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お誘いと不安

 四月の半ばなので、夜になるとまだまだ風が冷たい。

 それなのに隣に一朗君がいるから体が熱い。

 さり気なく道路側を歩いてくれて優しいなとか、彼の存在を私に印象付けたお守りがカバンで揺れていると考えながら、ついに一緒に帰っているという喜びを噛みしめる。


「それでその、明後日は部活が休みなんですが、部活の休みはかなり少ないから、もし平気なら、少しランチとかどうかなぁと」


『期待したデートのお誘いを本当にされた!』と嬉しさで叫びそうになった。


「それはぜひ、お願いします。私も今後、日曜も部活になるので休みが少ないです」


「……本当に良いんですか?」


 断られると思っていたというように、一朗君は驚き顔で私を見つめた。

 そんなにジロジロ見られたら恥ずかしいと、熱くなった顔を手であおぎたくなるけど、変な仕草だろうから堪える。


「もちろんです」


「……それはその、安心しました」


「嬉しいです。とても」


 『とても』を付け加えるか悩んだけど、勇気を出して誘ってくれたという様子なので私も。

 一朗君は無言でそっと片手を首の後ろに当てた。

 もう何回か見ているので、照れくさい時の癖なのだろう。

 

「誘っておいてあれなんですが、急な思いつきだから予定があって。夕方から習い事に行くんです。だから5時には地元駅に着きたいです」


「予定があるのに誘ってくれてありがとうございます。習い事はなにをしているんですか?」


 月末の日曜にある私たちの演奏会には行けない、剣術道場へ行くと言っていたのでそれかもしれない。


「習い事も剣道です。日曜の部活後に行っています」


「私も部活とは別に(そう)を習っています。似てますね」


「へぇ。何曜日に習っているんですか?」


「その、父が先生なので不定期です」


 ただ、日曜の夕方や夜が多い。

 だから私も夕方早めに解散は助かる、でも急な約束でなければ都合はつけられると続けた。

 

「次は早めに言います。あと早めに都合を聞きます。あっ。後で部活の年間予定表を送ろうかな。どうですか?」


「それなら私も分かる範囲の予定を送りますね」


 私たちは部活人間同士のようだけど、だからこそお互いの部活への気持ちを理解できるだろう。

 学校は隣同士で、登下校の様子だとテスト期間などが被っていて、合同行事もあるからお出掛けは明後日の一回だけではないはず。

 聖廉(せいれん)生には興味を抱いたけど、相澤琴音という存在には惹かれなかったという理由でフラれなければ。

 一朗君から見て『可愛くて性格の良い気が合う楽しい女子』とは一体どんな感じなのだろうか。


「思いつきで突然誘ったんで、どこが良いみたいなことはまだで。まず場所を決めましょう」


「田中君はお出掛け後に剣道のお稽古があるので、そちらの地元の船川駅はどうですか? 乗り換えなしで行けるので、私も楽です」


 用事が無くて特に行ったことがないのもあり、一郎君の地元は気になる。


「俺が両橋に行こうかなって思っていました」


「お稽古ギリギリまで……いえ。こほん。あー、地元駅は飽きているので」


 危うく『ギリギリまで一緒にいたい』と言うところだった!

 でも、多分誤魔化せていない気がする。

 そもそも、頑張って言った方が良かったかもしれない。

 地元駅は飽きているって、その飽きてそうな地元駅へ行こうとするのは感じが悪いと慌てる。

 しかし、発言は取り消せないし、時間も巻き戻らない。


「……あの。お互い部活ばっかりで予定が合わないことが多いだろうから、その。ランチでもって言ったけど……」


「……はい」


 やっぱりやめた、そんな失礼な発言をする女子とは出掛けたくないと言われると怯える。


「したことないのもあり。デートなんてこれまで全く無くて。だからちょっと、そういうところへ行きたいなぁと」


「……」


 一朗君は私と出掛けることが人生初デートという超強力な言葉が飛んできて、胸をぶすっと刺した。

 そういうところ=デートスポットだろう。

 それなら……映画は一朗君と喋れない時間が多いからから嫌。映画はもっと仲良くなってから。

 動物園や水族館……は私は好きだけど男子的にはどうなのか。

 ショッピングモールでお店を見て回って楽しくお喋り……も女子の遊びな気がする。

 男子って何をして遊んでいるのだろうか。弟がいるのに男子の行動や好みが分からない。

 

「そうしましょう。一郎君はどこに行くと楽しいですか?」


 一朗君が居るならきっとどこでも楽しいと勇気を出して言おうとして、丸投げは迷惑な気がするのでやめた。


「私は友人とぷらぷらして面白いものや可愛いものを見て回ったり、なんとか館とつくところへ行くことが多いです」


「それなら……。考えるので、続きはまた通話でしませんか? 急だから、相澤さんも考える時間が欲しいかなぁと」


 なぜ今ではないのだろうという疑問を抱いたので、問いかけようとしたら、一朗君が「という理由で、今日も寝る前に話せないかなぁと……」と小さな声で続けた。


「……それなら、そうしたいです」


「どうも。その。ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます」


「……」


「……」


 照れなのか一朗君が喋らなくて、胸がいっぱいの私もお話しできない。

 もしも、私よりも先に他の女子が一朗君に連絡先を聞いていたら、今、このような時間は存在しない。

 他の女子が今の私のような扱いをされて、ニヤニヤ、デレデレ、ウキウキしていたところだったので、本当に勇気を出して良かった。

 一朗君は、彼から見て可愛い聖廉生なら誰でも良かったので、危うく他の女子にこの幸せを奪われてしまうところだった。

 失恋は可哀想だけど、恋は戦争だと……誰が言ったんだっけ?

 美由が貸してくれた漫画の主人公の友人だ。


「えーっと、あの、部活。相澤さんの大会はいつですか?」


「部活の大会は七月です」


「大会組だから気合いが入っていますよね」


「はい」


「曲はなんですか? あっ、琴だと、曲名を聴いても分からなそうです」


満華光(まんげこう)という、父の祖母、私のひいおばあ様が若い頃に作った曲です」


「ってことは、相澤さんの家は琴の家系なんですか?」


「いえ。祖母はその時代だから花嫁修行の一貫で習っていただけで、作曲は趣味で、プロは父だけです」


「えっ? プロ? 相澤さんのお父さんはプロなんですか?」


 父に直接言ったことはないけど、私は父を尊敬しているので、祖母と弟が主に運営している、父のIn Telegramのアカウントを一朗君に見せた。

 もうすぐ、テレビで放送されている楽団に客演で呼ばれるので、時間があれば観て欲しいと、該当投稿をみせながら宣伝する。


「……あれっ? この人……。妹が言っていました。バイト代でこの人の演奏会に行くって。近くの市民文化ホールで演奏会があるらしくて」


 それならこれではないかと、宣伝投稿を見せたら、多分これ、地元にあるホールだからそうだと言われた。

 これは大学や社会人サークルと父が行う、音楽を楽しんでもらおうという気軽な演奏会だ。


「来て下さるのは、琴に興味がある妹さんとご友人ですか?」


「多分一人です。行くってしか聞いていないので。いや、友達とかな……。詳しく聞いていないので分かりません。うわぁ。こんなことってあるんですね」


 父は琴に興味を持つ人なら辿り着くはずの有名奏者で、私の出演している動画でも他人のふりをして紹介するので、その動画を観ている一朗君の妹が父を知っていても不思議ではない。

 動画出演のことはまだ教えないので、今は驚いたふりをしておく。


「チケットがまだなら父に頼みますよ。友人が行きたいと言うと、数枚くれますから」


「いやいやいや! プロはお金をもらうものです! 妹が払います!」


 やっぱり一朗君は真面目だ。

 妹さんのために遠慮せずと伝えたら、申し訳ないし、理由も言えないからと断られた。


「理由も言えない……ですか」


「だって彼女のお父さんだったからなんて。彼女って。彼女……なんですよね。うわぁ……。本当、慣れない……」


 私も照れて両親に秘密にしているので、一朗君も同じように家族に隠しているということ。

 慣れないと口にしたように、一朗君は前髪をちょんちょんといじって、目を泳がせて、とても照れくさそうにしている。

 嬉しさで全身がくすぐったい。


「家族には恥ずかしくて言えないですよね……」


「恥ずかしいっていうか、絶対にうるさいから言いたくないです。どこの誰? どんな子? 写真は? って言い出します。あいつら、特にランと母さんは、毎回うるさいんです」


 妹は『リン』だったはず。『ラン』も姉か妹だろうか。

 それよりも、()()という言葉が引っかかった。


「毎回? 彼女さんができるたびに毎回ですか?」


 さっき、デートなんてしたことがないと言ったのに、どういうことだろうか。

 過去は変えられないのに、メラメラ嫉妬心が燃えた感覚と、とても悲しい気持ちが押し寄せてきた。


「えっ? これまで彼女がいたことはないです。あっ、毎回というのは……。呼び出しとか、チョコとか……。なんかそういうのが見つかった時に……」


 『チョコとか』のチョコはバレンタインのチョコのことだろう。

 一朗君は呼び出しされたり、バレンタインにチョコを贈られたことがあるんだ。


「……モテるんですね」


「いやぁ……。まぁ……稀に……少しくらいは……。興味のない女子には……。相澤さんは違うから……彼女になってくれて……嬉しいです……」


 短い髪の毛を掻きながら、一朗君はうつむいて、どんどん声を小さくした。

 一朗君から見て、『可愛いとは思えない女子』にしか告白されたことがなかったということ。

 自分だったらとか、その子の気持ちを思うと切ないけど、人には好みがあるので仕方がない。

 私は運良く、『可愛さ』というハードルを越えられたみたい。

 ただ、他の女子と一朗の交流が始まったら争奪戦が勃発する、私自身を気に入ってもらわないと振られると不安が押し寄せてきた。


「その、こちらこそ、お付き合いしてくれて嬉しいです……」


「ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 お互い照れが爆発したのか喋らないまま歩き続けて、駅に到着して、改札前まで送ってもらった。

 デート先は通話で相談する。それまでにお互い考えようと約束してお別れ。

 初めて一緒に帰れて、今夜も通話できて、明後日はデートだなんて素晴らしい。

 しかし、一朗君の取り合いに勝てるか不安でならない。

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