にゃーは家出するのです!
たこす様主催『第二回この作品の作者はだーれだ企画』参加作品です。
「にゃー」
一人の猫がいました。
名前はにゃーといいます。
にゃーはパパさんとママさんと真夏ちゃんと一緒に暮らしています。
にゃーはみんなのことが大好きです。
いつもお世話してくれるママさんも、たまに良いおやつを持ってきてくれるパパさんも、一緒にいっぱい遊んでくれる真夏ちゃんのことも、みんなみんな大好きです。
「にゃ! にゃ! にゃにゃ!!」
今日もにゃーはお気に入りのぬいぐるみと遊んでいます。
自分と同じぐらいの大きさのぬいぐるみは一人で遊ぶのにちょうどいいのです。
「ふんふんふんふふ~ん♪」
「ふぁ~あ」
まだ朝早い時間。
真夏ちゃんは眠そうに大あくびをしながらテーブルに座っています。
今日は保育園はお休みのようです。
ママさんは鼻歌を歌いながら朝ごはんの準備をしています。
「おはよ~」
「パパ、おはよ~」
「おはよう、あなた」
そこにパパさんがワイシャツ姿で現れました。
「にゃーうにゃん」
にゃーはぬいぐるみを置くと皆の真似をして、パパさんに朝のご挨拶をします。
「おー! にゃーもおはよ~!
朝から元気だな~!」
「にゃうにゃう!」
パパさんにナデナデしてもらったにゃーはご機嫌になって、パパさんにすりすりします。
「はい。
にゃーのご飯ねー」
「にゃん!!」
そこに、ママさんがご飯を持ってきてくれました。
にゃーはパパさんから急いで離れてご飯に一直線です。
「にゃふ! にゃふ! にゃふにゃふ!」
パパさんがちぇと言いながらテーブルに座りますが、にゃーはそんなこと知りません。
何よりもご飯が大事。
それは譲れないのです。
「にゃふ~。
にゃ。にゃ」
ご飯を食べ終わったら毛繕いです。
お口周りは特に入念に。
にゃーは毛繕いをしていると声が出てしまうようです。
「ママー!
プニキュア見ていーいー?」
「いいわよー。
ちゃんとテレビから離れて見るのよ~」
「はーい!」
パパさんがお出掛けした後、真夏ちゃんはテレビを見始めました。
画面の向こうではかわいらしい女の子たちが素敵な衣裳を着て、悪そうな人と戦っていました。
「にゃーん」
にゃーにはよく分からないし、真夏ちゃんはそれを見始めると相手をしてくれないのが分かっていたので、にゃーはお気に入りのぬいぐるみでいつも通り遊ぶことにしました。
「……にゃん!?」
しかし、どこを探してもぬいぐるみが見当たりません。
「にゃにゃ!?
にゃにゃん!
にゃーにゃー!」
にゃーは必死にいろんな所を探しますが、ぬいぐるみはどこにもありませんでした。
「にゃー! にゃー!」
にゃーはママさんにぬいぐるみがないことを伝えます。
「ん?
どうしたの? にゃー。
あ、ぬいぐるみ?
あれだいぶ汚れてたから洗濯しちゃってるのよ。
だからちょっと待ってねー」
「にゃーんっ!!」
ママさんはそう言うと、再び鼻歌を歌いながらどこかに行ってしまいました。
「……にゃーん」
ママさんがなんて言っているのか分からなかったにゃーは、ぬいぐるみは捨てられたんだと思いました。
あれだけ気に入っていたのに……。
なんで、なんで勝手に捨てちゃうんだ!
「にゃーん!!」
にゃーは怒りました。
そして、家を飛び出して行きました。
にゃーはちゃんと帰ってくる猫だったので、日中は猫用の扉から外に出ることが出来たのです。
「にゃん! にゃ!!
にゃんにゃん!!」
にゃーの怒りは収まりません。
歩きながら声が出てしまうにゃーの声も、いつもより怒っているように聞こえます。
「にゃんにゃん!!
にゃにゃん!」
もう戻ってやるもんか!
にゃーはそう心に決めて街を歩いていきました。
「にゃんにゃにゃんにゃにゃ~ん♪」
一人気ままな気分になったにゃーはしっぽを立ててご機嫌で歩きます。
『にゃーが帰ってこないわー!』
『わーん! にゃー! さびしいよー!』
『にゃー!
最高級猫缶買ってあげるから帰ってきてくれ~!』
「にゃふんにゃふんにゃふん♪」
皆が心配している様子を想像して、にゃーはますますご機嫌になりました。
にゃーはちょっとだけ良心が痛みましたが、にゃーのぬいぐるみを捨てた罪はそれだけ重いのだと自分に言い聞かせ、街を歩いていきました。
「……!
にゃふふ~ん。」
しばらく街を歩き、けっこう時間がたったなと思ったにゃーはここであることを思い付きます。
家の陰からみんなが心配している様子を見てみようと思ったのです。
「にゃんにゃんにゃん♪」
きっとにゃーの大切さを思い知っているはずだと、にゃーはるんるんしながら家に戻りました。
「う~にゃん!」
にゃーは家の屋根に登り、顔だけを屋根の縁から出して窓から家の中を覗きました。
「プニキュアプニキュア♪」
家の中では真夏ちゃんがまだテレビの前にいました。
真夏ちゃんはテレビの中の女の子たちと一緒にダンスを踊っているようでした。
「真夏ー。
そろそろテレビやめなさーい」
「まってー。
今度保育園でプニキュアのダンスやるのー。
それの練習やらなきゃなのー」
「あら、そうなのー?
じゃあ頑張らなきゃねー」
「うん!
がんばる!」
真夏ちゃんは張り切ってますますテレビに釘付けです。
ママさんは違うところにいるようですが、にゃーのことは気にしていないようでした。
「……うにゃん」
にゃーはにゃーがいなくなったことにも気付いていないママさんと真夏ちゃんの姿に悲しくなりました。
本当はまだお昼にもなっていないので、いつもはにゃーが散歩している時間のため、誰も心配をするはずがないのですが、にゃーはずいぶん歩いてから戻ってきたと思っているので皆の態度が不服で仕方ありませんでした。
「にゃふん!!」
にゃーはまた怒りました。
にゃーはどうせいらない子なんだ!
にゃーがいなくてもみんなぜんぜん平気なんだ!
「にゃんにゃん!」
にゃーは文句を言いながら屋根の一番高いところに行きました。
「……にゃ~ん」
にゃーは本当は寂しかったのですが、そう思うのはなんだか負けのような気がして、自分は怒ってるんだということにしました。
「にゃん!」
そして、ぽかぽかの陽気も合間って、にゃーはそのままふて寝することにしました。
「……うにゃ~……にゃ?」
にゃーが再び目を覚ますと、あたりはすっかり暗くなっていました。
「……にゃくちっ!」
日が沈んで少しだけ寒くなっていたようで、にゃーはくしゃみが出ました。
暗くて寒くなると、とたんに寂しさが込み上げてきます。
「……にゃ~ん」
『にゃー。
ほら、ご飯だよ~』
『にゃーは良い子だな~』
『にゃー! 一緒に遊ぼ~!』
「……うにゃん……」
にゃーは皆の優しい笑顔を思い出して、なんだか涙が出てきました。
なんで怒ってたんだろう。
ぬいぐるみは大切だけど、みんなの方がずっとずっと大事なのに。
大好きなのに。
「……うにゃう~……」
一回寂しいと思ってしまうと、なんだかとっても寂しさが込み上げてきます。
皆の温かい笑顔や優しい声。
ぎゅーってしてくれたりナデナデしてくれた時の安らぎばかりが思い出されます。
「……にゃん」
にゃーは皆にとっても会いたくなりました。
でも、なんだか素直に帰るのはちょっと恥ずかしくて、再び屋根の縁から顔だけを出して、窓から家の中を覗いてみることにしました。
「ママー! 見てみてー!」
「んー?
どうしたの?」
家の中では真夏ちゃんがママさんに何かを見せていました。
「みんなの絵を描いたの!」
「あら! どれどれ?
まあ! よく描けてるじゃない!」
「うー……にゃん」
にゃーが身を乗り出して目を凝らすと、真夏ちゃんの描いた絵が見えました。
「へへ~!
これがママでしょ~。
これがパパ。
これが真夏で~。
で、これがにゃー!」
「にゃん!?」
「素敵ね。
家族の絵ね」
「そー!
真夏の大切な大切な家族!
パパもママもにゃーも、みんな大好き!!」
にゃーには真夏ちゃんが言っていることは分かりませんでしたが、笑顔の皆に囲まれて真ん中で楽しそうにしているのがにゃーのことなんだと分かりました。
「にゃーが帰ってきたらにゃーにも見せるんだー。
にゃー早く帰ってこないかな~」
「そういえば、いつもよりちょっと遅いわね~。
もうご飯の準備できてるのに」
「にゃん!?」
にゃーは自分の名前とご飯だけは意味が分かりました。
きゅるるるる~。
「……にゃぅん」
ご飯って言葉を聞いたら、にゃーは自分がお腹すいてることに気が付きました。
「ぅにゃっ!」
そして、寂しさと空腹でにゃーは身を乗り出しすぎていることに気が付かず、そのまま屋根から落ちてしまいました。
「……ぅんにゃっ!」
にゃーは空中で体をねじらせて無事に地面に着地します。
「何の音かしら?
あら、にゃーじゃない。
帰ってきたのね」
「にゃ、にゃうん」
にゃーは意図せずママさんに見つかってしまい、ちょっと気恥ずかしくなっていました。
「にゃー!
おかえりー!」
「外は寒かったでしょう。
ほら、早くお入り。
ご飯の準備できてるわよ」
「……にゃん!!」
にゃーは大好きな皆の笑顔に迎えられて、嬉しそうに家に入っていきました。
「あ、そうだ!
はい、にゃー。
ぬいぐるみ乾いたよ~。
マタタビも塗っといたからね~」
「にゃうん!?
にゃんにゃんにゃーん!!!」
にゃーは捨てられたと思っていたお気に入りのぬいぐるみをママさんに渡されて、びっくりして大喜びしました。
「ただいま~!
帰りにケーキ買ってきちゃった~!」
「わーい!」
「あら。
ありがと~」
「ほら。
にゃーにはちょっと良いおやつ買ってきたぞ~!」
「うにゃにゃ!?
にゃーにゃー!!」
その後、帰ってきたパパさんからのお土産にもにゃーは飛び跳ねて喜びました。
そして……。
「あ、そーだ!
にゃー! 見てみてー!
これ真夏が描いたんだよー!」
「にゃーん!
にゃんにゃん!」
「ふふふ、にゃーも喜んでるみたい」
「ああ。
ホントだな」
「にゃんにゃーん!」
そこには、絵の中と同じように皆で楽しく笑う家族の姿がありました。
(秋の桜子様作)