11.ウォーレンさんの事情
あれからウォーレンさんは三日ほど仕事を休んだ。
詳しい話をウォーレンさんに聞きたかったのだが、酷い怪我だったのだから仕方ない。治癒魔法の得意なリオくんが、毎日ウォーレンさんの様子を報告してくれた。跡も残らず治せるそうだ。治癒魔法ってすごいな。
それでも浮かない表情をしている私に、ジャレット団長たちはお菓子を差し入れしてくれたり、話し相手になってくれたりした。
ウォーレンさんが戻ってくる前日のことだった。ジャレット団長が私に尋ねた。
「ウォーレンに何か聞いたか?」
私はドキリとした。その反応で十分だったのだろう。ジャレット団長は怒りの滲んだ顔で言った。
「あいつの言うことは気にするな。あいつの為にお前が無理をする必要は無い」
ジャレット団長はため息をついた。その目には悲しみのような感情が滲んでいた。
「この国には十四人の葬送師がいるというのは知っているな。正確にはもう一人いるんだ。彼女はもう五年も眠ったまま目を覚まさない」
私は息を飲む。恐る恐る、何故目が覚めないのか聞いた。
「自分の力量以上の亡者を強制葬送した代償だ。彼女は責任感が強すぎた。誰かがやらねければいけない事だからと無茶をした」
おそらくジャレット団長は彼女のことをよく知っているのだろう。その顔には後悔の情が浮かんでいた。きっと彼女を止められなかったことを悔やんでいるのだろう。
「お前がウォーレンに対して恩を感じているのは分かっている。でもそれとこれとは話が別だ。自分を犠牲にしてまであいつの願いを叶えてやる必要は無い」
ジャレット団長は強く言い放った。本気で私を心配してくれているのだろう。
ウォーレンさんが私に求める救いとはどれほどの物なのか。私はまだ知らない。でもジャレット団長の言い方から、とてつもなく困難なことであるのは分かる。
私はウォーレンさんの話だけでも聞いてみたいと思った。
翌日戻ってきたウォーレンさんは、見る限りいつもと変わらない様子だった。話がしたいと言うと、困ったように笑った。
「この間のことだけど、あれは忘れてくれ。団長に叱られてしまったんだ」
「忘れろと言われて忘れられるものじゃないです。話だけでも聞かせて貰えませんか」
ウォーレンさんはまた困った様子で私を見つめる。
「ほら、人に話すことで気持ちが軽くなることもありますし」
私が少しおどけていうと、ウォーレンさんはため息をついた。
そして私の手を取ってソファに誘導すると、隣に座った。
「俺には十歳年の離れた弟がいたんだ。あの日は建国祭で、街は人で溢れていた。二人で街を回っていたんだ。でも、気がついたら弟とはぐれてしまっていた」
ウーレンさんは深くため息を着くと、ソファの背にもたれかかった。
「必死になって探したよ、でも弟は帰ってこなかった。」
俯いたウォーレンさんの顔が見えない。なんだか泣いているように思えた。
「それから数ヶ月後のことだ、邪教団体の実験施設が摘発された。この間葬送したものより規模の大きな施設だ。俺はまさかと思ってその施設に入ったよ。そして亡者の顔を一人一人確かめた。そこで見つけたんだ、二度と会えないと思っていた弟を」
亡者の渦巻く中に入っていくのは危険な行為だ。亡者は穢れを纏っている。この穢れに触れ続けると、いかなる生物も命を落とす。自身に絶えず浄化の結界を張って、自衛するしか入る方法はないのだ。それだって魔力が続くか怪しい。
「弟は苦しそうだった。どれほど痛めつけられたのか、指や脚もかけて、傷だらけだった。俺は、あの子を、アレンを救いたいんだ……」
ウォーレンさんはそれきり何も言わなかった。ただ俯いて、悲しみに耐えているようだった。
私は彼を助けたい、そう思ってしまった。
早速私はヒューバート王子を呼び出した。そして実験施設の話を切り出す。私の考えが正しければ、彼は最初から私にこの葬送をやらせるつもりだったはずだ。
「だめだ、許可できない」
ヒューバート王子は言った。
「それはあなたが想定していたより、私の力が弱いからですか?」
聞き返すと苦いものを噛んだような顔をしていた。
「そうだよ、大切な葬送師を失う訳にはいかないからね」
「でももう手遅れです。ウォーレンさんを私の六翼にした地点で。私は彼を助けると決めました」
彼は聞き分けの悪い子供を見るような目で言った。
「行かせると思うかい?」
「なら私は全ての仕事をボイコットするだけです」
彼は舌打ちをして私を見た。
「諦めてください、すべてあなたの思惑通りでしょう?それで私がしばらく使い物にならなくなるとしても、ウォーレンさんを利用して情に訴えかけて、危険な葬送を無理やりにでもやらせるつもりだったでしょう?私が死ぬ可能性さえなければ」
「まるで僕が悪党かのように言うんだね」
諦めたように王子が言う。
「私からしたら十分悪党ですよ。最初からね」
「はあ、君は思ったより扱いが難しいね。最初は簡単だと思ったんだけどな」
「あなたが国のために動いていることがわからないほど、馬鹿じゃないですよ」
ヒューバート王子は盛大なため息をついて諦めた。
「わかった。許可するよ。その代わり絶対に死なないように」
既に冷めてしまった紅茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「これでも僕は君を気に入っているんだよ」
ありがた迷惑だと、心からそう思った。
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