10.殺人犯
「殺人犯を探すんですか?」
目覚めてから一週間ほどたち、すっかり回復した頃、ヒューバート王子が依頼を持ってきた。
王族に連なる公爵家からの依頼らしい。
「ああ、そうなんだ。公爵家の跡取りを殺した犯人を見つけて欲しいのだよ。僕たちには亡霊の声は聞こえないからね」
「その殺された跡取りは亡霊になったんですか?」
そういうことだと王子は言った。犯人の名前を聞いてから葬送して欲しいらしい。
「彼と私は親戚でね。出来れば最も強い力を持った君に葬送してほしいんだ」
そう言った王子は悲しそうだった。生前交流があったのだろう。
「今回は私も同行するよ。彼を救ってやってくれ」
殺人現場は狩猟場だった。草木が生い茂る森の中。私の警備もいつもより厳重だ。なんでも熊もいるらしい。
私は結界で囲まれた空間を見た。ひとりの男性が亡霊と化してそこに佇んでいた。腕に鳥肌がはしる。怖い。
「リチャード……」
ヒューバート王子が切ない声で呟く。そうだ彼は王子の親戚だ。怖がっては失礼だ。それでも私の体の震えは止まらなかった。
ウォーレンさんが私の様子に気づいてブランケットをかけてくれる。ジャレット団長も気づいたのか私の前に出て視界を遮ってくれた。
「これが終わったらお菓子を用意してますからね」
「お姉ちゃん!頑張って!」
クレイグさんとレズリーが私の背中を叩く。
私はジャレット団長を盾にしながらゆっくりと亡霊に近づいた。
外で明るいからか、今回は過呼吸を起こすこともなく亡霊に近づくことが出来た。
意を決して亡霊に声をかける。
「あのー、リチャードさん?」
亡霊がこちらを向いた。私は思わず短い悲鳴をあげてジャレット団長の後ろに隠れてしまう。
「リチャードさんは誰に殺されたのですか?」
亡霊は悲しげな表情で呟いた。
『ヒューバート……』
私は勢いよくヒューバート王子を見る。
「ヒューバートに殺されたと言ってますけど!?」
「え?……僕じゃないよ!彼が殺された時、僕は確実に神殿にいた!」
慌てたヒューバート王子が弁明してきた。まあ、彼が犯人だったら私をここに呼ばないだろう。
「リチャードさん、ヒューバート様にはアリバイがあります。勘違いじゃないんですか?」
私がそう問うと、首を傾げた亡霊が言った。
『金髪……声……似て……』
そう答えて以降彼は喋らなくなってしまった。弱い亡霊なのだろう。意思の疎通がはっきりできない。
「犯人は王子に似た金髪で似た声をしていたってことだと思います」
彼は背後から撃たれ殺されていた。犯人の顔をはっきり見ていないのだろう。
それは……とヒューバート王子は悲しみに満ちた顔をした。
「おそらく親族の中に犯人がいるんだね」
私は彼を慰める言葉が浮かばなかった。
「一応事件当時この森にいた人間を集めてある。その中に一人だけ条件に当てはまる人物がいるよ。即刻彼を拘束するように。尋問が必要だ」
一緒に来ていた騎士団の何人かが、急いで狩猟小屋に向かった。
「さあ、アイリーン。彼を送ってやってくれるかい?」
私は頷くと息を深く吸い込んだ。
「迷える亡者のため、天上の扉を開け」
亡者は静かに光の扉の中に消えっていった。最後に一瞬、ヒューバート様の方を見て笑ったような気がした。
葬送が終わって狩猟小屋へ戻ると、ちょうど犯人が護送されるところだった。
犯人は私に気づくと醜く顔を歪めた。それは一瞬のことだった。
「この……お前のせいで!」
犯人は騎士の手を振り払うと、ナイフを手にこちらに駆けてくる。
私は咄嗟に動けなかった。
その時、横にいたウォーレンさんが私の前に出る。
彼は自身の腕でナイフを受け止めた。
ライナスさんがすかさず彼を拘束する。
「くそ、お前さえ居なければ!」
腕を取られ、拘束されてなお、犯人の目はずっと私に向いていた。
「ウォーレンさん、早く手当しないと!」
犯人が今度こそ連れていかれて、私は正気に戻った。
私を庇って腕を怪我したウォーレンさんに縋り付く。
ヒューバート王子が医師を手配してくれたので、私たちは一旦狩猟小屋に入ることになった。
医師が到着して治療が終わると、私はウォーレンさんの元に急ぐ。私を見たウォーレンさんは、なんでもないように笑っていた。
「私、いつもウォーレンさんに助けられてばかりですね。」
なんだかとても申し訳なくて、涙がこぼれそうだった。
ウォーレンさんは困った顔で笑っていた。優しく私の頭を撫でてくれる。
「そんなことはない、アーリンは立派に勤めを果たしてるよ」
「……ウォーレンさんはどうしてそこまで良くしてくれるんですか」
仕事だからだ。当たり前の質問を私はしてしまった。
しかし、帰ってきたのは全く別の言葉だった。
「君は国の宝だ。そして、俺にとっても君は宝であり、唯一の救いだからだ」
ウォーレンさんの目は真剣そのものだった。そこには深い悲しみが込められているような気がした。
「私はあなたに何をしてあげられますか?」
ウォーレンさんは眩しいものを見るような目で言った。
「いつか、助けて欲しい人がいる……きっと君にしかできないんだ、アーリン」
彼が具体的なことを全く言わないのは、きっとこの間のように私の負担が大き過ぎるからだろう。でも彼はきっと、私の存在に希望を抱いてしまったのだ。私なら救えるかもしれないと。
「わかりました。私が必ず助けます!」
ウォーレンさんはなんだか泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう」
そう言って、私の頭を強く撫でたのだった。
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