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3話 できる限りの治療をー3

 サクラは一瞬安堵したが、すぐに、まだ治療が終わっていないことを思い出す。


「ありがとう。椅子を持ってきてくれ。」


 支えてくれていたトーヤと店主にいい、自身は床に手をつかぬよう立ち上がる。

 店主は立ち上がる手助けをし、トーヤは椅子を持ってきた。

 メアリに赤子を温めておくよう伝え深呼吸をする。


 ユニの腹をまだ閉じていない。皮一枚の話ではあるが、この場でほかの誰かに代わりに縫ってくれというわけにもいかないだろう。

 器具を持って手と創部を消毒しなおす。もう消毒するための魔力も残っていないので、消毒液を創部に塗り付ける。

 

「ユニさん、あなたの生命力を使って傷口をきれいに閉じることもできるけど、産後の疲弊した状態でやるとさらに寿命が縮むかもしれない。子宮を閉じるときにある程度使ってるのもあるし、使わずに縫い合わせるでいいですか。傷口は残るし直るまで時間もかかるが、子供ができたんだ。できるだけ元気に長生きできることを優先したほうがいい。皮一枚なので次の妊娠には影響はない。」


「…わかりました。」


 何か言いたそうな空気を察したが、今のサクラにそこに構う余裕はなかった。

 皮膚を縫い合わせるのは行ってしまえば単純な作業だ。

 黙々と縫い合わせる。


「先生、赤ん坊の臍帯と胎盤を離していいですか?」


 斜め後ろからメアリが声をかけてくる。

 準備されていたタオルでくるんだままで、そのあとのことを指示するのを忘れていた。

 臍帯もクリップで止めたままだ。


「ああ、赤ちゃん側においてある道具は適当に使ってもらって、臍帯を胎盤から切り離して、顔もきれいにしといてくれ。」


 言っている間に皮膚を縫い合わせるのも終了した。


「終わったよ。」


「あの…」


 ユニが口を開いた。


「赤ちゃんは、無事なんでしょうか?」


 …ああ。サクラは自分の頭を殴りたくなった。


 

 そして師の言葉を思い出す。

「治療っていうのは、相手の病気を解決するまでじゃない。」




「伝えるのが遅くなって済まない。もちろん赤ん坊は無事で、治療は終わっていますよ。」


 自分を殴りたくなった衝動を抑えて笑顔で答えた。


 ユニと店主は力が抜けた顔をして、顔を見合わせる。そして同時に笑い出す。


「あっ、奥さん、お腹にあまり力を入れないで。」


 縫い合わせたといっても糸で寄せているだけだ。傷自体が治ったわけではない。

 

「先生、あとは傷口の保護だけであればこちらでやっときますから、奥の部屋で休んできていいですよ。」


 メアリが声をかけてきてくれる。

 治療師が常駐していないこの地域では、傷を縫い合わせるなどの行為は彼女たちによって、場合によっては治療に普段関わらないものの手によって行われてもいるのだろう。


 通常の出産なら普段は彼女たちだけで対応しているのだろう。サクラもトーヤも気づかないうち、いつのまにやらユニと赤ん坊と店主は、家族三人での感動の対面を果たしていた。


「奥っていうのは患者さん用の部屋だろう?」


「いえいえ、魔力を限界まで使われた治療師の先生が休むためのお部屋です。先生は旅のお方でしたかー中央都市から遠いここを回ってくる治療師さんは、途中で魔力が足りなくなって休むことも時々ありますので。」


「魔力を補充する魔石はありませんが、回復を促す薬草を煎じたものなどは棚にあると思いますし、ご自由にどうぞ。その間に私たちはこの部屋を片付けておきます。トーヤ君って言ったっけ、君も手伝ってくれる?私たちは床の掃除をするから道具を取りに来て。」


 メアリとミラの二人がかりで休むのをすすめてきてくれているのだ。

 サクラしかできないことが終わった今この場にとどまる理由はない。ただー


「ありがとう、ならそうさせてもらう。けどトーヤは連れて行かせてくれ。これから弟子になってくれる下僕に、空き時間に勉強するための本でも渡してから休ませてもらうよ。」


 確かにトーヤは疲れていないが、休憩も与えないつもりか?とトーヤは目線で問いかけるが無視された。

 冗談を言うほどの余力が残っているようには見えないが本気だとは思いたくない。

 ミラについて外に行こうとしていたトーヤだが、これからの師匠にさあ来いと手招きされたので素直に奥の部屋についていく。


 奥の部屋の扉を閉めると、サクラの顔つきが変わった。

 先ほど切り落として渡したトーヤの髪を、胸元で握りしめ目を閉じる。まだ少しは残っていたらしい。

 サクラの胸元に当てた拳から青白い光が漏れ、握りしめた髪の一部が塵となる。

 魔法をろくに見たことのないトーヤでも魔力を使って何かの魔法を使ったらしいということはわかった。


 光が収まったころには顔色が少し良くなっていた。


「トーヤ、お前は足は速いか?体力はあるか?」


「同年代の中では速いし体力もあります。」


 何を言わんとするのか一瞬わからず、それでも反射的に答えた。


「よし合格。この町の西のはずれにある、『オズの耳飾り』って店の裏のごみ箱の中で待ち合わせだ。くれぐれもまっすぐ向かうなよ。」


「ゴミ箱の中で待ち合わせって初めて聞いたんだけど…」


「外にもう来てる。」


「誰がですか…?」


「俺に心当たりがないとは言えない。でも、治療補助師の若い方の挙動ががお前の髪を見てから明らかに不審だったから、お前を置いて逃げるのは危険だと思っている。抱えるぞ。」




 サクラは自分の被っていた帽子をトーヤに目深に被せ、鞄に入っている着替えをトーヤにかぶせた。簀巻きにした布団でトーヤを簀巻きにして抱える。

 ついでにトーヤの足元に魔法をかける。

 窓を開けて一瞬左右を見る。

 右手に武装している人影が見え、窓から出ようとしているサクラと目が合う。

 輩と言った格好ではなさそうだが、この街について日の浅いサクラにはどこの制服なのかわからない。。


 追手なのかなんなのかはわからないが、こんな辺境で捕まって時間を浪費させられてはかなわない。

 皇太子の命を受けて活動しているとはいっても、表立ってのものではない。関所くらいは通れても、公的な警察機関に融通を聞かせられるほどの権力はない。


 幸いトーヤの魔力のおかげで疲労は多少回復できたし、追っ手を撒くまでは逃げ切れるだろう。

 

  武装している人間はこちらに向かってくる。催涙弾を放り投げてから、外に飛び出した。


 時間稼ぎにはなるだろう。捕まる口実を与えるわけにはいかないので、傷はつけられない。

 

 裏路地に入って布団のなかからトーヤを出し、丸めた布団にトーヤの外套をかぶせる。

 人の比較的多い大通りに入り走り出す。


 少し後ろに数人の武装した人間がおってきているのがわかる。

 トーヤの入った裏路地に向かう人がいないことを確認し、前を向く。


 後はここから、どう振り切るかと、彼らがサクラとトーヤのどちらを狙ってきているのか把握しておかないといけない。


 -傷つけるのは、信条に反するのだが。

 心の中で言い訳をして、サクラは追ってきた相手の方に向き直った。

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