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今日から君と待ち合わせ  作者: 彩ぺん


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天泣土潤満華光

 これからついに夏休み。全国大会まであともう少し。終業式後のこの時間に、箏曲部の大会組は、初めてのリハーサルを行う。

 動きの練習のために本番と同じく着物に袴だけど、髪型は簡単にまとめただけ。ホールで練習できる日は限られている。今からも本番、絶対に優勝したいと舞台袖で精神統一。

 

「小百合さん。緊張に負けないように、藤野君に一番前の真ん中って頼んでありますからね」


 真由香が緊張感のない愉快そうな笑い声を出して小百合の腕を指でつついた。


「観客は野菜です」


「藤野君の坊主を見て笑っちゃったらどうしよう。観客は野菜。野菜。気を確かに持たないと」


 小声で笑った真由香が肩を揺らす。

 ふと観客席を見たら、あのパーマ風癖っ毛で格好良かった藤野君が、今は五分刈りで額がM字。あの感じで凛と座っているなんて……


「ぶふっ」


 つい、吹き出してしまった。


「琴音さん、集中してください」


「真由香さんのせいですよ」


「今なら試練ですー」


 コソコソと、真由香と言い合っていたら小百合に「静かになさい」と睨まれた。

 総部長が近づいてきて、「二年生は落ち着いていますね」と笑った。


「先輩もそう見えますよ」


「私はね。ほら、あっちが酷いから。練習なのにガチガチですね」


 あっちとは三年生が集まっているところ。一年生の三人なんて影に溶けているようにジッとしている。


「よーし、円陣でも組みましょう。みんな、集合」


 練習だけどするんだ。先輩たちと肩を組める回数は残りわずか。先輩と先輩の間に挟まるように移動して肩を組む。


「いいか、我らは女王だ」


 遊佐先輩の凛々しい声が静かに響く。聖廉箏曲部の円陣に、決まった文言はないけど『女王』はどこかに入る。


「我らは女王」


「二連覇するからまずは今年。我らは女王聖廉、熱演しましょう」


 遊佐先輩が喋る前に小百合が割り込んだ。


「いいぞ後輩。一年、三連覇するという目標を掲げなさい。我らは女王、聖廉なんですから」


 急に視線を送られた小山さんが、おずおずと「はい」と呟く。赤津さんが「任されたいのでまずは今年です」と被せた。


「天が泣き、大地が潤い、満開の華が咲いて世界は光に包まれる。それが満華光という曲です」


 真由香は私と小百合を順番に見てから全員を見見渡してにこやかに笑った。

 私だけは、彼女自作のオーケストラ曲『天泣土潤満華光』の主旋律を把握している。父が演奏して世の中に出したのはその一部だけ。


「聖廉のための合奏箏曲『満華光』はこの世に一つだけ、このメンバーでしか弾けない名曲だから絶対に負けません」


「そうだ、我らは聖廉です。誰にも負けない絶対女王」


 遊佐先輩が締めてくれたのに、真由香は悪戯っぽく笑って「誰かが失敗しなければ」と続けた。


「練習は嘘をつきません。本番まで時間があるから今日は大いに失敗しましょう」


 真山先輩が良いことを言い、真由香はますます嬉しそうな笑顔になった。


「私と鬼練習しましょう。女王聖廉、熱演しましょう」


 二年生で私だけ喋っていなかったので参加。遊佐先輩の最後の台詞が「全員、ぶっ倒す!」だったので大笑いしそうになった。品の無さに、視界の端で顧問が怒っている。

 麗華と一年生の声がしたので本番練習開始。決められた順でステージへ出て箏の前に腰を下ろして深呼吸。

 コンクールの時とは違い、観客は練習に付き合ってくれる自校の生徒と海鳴生や保護者なので雰囲気が柔らかい。

 これだと、本番の緊張感を浴びられなくて不足だけど、メンバーの半分がガチガチなのでちょうど良いかも。

 ゆっくりと観客席を見渡し、坊主の藤野君に吹き出しそうになり、隣にいる一朗君を見て冷静になった。

 目が合ったので、手を振れない代わりにウインクをしてみた。

 コンクールは聴いてもらえていないので、今日が本当の私の演奏を彼に披露する日。

 ますます私に惚れて、夢中になれ!

 

 ☆★


 煌めくスポットライトの下にいる琴音ちゃんを、座席から見上げて見つめるのは去年の秋、文化祭以来。

 この春まで、手を伸ばす勇気が出ないくらい眩しい女の子だった。今は手を繋げるけど、日々、光は増していくからずっと追いかけている気分。

 今はあの輝きの裏にある真逆の暗さも知っている。憧れの朝日ちゃんは『優しくて可愛い女の子』ではなくて、もっと多面的で普通で才能豊かな『面白い女の子』だった。

 琴音ちゃんの父親が弾いた原曲を動画で聴いたことがあるけど、合奏曲として聴くのは初。

 身内だらけだからか、ホール内の静寂には柔らかさが滲んでいる。


 そこに一音。あまりにも澄んだ音が鳴り響く。

 瞬間、全員が順番に弾いて主旋律が流れた。それと同時に誰とも無しに伴奏も始まっている。

 俺は音楽とは無縁の生活で生きてきたけど、琴音ちゃんを理由に文化祭で箏曲部の演奏を鑑賞して感激したことはある。

 プロである相澤恭二の演奏も動画で観たし、寄付してくれた佐島さんの父親が指揮するオーケストラも同じく。

 生演奏だからかもしれないが、目の前の演奏は肌をビリビリと震わせ、それでいてとても心地良い、プロ相当の演奏だと感じる。

 と、思っていたら素人の俺でも分かるくらい何かが欠けてズレた。

 そこであれっと気づく。音がポウッと光って見えて、それがメンバーそれぞれのところへ飛んでいく。

 勘だけど、あれは全部、琴音ちゃんの音だ。彼女の視線の先に音が飛んでいって光るからきっとそうだ。

 引っかかったり、つまづいたりしながら合奏は進み、次々と独奏者が変わって、その流れの中を琴音ちゃんの音が縦横無尽に飛び回る。まるで、水やりみたいだ。

 佐島さんから高松さん、そして遊佐先輩や真山先輩への流れは鮮やかかつ圧巻で、ステージそのものにブワッと花が咲き乱れたような錯覚に陥る。

 その背後には常に琴音ちゃんの音がある。手元はほとんど見ていなくて、目の動きがまるで俺のライバルたちみたいで、情報を高速処理していると伝わってくる。

 最後は数音、遊佐先輩で終わった。

 後半は圧巻だったからか、拍手はすぐに起きなくてホール内は静まり返っている。俺も指先が震えて、胸が熱くてまだ拍手できていない。


「練、習、不足! 私たちは女王になるのになんて無様な合奏ですか! 規律!」


 聖廉生はパッと見、おっとりほんわか癒し系なのに遊佐先輩が豪快に叫んだ。

 箏曲部の大会組が次々と規律して、遊佐先輩の「礼!」に合わせて上品なお辞儀をする。圧の強さに驚いて手が動かない。


「仕上げて絶対に女王になってきます! お忙しい中ご清聴、ありがとうございました! 礼!」


 メンバーが頭を上げると遊佐先輩はまたお辞儀をした。またメンバー全員がお辞儀をして感謝の言葉が続く。

 今の遊佐先輩の声は震えていたし、高松さんは鬼のような悔しく顔で両手を握りしめている。ここでようやく、俺は魔法が解けたように拍手をできた。

 他の人たちもそうなのか、ゆっくりと拍手が大きくなっていく。


「遊佐さーん! 俺も頑張るんで頑張って下さーい!」


 俺のすぐ後ろで松谷ゴリラが大絶叫。鼻声だから泣いている。ゴリ先輩に感激して泣く繊細な心があるとは。

 恥ずかしくないのか、箏曲部三年の名前を次々と口にして「応援してるから応援してください!」である。


「すげえな、松谷先輩」


 隣に座る颯が耳打ちしてきた。五分刈り頭をまだ見慣れなくて「誰だ」って一瞬なった。

 モテたせいで面倒な女子に目をつけられたから、ダサい髪型にする、反省も込めてって髪を剃るなんて。颯は親しくなるほど『ちょっと変なやつ』である。

 涼や威生(いお)もイケメン変人だから、俺が親しくなる男はそうなのかも。今後、和哉や政はどんな変人姿を俺に見せてくれるのやら。


「他の男子に牽制じゃないか?」


 颯の声が聞こえたようで、涼が会話に加わる。


「そうかもな。一人に絞れ」


 コソッと言ったのに、後ろから頭を叩かれた。松谷先輩が半立ちして愉快そうに笑っていた。地獄耳かよ。

 メンバーが次々と舞台袖へ向かっていく。それなのに琴音ちゃんは一人だけ違う動きをして前の方に出てきて、中央で優雅に頭を下げた。

 司会役の一人、東さんの声が響く。


「続けて、聖廉と海鳴、両校の全ての部活への応援演奏をさせていただきます。奏者は先日、M邦楽コンクールで最優秀賞を受賞した二年C組相澤琴音です」


 これは聞いてなかったと襟を正して背筋を伸ばす。さっきまでも姿勢良くしていたつもりだけどさらに。


 琴音ちゃんは元の位置へ戻り、右手を上に伸ばした。誰かに、何かに縋るというように。

 着物の袖は床に向かって落ちているから、真白の肌が剥き出しでまるで糸のよう。

 そうっと、真っ直ぐ降りてきた腕が、指が音を鳴らした。音が風船のように膨らんで弾けて散ってキラキラ光った気がして目を擦る。

 ゆっくり、じわじわと始まった演奏は合奏曲と同じ『満華光』だ。

 彼女の父——プロの相澤恭二が演奏する曲と名前は同じなのに合奏曲と同じく、最初やところどころが違うメロディーになっている。

 心地良くて素晴らしいけどどこか寂しい。ずっと独奏で伴奏がいないから……急にあまりにも速くなって曲調も雰囲気も様変わりした。

 痛々しくて激しい、まるで激怒して叫んでいるみたい。まるで俺と喧嘩して時みたいで、「ちょっ、待って。まだ怒ってるの?」と言いそうになった。

 包丁で切ったみたいにそれが終わり、無音から一音

、一音、演奏から一音と悲しくて儚い曲になり、そこから徐々に悲しくも明るくなった。

 悲壮感は徐々に消えて、軽やかに、鮮やかになって『満華光』の世界が戻ってきて、合奏の後半の時のように花が見えた気がした。それも沢山。


 祖父の家で、とても悲しそうに弾いていた彼女とはまるで別人で、嬉しくてしかたなくてすぐに拍手した。

 俺の拍手だけがホールに響き、続いて爆発したような拍手が巻き起こった。

 琴音ちゃんが立ち上がり、再び舞台前の中央まで歩いてきてゆっくりとお辞儀をした。

 東さんの声がマイクを通してホール内へ伝わる。


「演奏曲は『満華光』と『地獄花』の混成曲で、作曲編曲は二年D組佐島真由香さんでした。日々、励まれている皆さんに幸運の女神が微笑みますように」


 頭を上げた琴音ちゃんが舞台袖へ向かって歩いていく。橋本さんたち、演奏会組が舞台上の箏を運び始めた。拍手は鳴り止まず、すすり泣きも混じっている。

 琴音ちゃんは舞台袖へ消える前にくるりと体の向きを変えた。パチリと彼女と目が合う。にっこりと笑いかけられて、小さく手を振られた。思わず、すぐに手を振り返す。

 なにあれ、可愛い……っ痛。どうせ松谷先輩だろうと後ろを見たら、やっぱりそうで顔が怒っている。


「おい、ゴリラ。今のは八つ当たりだから後輩いじめだ。やめろ」


 ナイス副部長。そう言ってくれるなら、先輩後輩のじゃれ合いということで許す。


「でも、だって」


「座れゴリラ」


 俺たち二年の背後で、三年生たちの部長弄りが始まった。彼らとの時間は残りわずか。寂しいな。


 ☆★


 昨夜、私は夜遅くまで起きていたから眠くてならない。コンクールで最優秀賞者と紹介されるから全力で弾いたので疲れた。


「相澤さん、大丈夫ですか?」


 真山先輩の声がしたけど、椅子に座ったら睡魔がすごくてまぶたが開かない。

 後ろにガクッとして目が覚めたけど、すぐに眠さでうつむいてまどろみに沈んでいく。

 

「先輩、この控え室って今日はもう誰も使いませんよね?」


 小百合の声がする……。小百ちゃん、約束通り合奏できるようになったね……。


「コンクールでも全力演奏をして爆睡したので少し休ませてあげてください。私が見てますから」


 真由香……ずっと音楽で遊ぼうね……。これからもずっと……。


「顧問の許可を取ってきます」


 白詰草が沢山咲いている。ここは……小学校の時に真由香と小百合と遊んだ公園だ。

 冠を作って、指輪を作って、首飾りも作って、鬼ごっこをして飽きて、演奏したいと親に頼んで真由香の家に行った。

 私たちにしか弾かない秘密の演奏に、こんな曲はどうかなという作曲。このくらいは弾けるようになったという小百合の披露。

 

『高松さんと相澤さんの負担軽減で、三年時に役員から外れるのは大賛成です』


『先生、私たち、来年は全員大会組志望なんです』


『だから総部長は自動的に佐島さんではなくてもいいですが、実績的には彼女がいいと思います』


『何気に強気な橋本さんと、外部組の気持ちが分かって気が強い西園さんをサポートにつけるといいと思います』


『佐島さんが総部長なら、副部長は二人がいいと思います』


『真由香さんは私以外の生徒とも向き合って人見知りを克服していますから、ここでスパルタ……じゃなかった、挑戦で役員はいい案だと思います』


『ちょっと小百合さん、言い出したのは私だけとスパルタって言い方。小百合さんは私の保護者じゃなくて友達でしょう?』


 これは夢だけど夢ではない。この間の話し合い、幸せな記憶。今日はあんな演奏だったけど、追い込んで聖廉が優勝。そして来年は新三年生がいる大会メンバーで、同じ曲を真由香が新メンバーのために編曲して二連覇……むにゃ。


「……ちゃん。琴音ちゃん。起きれる?」


 この声は一朗君。あんまり夢に出てこないから嬉しい。


「……琴音」


 甘くて凛々しい声にハッとして目を見開く。まぶたが重くてゆっくりと。一朗君の顔が目の前にあって下から私を見上げていた。


「……」


「……」


 なんとなく無言。顔が熱くて照れで声が出ない。いつか慣れる日は来るのだろうか。

 今、呼び捨てにしたよね。いつもと違う、凛々しくて格好いい響きだったと冗談めかして言いたいのに唇の端が震えるだけ。


「寝たふりしてただろう。あー、もうっ。恥ずかしいからそういうのはやめて」


「寝たふりなんてしてないよ。なんて言ったの?」


「起きたなら行こう。俺なら起きるって言われたけど、本当に起きて驚いた。ふざけた気遣いだと思ったのに」


 背を向けた一朗君は首の後ろに手を当てた。すっかり見慣れた、彼の照れ仕草。一朗君なら起きるって言ったのは、そんなふざけをするのは真由香だ。

 控え室内には私たち以外、誰もいない。そういえば、眠りに落ちる前に「寝かしてあげよう」って聞いたような。

 ふーん……。


「昨日、お菓子を作ってたら寝るのが遅くなっちゃって」


 一朗君は即座にこちらを向いて破顔した。


「俺にだよね!」


 そんなに私の手作りお菓子が欲しかったの。知っていたけど、予想以上の勢いに笑みがこぼれる。私は笑いながら目を閉じた。


「眠り姫だから起きられません」


 コンクールの日とは逆で、誰もいないから起こしてもらおう。


「俺は王子様ってガラじゃないけど」


「知ってる」


 そう言ったけど、田中一朗君は音楽の神様が私を捕まえるために用意した運命の王子様。

 今日のグダグダ合奏と一般観客への演奏で、私の茨は完全に枯れた。

 彼の役目は終わってしまったので、今後の二人の行方は私たち次第。

 そっと唇が重なって、幸せだなと胸を高鳴らせてゆっくりと目を開く。目が合ったので笑い合う。


「……やばっ。防犯カメラのことを忘れてた。すぐに出たら誰もチェックしないはず。行こう」


「忘れてた! 早く逃げよう」


 手を取り合って握って部屋の外に出たら、剣箏部たちがいて、これで合同壮行会に行ける、お腹が減ったと笑われた。


 ☆★


 翌日。

 今日からは、運命の王子様ではない君と待ち合わせ。

「ただいま」や「おかえり」と言い合える、待ち合わせが終わる日がいつか来ますように。

 

2024年からのこのお話にお付き合いいただきありがとうございました。

リアクション機能がついて、リアクションという反応があることでさらに励みになっていました。

誤字脱字を修正してくださる方も、いつもありがとうございます。

いつものように感想で希望があって、執筆が上手くいったらおまけ話を追加します。

(いつものように、おまけ話は希望がなくても作者の気分でも増えます)

☆〜☆☆☆☆☆で評価、一言でも良い悪いの感想をいただけるとさらに励みになります。

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