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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

インチキ老人シリーズ

インチキ老人と魔法のヤカン

作者: 室町幸兵衛

「今日は何だか暑いな」


 汗だくで目が覚めた。


 このところ猛暑が続き、太陽が目覚めたと同時に30℃を超す勢いだ。今日も暑くなる予感がする。特に今、尻が猛烈に熱いのだが……。


 ん? 尻?


 慌ててお尻の方を見ると、下から青白い炎がガンガン焚かれていた。


「な、なんだ?」


 寝ぼけ眼で目の前にある鏡を見た。


 ゲッ。ガ、ガス台!?


 目の前にあるのは鏡ではなくステンレス製の防熱板だった。


 という事は、ここはキッチンで、俺はガスコンロの上にいる。人間がコンロの上に乗っかっているのはどう考えてもおかしい。

 不思議に思った俺は、再度、防熱板に映り込む自分を確認した。


 ヤカンになっていた。


「は? どういう事?」


 そう思った途端、頭の蓋がカタカタ揺れ、口からピューっという音と共に煙を吐き出した。そして何者かに取っ手を乱暴に掴まれ、湯呑にお湯を……その時点で気を失った。





 気が付いたら、お花畑に居た。


「まさか、この展開は……」


 苛立つくらいイヤな予感がする。あと数秒もしたら向こうから変態が……。


 案の定、向こうに老人の姿が見えた。

 頭にターバンを巻き、先の尖った靴をカポカポ言わせ、ゴザの上で踊りながらやって来た。



「やあやあ。お帰り」

「やっぱりお前の仕業か!」

「何よ! 恋人に向かってそのつれない言い方は!」

「だ、誰が恋人だ!」

「んもう。照れ屋さん」

「お前、頭がお花畑なのか?」

「あなたと私は運命で繋がってるのね」

「……」


 頭が痛くなってきた。

 どうして俺は日常的にこの老人に絡まれなければいけないのだろう。それが運命なのか?


「なあ、俺は一体どうなったんだ?」

「見ての通り、ヤカン」

「それは分かってるんだよ。どうしてヤカンになったのか知りたいんだよ!」

「さあ。何度も言うけど、自分で決めたんでしょ?」

「青写真か……」

「そういう事」


 そう言うと、老人はゴザの上で意味不明の踊りをした。


「一つだけ聞いていい?」

「どーぞ」

「その格好はアラジンだと思うが、絨毯じゃなく、何故ゴザなんだ?」

「だってここは日本だもの。絨毯じゃ気分が出なくない?」

「設定がよく分かんねぇよ」

「ま、細かい事は気にしない!」


 前回、前々回と自分の人生青写真を見せられ、20歳で牛になった。21歳の時、神様に会うを選択した。仮に人生設計が青写真通りだとしたら、今回は「ヤカンになる」を希望した事になる。

 そんな人生を熱望する者は、配線の緩い子か、超マニアックな思考の持ち主であろう。まさに変態の極みである。


 さらに、色んな経験を積むことによって魂が成長すると言っていたが、ヤカンに姿を変える事で何を学び、何を経験すると言うのか。火にかけられ、湯呑にお湯を注ぐ気持ちを知りたかった。とでも言うつもりかっ!


「ヤカンの気持ちは分かったよ。だから戻してくれ」

「どう分かったの?」

「ええっと、熱くて大変だな……と」

「単純だね」

「……」


 憤慨している俺を横目に、老人は髭を指でクルクル巻きながらニヤッと笑った。


「そろそろ始めようか」

「よし。受けて立つ! ゲーム内容は?」

「ゲーム内容? ゲームはしないよ」

「じゃあ、何をするんだ?」

「イッツショータイム!」


 そう叫ぶと、周りの風景が煌びやかになり、スポットライトが俺を照らした。目の前には無数の観客がかたずをのんで見守っている。

 老人はダンサーのようにクルクル回ると、俺の頭の蓋を開け、中へスッと飛び込んだ。そして次の瞬間、注ぎ口からシュルシュルと現れた。


「はーい。君の望みを1つだけ叶えてあげよう!」


 そのセリフと同時に後ろからゴージャスなドレスを纏った美女たちが現れ、老人を囲んで揃いのステップを踏んだ。

 老人はゴザの上でヤカンを擦りながら、「さあ、君の望みは何だい?」と美女に話しかけた。美女たちは1人づつ願い事を言う。全ての願いが叶った所でゴザから飛び降りた老人は、美女たちと華麗なダンスを繰り広げた。そのダンスを見ていた観客は、スタンディングオベーションを送った……。


 ミュ、ミュージカルかよっ!



「ち、ちょっと待てやぁぁぁ!」

「なに?」

「何で寸劇になってんだよ!」

「だって君は魔法のランプだろ?」

「ランプじゃねぇ。ヤカンだよ!」

「どっちも似たようなモノ」

「ふ、ふざけんな!」


 俺が怒り出すと、風景がいつも通りお花畑に戻った。


「チェッ。ノリ悪っ!」

「ノリの問題じゃねぇ。俺で遊ぶな!」

「なに怒ってるの? カルシュウム不足じゃない?」

「原因を作ってるのはお前だろうがっ!」

「ヤカンだけに沸騰中」

「じゃかましい!」

「まあまあ。そう怒らずに」


 老人はそう言いながら俺を擦り始めた。


「擦るな! 魔法のランプじゃねぇし、魔人も出てこないわ!」

「擦って出るのは……」

「やめとけ!」


 ダメだ。完全に中二病をこじらせてるわ。しかも末期な!



「なあ、もういい加減に戻してくれよ」

「戻してって言われても……」

「お前は神様なんだろ?」

「……仕方がないなぁ~」

「なんだ。いまの……は! また何か企んでるのか」

「別にぃ~」


 ふざけた調子の老人は指をパチンと鳴らし、空中からペットボトルを取り出した。そしてこう言った。


 いい? 君はヤカンだから手も足もない。これじゃゲームにならないから、いまからクイズを出す。このペットボトルに入った飲み物を君の中へ入れる。味見をして中身を当てたら人間に戻れる。もし失敗した場合、手足がないのは可哀想だから体だけ元に戻してあげる。


「か、体だけって……頭は?」

「ヤカンのまま」

「手足の付いたヤカンは気持ち悪いだろうがっ!」

「大道芸人としては成功するかもよ」

「成功したくねぇんだよ!」

「じゃあ、逝くよ?」


 そう言うと、蓋を開けてドボドボつぎ込んだ。


「この味は……バナナとミカン? いや、グレープフルーツっぽい感じだな」

「テロテロチンチン、テロチンチ~ン」

「他には……ちょっと酸っぱいからレモンも入ってるかな?」

「ブラブラチンチン、ブラチンチ~ン」

「いや、リンゴの風味もするような……」

「モリモリチンチン、モリチンチ~ン」

「その意味不明な効果音はやめろ。気が散るわ!」

「さぁて、答えは?」


 人間に戻れるかの瀬戸際である。俺は自分の舌と勘をMAXにし、内容物の味を確認した。


「よし。これで行こう!」

「答え出た?」

「おう。バッチリだぜ!」

「じゃあ、どーぞ」

「答えは……バナナとグレープフルーツとリンゴのミックスジュース!」


 しばらく無言が続いた。手がないので合わせる事は出来ないが、心の中で手を合わせて神様にお祈りをした。

 もちろん、お前じゃない奴にな!


「ブブゥーーー! はずれ」

「せ、正解は?」

「バナナとハッサクとリンゴのミックスジュースでしたぁ~」

「な……」

「残念」

「グレープフルーツとハッサクの違いなんて分かってたまるかっ!」

「終了ぉぉ~~~」


 そう言うと、老人は「バイバイ」と手を振り、どこかへ飛んで行こうとした。


「ま、待て!」

「まだ何か?」

「何かじゃねぇよ。元に戻せよ!」

「それが人にお願いする態度?」

「人じゃねぇだろ。お前は神様だろ!」

「じゃ、またね」


 再び飛び立とうとした。


「わ、分かった。悪かった」

「……ホントに?」

「ごめんなさい。心からお願いします。もう一度チャンスを!」

「はあぁ~。もうわがままだねぇ~」

「……お願いします」


 老人は渋った顔をしながら賽銭箱を指さした。

 要するに「課金しろ」とのご命令であろう。ただ、ヤカンになっている俺が財布など持っている訳がない。


「この状態で金なんてねぇよ」

「また無課金?」

「この間6000円も課金しただろうがっ!」

「最近は物価高だから、ワシも生活が大変で……ゴホッゴホッ」

「ワザとらしく弱ったフリをするな!」

「金の切れ目は縁の切れ目」

「朝起きたらヤカンだぞ? どう考えても無理だろうが」

「はぁぁぁ~。イヤな奴に絡まれちゃったなぁ~」


 それはこっちのセリフだ! と言いたかったが、怒らせると今度こそ居なくなりそうで怖い。ヤカンのままお花畑で人生を謳歌するのは泣けてくる。俺は低姿勢で懇願した。


「仕方がない。泣きの1回だよ?」

「よ、よろしくお願いします」

「じゃあ、逝くよ」


 空中からペットボトルを取り出し、俺の中へ注ぎ込んだ。


「ん? 奇妙な味がする。ただ、飲んだことがあるような……」

「ちっちっちっ、痴漢です」

「たぶんお茶だな。少し甘味のあるお茶……」

「おっおっおっ、俺じゃない」

「ここは天国だろ? もしかして……」

「けっけっけっ、警察呼ぶよ」

「分かった!」

「やっやっやっ、やめてくれ」

「……」


 その合いの手を止めろ!


「分かったぞ!」

「ほほう。自信ありそうだね」

「完璧だ」

「で、正解は?」

「甘茶!」


 しばらく無言が続いた。

 そして……。


「せっせっせっ……」

「正解か!」

「セクハラです」


 老人はニヤッと笑い、どこかへ飛んで行った。


 ち、ちょっと待てやぁぁーーー!



 気が付いたらベッドに寝ていた。速攻で起き上がった俺は、鏡の前に立った。

 紛れもなく俺だった。


「良かったぁ~」


 遠くから微かに声が聞こえる。


 まっまっまっ、また今度!


 ふざけんな! もう二度と行くかぁぁーーーー!




最後までお読みいただきありがとうございます。

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