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今日から君と待ち合わせ  作者: あやぺん


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25/79

枝話「藤野颯と恋嵐注意報2」

 お気に入りのラーメンを好きな子の隣で食べて、満足な気持ちで電車に乗った。

 これから二人きりだと思うと、さらに浮かれてしまう。

 上ノ原駅に到着すると、高松に「ペットボトルだけど、飲み物を奢るから、相談に付き合って欲しい」と言われ、駅前のお店で飲み物を購入。

 俺は相談されることを迷惑だとは思わなかったので、自分が奢ると言おうとしたが、高松の性格を考えると断られそうだし、百円程度のことで揉めるのも嫌なのでやめた。

 美術館や博物館に向かう途中に噴水があり、階段は憩いの場になっている。

 俺は石畳に座っても良かったが、高松は「相談があるから持ってきた」とリュックからレジャーシートを取り出した。


「今日は天気が良いからピクニックっぽくない? おやつもあります」


 小さめの、夢の国のキャラクターがプリントされたジップロックを渡された。

 中には最近全然食べなくなった懐かしい駄菓子が入っている。


「小学校の時の遠足風」


「うまうま棒が明太子味だ。俺、これが一番好き」


「そこも変わらないね」


 そう笑いかけられて、昔の俺を忘れていない高松に胸が熱くなる。

 もしもあの紹介話がなければ、『彼女は俺に気がある』と誤解してしまいそうだ。

 その紹介話の内容を知り、高松の気持ちは関係ないと分かったので、やっぱり誤解しそう。


「……あのさ、相談って何?」


「迷惑かけたくないって言ったのにあれなんだけど、清田君のこと。早坂君たちに聞いてみて無視したんだけど、しつこいの」


 可愛い笑顔はどこへやら。高松は一瞬、目を伏せた後に遠くを見つめながら小さく息をついた。

 その仕草には、抑えきれない不安と、自分ではどうにもできないというような苛立ちが滲み出ている。


「あいつ、しつこいんだ」


「うん。金曜にまた駅で待ち伏せされて……」


 腕を掴まれて、「あいつは誰だ」と怒鳴られた。

 怖くて悲鳴を上げたら手を離してくれたので逃げ出した。それが休み前の金曜日のこと。


「ごめん俺、何も知らなくて」


「まだ誰にも教えていないから、知らなくて当然だよ」


 『あいつは誰だ』の『あいつ』とは、一緒に登校した俺のことな気がするし、「迷惑をかけることがあるかもしれない」と高松に謝られた。

 さすがに怖くなって、俺に相談したいと考えたと告げた高松の横顔は、とても怯えているように見える。


「掴まれた手がそこそこ痛かったから、月曜の登校が怖くて。一緒に登校しなくていいから、近くにいてくれたら怖さが減るなぁと」


 高松の声がみるみる小さくなっていく。


「昔のお礼も返せていないのに……助けてってごめんね……」


 高松の目に涙がゆっくりと浮かび、我慢できなかったというように、その小さな粒が頬を伝って静かに落ちていく。

 ただそれを見つめるしかなくて歯痒くてならない。

 ゆっくりと俺から顔を背けた高松が、背中を丸めていく。


「……俺、高松を助けた記憶がないから、別に何も返してくれなくていい。俺にできることはしたいから、言ってくれて良かった」


 高松は体を丸めたまま、俺を見ないで「二刀流ヒーローハヤブサはいつもそうだもんね」と小さな声を出した。


「誰かを助けても助けたって思ってないの。それなのにヒーローごっこをして、人助けをする時は失敗」


 言われて思い出す。俺は大好きな漫画の登場人物に憧れて、自分に『二刀流ヒーローハヤブサ』という名前をつけて、友人とヒーロー活動をしては失敗して、先生や親に怒られていた。

 気まずい黒歴史を覚えられている……と動揺しながら、「誰かを助けても助けたって思ってない」の意味について考える。

 それは『俺が誰かを助けたところを見たけど、助けたと思っていないようだった』と高松が感じた過去があるということ。

 俺としては、そんなことはなかったと思うのだが、そうではないらしい。


「私、食べるのが怖くなって病院通い寸前だった。でも、藤野君が助けてくれたよ」


 あの子も、この子も、そんな風に高松が続けていく。

 言われてみれば、あの子にもこの子にもちょっとした困り事があったような……と思い出せるけど、自分が何かしたという記憶はない。

 拓真の不登校がすぐ直ったって、俺は単にあいつが好きだから迎えにいったり、遊びにいったりしただけだ。


「えっと、心当たりがないけどありがとう……。とりあえず、月曜は一緒に登校しよう」


「困らせたくないから、一緒にじゃなくていいよ。むしろお前は誰だ、みたいに藤野君に絡んできそうだから離れてないと」


「怒鳴られても別に平気。むしろ、高松を怖がらせるなって言う」


「逆上されたら困るでしょう? 触らぬ神に祟り無し。疫病神に近づくべきじゃないよ」


 高松は少し顔を上げたけど、視線を落として石畳を見つめている。

 親切にされて好きになった女子が元クラスメートだなんて運命的。

 おそらく清田の初恋の人は高松なのに、怖がらせて『疫病神』と呼ばれるなんて哀れ。

 こういうことを、自業自得という。


「俺は困らないけど、高松に迷惑をかけそうだから、明日はとりあえず少し離れて清田がいないか見張る」


「本当にごめんね……。朝の駅には人が沢山いるから大丈夫なのは分かっているんだけど……」


「ごめんはもう無し。俺はありがとうって言われたい。お礼もしてもらう。そうしたら俺も助けてって言えるし、逆もまた何かあれば気軽に助けてって言えるだろう?」


 顔を上げた高松の動きがスローモーションに感じられて、「ありがとう」と口にした時の笑顔は太陽よりも眩しく見えた。


「うん。私にできることはなんでも。何かある?」


「急には思いつかないから今度言う。高松、本当はまだ食べるのが怖い?」


「ううん。藤野君のおかげでずっと平気。痩せすぎないように気をつけてる。なんか、食べられない時期のせいなのか、胃が小さいんだよね」


「俺ってなにをしたの? 覚えてなくて」


「藤野君はそこがいいんだよ。ナチュラルヒーローってこと。そしてさらに癒し系〜」


 背を伸ばして、両手で口元を押さえてクスクス笑う高松の可愛さに胸がギュッとなる。

 一朗と相澤さんのおかげで、バカ清田のおかげで、数年間他人だった俺と高松の距離がこんなに近づくとは。

 人生とは、何が起こるか分からない。


 ★


 翌日の月曜日に、高松よりも少し早く駅に行って、彼女が使う改札が見えるような位置取りをしようとしたら、足を怪我している坊主頭の市船生を発見した。

 カバンも市船野球部のものだし、人を探しているような様子なのであれが清田だろう。

 言われてみれば、あいつの面影がある。

 高松は歩きスマホをしなそうだけど、一応、『今日もあいつがいる』と送り、続けて『俺がいるから大丈夫』という文も送信。

 その短い隙に、あいつは俺の目の前に移動していた。


「ちょっとすみません。時間、ありますか?」


 声変わりしたこいつの声を聞くのは初めてで、かなり低かったので、高松は怯えるかもしれないと感じた。

 そうしたら、あんな風に泣かせやがって、怯えさせてと怒りが込み上げてきた。

 俺は海鳴、特に剣道部の看板を背負っているから、一朗の個人戦が間も無くだから、喧嘩をするなと自分に言い聞かせて拳を握りしめる。


「突然、なんですか?」


「この間見かけたんですけど、変わった制服の女子と一緒でしたよね? 今日も待ち合わせですか?」


 探るような目に敵意が滲んでいるけど、部活名門の野球部員だからか、いきなり喧嘩越しではこないようだ。


「なんで知らない人間に教えないといけないんですか?」


「俺、彼女と知り合いなんです。知り合いというか俺の彼女で。人の彼女に手を出さないでください」


 一瞬、頭が真っ白になる。清田はさらに続けた。


「もしかして、えっ? 俺ら、二股されていますか? そんな女とは別れた方がいいですよ」


 ニヤニヤ笑いを向けられたその時、俺の中で何かがプツンと切れた。

 そうだ、これはあの時と同じ感覚だ。怪我して泣いている高松に、「俺は悪くない」と言い放ったこいつに「謝れ!」と殴りかかった時と同じ怒り。


「お前、清田、ふざけるんじゃねぇ」


「……はぁ? なんで俺の名前を知っているんだ。気安く呼び捨てにするんじゃねぇ」


「小学校で同じクラスだったことがあるからだ。藤野颯って覚えているか?」


 清田の目が大きく見開かれた理由は、俺がもう『ちびの』ではないからだろう。

 中学校に入学して、わりとすぐに成長期がきて、どんどん背が伸びて、今は清田を見下ろせるくらいの身長がある。

『ちびの』が180cm以上になったら、そりゃあ驚くだろう。


「おまっ、ちびのなのか⁈ ヒーローオタクのちびの⁈」


「高松はお前とも付き合っていない。変な嘘をつくな」


 殴るなと自分に言い聞かせて、後ろに手を回してカバンをきつく握りしめた。

 清田は足を怪我していて、松葉杖を使っているから向こうも簡単に手を出せないし、俺が手を出したら怪我人に乱暴したと印象が悪い。


「へぇ。藤野だったのかぁ。小百合に聞いていないんだな。俺たちは付き合ってるんだ」


 清田が照れくさそうな笑みを浮かべたので、ぞわぞわと鳥肌が立った。

「またそんな嘘を」と言いたいけど、これは本気の目である。

 清田は高松との再会話をして、こんなにも運命的だから、俺たちは絶対に付き合う、もう付き合っているようなものだと嬉しそうに笑った。

 ……怖っ。なんだこの認知の歪んだ人間は。

 唖然としていたら、俺の目の前でサラッと長い髪がなびいて、あっと思った時には高松の、「藤野君になにをする気?」という声が耳に飛び込んできた。


「私にも藤野君にも近寄らないでください!」


「小百合、この間からお前は何を怒ってるんだ?」


 俺は清田という人間の頭の中を覗いてみたい。この本気で分からないという表情には、背筋がゾッとする。

 高松の横顔にも、信じられないと書いてある。


「大嫌いだから二度と私たちに話しかけないでください。ここまで言えば分かりますね」


 挑発しない、刺激しないと話していたけど、この状況でそんなのは無理だ。

「やめた方がいい」と、高松を注意する気にはなれない。

「行こう」と、高松は俺の制服の袖を掴んで足早に歩き始めた。


「はぁああああ⁈ 待て! 待ってくれ! なにをどう誤解しているんだ! マネと親しいとか聞いたのか⁈」


 ちょっ、『大嫌い』って面と向かって言われたのに、なんでそんな発想が出てくる!

 清田が高松に手を伸ばした瞬間、身体が無意識に動いていた。

 彼女を守らなければならない——そんな強い衝動に突き動かされて、俺は彼女を引き寄せた。

 胸の奥で燃える怒りを抑え込みながら、ただ「高松に触るな」と低く言い放つ。

 睨んだら清田に睨み返されたけど知らね。

 こいつは足が悪いから逃げるが勝ちだ。高松の背中を押して早足で歩き出す。


「おいこら! お前こそ触るな! 待て小百合!」


「気安く名前を呼ばないでください! 私たちに近寄らないで!!!」


 足を止めて振り返った高松は、怒り心頭という顔でそう叫び、ふんっと鼻を鳴らすように顔の向きを前に戻して、再び足を動かした。

 清田は哀れだが、身から出た錆なので、ザマアミロという感情しか沸かない。

 俺が何か言う前に、高松は「信じられない」と吐き捨てた。


「藤野君をまた殴ろうとした。あれは絶対にそう」


「そう? そこまでじゃなさそうだった。あれだけ言われて、誤解で嫌われただけだと思うなんて怖ぇ」


「本当、怖い……」


 あそこまで変だと思わなかったから親にも言うと、高松は大きなため息を吐いた。

 そこへ電車がくると知らせる音がしたので、一緒の車両に乗るか、いつものように女性専用車両に乗るか彼女に確認した。


「……怖かったし、後からさらに怖くなってきたからそばにいて欲しいけど……。人が多くて痴漢に遭ったら嫌だから一人で乗ります」


「じゃあ、周りの邪魔にならないようにLetl(レテル)するよ。怖さが減るように、くだらない話をしよう」


「ありがとうございます」


 ふわっと笑いかけられた自分が誇らしい。

 高松と隣同士の車両に乗り、俺も父に相談しておくか、既に高松に相談されている和哉と政だけではなくて、涼と一朗にも話をしようと考え、そのことを高松にLetl(レテル)で質問。

 すると、自分に何かあるのは嫌だけど、友人たちが巻き込まれるのはもっと嫌なので、念の為気をつけて欲しいと伝えたいという返事だった。

 確かに、俺もなんだか嫌な予感がしてならない。

 あれだけ拒絶したのに、清田にはまるでそれが伝わっていないようだった……。


 ☆


 これは、合同遠足の時のこと。

 天宮香織は、元クラスメートの高松小百合が、自分がずっと想いを寄せていた男子と楽しそうに話している姿を見て、胸の奥をざわめかせた。

 彼女にとって藤野颯は特別で、誰よりも近づきたい存在だ。

 特別で、誰よりも近づきたくて、けれどその距離は簡単には縮められない。

 自分はまだ彼にとって他人のような立ち位置なのに、高松小百合は彼と二人きりで、とても親しそうにしている。

 笑顔で語り合う二人を見つめながら、嫉妬と焦りが交錯し、心の中で「どうして私じゃないの?」という声がこだました。

 「なんで……」と心の中でさらに呟く。そして、「応援してくれると言ったのに……」と続ける。

 高松小百合は、応援すると言っていないのだが、人は時に、自分の都合の良いように現実を捻じ曲げる。

 自分の恋は運命の恋だと思い込んでいる清田敦弘のように。

「美人なくせに、選べるのに、なぜわざわざ私から彼を奪おうとするのか」と天宮香織は憤り、唇を強く噛んだ。

 そこには、高松小百合が考えたような、「お世話になったことがあるから」とか、「彼女はいい子だから」といった考えは一切無い。

 そこにある葛藤や悩みの片鱗にさえ辿りつけないほど、親切にしてくれた人への配慮はないし、相手を想って悩むこともない。

 天宮香織は高松小百合をじっと睨みつけ、嫉妬の炎に身を焦がし続けた。


 ☆

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