枝話「藤野颯と推し部2」
推し部の部長より業務連絡あり。
一朗がデートの誘いは直接だと言っていたので全員、邪魔をしないように。
和哉が聖地ワクドで推し部の創設祝いを軽くしようと提案。
明日は先輩たちが参加する大会だし、女子を遅く帰らせるわけにはいかないので、ドリンクを一杯飲んで自己紹介をしてすぐに解散する予定。
放課後から部活開始前までのスマホ解禁時間にこういうやり取りがされて全員賛成。
部活後、一朗が危うくバスケ部に絡まれそうになったけど、俺たちでガードした。
推し部女子から連絡がきて、一朗と相澤さんは二人で帰宅することになったそうなので、俺たちと彼女たちは駅の近くで合流することに。
待ち合わせ場所は一朗と相澤が通ることが分かり、なおかつ二人に見つからなそうな、学校とは反対側にある駅の階段。
全員が集まり、自己紹介の時間もないまま、一朗と相澤さんが改札前に現れた。
「高松さんは本当に良いアシストをしました」
「東さんもしましたよ」
「そこってよそよそしい感じなんですか?」
和哉が二人に突っ込んだら、「制服の時はなるべく敬語でさん付けが校則」だと教えられた。
「つい、サユちゃんと呼ぶ時もあります。小百合さんは言いづらくて。さしすせそは言いづらいです」
「えっ? 私ってそんな理由で名字呼びされているんですか?」
「美由さんは知らないけど、私はそうですよ。麗華さんって呼ばれないのもありますけど」
「それはレイカ先輩が間違えて振り返るからです」
「ああー、そうなんですか。確かに。大会組だとそうなりますね。琴音さんもたまに東さんって呼びます」
「私はなんとなく麗華さんの真似です。私も橋本さんって呼ばれていますから」
「ほらぁ、サユちゃんの思い込み。サユちゃんは圧とかオーラがキッツイんだから、自分から言わないと遠巻きにされるんだって」
「マユカさん、校則」
「校門を出たら無礼講よ。無法地帯。部則は守るけどね。部則にはないじゃん」
「まず校則を守ると決まっています」
「昨日は破っていたのに。まぁ、二人じゃない時は気をつけます」
「サトウさんって推し部になったら、急にキャラが変わりましたよね。Letlの感じとか、今とか、驚きました」と麗華がしげしげとサトウマユカを見つめた。
「ぜひ、マユちゃんかマユカさんって呼んで。猫被りですよ。変人はハブられるので。小学校で失敗した後なのもあり、先輩達が怖かったのもあり。中等部時代は特に怯えていました。でも、そろそろ平気かなって」
一朗と相澤さんの事ではなく、女子たちが自分たちの話をしていると、いつの間にかバスケ部——というか金沢がいて、涼とヒソヒソ話をしている。
金沢はいつ俺たちを発見して、ここまで着いてきたんだ?
何も知らない一朗と相澤さんが改札前で手を振り合い、しばらく見つめ合い、どうぞどうぞみたいな仕草をしてまた手を振り合い、軽く駆け出した一朗が振り返りながら「またあとで」と声を出して、嬉しそうに笑って、また手を振った。
「あおはるだぁー」
「尊い」
サトウマユカと涼が似た顔でじーんと感激している。
美男美女なのでお似合いの雰囲気だけど、なんだか兄妹風。
そういえば、涼の好きな女子って誰だ。
他校生だと言っていたので、この推し部発足はそれ関係が理由ではない。
予定通りワクドへ向うことになったが、涼が「まだいそう」と言い、何かと思ったら、駅の階段下で空を見上げている一朗を発見した。
「……何、その集まり」と一朗は困惑顔を浮かべた。
「お前が相澤さんに愛想をつかされないようにする友の会」と和哉が笑いかけた。
「デパートの会員みたいな名称だな」と一朗は苦笑いして、その後に「俺たちをつけていたのか?」と呆れたような声を出した。
「つけてない。こちら臨時講師、相澤さんの部活仲間です」
涼がなぜ女子たちを後ろへ追いやったのかこれで判明。
俺たちに移動するように手を動かしたので、彼女たちを見せろということだろうと考えて素直に横へどく。
「……夜分遅くになんか変なことに付き合わせたようですみません! 大丈夫ですか⁈」
瞬間、一朗は俺たちをぐるーっと睨み——多分これは本気の睨みだから怖いと唾を飲む。
「親にきちんと連絡を入れました」と東麗華がハキハキ告げた。
「連絡済みです」そう、橋本美由はおっとりした口調で微笑んだ。
「私もです。サユちゃんは、幼馴染さんと最寄駅が一緒なので安心です」
サトウマユカは高松と腕を組んだ。
「私も親に連絡をしました」と高松が淡々と告げる。
「大丈夫なら良いんですが、本当にすみません」
「これから皆でワクドです。だからちょっと面貸せや、田中一朗君。私たちは大事な部員のために取り調べを行う」
サトウマユカはメガネをかけていないのに、まるでメガネをかけているような仕草をしてそう告げて、一朗をビビらせた。
高松が「そんな話じゃないでしょう?」と困惑顔を浮かべ、東麗華と橋本美由は、「四年間のマユカさんと違います〜」ときゃあきゃあ楽しそう。
何だこれ。
★
全員でワクドに行って、一朗は女子に飲み物をご馳走されて、四対一で囲まれて、その隣の席に俺たち八人がいる。
バスケ部の金沢がついてきたし、「なんだあれ、一朗は聖廉生たちに何をした?」と、店にいたサッカー部の三人も増えたので、男子は大人数だ。
「あの、取り調べとはなんでしょうか」
一朗は恐る恐る、というように小さめの声を出した。
まるで面接中というように背筋を伸ばして、顔をこわばらせている。
「サユちゃん、言って」
「マユカさん。だから校則。なんでマユカさんではなくて私なんですか?」
「ほら、明後日、私たちの琴ちゃんをどこに拉致するか聞いて」
「んもう、変な人見知りをするんですから。田中一朗さん、明後日は琴音さんをどちらへエスコートするのでしょうか」
ちょっ、高松、昨日の夜の最初の同じくキャラが違うと俺は吹き出した。
そうしたら睨まれた。あの綺麗な顔でキッと睨まれると怖い。
好きな子というのもあり……好き、好きとか考えるんじゃない!
今はそれどころではないと、思わず髪をかいてうつむく。
「幼馴染に睨まれてこれって弱ぇ」と和哉に肘で小突かれた。
「颯のこんな姿は珍しい」
政は俺の顔をしげしげと眺めている。
「えっ、春野ってあの美人と付き合っているのか? 一朗はそれ経由で彼女持ちになったのか?」
たまに校庭で一朗と楽しそうに遊んでいる、俺は名前も覚えていないサッカー部員の一人に話しかけられた。
「あの、春野ってなんですか? 俺のことですか?」
っていうか、あなたは誰でしょうか。
「えっ? 剣道部の春野じゃないのか? そっくりさん?」
「俺は藤野です。剣道部ですけど」
「木村、春風君は一朗が最初につけたあだ名。すぐ使わなくなったやつ」
「ああ、混じった。名前を呼んだことがないからつい」
一朗は俺に春風なんてあだ名をつけたことがあるのかよ。俺のどこがどう春の風だ。
自分を囲う女子たちにビビっている一朗は固まっていて、何も喋らない。
「あ……の」
「なんでしょうか」
高松に自覚があるのかないのか不明だけど、彼女の圧が強い……。
「箏曲部は休みの日に男女交際というか、デート禁止でした?」
「まさか。お休みですので自由です」
「……じゃあ、これはなんですか?」
「ですから、琴音さんをどちらへお連れするのか尋ねています」
高松、せめてその無表情はやめてあげてほしいと言いたくなる。
「……」
一朗が俺たち——というより俺に助けを求める目を向け、唇だけを動かして声に出さずに『幼馴染』と言った。
今のは多分、「幼馴染」で合っているはず。
「田中さん、質問しているのは私です」
ちょっと、君、高松、昨日と別人過ぎるだろう!
高松の冷めた瞳はじいっと、一朗の一挙手一投足を観察している。
「は、はい! はい! 最初ですので、相澤さんが気楽に過ごせるようにランチです!」
一朗は昼休みの間、ずっと悩んでその結論なのか。
「審議!」
サトウマユカがそう告げて、女子たちがヒソヒソして、代表者の高松がため息混じりで首を横に振った。
「素晴らしい気遣いですが最初ですよ最初。そちらはどうか存じ上げませんが、人生初のデートなのに地元駅で少しランチはどうなのでしょうか」
「裁判官、被告に質問があります」
サトウマユカが高松の前に手をすっと出した。
「許可します」
裁判官に被告って、これは裁判ゲームなのか?
高松とサトウマユカは真剣や顔で、東麗華と橋本美由はすこぶる愉快そうに肩を揺らしている。
「ちょっと、それも私が言うんですか?」
「うん」
「田中一朗さんは初デートですか?」
「……はい」
「男子としては、初デートが地元駅でランチは、思い出として素晴らしいですか?」
「いや、あの、俺はどこでもというか、場所よりも相手というか、誰といるかが大切なので……素晴らしいです」
一朗はさらにこう続けた。
「でもその、初めてだからデートらしいところに行きたいけど……彼女にもそう言えたんですが……どこが良いか分からなくて……困っています……」
瞬間、すまし顔だった高松がぱあっと笑い、他の女子たちも笑って拍手喝采。
高松の表情や態度の落差に俺の心臓が跳ねる。
だからなんだこの会は!
「実際そうですよね」
「私もそう思う」
「しかもさ、負担をかけないようにって格好良いですね」
「誰といるかが大切ですだって。きゃあ、男子ってそんな事を本当に言ってくれるんですね」
とりあえず、一朗の印象は悪くなさそうなので、むしろ好感度が上がっているようなので様子見。
「……今みたいなことって、言えたら言う方が好感度は上がりますか? その、他の子は別にだけど……。アイザワサンノ」
前髪をいじりながら小さな声を出した一朗の語尾は、まるでカタコトのロボットみたいな発声になった。
「おうよ。上がるから言いなさい。私たちは琴ちゃんの惚気をおやつに楽しくなって、仲良くなるからよろしく頼みますぜ、旦那ぁ」
これはどう考えても、少し前に連載が終わったジャンプ漫画のキャラクターが使う台詞だ。
本当、サトウマユカのキャラは不思議過ぎる。
「……あの、相澤さんも漫画を読みますか?」
「あっ、田中君は自転車通学で遠いです! 早く帰らないと、琴音さんとデート相談が出来ません」
「帰ったらデートの相談をするって連絡がきました」
「一朗君、帰って下さい!」
橋本美由が「田中さん」や「田中君」ではなくて、「一朗君」と使ったので、もしかして相澤さんは友人たちの前では「一朗君」と呼んでいるのでは? と感じた。
一朗が、俺たちには「琴音ちゃん」と言っているように。
「早く帰って下さい!」
「さっさと帰れや、田中の旦那ぁ!」
面貸せやから、帰れ帰れって。
しかも、一朗が求めているデートスポットの相談や、「相澤さんも漫画を読みますか?」という質問の答えは無いままだ。
一朗は嬉しそうな顔で「早く帰ります!」と叫びながら立ち上がり、ご馳走様でしたと綺麗なお辞儀をして、鼻歌混じりで歩き出し、階段を落ちそうになり、手すりを掴んでセーフ。
「安全第一ですよ!」
「ラストが死亡オチは漫画やドラマだけで良いですからね!」
「車に気をつけて下さい」
「怪我をせず、健康でいて下さい」
どうもと手を振りながら一朗が去り、女子たちがきゃいきゃいはしゃいで、東麗華が「あっ」と叫んだ。
「琴音さんは生き物が好きだから、猫カフェや水族館、ショッピングモールならララモがおすすめで、ペットショップも見るって言い忘れました!」
「部長ー、伝えて下さい」
サトウマユカが涼に向かって、無邪気な笑顔を浮かべながら、グッと親指を示した。
「了解」
水族館はベタだけど、いきなり誘って良いか迷う場所だろうし、猫カフェなんて発想は全くなかった。
「一日デートなら映画もありなはずです。一朗君が嫌いではなかったら、琴音さんは今、サメのパニック映画が観たいです」
東麗華もしれっと「一朗君」と口にしたので、相澤さんはやはり友人たちの前では、田中君ではなく、一朗君と名前を呼んでいそう。
「琴音さん、あの性格なのにホラー系好きですよね」
「えっ、琴音さんってそうなんですか?」
高松が東麗華に向かって、目を丸くして、意外そうな表情を浮かべた。
「サユちゃん、意外過ぎるね」とサトウマユカも相槌をうった。
「怖いシーンの音楽を考えるのが、楽しいらしいです」
「ジョーズのあれを越えられない、あれは偉大って作曲しています」
「いきなり語り出して弦をペインッ! ここで生き残りそうなヒロインが死んでしまう! とか言うから怖いんですよ」
「恐竜もサメも蛇も必死に生きようと戦ってる……ってなんか尊そうな顔をするのも怖いです」
「怪物に殺される映画なのに、人も生き物も頑張ってあがいて凄い! って、おめめキラキラです」
「琴音さん、可愛い蜘蛛さんがいたので逃しましたって言うくらい、生き物全般が好きです。蜘蛛が可愛いって理解できません」
意外、意外と高松とサトウマユカが楽しそうに笑い、「ですよね」と東麗華と橋本美由もとても楽しそうな、可愛らしい笑顔を浮かべている。
戸倉さんに失恋疑惑の政、好きな子がいるらしい涼以外の男子が、全員可愛い、聖廉生は可愛いみたいな惚けた顔をしているように見える。
「一朗の琴音ちゃんは、変わり者そうだな」
「みたいだな」
政に話しかけられたので相槌を返す。
「なぁ部長、この話題は推し部として一朗に教えるべき?」
和哉が涼に問いかけた。
「えっ? 教えたけど。自転車に乗っているからか、既読はつかないけど」
涼なので、何を送ったのかみんなで確認。
そうしたら『友人たちが教えてくれた相澤さんが好きなところ』『水族館』『ショッピングモールwithペットショップ』『猫カフェ』だったので、余計なことは書いていなかった。
ザ・シンプル・イズ・ベスト。
「お互いの話は本人同士でするべきだから、今の相澤さん話については送りませんでした。遅くならないように、自己紹介をして、ほどほどに帰りましょう」
涼は「まずは颯から」と、なぜか俺を指名。
「春野……じゃなくて藤野。推し部って何?」
まだ名前の分からないサッカー部員の一人が、俺の前の机をコンコンと軽く指で叩いた。
「一朗の応援団と、一朗の彼女さんの応援団が合体した部活」
「へぇ、俺も入れる?」
「さぁ。部長と副部長に聞いてくれ」
聞いてくれと言ったけど、代わりに質問した。
「収拾がつかなくなるのでダメです」と副部長のサトウマユカが拒否。
「聖廉生と仲良くなりたいことは分かっているんですよ。誰でもは面倒だからお断りです。少しくらい、どの女子狙いか決めてからにしなさいコノヤロー。って言って、サユちゃん」
サトウマユカは高松を見据えている。
「マユカさん。そこまで大きな声で言えるなら、自分で言えるでしょう? 言ったも同然ですよ?」
「私はサユちゃんに言っただけー」
サッカー部員の一人、木村と呼ばれていた男子が、ぼそぼそっと、「チアの牧田さんを知っていますか?」と問いかけた。
「チア? 牧田さんって誰? 分かる?」
「チアは高等部からなのもあって、分からないなぁ」
「チア部と仲の良い人っている?」
「舞踊部が繋がってそうじゃない?」
「全く中身を知らない海鳴生が、チアの牧田さんと喋りたいと伝えておきます」
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
俺たち海鳴生はそわそわしながら、彼女たちに挨拶をするか、話しかけてみるか悩んだりしているものなのに、こんなにあっさり。
「本当ですか!!!」
「海鳴生さんですし、友達の彼氏の友達ですし、本気そうだし、私たち、牧田さんと友達ではないので」
「上手くいったら楽しいけど、変なことになっても別にだよね。牧田さんもチア部も自分たちと関係無い人達だから」
「ねー」
「うん」
部則にはなかったのに、推し部に入部可能なのは心の底から二人を応援する、親友たちだけという条件が提示された。
この後、副部長のサトウマユカ——正確には彼女に頼まれた高松が部外者たちを追い出して、涼の仕切りで軽い自己紹介をして解散。
この自己紹介の最中、政が「同じサトウですね」と話しかけたことで、サトウマユカの名字が『佐藤』ではなく『佐島』だと判明した。
この日の帰りは、全員電車で帰宅で、俺と高松は途中から二人きり。
大緊張したけど、小学校の時の話で盛り上がれて安堵。
ただ、タイミングがなくて、あのことを謝ることはできなかった。




