初デート1
大緊張しながら待ち合わせの駅に到着。
スカイタワー入り口へ行くのは初めてではないので、迷子にならずに済んだ。
お互いが乗る電車を教え合って、私が少し遅く着くはずだったけど、一朗君を待たせるのは悪いから、一本早い電車に乗ったので先に着いて待機。
そのはずが、一郎君はもういて、私を見つけて駆け寄ってきてくれた。
「おはようございます」
「お待たせしてすみません」
「まさか。教えてくれた到着時間よりも早いですよ」
にこっと笑いかけられて、嬉しくて胸がときめく。
「車が早く駅に着いたので……」
「俺もなんか早く駅についたので、一本早い電車に乗りました。気が合いますね」
「……はい」
最悪な夢を見た後なので、うんと幸せな待ち合わせだ。
行きましょうと促されたので隣……は恥ずかしいのでほんの少し後ろを歩くことに。
一郎君は薄いグレーのパーカー姿で、裾から白いストライプのシャツがのぞいている。
ズボンは黒で、靴は白と黒に濃い灰色のカジュアルな紐靴。
黒いショルダーバッグ……にさり気なくキャラクターがいる!
野球選手のような格好のスヌピだ。彼はスヌピ好きなのだろうか。
「「……あの」」
被った!
「「どうぞ」」
また被った!
「ん、じゃあ俺が先に。その、んーと、あの。私服だと知らない人っていうか、まぁ、そもそもですけど、あの制服も良いけど、今日はなんだか違う雰囲気で……似合っています」
一朗君は私を見ないで前を向いて、片手を首の後ろに当ている。
今日の服は、少しでも彼に良い印象を持ってもらいたくて、友人たちに相談して決めたものだったが、まさかこんな風に褒められるとは思ってもいなかった。 じわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。
「……良いですか?」
「はい」
「可愛いって意味ですか?」と言いかけて、それは大胆過ぎると唇を結ぶ。
「相澤さんは、なんでした?」
顔を見られて軽く覗き込まれたら、心臓がどわっと暴れて落ち着かなくなったので、肩に掛けてあるトートバッグを両手で握りしめた。
「その、バックにスヌピがいるなぁと」
「ああ、これ。妹が自分も使いたいから、こっちのスヌピがいるものにしろって」
もっと可愛いスヌピ柄を要求されたけど、それはもはやお前のものだろうと軽く喧嘩をして、間を取って、野球の格好をしたスヌピがワンポイントのものにしたそうだ。
結果、形が気に入った、スヌピもいると使われまくっているという。
「どの妹さんですか?」
「ランです」
ここで急に疑問を抱いた。
この間、妹のリンは、バイトをして琴を買う予定という話を教えてもらった。
それで、そのリンは妹その2だと言っていた。
一朗君は高校二年生で、高校生の妹その2のリンがいる。
つまり、妹その1であるランも高校生のはずだ。
「ランさんとリンさんって、双子なんですか?」
「えっ? いえ。違いますけど」
「田中君は高校二年生て、リンさんがバイトをできる高校生なら、そのお姉さんのランさんも高校生ですよね?」
「ああ。話していなかったですね。ランは同じ高二です。珍しいんですが、学年は同じ年子です。俺も弟が一人くらい欲しかったな。相澤さんはお姉さんっぽいです」
同じ学年で年子……四月生まれと三月生まれだろうか。
そうなると一朗君の誕生日は今月ということになるので、このまま上手く聞き出したい。
しかし、このことについても気になるので、先にこの質問にする。
「私はお姉さんっぽいですか?」
「しっかりしてそうに見えます。まぁ、聖廉生がそう見えます」
「海鳴生さんもそう見えます」
「周りはそうだけど、自分は違うから気をつけています」
一朗君が話を続けていく。
両親、特に父親が野球好きだから自分もわりと好き。だからこのスヌピは野球をしている。
父親は息子が野球ではなく、剣道にハマったから残念がっている。
部活人間になる前は、父親と共にプロ野球観戦に行っていた。
野球は嫌いではないし好きだけど、特別大好きでもない。
スポーツ全般に興味があるからスポーツ観戦自体が好き。
一朗君は笑いながらそんな話をしてくれたので、彼のことを知れて嬉しいけど、同じ学年で年子という情報から、「今月が誕生日ですか?」と聞ける状況では無くなってしまった。
先に質問しておけば良かった。
「今年、熱いのは男子バレー。来月が楽しみです」
「来月、何があるんですか?」
「名前はなんだっけな。国際大会です」
「バレーボールは母が好きなので、きっと少し一緒に観ますが、今年はもっと興味を持ちそうです」
お喋り出来なかったらどうしようという心配はもう吹き飛んでいる。
一朗君が話題を提供してくれるし、私が話そうとすると察して、「何? どうぞ」みたいに顔を見て笑いかけてくれる。
水族館の入場待ちの列に並ぶ頃には、私の方がお喋りかもしれないというくらい話せている。
バレー話をする一朗君は実に楽しげで、身振り手振りでこういうプレーと教えてくれるから私もとても面白い。
さっきのすごいと言っていた動画はこれだと、男子バレーの世界試合のスーパープレイ動画を二人で見て、これは格好良いと盛り上がった。
!
気がついたら、顔を寄せ合って一朗君のスマホを眺めていたので近い……。
チラッと様子見をしたけど、一朗君はこれはどちらの国の選手も格好良いと、バレーの試合動画に夢中。
無邪気な笑顔で可愛いし、好きだからなのか、やたら格好良く見える。
「……?」
私の視線に気がついた一朗君が、首を少し傾げた後に、目を見開いて背筋をピンッと伸ばした。
「……俺はたまにこんな感じの動画を観るんですが、相澤さんの気に入りの動画ってなんですか?」
自分ばっかりごめんみたいな困り笑いをされたので、首を横に振って否定する。
「私はその、音楽が多いです。弾いてみたい曲を探したり」
「弾いてみたい曲……。琴で弾いてみたい曲ってことですね。今はなんですか?」
「今は朝ドラの曲を練習する予定です。今はまだ楽譜を作っていて」
「楽譜を作る? 買うじゃないんですか?」
「自分なりに作るのも趣味でして」
「耳で聴いて分かる、絶対音感ってやつですか? うわぁ、やっぱり音楽関係者にはいるんですね。なんか感激しました」
「そこまでではないです。弾きながら探る感じなので」
「相澤さんの琴もまた聴きたいです」
笑いかけられて嬉しいけど疑問を抱いた。
今、「また」って言われたけど、それなら以前、私の演奏を聴いたことがあるということになる。
「私の演奏を、どこかで聴いたことがあるんですか?」
一朗君はギョッとした表情を浮かべ、私から目をそらしてうつむき、しばらく何も言わず。
「……言いそびれていたんですけど、その。妹その2が去年、入れもしないのに聖廉の文化祭に行きたいって言い出したことがあって……」
招待券が必要なので親が聖廉に問い合わせたら、受験希望者には招待状を送っているという回答がきた。
結果、一朗君の妹には招待状が送られて、無事に文化祭の見学をできることに。
親の都合が悪くなり、聖廉に確認したら、妹の付き添い人は一朗君——海鳴生なら問題無いということで、一郎君が付き添い人になった。
元々、一朗君は友人の姉のコネで招待状をもらい、友人たちと聖廉の文化祭に行く予定だったが、妹と妹の友人の三人で行くことに。
それで、彼は講堂で行われた演奏会で私たち、箏曲部の演奏を聴いたという。
「三人で弾いていましたよね? だから覚えて、あの子たちというか、あの子というか……」
私が彼を見つけたように、彼も私も見つけてくれていたとは。
「それで登下校中に見かけて、あの子たちは琴部だなぁって……」
「……そうだったんですか」
「だからその、間は飛ばしてって言いました。……ゴミ拾いで名前を調べてくれたとは……。ずっと話したかったです」
「……」
交番前のベンチに並んで座ってお喋りした時の、一朗君の台詞が蘇る。
『……その。……俺らもまぁ、見ます。聖廉の子たちだーって。その、あの子が可愛いとか……』
これはつまり、『あの子』に私も含まれていたということ!
「あの」
あまりの嬉しさに、私の声は少し震えている。
「はい」
「今朝、その、うんと可愛い同級生が、田中君と一緒にいる夢を見ました」
「……えっ?」
「田中君は可愛い子が良いし、寝坊するような私はもうやめるという悲しい夢です……」
「俺はしませんよ! そんなこと!」
「……そうみたいで嬉しいです」
「……人間、寝坊くらいします。か……さは、充分です」
一朗君の声はかすれたけど、「か……さは」はおそらく「可愛いさ」だろう。
私も『可愛い、あの子』の一人で、話してみたかった存在だったのかぁ……と感動に浸る。
以前、八つ当たりのように「お父さん似で可愛くない。ぱっちり二重のお母さんに似たかった」という文句を言ったことについて、父に謝ろう……いや、話が唐突で変なので、こっそり父が好きなものを買おう。
二ヶ月もすれば父の日があるので、ちょうどいい。素知らぬ顔で、「いつもありがとう」にしよう。
「あっ、もう入場です。楽しみですね」
「はい」
一朗君はあの日、お店でパッと見た私の容姿や聖廉生ということを気に入ったのではなく、前から気になっていた女子の一人だったなんて。
海鳴生は私たちをチラチラ見ているから、一朗君が見てくれますようにと髪型をこまめに変えたり、校則で許される範囲の化粧をしていて良かった。
演奏会のときは、部員たちと共にとても綺麗にしていたからそれも。
幸先は良さそうなので、今日はどうにかして一朗君の好み——特に性格を聞き出して、今後はそれを目指して励もう。
一朗は「ついに、前から好きでしたと言えた」と心の中で呟き、琴音の反応が良かったので、彼女から見えない右手で小さくガッツポーズ。
彼は『好きなんて単語は使っていないが伝わるだろう』とは思っていない。
一朗は数日前に「付き合ってください」と言ったことも告白だと思い込んでいるし、今も心の底から『自分は二度目の告白をした。ついに好きだと言えた』と思っている。
しかし、琴音はそうではない。
彼の隣を、はにかみ笑いで歩く琴音は、「私も可愛いあの子の一人だったのかぁ」と考えており、前から見られていたのは自分だけだなんて全く考えていなかった。




