初デートの準備
私に甘々な祖母なら、人生初のデートのために服を買ってくれると思ったが、「持っているもので済ませなさい」で終わり。
さらに、「最初だから門限は17時」と指定された。
一朗君はその日、剣術道場へお稽古に行くので、16時には解散するから門限は守れると祖母に伝えた。
「琴ちゃんって、しっかりしているようでズボラで、当日の朝にあれがない、これがないって騒ぐから、髪も服も靴もバッグも持ち物も全部決めておきなさいよ」
祖母は愉快そうな顔で「朝から騒がれるのは疲れるから、ごめんです」と目尻のしわを深くした。
アルバイトをしていない部活人間同士だから、きっと予算は似たり寄ったり。
話し合いができないと交際は続かないから頑張りなさい、今あるお金でどうにかしなさい、このくらいでは臨時のお小遣いはあげません。
私に甘いけど厳しい祖母からの話はこれで終了。
確かに私はズボラなところがあるので、意識して気をつけており、そのおかげで友人たちにはしっかり者だと評価されている。
自分でもそのことは理解しているので、前日に準備を終わらせると宣言して祖母の部屋を出た。
土曜日の箏曲部は午前中に勉強会を実施し、午後13時から練習を行う。
練習は16時までで、自主練習を希望する人は最大で18時まで居残りが可能だ。
麗華と美由は16時に帰ることが多いので、明日は居残りをせずに自宅で自主練を行い、部活後に二人にデート服について相談しようと決意。
玄関に行き、私服の靴を三足持って部屋に戻り、持ち込んだ靴や部屋にある使えそうな持ち物を写真に撮りまくった。
そして、自分なりに良いと思える服に着替え、それも写真に撮る。
それから紙を用意し、必要なものを書き出していった。
スマホ、ハンカチ、ティッシュ、念のための絆創膏と頭痛薬、リップクリームにハンドクリーム、お財布、お金。
デッキで休憩をする約束をしたので、おやつと飲み物……。
でも、水筒が邪魔になる。
お気に入りの小さめの鞄には入らない!
仕方がないので、トートバッグにしようと考えつつ、自分の短くて線だらけの爪に気がついて愕然とした。
マニキュアはこれまで使ったことがないので、うまく塗れなさそう。
そこで、軽く調べて、安いお店でネイルシールを買うことにした。
髪型は……気合を入れても崩れてしまったら悲惨だから、慣れている少し工夫したポニーテールかハーフアップ?
いや、もっと可愛く見せたいから、凝った髪型に挑戦してみようかな?
そう思い、練習してそれらもすべて写真に撮った。
こうして、翌日の土曜日は部活に行って、勉強と練習に励み、16時に練習を終えて.麗華と美由と一緒に空いている教室へ向かった。
節約したいので、校舎が閉まるまでの時間内に学校で相談したいとお願いしたら、二人とも賛成してくれた。
今日は朝から一朗君から連絡がない。きっと大会で忙しいのだろう。
つい最近まで、連絡がなくて当たり前だったのに、今は連絡がなくて寂しいとは、なんて贅沢なことだろう。
麗華と美由に持ち物リストと写真を見せて、二人の意見を取り入れながら、明日のコーディネートと髪型が決まった。
「じゃーん!」
麗華がスクールバックからマニキュアを取り出した。
「約束通り持ってきました」
昨夜、明日の部活帰りにネイルシールを買いたいから、一緒に選んで欲しいと頼んだら、持ってきてくれると言ってくれたもの。
麗華は慣れた手つきで私に桜色のマニキュアを塗ってくれて、美由はお姉さんが持っていたというネイルシールをつけてくれた。
私の手は、史上最高に可愛く大変身。
ネイルには興味があったけど、休日に麗華がやっていて可愛くても、すぐに元に戻さないといけないから面倒で、これまでは自分ではわざわざやろうとは思わなかった。
交代でマニキュアを塗り合って、麗華も美由の指も綺麗に。
「私と麗華さんも明日、スカイタワーにいきます」
「えっ?」
「会話が弾まなくて困ったら呼び出して下さい」
「……うわぁ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「そうそう。アシストしに行くから。あれっ。琴音さんも来ていたんですねって登場」
「美由さん、明日は制服じゃないから琴ちゃんですよ」
「あっそうか、あれっ、琴ちゃんも来ていたんだね」
「一郎君とデートなんて聞いていなかったけど、そうだったんだ」
「琴ちゃんはデートだったんだね」
「一朗君も琴ちゃんって呼んでいますか?」
「……」
心配は嬉しいし、困った時に支援もありがたいけど「一朗君」呼びはやめて欲しい。
私も呼べるようになってからなら良いけど。
「だから……なか君です。田中君です」
「うわぁ、琴ちゃん、やっぱり可愛い。またしてもやきもちだ」
「麗ちゃん、おもちが焼けたんだけど何味がいい?」
「みたらし!」
「はいよ!」
「や、やめてよ!」
「あはは、可愛い」
「困った時に助けに行くって言って、冷やかしじゃない!」
「まさか。邪魔なんてしないよ〜」
「でも言いたくなった。琴ちゃんの前で一郎君って呼んで、今の田中君ですを言わせたい」
「言わせよう」
「言わないから」
「その顔でやきもちが伝わるから楽しそう〜」
「もうっ! やめてったら!」
はしゃいでいたら口調がくだけてしまったけど、休日の部活終わりなので良しとしたい。
通話でデートの約束ができたなら大丈夫そうだし、ちょうど台湾祭りというものが開催されているので、二人はそれを楽しむついでに私のヘルプ待機だそうだ。
私が一朗君と解散したら、三人で合流して少しお茶をしながら報告会をすることになったけど、この日の門限は17時なので……説明したら許されるだろうから、祖母に連絡。
祖母からわりとすぐに返事が来て、門限は18時に変更となり、しかも祖母が私たち三人を迎えに来てくれることになった。
「部活終わりのチャイムは鳴ったのに、まだお喋りですか?」
日本史担当の教師が教室に入ってきて、咎められた。
「はい、すみません」
「すみません、もう帰ります」
「先生、さようなら」
慌ててスクールカバンを持って挨拶をして、教室を出ようとしたところ、先生に呼び止められた。
「ちょっと、その爪」
「……」
ずいっと前に立ち塞がった先生に怒られると思ったら、「可愛い。お揃いにしたんですね」と優しく笑いかけられた。
「明日は休みですからね。楽しみなさい」
「ありがとうございます」
「月曜までそのままだと、反省文ですからね」
「はい」
こうして、私たちは三人で下校することに。
スクールバスの待機場所で小百合と真由香と遭遇し、明日、私はデートという話で四人が盛り上がる。
麗華と美由と、小百合と真由香はどこかよそよそしかったはずなのに、全員仲良しという感じになって、実に楽しい。
電車に乗り、母が車で迎えにきてくれたので車に乗る。
運転席から助手席にいる私のことはわりと見えるから、母に「可愛い爪ね、朝はそうじゃなかったから学校でしたの?」と笑いかけられた。
「うん、麗華ちゃんのマニキュアで、美由ちゃんと三人でお揃い。お母さんの除光液、まだ余ってる?」
帰宅前でも、車の中はもう家みたいなものなので、くだけてOKというのが自分のルール。
「あるわよ。明日、三人でスカイタワーに行くんでしょう?」
「台湾祭りっていうのがやっているのと、可愛いわたあめドリンクのお店ができたみたいで」
「楽しそうね。帰りはお義母さんが迎えに行ってくれるから、待たせないようにしなさい」
「はい」
家に到着後、部屋着にならないで、そのままお風呂へ。
帰宅したのでマナーモードを解除していたスマホが、脱衣所で「ぽぽん」と音を鳴らして通知を告げた。
慌てて確認したら一朗君からで、『スマホを家に忘れていた、今、帰宅した』というような内容だった。
『お帰りなさい』と送ったら、『明日は9時に押山駅のスカイタワー入り口で待ち合わせで間違いないですか?』と戻ってきた。
親しくなりたいし、親しくなっていると感じているので、調子に乗ってお気に入りのスタンプで『OK』と送信。
「ちょっと琴音。弟もいるのにドアを開きっぱなしにしないの。そんな格好でスマホなんてやめなさい。いくら明日が楽しみでも、出てからにしなさい」
急に母が現れて怒られたので、驚きと焦りでスマホを落としそうになった。
「……はい」
そんな格好とは、裸でしゃがんでいたからだ。
「風邪をひくわよ。遠足の前の日に眠れなくなったり、熱を出すんだから気をつけなさい。明日、遊びに行きたくないの?」
「行きたい!」
「そんな泡だらけの頭で、服も着ないではしたない。せっかく聖廉に入学させたのに」
「気をつけます」
一朗君とお話ししていたのに……と少し腹が立ったけど、母が正しいのできちんとお風呂に入り、出てから部屋でトーク再開のはずが、もう返事が無い。
水族館のタイムスケジュールで盛り上がっていた途中だけど……明日になったら直接話せるから問題ない。
大会のことで疲れて、もう寝たのだろう。
彼が頑張った日に自主練をサボった自分が恥ずかしくなったので、練習に集中することにした。
集中しすぎて23時になって、「もう寝なさい。でないと寝坊するわよ」と母に怒られた。
ベッドに横になり目を閉じたけど、ドキドキして寝つけない。
一朗君はどんな私服だろう。
私は可愛いと思ってもらえるかな。
楽しく喋れるだろうか。
この数日や明日のデートで、私のことを好きかもしれないと考えてくれないだろうか。
「起きなくて良いの?」と母に言われて目を覚まして、時計を見たら待ち合わせ時刻の9時だったので大慌て。
急いで支度をして、母に約束の時間ではないから車で送らないと言われてしまい、バスで駅へ行き、涙目で電車を待ち、電車に乗れたあとも泣きそうで、そんなことをしても電車は速くならないのに、車両内をうろうろ。
【寝坊しました。ごめんなさい】
このメッセージに返事は無いまま。
涙を堪えながら電車に乗り続けて、待ち合わせ場所に到着すると、海鳴生がかなり注目している、かなり可愛い、中等部時代のクラスメートである西野結衣さんが一朗君と笑い合っていた。
「ああ、約束を守れない相澤さん。同じ可愛いなら彼女が良いので、今日までありがとうございました」
「ごめんね、相澤さん。私、前に彼に助けてもらってからずっと——……」
「いやぁああああああ!!」と叫んだら、全て夢でホッとした。
目覚ましがジリリリリリと、かなりうるさい音を鳴らしている。
私は基本、自然に起きられる体質だけど、楽しいイベント時は眠れなくなって寝坊するので、中学生からこのうるさい目覚まし時計を使用している。
大抵、目覚ましが鳴る前に起きるけど、今日はこの目覚まし音で起きられた。
「……」
慌てて居間へ行き、スマホを確認したら、アプリに通知を示す表記があったので安堵。
『おはようございます』というスタンプに、『やっぱりすごく早起きしてしまいました』という文字がある。
ああ、私は本当に今日、一朗君とデートをするんだと嬉しくてスマホを抱きしめて、しばらくニヤニヤしてしまった。




