8.強制葬送
今日は私の二回目の任務の日である。なんだか大変な任務らしくヒューバート王子が説明に来た。
「邪教団体ですか?」
「あぁ、一般にはあまり知られていないけれど、そういう団体があってね。彼らは亡者の力を利用してなにか不気味な実験をしているんだ」
それを聞いた瞬間、ジャレット団長が怒りを含んだ声で言った。
「まさかもうアーリンにそのような危険な任務をさせるおつもりですか!」
「君は怒るだろうと思っていたよ。しかし先延ばしにしたって仕方がないだろう。あの場所の葬送は彼女にしかできないのだから」
何やら危険な場所らしい。私にしかできないというのはどういう事だろう。
「アーリンはまだ葬送に慣れていません。前回の様子を見ればわかるでしょう!」
「ならば君も、前回のを見て分かったはずだ。彼女ならあの場所の浄化が可能だと」
ジャレット団長は返す言葉を無くしたようで唇を噛み締めている。
「心配なら前回のウォーレンのように、君たちが彼女を導くことだ。その為に六翼は存在するのだから」
何やら話が見えないのでこちらから質問してみる事にした。
「あの、私にしか葬送出来ないとはどういうことですか?」
ヒューバート王子は真剣な顔で私を見て言った。
「あそこは今までどの葬送師も葬送することが出来なかった。亡者の数があまりに多すぎてね。下手をすれば葬送師が死ぬ」
亡者の数が多すぎるという事は、強制葬送するしかないという事だろう。
強制葬送とは亡者の意思を無視して強制的に天上の扉をくぐらせる事だ。前回はちゃんと亡者も納得の上で扉をくぐってもらったから負担が少なかったが、強制葬送だと勝手が違う。
亡者を無理矢理天上の扉に押し込まなければいけないから、力の消費が段違いなのだ。並な葬送師では亡者に力負けしてしまう。
「葬送して欲しいのは、邪教団体の実験所だった場所だ。彼らの実験材料にされた者達が、亡者となってさ迷っている。彼らを君に葬送して欲しい」
正直やりたくは無い。やりたくはないが、ヒューバート王子の真剣な顔を見ていると、本当に私にしか出来ない任務なのだろう。やるしかないのである。
「わかりました。やります」
私は安請け合いした事を後悔していた。周囲を浄化の結界で囲まれた屋敷は、物凄い穢れで満ち溢れていた。それこそ屋敷が見えなくなりそうな程に。
屋敷の中には、外からでもわかるほどの大量の亡霊がいて。怨みがましい声を上げている。
あまりの声に私は耳を塞いだ。
「大丈夫か?アーリン」
「大丈夫じゃないです!」
ジャレット団長が右から心配そうに覗き込んでくる。思いの外大きな声が出てしまった。
「それだけ叫べるなら大丈夫だろう、行くぞ」
ウォーレンさんが左から私の腰を強く抱き寄せる。
「大丈夫だよ、俺たちがしっかり守るから、頑張ろう!」
前を歩いていたリオくんが応援してくれている。
「ぱっと払ってぱっと帰ってくればいいんだ、気合い入れろ」
ライナスさんは真剣な表情で根性論を説いてくる。
「アーリンお姉ちゃんなら大丈夫だよ!早く天上に送ってあげよう!」
私の後ろから可愛く顔だけ出したレズリーがにこやかに笑う。
「さあ、行きましょう。これが終わったらお菓子が待ってますよ」
クレイグさんが後ろからグイグイ押してくる。
私の体が亡者の館に近づいてゆく。
私は半泣きになりながら叫んだ。
「無理無理、無理ー!」
「無理でもやらなければならない、分かっているだろう」
ウォーレンさんが真剣な表情で私を見た。
しかし私の体は恐怖でろくに動かない。
この結界の中に入ったら終わりだ、体の震えがそう告げている。
「アーリン、今回は亡者の近くに行く必要は無い。しかし結界の中に入らなければ葬送できない。ただ一歩結界の中に足を踏み入れるだけでいいんだ」
ジャレット団長が酷く心配したような顔で言う。
「でも……」
私の耳には亡霊たちの声が木霊している。自分を殺した人間に対する恨みや、死してなお消えることない苦しみ、悲しみ。
そんな負の感情が私の中に流れてきて押しつぶされそうだ。
私はいつの間にか泣きじゃくっていた。最早これが誰の感情なのかすらも分からない。
不意に誰かに耳を塞がれた。亡者の声が聞こえなくなり、少し落ち着いた。
滲んだ視界で前を見ると、ウォーレンさんが私の耳を塞いでいた。
しばらくそのままにしていると、私が落ち着いたのがわかったのか、耳から手を外す。
「亡者の声が聞こえたのだろう?それに流されるな。彼らの苦しみを終わらせられるのは君だけだ」
そう言って、私の手を引いて結界の中に入っていく。
「さあ、彼らを救ってやってくれ」
ウォーレンさんの言葉に私は唱える。
「迷える亡者のため、天上の扉を開け」
すると館の上に眩く光り輝く扉が出現し、暴風が巻き起こった。
館にいた亡者たちがどんどん扉に吸い込まれていく。
私は体ごと持っていかれそうになったが、ウォーレンさんが咄嗟に支えてくれた。
どれくらい時間が経ったのかわからない。体から絶えず何かが吸い取られているような、そんな感覚がした。
風がおさまり、扉が閉ざされたその瞬間私は意識を失った。
次に私が目を覚ましたのは二日後のことだった。
プロローグに続くお話でした。
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