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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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告白


 これは、数年前の事。

 彼は六年生になって気になり始めた女子が、誰かの下駄箱に何かをそっと入れる姿を目撃した。

 つい、彼女が何を下駄箱に入れたのか確認して、「手紙だ」と心の中で呟き、思わず手に取る。

 自分ではない男子宛だったので嫉妬したが、可愛らしい封筒と美しい文字で書かれた他人の名前を見た瞬間、彼の頭の中は真っ白になった。

 彼はそのままその手紙を下駄箱に戻さず、ポケットに押し込み、そのまま卒業式に参加。

 どうしようという罪悪感と、手紙を持ち去ったくらいでは何も起こらないだろうという楽観さが入り乱れる。

 結果として、彼は手紙を家に持ち帰ってゴミ箱へ入れた。

 内容は盗み見しなかったが、勝手に捨ててしまった。

 そのせいで、何が起こったか彼は知らない。 

 後味が悪いことなので、彼はこのことを記憶の片隅に追いやり、次第にその出来事さえ忘れた。

 そして、彼女と再会することもないから思い出すこともない。


 ★

 合同遠足の翌日、いつものところで小百合と真由香を待っていたら真由香が先に現れて、「朝から顔が赤くてニヤけているのはなぜですかー?」とからかい口調で問いかけてきた。


「……なんでもないです。昨日はお騒がせしました。その、自惚れではなくて、普通に彼女でした」


「あれって結局、なんだったんですか?」


 朝からここで話すのは恥ずかしいのでそう伝えて、もう一回、「とりあえず、私は普通の彼女でした」と教えた。


「本人同士でこじれたら力になる……あっ、小百合さん。また藤野君と一緒ですね」


 真由香に腕を指でつつかれて、小百合を探したら藤野君と楽しそうに笑い合っていた。

 何人かの生徒たちも二人に注目している。

 二人は私たちに気がつくと、似たような仕草と笑顔で手を振ってくれた。

 私たちと合流した藤野君は、「高松、自分で言える?」と心配そうな表情を浮かべた。


「ありがとう、大丈夫です。あのね、真由香さん、琴音さん」


 小百合は険しい表情で話し始めた。

 この世で一番嫌いな男子が、気持ち悪いことに自分を好きになったようで、ここ最近、たまに地元駅で待ち伏せをされる。

 今日なんて「俺の彼女」みたいに言われたし、手を掴もうとしてきて最悪。

 「なにそれ、怖い……」と小百合のことを心配して何か言おうとしたら、彼女はこれまで小さかった声を急に大きくした。


「一回、一緒にいるところを見ただけで誤解して、藤野君を殴ろうとしたんです!!! 絶対に許さない」


 これまでは不安を感じさせていた小百合の表情が、怒りに満ちていった。


「ちょっ、高松。落ち着け。俺は避けるから殴られない。そもそもほら、あれは俺を殴ろうとしたんじゃなくて、また高松の手を掴もうとしたんだ」


「私の手を掴むならまだしも、関係ない藤野君に何かしたら最悪を通り過ぎて極悪」


「いや、俺が殴られる方がマシだ。女子に勝手に触るとか、絶対にしちゃいけないことだろう」


「マシなわけないよ!」


 制服の時は口調に注意という、私たちの高松二年部長の言葉が乱れに乱れている。

 おまけに、小百合はポロポロ涙を流し始めた。


「本当にムカつく。藤野君を殴ったら警察に突き出してやる」


 私と真由香も動揺しているけど、藤野君の焦り具合は酷く、ティッシュ、タオルと言いながら荷物を探ろうとして、背負いカバンを床に落とした。

 それを見た小百合が、「心配をかけてすみません」と謝りながら荷物拾いを手伝う。

 私もと思ったら、二人の手が少し触れ合って、しゃがんでいた二人が顔を見合わせて手を引っ込めて、「ごめん」と口にして無言になった。

 このような光景を見せられたら、とてもソワソワしてしまう。


「そそっかしくてすみません。じゃあ、高松。また帰りにここで」


 立ち上がってカバンを元通りにした藤野君は、小百合にポケットティッシュを渡して、困り笑いを浮かべながら走り去った。

 で、途中で軽く滑って転びそうになり、でも転ばなくて、そこからは普通に歩き出した。

 小百合はうつむいて、受け取ったポケットティッシュを嬉しそうに眺めている。


「……ねぇ、小百合さん」


「ん? 何? 真由香さん」


「ストーカーみたいな男子がいるから、藤野君と一緒に登下校するってこと?」


「一緒にじゃなくて、近くにいてもらいたいって頼んだんだけど……一緒に登下校してくれることになりました」


 私たちも登校しようと歩き出して、小百合が今朝あったことを説明し始めた。

 それから、『清田君』という男子についても教えてくれた。

 悪口は良くないと部員を注意する彼女が、他人の悪口を言うのはかなり珍しい。

 ただ、小学校の時のエピソードを聞いたら納得。

 小百合は昔話をしながら、自分が何かされた話よりも、「藤野君をバカにした」とか「藤野君を殴った」と腹を立てている。

 それから、藤野君と仲の良かった花山君をいじめて不登校にさせた、それを藤野君が救った、藤野君はいつもみんなのヒーローだったと熱っぽく語る。


「……小百合さんって、昔、藤野君が好きだったんですか?」


 と、私も感じた疑問を真由香が投げかけた。

 小百合は慌てたり照れたりせずに、とても沈んだ顔をしてうつむき、「今もです」と小さな声を出した。


「でもフラれているので……」


 さっきのあの様子でフラれたの⁈ いつ⁈ 昨日⁈ と驚愕していたら、小百合はぽそぽそと続けた。

 小百合は小学校の卒業式の日に、ありったけの勇気を出して、藤野君の下駄箱に手紙を入れた。

 頑張ってみたものの、「好きです」は恥ずかしくて書けなくて、助けてくれたことに対するお礼の言葉と、「同じ駅まで通学するから、たまに一緒に登校したいです」という内容にしたそうだ。

 四年生から六年生まで別のクラスになってしまって、挨拶すらする機会がなくて悲しかったけど、またお喋りできますようにと願いを込めて。

 卒業式の日にその手紙を読んだ藤野君は、人がこないところに小百合を呼び出してくれたけど、返事はこうだった。


『学校が近いから見かけたら挨拶をする』


 そしてさらに、『前に掃除のことで助けてくれてありがとう』と言いながら、困り笑いを浮かべた。

 優しい藤野君は、「一緒に登校するのは嫌」とは言わないでくれた。

 それどころか、小百合が覚えていなかったことで「ありがとう」と言ってくれた。

 しかし、失恋は失恋である。


 お互い中学生になり、同じ駅から同じ駅まで通学となった。

 未練がある、見るだけでもいいと考えた小百合は、なるべくいろんな時間の電車を試して、藤野君と同じ電車に乗るようにした。

 お互い部活に入り、朝練の時間が被っているのでできた。帰りは偶然似た時間が多い。

 だからたまに駅で目が合ったけど、挨拶をされることは一度もなかった。

 それどころか「目が合った」は小百合の勘違いか、目が合っても彼女は景色の一部でまるで興味無し。

 藤野君は、同じ駅を使う聖廉生を「高松小百合」と認識していないか、完全に無視しているとヒシヒシと感じた。

 フラれたから当たり前だけど、まるで眼中にない、自分は藤野君の世界で透明人間だと理解するのに、そんなに時間はかからなかった。


 藤野君は背が高くなっても、髪型が変化しても、困っている人がいると声をかけたり、優しい笑顔で誰かに親切にしている。

 だから見た目は変わっても、中身はあの頃と変わらないようだと、小百合の気持ちは全く消えず。

 話しかけなければこの恋は叶わないから、何度も話しかけよう、挨拶くらい、勇気を出そうとしたけど出来なかった。


「だから琴音さんと田中君の件で、これは話しかけられると思ったけど……委員長? って、忘れていたって反応をされて……。分かっていたけど悲しかった」


 小百合は寂しそうに笑い、「今回は私が困っているから助けてくれるけど、藤野君は誰でも助けるから、特別なことではないんです」と喋り続けた。

 こんなに雄弁な彼女は、部活のことで熱くなる時くらいだ。

 部活も部員も好きだから熱心になるように、長年の想いが積もっていると伝わってくる。


「でもチャンスはチャンスだから。迷惑をかけすぎないように頼りつつ、話す機会を増やします。ようやく喋れるようになったから」


 彼女は私に、「田中君と付き合ってくれてありがとうございます」と笑いかけた。

 それから、二人の仲を邪魔しないように目一杯気をつけると言ってくれた。


「こんなに付き合いが長いのに全然知らなかったです。しかもその期間ずっと好きってことだから……一途だね」


 小百合は、「もう一回フラれる勇気が出なかっただけです」と苦笑いを浮かべた。


「真由香さんが藤野君を好きになっても応援しませんが邪魔もしません。それぞれ頑張りましょう。選ぶのは藤野君です」


 麗華さんでも、美由さんでも、知らない誰かでもそれは同じ。

 だから、もしも自分たちが二人でいるところを見た人に何か聞かれたら、「二人は付き合っていない」ときちんと教えるように。

 小百合はそう言ったけど、真由香は大きく首を横に振って否定した。


「私は小百合さんの好きな人を取ったりしません」


「私のものじゃないから取ることにはなりません」


「それでも嫌。藤野君となるべく喋らないようにしよう。あと他の女子の邪魔もする」


「ちょっと、真由香さん。そんなことはしてはいけません」


「私は私の好きにしまーす。二人は付き合っているって嘘はつきません。小百合さんはそういう嘘が大嫌いですから」


「私はなるべく田中君にグループで遊ぼうって言います」


 私がそう言ったら、真由香に「おやおや、一朗君と呼んでいませんでしたか?」とからかわれた。

 小百合にもニヤニヤ笑われて、「仲が良くて嬉しいです」と軽く体当たりされた。

 「やられたことはやり返しますからね」と、二人に文句を言う。

 清田君という人物のことは不安だけど、校門に着く頃には小百合の顔色は良くなり、明るくなったのでそれにはホッとした。


 ☆★


 小百合はスマホが使える昼休みに、箏曲部の同期のグループトークに、清田敦弘という人物のこと、藤野君が少し助けてくれること、そこに男女交際は関係無いことを報告した。

 みんな、普段から変質者に気をつけているだろうけど、ここら辺では見かけない市船生を見たら警戒して自分たちの身の安全を守って欲しい。

 小百合はそういうトークを私たちに送り、市船の学校のHPから抜粋した制服写真も投稿。

 それでさらに、自分と一緒にいることがあるみんなが心配、ごめんなさいと謝った。

 今朝、藤野君が心配だと腹を立てていたことといい、小百合はまず自分の心配をするべきだと思う。


 同期のグループトーク内に「大丈夫?」と小百合を気遣う言葉が飛び交っている時に、一朗君から「大事な話があるからちょっと電話をしたいです」というLetl(レテル)がきた。

 一緒にいた麗華と美由に断って、教室の端の窓から少し顔を出して、クラスメートに迷惑がかからないように電話。

 『大事な話』も小百合のことで、藤野君に軽く事情を聞いたという。

 一朗君の地元は船川だから、市船の野球部に友人がいるので文句を言えるから、本人に伝えて欲しいということだった。


「こじれたら迷惑だから勝手にはよくないなと。力になれるかもって伝えて下さい」


「お気遣いありがとうございます」


「琴音ちゃんの大事な友達のことだから当たり前です」


 昨日からたまに下の名前で呼んでくれるけど、まだ慣れなくてくすぐったい。


「……それはさらにありがとうございます」


「学校に突撃はしてこないだろうけど、心配だから俺らと帰らないか、みんなに聞いて下さい。男子で挟むんで」


 スクールバスを降りるところで待って、不審者を遠ざけるのもあり。

 同期は全部で八人と教わったから八人全員。

 清田という人物はせいぜい地元で小百合に迷惑をかけるくらいだろうから藤野君一人で大丈夫だろうけど、聖廉生狙いの変質者が定期的に出るらしいから心配になったそうだ。

 私はきっと友人が嫌な目に遭っても自分のことのように胸を痛めるだろうから、せめて私の同期は全員守る、他の学年までは流石にちょっと無理と言われた。


「そこまで言ってくれてありがとうございます」


「じゃあ、また帰りに」


 通話を終了して麗華と美由のところへ戻ったら、「このまま昼休みが終わるまではずっとラブラブ電話かと思った」とからかわれた。


「もうっ、からかいは禁止です」


「赤いですよ〜」


「なんの話だったんですか?」


 麗華も美由も実に楽しそう。


「藤野君から事情を聞いて、私たちの下校の護衛をしてくれるとか、市船の野球部に友人がいるから小百合さんの助けになれるって話でした」


 私の返答がこれだったので、麗華と美由は真面目な顔になった。


「下校の護衛? そんなに危ない人なんですか?」


「いえ、変質者が心配になったと言っていました。スクールバスを降りた瞬間とか。海鳴生で挟んだ方が安全な気がすると」


 私と同じ部活の人間全員はさすがに無理だけど、同期くらいは守りたいと言ってくれたと、ちょっと惚気てみる。

 麗華と美由は一朗君を褒めて、憧れの徒歩下校、ちょっと自由になると嬉しがった。

 他の同期も賛成する可能性が高いと、グループトークを開く。

 チラッと確認したら、部活の同期とのグループトークは、いつの間にか「みんなで夢の国へ行こう」になっていた。

 私が憧れていた同期全員で楽しくお出掛けという小さな夢が叶いかけている! と興奮してトークをたどる。


 西園さんの真由香のキャラが違うという突っ込みから始まって、真由香はコミュ症だから猫を被っていたという話になり、「面白い人だ」と小百合以外のみんなに突っ込まれていた。

 そこから、みんなで遊ぼう、喋ろう、新生真由香を観察する会をしようという話になり……みんなで夢の国の話題!


 もうすぐ訪れる五月の連休——しばらく無くなる連休を利用して、みんなで夢の国へ行くことが決まった。

 たまたま、みんな行く予定があったので合同になったのだ。

 ガードしてくれる男子たちと喧嘩しない限り、スクールバスはやめてみんなで徒歩下校をするということも決定。

 麗華と美由が小百合と真由香と距離を縮めたと思ったら、次は西園さんと香川さん、細谷さんと私たちの距離まで。

 一朗君と付き合ってからまた良いことが起きた。

 最近、いろいろなことが順調で逆に怖いくらいだ。

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