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3話 できる限りの治療をー2

「オレを使ってください」


 そう言ってトーヤは自分の束ねた髪を房ごと切り落とした。

 襟巻に隠してあっただけで彼の髪の毛はかなり長くまで延ばされていたので、かなりの髪の量が差し出された。人形やかつらを作るために売ればそれなりの値段になるかもしれない。


「あっ、さっき髪の色が少し違うからあるかもしれないって言ったから?いや、気持ちはありがたいんだけど、髪の毛に魔力が溜まるのはあくまで魔力を元々持っている人の話だし、その、ほんの少しだけの魔力があっても結局魔力の総量としては足りないから…その…そっちのナイフを取ってほしいんだが…えっと…」


 サクラはまるで、子供が自分にできることを探して見つけた、その想いをひたすら無下にすることなく言い含めようとしてくれているのがわかる。

 ただ、トーヤとてそんなことは知っている。


 トーヤは自身の服の裾で目をこする。

 サクラは目を見開き、ほんの一瞬トーヤの瞳―いや正確にはその瞳を取り囲む睫毛を凝視した。


 トーヤの袖は黒く汚れ、代わりに目の周囲に鮮やかな緑が現れている。

 

 髪と眉は染料で染めているが、まつげは目に近すぎて染料が染みるので染めるのをやめ、女性が使うまつげを長く見せる化粧品を使って黒く見せていた。


「俺は、魔法は使えないけどー魔力は、持っています。」


 サクラはトーヤが差し出した髪の毛の束と彼の襟足に目を向ける。

 頭の後ろは一部刈り上げたようになっており、本来の髪の色であろう緑が目立っている。根元に会った本来の髪色が露になったというべきだろうか。

 紙質の色が他の平民と違う黒なのは、黒く染めていたからだ。



 魔力を持たない血統から魔力を持つ人間が生まれることは時々ある。

 しかしそのほとんどはあくまで「多少の魔力を持っている」程度であり、トーヤのような鮮やかな髪色をもって生まれる子供は、どこかの魔力を持つ貴族の落胤であることが多い。魔力を持っていることをわかれば貴族が外に作った子供でも引き取られるのが一般的だが、彼はそうでなかったのかもしれない。

 そのまま市政で育つには、彼の鮮やかな緑は目立ちすぎる。


 彼の髪だけでなく、血が、髪が、体の一部分は、魔力の源として商品になりうる。

 

 彼が魔力持ちであることを明かすというのは、自分が不特定多数の輩に狙われるリスクを抱えるということだ。

 そのために、トーヤは一切自分に魔力があることを触れなかったのだろうとサクラは察した。

 

 そして、それをこれからも秘密として抱えていけるかはここにいる人間に依るだろうが、人の口に戸は立てられぬ、そしてそれはトーヤもわかっているだろうーだからこそ「治療師として弟子にしてください」という申し出だったのだ。


 サクラは自分の力不足に舌打ちをしたくなったが、あいにくそこまであちこち気を回していられるほど器用ではなかった。


 ありがとう。まだ補佐がいるからそのままついていてくれとだけ言ってトーヤの髪を受け取り、その髪から魔力を抽出する。

 


 サクラ自身が持つのに匹敵する濃度の魔力。

魚を卸しに来たこの少年の自宅が、貴族の館やそこに準じる建物であるとは考えにくい。魔力の貯蔵庫としてどこかで飼われているにしては、護衛や見張りがついている気配もなかった。

 市政で育って魔法が使えないならば、当然のこと今まで魔力を使ったこともないのだろう。



 束ねた髪は、思っていたよりもずっと長い。

いわゆる「治療する」という意識だけの従来の治療魔法では、これだけの魔力があっても早産である赤子はおそらく助からない。

 もっと細かく細分化して、具体的に直す部分を選択しなければならない。

 

 サクラは息を吐ききって、赤子に向き直る。


 魔力を調整してうまれた子の肺を包み込むように手を当てる。


 探すのは肺のサーファクタントと言って肺の細胞の形がつぶれないようにする物質だ。

 週数的にはまったくないわけではないそれをなんとかみつけ、増幅させる。

 増幅させた後は、肺の表面の組織に塗り広げる。


 肺の組織をつぶさぬよう、慎重に。

 肺胞の組織は細胞一層、手で触ったら間違いなくすぐに潰してしまう海綿状の組織だ。

 

 汗が目に入りそうになるのを、誰かがぬぐう。

 それがだれか気にするのも、礼を言うのすら今は余裕がない。


 まだ足りない。

 自分が肺の形を作り直しているその間にも、赤子の酸素欠乏は続き、障害の残る可能性が出てくる。

 肺で通常行う、酸素を血液の中に取り込み二酸化炭素を排出する作業が必要だ。魔力を肺から出ていく血管に酸素と二酸化炭素を透過させる。

 こちらが想像以上に魔力を必要とし、自分を削って出せる魔力ではこの赤ん坊の命は救えても、その後障害が残ることは避けられなかっただろうことを確信した。


 サクラにとっては長く感じる一時が過ぎた。


 大きく息をついた後、座り込んだ。もう立っていられる気力すら残っていない。

 座り込む少し前に誰かが支えてゆっくり床に降ろしてくれた。

 トーヤと店主だったらしい。

 座ったサクラの顔を二人が両脇からのぞき込む。


 唇も四肢も青い赤ん坊の色が、赤みを帯びていた。

 赤子にしても浅く早かった呼吸が、穏やかになっている。



 サクラの目の奥が安堵で熱くなった。

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