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2話 命あっての寿命ー2

 治療院の中には、2人女性が付き添っていた。

 制服のようなそろいの服ではなく、普段着だ。

 個々の治療師は不在と言っていたので、近辺から手伝いが来ているのかもしれない。それとも治療補助師という役割の人間だろうかー治療院に慣れていないトーヤは想像だけ働かされた。



「あんた、何私を一人にしてくれてるの!」


 ボールが入り口の方に飛んできた。

 寝台の上にいる奥様が投げてきたものらしい。


 見事店主にあたったが、彼は文句を言うでもなく床に落ちたボールを拾って奥方に返却した。

 奥様は次は投げつけることなくボールを腰に当てる。ツボ押しのようなものだろうか。


「いや、子供がいて腹痛いっていってるのに、馬車に乗せるわけにいかないだろうが…さっきの治療師を連れてきたから、見てもらってくれ。」


 ボールを投げるほどには元気かと思ったがそうではないらしい、奥方はすぐにお腹を抱えて寝台に横になっている。


「そちらの治療師の先生は、はじめてみる顔ですね。ここの建物を管理している治療補助師のメアリです。そっちはミラです。治療師さんがいないときの簡単な処置や、産婆の代わりも務めておりますので必要なことは命じていただければと思います。」


 付き添っていた女性の一人が青い髪の少年にお辞儀をした。

 トーヤは治療師を見るのは初めてだったが、年下の治療師でも頭を下げるような存在ということか。


「俺のことはサクラと呼んでくれ。失礼、時間がないのでまず診察します。メアリさんとトーヤは清潔な水をたくさんあたためて運んできてくれ。今何週だ?」


 そういえば少年の名前を聞いていなかったことにトーヤは気づく。まあ、自己紹介が必要な間柄でもなかったので無理もないが。


「30週です、サクラ先生。産むにはかなり早いですが、産みますか?」


 奥方が答える前にメアリが答えた。


 何週というのは赤子の大きさの話だろうか。サンバといい知らない単語にトーヤは場違いだなと感じる。


「わからないが、そうなってもいいように先に湯の用意だ。店主はそっちの棚に見えているタオルを隣の寝台に広げておいてくれ。」


 わかった、と店主が答えて動き出す。

 正直湯を何に使うかもわかっていないのだが、湯がたくさんりうなら人ではあって困ることはないだろう。トーヤはメアリの指示にすぐ対応できるよう、外に向かうすぐ後ろをついていく。



 サクラと名乗った少年の右手と眼が青く光る。

 失礼します、と声をかけて右手を店主の奥方、名前をユニというようだがー彼女の上の肌着をまくり、腹に当てる。


 ユニはふくよかではあるが、上を向いて横になると妊婦であることは明らかだった。

 ただそれは妊婦だと知ってみたうえでそう思うだけであって、彼女を毎日見ている人たちからするとそうではなかったということだろう。


 サクラは眉根を寄せる。


「メアリさん、ここに治療に使える魔石の予備はあるか?」

  

「こんな田舎の治療院に貴重品を置いておくわけないでしょうサクラ先生!先生は持っていないのですか?」


「昨日大きな魔法を使って、今は空っぽだよ、ほら。髪の毛も見ての通り使い切ってしまってる。」


 サクラはポケットから黒く大きな石を出して傍の机に放り投げた。どうやらこれが魔石というものらしい。


 魔法を使える人間は、自分の魔力が枯渇したときの為に、普段の自分の魔力をためておく魔石というものを持ち歩いているそうだ。なお、自分の魔力をためるほど余分がない場合は市場に出回ることもあるので、購入も可能だということだ。

 もっとも、ほとんど出回ることはない。

 魔力を持っている人間の魔力に対して、魔石の需要は非常に大きい。売る方に回すほど魔力に余剰が出ることは殆どないといっていい。


 魔力を持っている人間の身には魔力が宿るということで、魔法使いは髪を伸ばすことが多いと聞くが、青い髪の少年は、見事なまでの短髪だった。


「先生、今の状況をー教えてもらえるか?」


 奥方が息を切らして腹を抱えているのをおろおろしながら横で見ている店主が、涙目になりながらたずねてきた。


「胎盤が剥離ーいやえっと、母親の体から赤子に栄養を送る機能を持っている器官の一つに胎盤ってのがあるんだが、それが、親の体からはがれかかってる。どういうことかというと、お母さんの体から赤ん坊の体に栄養がいきわたらない状態だ。


 軽度であればしかるべき出産の時期まで安静にして、はがれず残った胎盤を利用してもらいたいが、おそらくそれまで持ちません。ここにはバイ菌感染を防ぐ薬もないから、破膜しているなら出産が進む以上にこのまま放置すると感染症を起こして死んでしまう可能性もある。


 それと、胎盤が低い位置にある、出産の出血は赤ちゃんが生まれれば子宮が収縮して血が止まることが殆どだが、それが至急の低い位置にあると血が止まりにくくなるんだ。


 かなり通常の大きさよりは小さいが、赤ん坊を出すほうが安全だよ。


 赤ん坊は、母親のの腹を切って出そう。」


「腹を切る!?」

「先生、俺は子供より妻を優先と言ったはずだ!」


 周りが真っ青になる中、サクラは表情を変えない。

 トーヤも諸島学院しか卒業してないものの、高等学院の一般教養程度の知識は独学で身に着けている。有事の際の応急手当はきいたことがある。


 だがー腹を切る治療なんて聞いたことがなかった。

 

 治療は魔法を使って行われるが、何でも治せるわけではない。

 出産はその最たるもので、産後の熱は治療魔法を使えば改善するとは聞いていたが、出産時の出血や出生時に既に死亡している場合は対処はできないと聞いている。

 母体が亡くなった場合に、切って赤子を取り出すことがあるというのは聞いたことがある。


「落ち着いてくれ。もちろん、この国でされている一般的な治療魔法とは全く異なる方法だから聞いたことはないと思う。了承してもらえなければその治療はしないし、できる限り今できる治療魔法をする。今できる治療魔法としては、奥様ーユニさんの、子宮の部分に治療魔法をかけて、はがれかかっている胎盤を止めます。バイ菌感染を防ぐために、子宮と膣の間に浄化魔法をかける。その二つがメインだな。」


「その代わりー俺に足りない魔力を、ユニさんの生命力から使う。」


「お前、それを盾にー。」

「最後まで話を聞きなさいよ!」



 怒鳴ろうとする店主を妻がとどめる。

 夫が失礼しました、とユニが言う横で店主は血走った目でサクラを睨みつけている。


「もちろん、生命力を使うというのはこの治療に限ったことではなく、後で提案するもう一つの治療法でも同じだ。俺に今魔力が残っていれば使うんだが、今あまり魔力の残りがないので申し訳ない。


 治療師は自分の魔力で治療を行うー原則だが、たとえ俺の魔力が満タンだったとしても、この治療には俺の魔力量は足りない。いえ、この地方を担当する治療師の魔力が満タンに会ったところで、いずれにせよ足りないと思います。

 おそらくここを担当する治療師が来たところで、ユニさんと赤ん坊の両方が助かる可能性は限りなく低いだろう。もっとも、ここで見立てられるのが俺だけなので信用するかどうかはユニさんとご主人次第ということにはなるが。


 都市部の魔力量が多い、ずば抜けて優秀な治療師なら別でしょうがー現実的にここで呼ぶことはできない。」



 店主は握っていた拳を振りほどく。ここで怒っても何も事態は改善しないことを理解したのだろう。 



「で、胎盤の剥がれを止め、そこからの出血を止めれば、ユニさんは助かるだろうがー


 ーお子さんは、間違いなく助からない。」


 サクラは近くに会ったホワイトボードにさらさらと絵を描いて見せた。


「本来母体とつながっているべき胎盤の面積がこれくらい、今ユニさんの胎盤と子宮がつながっているのはこれくらい、治療魔法を使って戻せるのはー多く見積もってこれくらい。つながっている面積は、母体から送れる栄養や酸素の量にそのまま比例する。

 この場合、赤ちゃんがお腹の中でなくなってそのままにしておくとそこからばい菌が入って感染症こなるとがあるから、出産を促す薬を使ってもらう。その薬は持ってるから薬を使う。」


「…そのままで、産める可能性は全くないかしら。」


 ユニが問うた。当然の質問だ。


「可能性はゼロとは言わないが、とても低いだろうな。今既に、おなかの赤ん坊に不整脈ー酸素が足りなくて、あえいでいる。治療魔法で治せる部分の胎盤分送れる栄養が増えたくらいでは、おそらくどうにもならない。そのために行うのがさっき言った腹を切る、という方法だ。


 ーそれでも、必ず助けますとは言えないが。」


 

 サクラは悲しそうに、自嘲気味に最後の一言を付け足した。


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