枝話「運命の恋」
彼の名前は清田敦弘。
藤野颯と高松小百合の元クラスメートである。
✴︎
二年生でようやくベンチ入りを果たしたのに、足を捻挫してしまうなんて、あまりにも運が悪い。
俺が飛び出したのも悪かったが、あのバイクが突っ込んできたせいだ。
おまけに、前から痛む膝について相談したら、そっちの方が重症だった。
甲子園も狙える高校に入学し、憧れだった野球部に入り、推薦組じゃないのにレギュラーの補欠にまでなれたのに、全てが台無しだ。
病院の帰り道、どうにも気が塞いでしまい、途中の公園のベンチに腰を下ろしてぼんやりしていた。
すると、ぽつぽつと雨が降り始め、やがて激しくなり、雷まで鳴り出した。
この足では急いで帰ることもできないし、もう何もかもが面倒くさくなって、そのままベンチに座り続ける。
不意に、雨がぴたりと止んだ。
顔を上げると、見たこともない制服を着た女子が目の前に立っていた。
「折りたたみ傘がありますので、どうぞ」
彼女は一切笑わず、涼やかな目元が印象的な美少女だった。
芸能人のような華やかさはなく、長い髪を低い位置で二つに結び、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。
白い丈の短いブレザーに朱色のリボンタイ、腰にベルトがある紺色のスカートの裾には白いラインが入っていて、レトロなデザインのカバンを持っている。
これは、どこの学校の制服なのだろうか。
「その足ですから、きっと家族が迎えに来るんですよね? 傘は安物ですから、捨ててください」
彼女はそう告げると、俺に背を向けて歩き出した。
雨音は激しさを増していくのに、なぜか自分の心臓の鼓動が耳に響く。
こんなにドキドキするのは、まるで漫画のように、美少女に親切にされたからだろう。
気持ちが少し前向きになり、足が治る前にも何かできる練習があるはずだと思った。
朝練に間に合うよう、駅に向かって歩いていると、あの女子がまた現れた。
この間とは違い、明るい太陽の下、彼女はまぶしく輝いていた。思わず目を細めてしまうほどに。
「この間は、ありがとうございました」
そう声をかけたかったが、松葉杖を使っている俺の歩みは遅く、彼女はすっと背筋を伸ばして歩き、遠ざかっていく。
「待ってくれ!」と伸ばした俺の手は、虚しく空を切った。
それから一ヶ月ほど、俺は似たことを繰り返し、ついに行動を起こすことに。
いつもよりも早く家を出て、彼女が駅に到着する頃を見計らって改札近くに立った。
貸してもらった折りたたみ傘と、駅前にあるケーキ屋で買った小さな菓子の入った袋を手にして。
彼女が姿を見せたときに、ありったけの勇気を出して「あの」と声をかけた。
彼女は眉をひそめ、俺を上から下まで眺め、松葉杖を見て、少し表情を和らげた。
知らない人間ではなく、前に傘を貸した男子だと気がついたというように。
「お礼を言いたくて……傘を返そうと」
「……。お礼なんていりません。傘は買い替え予定だったので、捨ててください」
そう言うと、彼女はそっけなく改札へ向かおうとした。
「待って」と、思わず手を伸ばし、彼女のブレザーに指先が触れた瞬間、彼女が振り返った。
それで、厳しい表情で俺を睨みつけた。
「いや、その……ただお礼を……あれ?」
なぜだろう。どこかで見たことがある。
どうしてだ? と考えた瞬間、記憶の中で何かがはじけた。
「早百合……?」
彼女は同じ小学校だった高松早百合にそっくりだった。
「今、気がついたけど清田君だよね? 同じ小学校だった」
「……やっぱり早百合なのか! 確か私立中に行って……」
元々、綺麗な顔をした女子だったけど、ますますそうなっている。
可愛らしいデザインの制服姿だから余計に。
あの頃は俺よりも背が高かったのに、今は頭一つ分は低い。
「清田君なら、ますますお礼はいらない。それじゃあ、さようなら」
そう言って、早百合は俺に背を向けて、颯爽と改札を抜けていった。
初恋の女の子が、あんなにも綺麗に成長していて、しかも優しさを変わらず持っている。
この再会は、絶対に運命だ。




