6.初任務
私の初任務が決まった。
それは王都の外れにある貧民街の廃墟、そこに発生した亡者を葬送することだった。
亡者は現世への感情が強すぎて死後も天上に渡ることができなかった人間だ。
その人物は親に捨てられ餓死した子供らしい。
その亡者を説得して、天上の扉をくぐって貰うのが今回の任務である。
「今回は私も同行するよ。簡単な任務だから大丈夫だと思うけど、アーリンの仕事ぶりを確認しなきゃいけないからね」
なんとヒューバート王子もついてくるらしい。警備とか大丈夫なのだろうか。
現地に向かう馬車の中で私はとても緊張していた。上手くできなかったらどうしよう。そんな私に気づいてみんな話しかけてくれた。
「大丈夫だって、ここにいるメンツは殆どが葬送に立ち会うの初めてだから、初心者仲間だよ」
ライナスさんが私の頭をポンポンと叩く。
「そうだ、多少の失敗はフォローするから気にするな」
ジャレット団長が気遣わしげに私を見ていた。団長は多分とても心配症だ。
みんなに励まされながら現場に到着すると、廃墟の周囲には囲いが作られ人払いさせていた。先行したダイヤモンド騎士団員がやってくれたのだろう。後で差し入れを持っていこう。
私と六翼、それにヒューバート王子は廃墟の中に入る。
室内は穢れのせいで薄暗く、気分の悪くなる香りがした。私は体が固まってしまう。
そんな私に気づいたレズリーが私に浄化の魔法を掛けてくれる。少し気分が落ち着いた。
廃墟の上階に登る度、暗く、空気が悪くなってゆく。
私はだんだん怖くなってきた。鳥肌が止まらない。
そして亡者の姿を確認した途端。思い出したくない記憶がフラッシュバックした。体の震えが止まらず呼吸が上手くできない。思わずその場に座り込んだ。
周りの人が何か言っている。それを聞きとる余裕もない。とにかく呼吸が上手くできなくなって、私の意識は闇に堕ちた。
目が覚めた時、みんなが心配そうに私を覗き込んでいた。一旦廃墟から外に出たらしい。やってしまった。みんなに迷惑をかけてしまった。
「大丈夫ですか?気分が悪いとかはありませんか」
クレイグさんが水を持ってきてくれる。私はそれを一気に飲み干した。いつの間にか喉がカラカラにかわいていたのだ。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました」
みんな気遣わしげに私を見ている。私の尋常でない様子になにか察したのだろう。
「葬送は出来そうかい?」
ヒューバート王子が聞いてくる。
「頑張ります」
私は廃墟に向かって歩き出した。しかし途中で足が動かなくなってしまう。怖い。また呼吸が荒くなってきた。
その時だった。突然ウォーレンさんが私を抱き上げる。
「目を閉じていろ」
そう言うと私を抱えたまま歩き出した。
「怖いことなど何も無い。ここに居るのは助けを求める幼い子供だ」
静かな声でゆっくりと語りかけられて、私の呼吸は少し落ち着いた。
「子供の声に耳を傾けてやってくれ、それが出来るのは君だけた」
亡者の前にたどり着いたのだろう。小さな子供の声がする。
『お母さん、お腹すいたよ、いつ帰ってきてくれるの、寒いよ、苦しいよ』
私は子供に語り掛けた。
「苦しいの?だったら苦しくない場所に行こう。私が連れて行ってあげる」
私はウォーレンさんの腕の中で目を開けた。
目の前にいたのは、ひどく痩せこけた子供だった。半透明で向こう側が透けて見える。なぜだか怖くはなかった。
「迷える亡者のため、天上の扉を開け」
私がそう言うと、眩い光とともに天上の扉が開く。
「この先に行ってごらん?もう怖くないよ」
子供は天上の扉に吸い込まれていった。ああ、成功だ。あの子はこれで大丈夫だ。
後ろから拍手の音がする。ヒューバート王子だ。
「おめでとうアーリン。これほど大きく美しい扉は初めて見たよ。一時はどうなることかと思ったけど、これなら大丈夫そうだね」
みんなも付いてきていたらしく、口々に労いの言葉をかけてくれた。私はホッとした。
「ウォーレンさん、ありがとうございます。ウォーレンさんが助けてくれなかったら、私、きっと何も出来なかったです」
抱き上げられたままお礼を言うと、ウォーレンさんは優しげな笑みを浮かべた。
「無理をさせた。だが、あの子は恐ろしいものでは無いとわかって欲しかった。俺たちに亡者の言葉は分からない、それが分かるのは君だけなんだ。これからもそれを忘れないでくれ」
「はい、わかりました」
私はウォーレンさんの腕から降ろされる。今更だがちょっと恥ずかしい。
「また無理なようなら運んでやるから、これからも頑張ってくれ」
私は早く恐怖を克服しなければならないようだ。そうじゃないとこの先ずっと抱き上げられる。さすがにそんなのは恥ずかしい。
神殿に戻るとみんなが私の好きなお菓子を沢山用意してくれた。
よく頑張ったと褒められて擽ったい。
私は続けていけるだろうか。もうみんなに迷惑をかけないようにしたい。
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