になる体質だ。


聖廉(せいれん)は女子校だから、俺ら男子に緊張しますよね。こちらもまぁ、しますから」


 悪い意味で噂されていたわけではなさそうですねと告げると、イチロー君は私から目を背けて歩き出した。

 これはある意味チャンスだ。

 私は今月中にこうしようと考えていたので、震える足に力を入れて立ち上がった。

 

「あ、あの。あの、タナカイチロー君」


 友人の中には彼氏がいる子はいない。クラスメートにはいるけど。

 まだ友人に相談していなかったが、一人で考えた作戦はこうだ。

 私が読んだ少女漫画で主人公がしたことである。

 全力で告白……は無理なので連絡先を聞く!


「……はい」


 イチロー君が振り返ったので、勇気を出そうとしたのに声は出ず、唇だけがぱくぱく動いた。

 困ったことに緊張しすぎて涙が出てくる。

 しかし、今のうちに頑張らないと、両校の交流が始まったら彼は他の女子と親しくなってしまうかもしれない。


「……お願いします」


 『好きです』なんて無理!

 『お付き合いしたいです』も無理!

 『連絡先を知りたいです』はギリギリ言えるかも!

 そういうわけで、スマホを両手で握りしめ、彼に向かって差し出しながら頭を下げた。


「……えっと」


「……その、お話ししたいです」


 連絡先を知りたいですという言葉から変化したけど、意味は同じなので問題無い。

 

「……あの、俺とLetI(レテル)ですか?」


「……はい」


 お互いの友人達だけではなくて、他のお客さん達の好奇の視線が体にチクチク刺さって辛い。

 

「えっと、それならこれを読んでもらって……」


 そうっと顔を上げたら、イチロー君は顔を背けているけど、私に向かって自分のスマホを差し出して、画面に友人追加用のQRコードを表示してくれた。

 ドキドキしながらQRコードを読み取り、追加された彼のアカウントを確認。

 登録名は「田中一朗」で、アイコンは彼を含む剣道着姿の五人の写真。

 小さくて一人一人の顔は見えないが、彼といつも一緒にいる人数と同じなので、同じ部活の友人たちであり、今すぐ近くにいる彼らだろう。


「あり……す。なま、名前を送ります」


 大緊張で喉が乾いて、ありがとうございますという単語がかすれた。

「相澤琴音」と送り、読み間違えないだろうけど、「あいざわことね」ともう一件。

 とても迷ったけど、お気に入りのスタンプで『ありがとうございます』も追加。


「門限、門限がありますので失礼します」


 もう食べ終わっていたこともあり、麗華と美由に目配せして、スクールバッグと食べ終わったものが乗ったトレーを手に取り、急いでお店の一階へ向かい、トレーやゴミを片付け、その勢いで店外へ出た。

 それで麗華と美由の腕を掴み、衝動に駆られてぴょんぴょん跳ねながら、

 「イチロー君と、イチロー君と喋りました!」と叫んだ。


 しかも連絡先を手に入れた!

 うわぁ、うわぁ、うわぁという台詞しか口から出てこない。


「琴音さん、大胆でしたね!」


「何か、何か送りましょう!」


 交番前のベンチに移動して座り、三人で私のスマホの画面を眺め、まず彼からお願いしますと返事があるか待ってみることに。

 消音にしているし、おまけに画面を開いているので、突然『田中一朗』という文字が現れた。

 嬉しいけどこれは心臓に悪い。

 続きは『たなかいちろう』と私の真似。

 それで『よろしくお願いします』というスタンプも私と同じ。

 スタンプの種類は最近大人気のキャラクター『ちびーぬ』がお菓子企業とコラボしているもの。

 おそらく期間限定で無料配信されているスタンプだ。


「へ、へん、返事がきました」


 しばらく待ってみたが、続きはないようだ。

 向こうからしたら突然話しかけて連絡先を聞いてきた変な女子とはいえ、連絡先を交換したのに私に興味が無いのだろうか。

 なぜ自分の名前を知っていたり、連絡先を聞いたのかという質問すらしないみたい。

 では、なぜ連絡先を交換してくれたのだろう。

 と、思っていたら突然通話という表示。

 びっくりしてスマホを落としそうになったが、なんとか落とさずに通話を了承するボタンを押せた。


「あのー、その、田中一朗です」


「は、は、はい! はい!」


「検索したら、電車は上りも下りもまだ来ないなと。なのでまだしばらくホームですよね?」


「は、はい! はい!」


 駅に行かないでまだ交番前のベンチだけど、はいしか喋れなそうなのでこの返事で。


「その、話したいと言っていたので」


「はい」


 うわぁ、あのイチロー君と喋っていると胸がぎゅぅと締め付けられる。

 すぐ近くで声がするので、耳がくすぐったい。


「あの、違ったら勘違いバカヤロウってブロックしてもらいたいんですけど、その、これって仲良くなったら付き合いたい的なことですか?」


 恥ずかしいのでベンチから立ち上がり、麗華と美由から離れて交番の前、建物の端へ移動。


「……その、勘違いではないと、違っていないと嬉しいですか?」


「……まぁ」


 なんで? と疑問に思ったけど、海鳴男子たちは私たちをちょこちょこ盗み見している。

 学園もののドラマや漫画で男子が『可愛い彼女が欲しいー』と言うのは定番だ。

 彼から見た私は『ブスではない』で、もしかしたら『可愛い』で、だから彼女になったら嬉しいのかもしれない。

 私に興味が無いのではなく、むしろ興味があるから連絡先を交換してくれたようだ。

 『突然話しかけて連絡先を聞いてきた変な女子』ではなく、『可愛い聖廉(せいれん)生が連絡先を聞いてくれた』ということ。


「それなら、そういうことでお願いします」


 彼から見た私が仲良くなりたい可愛い聖廉(せいれん)女子なら、つけ入る隙があるということなので幸先良し。

 ここからどんな会話をして仲良くなれば——……。


「あの」という一朗君の声掛けで思考が停まった。


「そういうことって言うならその、あの、間は飛ばして……付き合って下さい」


 ……?

 ???

 仲良くなる過程を飛ばして付き合いたいとは……付き合ったら仲良くなるはずだから、間を省略するということ?


「……は、はい。はい! それではよろしくお願いします」


 理由なんてなんでもいいや。

 一朗君の彼女の座を手に入れたら、今のようにまた通話できるし、きっと一緒に登下校する日もやってくる。


「あの、電車も来るだろうし、部活の話や夕食前のおやつがあるんで、また」


 あのバーガーセットは夕食前のおやつなんだ。弟もそうだけど、男子はよく食べる。

 それにしても、あっさり彼氏ができるなんて。

 しかも、初恋の田中一朗君が彼氏だなんて、まるで奇跡だ。

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