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第七話 密室

 ダンカン班長が殺されていた部屋から出ると、向かい合った部屋の隣に階段が見える。言わずもがな、俺が先程まで居た宝物庫への階段だ。

 こうして見ると案外近いのに、犯行時の物音は聞こえなかったな。


「『防音魔法』でも使ったんでしょう。生活魔法の一種で、扱いはそんなに難しいものでもありません」


 抱いた疑問を口にすると、先に部屋から出てきていたシャルウィルが答えた。なるほど。『防音魔法』ね。


「案外と君は魔法を知らないようだな?」


「さっきも言ったが、俺は『身体強化魔法』も使えない。魔法はあまり得意じゃないんだ……」


 意外そうな口振りで姫さんは言うが、魔法を使えない方からすれば仕方のない事だと思う。俺が普段の生活で使う魔法と言えば、『火魔法』ぐらいだもんなぁ。


 言い訳をすれば、そりゃ魔法の勉強はそれなりにしたけどな。発動しない魔法の方が多かったくらいなんだ。未だに使い勝手がわからない魔法だってある。

 今回の『防音魔法』も、本来の用途なら夜泣きする子供の泣き声を周りに漏らさない様にするためのものだった筈だ。俺の周りに夜泣きするような年の子供は居ないし、まさか犯行の物音を消すために使ったとは思わなかった。


「…………………………」


 魔法の使い方を考えていると、やけに神妙な顔をしているシャルウィルが目に入った。敵対心を向けてくることはよくあったが、こうまであからさまにしおらしいのは不可解だ。


「どうした?」


「いえ……別に……」


 気になって声をかけるが返事もそぞろ、正に心此処にあらず、と言った感じだ。何があったんだか。


「シャル、調子が悪いなら素直にそう言うんだ。今のお前はどう見ても普段の調子ではない」


 どうしたものか、と考えてみたが、姫さんの鶴の一声にぼそぼそとシャルウィルは返事をし始めた。流石、従者の扱いにも慣れている。


「その……次の現場は、もう見たくないんです……ダメでしょうか?」


「ふむ……。まあ、私達は調べがついているからな……どうしても、という事はないが……構わないか?」


 そう言うと姫さんの眼は俺を捉えた。


 あれ、俺が決めるのか?

 自分の従者なんだから姫さんが決めれば良いと思うが……。


 ああ、そうか。一応、捜査のチームとしては了解を得るべきと考えたのか。


 うーん……。正直俺としてはシャルウィルが一緒に居なくても良い。

 チームとしては一緒に捜査すべきかもしれないが……。シャルウィルが状況検分に役立つ情報を引き出してくれた訳でもないし、後で考えを擦り合わせるだけでも良いとは思う。


 それに、シャルウィルが尻込んでいる様子を見ると、いたたまれない気持ちにもなる。

 先程の捜査の時も、死体を前に特に動揺もせずに動いていたが、こいつはまだ子供だ。嫌がる現場に無理矢理連れ出して、トラウマを作ってもよくないだろう。


「別に無理する必要は無いんじゃないか?」


「そうか。そう言ってくれると有難いな。シャル、お前は現場が視界に入らないよう部屋側の壁に背を向けておけ。それと、もし不審者を見つけたら私達に知らせるんだ」


「はい……。お心遣い、感謝致します」


 現場の前までは連れていくんだな。まあ、この角を曲がってすぐの部屋なんだが。


「ところで……シャルウィルがそんなに嫌がる程の現場なのか?」


「…………それは、自分で確認すると良い」


 口にするのも憚れる、といった表情で姫さんは廊下の曲がり角に視線を送った。


 確かに、俺が広間に向かう僅かな時間でも異質さを感じた場所だ。相応にグロテスクな現場なのだろう。


 自然と重くなった足に、力を込めて踏み出す。

 このままこの場所にいても、埒が明かないのだ。


 角を曲がると、既に扉が破壊された部屋が見えていた。それだけでも異常だというのに、部屋の内部からはより一層濃い非日常感が漂っていた。


 言ってみれば、『死臭』だろうか。

 例え現場だとわかっていなくとも、あそこには死が存在する。そう確信できるだけの不穏な空気が流れている。

 なんだか足の感覚が覚束ない。ふらふらと誘蛾灯に導かれる虫の様に部屋の前へ移動し、中を確認した。



 ――凄惨。



 部屋を見て最初に思った言葉だ。


 部屋の内部は先程の現場とは打って代わり、壁や床、天井に至るまで傷だらけだった。

 相当に激しい戦闘があったのだろう。

 備え付けられていた筈のベッドやテーブルなどは戦いの余波で壊れたようで、その姿形も無かった。


 ただポツン、と部屋の中央にうつ伏せに横たわる人だったモノがあった。恐らくは、あれがケイト副班長の死体だ。傍らには戦いに使ったのであろう剣が落ちていた。


「入らないのか?」


 姫さんの言葉に身体が震えた。

 普段通りの何気ない一言だったが、自分でもわからないくらい、思ったよりも集中していたようだ。

 一度大きく呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 うん、大丈夫だ。いつも通りだ。


 姫さんに促されるままに死体へと歩みを進める。途中、破壊された扉を踏み抜かないように慎重に。


「ジール」


「……どうしたんだ?」


 大丈夫、落ち着いている。

 先程の様に身体を震わせる事なく、冷静に返答できた。


「一応、先に言っておく。入って右手のこちら側の角に『清潔魔法』がかけられている。堪えきれないようなら……」


 たしか『清潔魔法』は医療魔法の一種だ。

 血液や吐瀉物などには目に見えない細菌やらウイルスやらがいるらしい。傷口などから体内に侵入すると感染、発症する病もあるんだとか。それらの病原体を汚れと一緒に消し飛ばす魔法が『清潔魔法』だった筈だ。

 騎士団の中では、衛生兵の連中しか使っているのを見た事がない。医療魔法の扱いは難しいと言うし、前線に出ていくような騎士が覚える魔法でもない。当然だが、俺も使えない。


 姫さんは変な所で言葉を切ったが、つまり吐くならそこで、ということか。


 了解の意を込めて一つ頷き、死体を確認する。


 ダンカン班長の時とは違い、身体には無数の傷跡が残っていた。その殆どは刺傷だ。服や鎧等の損傷具合から全身に傷が有ることが伺える。だが、一番酷い事になっているのはその頭部だろう。既に原形を留めないほど至る所に穴が空いている。頭部の周りには血だけでなく、脳の切れ端も合わさってぶちまけられていた。


 あまり注視していたくもなく、胴体から四肢へと視線を移す。


 すると、死体の左手には何やら歪な形をした金属が刺さっているのを見つけた。


 これが凶器……?

 少し小さくも見えるが……。


 部屋の入り口からは反対側の腕に刺さっていて、今俺が居る場所から詳細には見えない。

 死体を跨いで確認するのはこうまで無惨に殺されている彼女にも失礼だと思い、ぐるりと反対側へ移動して確認することにした。


 反対側へ回って凶器であろう金属を確認すると、同時に左手の側に落ちている鍵にも気が付いた。おそらくこの部屋の鍵だろう。身体に隠れて見えなかったのか。とりあえず、死体を先に確認する事にする。


 彼女の左手に刺さっているそれは、短剣ぐらいの長さの棒だ。歪なのはその両端に二又に分かれた槍の様な突起物が付いていること。それと、持ち手の部分は棒が中心を通るようにして半円状に左右二つの穴が空いている。これは一体……?


「『異端者のフォーク』と呼ばれる拷問器具だ。その半円の穴にベルトを通し、喉に巻いて使う」


「異端者ってことは、つまり……」


「まず間違いなく『異端審問官』の使ったものだろうな」


 だよな。しかしこんな物まで準備しているとは。本当に『異端審問官』って可能性も有るような気がしてきた。


「『異端者のフォーク』は数ある拷問の中でも残酷な方だろう。本来は立たせた状態で喉に巻き付け、姿勢を強制させた上で尋問を行うために使う物だ」


「詳しいんだな……」


「教会にいれば嫌でも覚えるさ」


 姫さんは自嘲気味に首を振ったが、教会にはそんなサディスティックな一面もあるのか。

 神は信じる者を救う、なんて言っているが、信じない人間はこうなるのか?


「一応、拷問の種類としてはポピュラーなものだ。張り付けのついでに行われた事もあるから、知っている者も多いだろう。器具の形状も単純な物だし、鍛冶職人なら簡単に作れるものだ」


「それは……この道具を作った人間から犯人がわかる可能性があるのか?」


「いいや。さっきの代筆屋と一緒だな。市販されている物ではないが、調べるには時間が足りない」


 まあ、そうなるよな。


 姫さんから死体に視線を戻す。

 血に塗れた床から少し離れた場所に、またしても羊皮紙が落ちていた。血溜まりを踏まないように移動して、そっと手に取ってみる。


「『その『色欲』に狂った女は確かに断罪した。我が審問はこれで果たされり。異端審問官』」


 この言い方からすると、もう『異端審問官』の目的は達成したってことか?


「おそらく標的はダンカン卿とケイト女史の二人だったのだろう。そして犯人は部屋を密室にしてこの場から去った、と考えるのが妥当なところか」


 そうか。密室の事もあったな。死体の近くに落ちている鍵が本物なのか、それに鍵束に本物の鍵が含まれているのかも確認しなければ。


「それと死因なのだが」


 鍵を調べようとしたが、姫さんの言葉に遮られた。

 死因って、どう見てもこの頭部の傷が原因だろう。


「死体の前面にはバッサリと太刀筋が残っていた。ユルゲン医師の見立てでは、おそらく直接の死因はそちらが先だろうとの事だ」


 は?

 すると、何か。犯人は彼女を切り捨てた()()、わざわざ死体を穴だらけにした、って事か?


 俺の表情を見て、何を言いたいのか悟ったのだろう。姫さんはわざとらしく頭を落とした。


「君の想像通りだ。でなければ、うつ伏せに倒れている彼女を、前側から切りつけるという離れ業をしたことになる」


 その言葉に、強烈な吐き気を覚える。胃液がせり上がってくるのを感じ、慌てて『清潔魔法』のかけられた一角へと飛び込んだ。


 間一髪、と言うところで間に合ったようだ。口許から溢れた液は、びしゃびしゃと汚い音を立てて床へ落ちていく。本来なら吐瀉物にまみれる筈の床面は、しゅわしゅわと胃液を分解していった。ほんの僅かな時間だったが、既に床は元通りの状態に戻っている。『清潔魔法』と言うだけあって、凄い浄化力だ。


「大丈夫か?」


「……ああ。落ち着いた」


 別に死体のグロテスクな様子に吐き気を催した訳じゃない。なんなら、魔物に殺された人間はもっとエグい殺され方をしている事だってあった。


 俺が吐いたのは、魔物では決して有り得ない『悪意』や『怨嗟』を感じたからだ。


 獣であれ、魔物であれ、人を襲い喰らう事もあるだろう。だが、奴等はそれを生きるための『本能』として行っている。そこに死者を弄ぶ『悪意』や『怨嗟』は存在しない。


 だがこの死体はどうだ!?


 殺しただけでは飽きたらず、頭部の原形がなくなるほど突き刺している。しかもそれは全身に及んで何度もだ!


 ケイト副班長が何をしたのか知らないが、人はここまで残酷になれるのか?


 彼女に空いた全身の穴の一つ一つから、『悪意』や『怨嗟』が抜け出てきているようにさえ見える。思えば俺が感じた非日常感、『死臭』もこの『悪意』が原因だったのかもしれない。


 俺が姫さんの騎士として『理想』の騎士を体現しようとするならば、この『悪意』を持った人間は必ず捕まえなければなるまい。正義を象徴したあの騎士なら、それは絶対だ。


「本当に大丈夫か?」


 決意を胸に宿していたら、黙ってしまっていた俺を心配そうに姫さんが覗き込んできた。どうやらまだ気持ちが悪いものと勘違いされたらしい。軽く手を振って答える。


「ああ。とりあえず、死体の状況はわかった。けど、ケイト副班長で間違いはないのか?」


「先程の金色が喚き散らしていたよ。顔はわからないが……この体型、装備している剣に鎧、間違いなくケイト女史の物だそうだ」


「そうか……なら残っているのはこの鍵か」


 そう言って死体の側に転がっている鍵を手に取った。何の変哲もない鍵だ。


「扉は破壊されているが、鍵穴に鍵を通すくらいはできるだろう。確かめてみてくれ」


 姫さんの言葉を受けて、部屋の扉へと移動する。外から内側に破壊された扉だが、確かに鍵穴の部分は残っていた。


「これを……うん。どうやら本物だな」


 鍵を通すと、そのままゆっくりと回転させる事が出来そうだった。無論、破壊された閂部分が上手く収納されないので、完全に解錠することは難しそうだが。


「鍵束の中には、この部屋の鍵が含まれているか?」


「ちょっと待ってくれ……こんなに有ると含まれていたとしても、すぐにはわからないな……これは、違うか」


 俺の持っている鍵束の中にも合うものがあるか探してみたが、中々見付からない。十本以上もあるのだから当然ではあるのだが。五回目の挑戦にして、ようやく鍵が回る手応えを感じた。どうやら、合鍵は含まれていてしまったらしい。


「どうやら鍵は含まれていたようだな。しかし、これで密室の謎、それと消えた犯人の謎……君が犯人でないとするには解明しなければならない謎が二つあるようだ」


「そうだな……」


 相槌を打ちながら考える。


 少なくとも『防音魔法』は使われているのだ。何か、他に突拍子もない魔法で密室から消えたとかはないだろうか?


「……例えば『転移魔法』なんかで内側から鍵をかけて消えた、ってのはないか?」


「いや、それはないだろう」


 ふと閃いた事を口にしたが、即座に姫さんに否定された。なんでだ?


「確かに『転移魔法』ならこの部屋からの脱出は容易だろうが、それにはこの部屋と転移する場所の二ヶ所に魔法陣が必要だ。だが、この部屋にはそんな物はないだろう?」


 そう言われて辺りを見渡すが、確かに傷だらけの床や壁、天井には魔法陣らしき跡は見当たらなかった。


「魔術ならどうだ? 原典の『転移魔術』ってのもあるだろ?」


「それも無理だろう。『転移魔法』の原典は既に失われているし……仮に使えたとしても、何かしらの魔法陣が必要な点は変わりなかった筈だ」


 そうか……。なら『転移魔法』の線は消えるか。だとしたら、どうやってこの部屋から出たんだ?

 部屋の様子をくまなく探していると何やら違和感を感じる箇所があった。この部屋全体に付けられた傷、何かおかしい。

 違和感について考えていると、姫さんから声がかかった。


「ジール」


「どうした? 何か見つけたのか?」


「いや……今回は先程の様にしないのか、と思ってな」


 先程の、というのはたぶんダンカン班長の隣で真似をした時の事を言っているのだろう。

 丁度良い。違和感の事について伝えておこう。


「さっきは痕跡が何もなかったからな。今は、部屋に残された痕跡が沢山ある。そっちから探そうと思っていたんだ」


「痕跡? 死体の傷の事か?」


「それもだが……例えばこの部屋の壁や天井の傷だ。かなり激しい戦いがあったと想像できるが、よく見ればケイト副班長の剣によって付けられた傷は少ないと思う」


 そう答えると意外そうに姫さんは目を見開いた。ライトブルーの瞳がよく見える。


「何故だ?」


「傷と剣の幅が合わない。見た感じ、ケイト副班長の剣は女性が使いやすい細身の物だ。膂力があって壁を削り取れる剣を振るえたとしても、残された傷跡は剣の形に似る筈だろ?」


「つまり……戦いがあったように見せる偽装工作だと?」


「たぶんな。それにこんな傷だらけの部屋なのに、血が付いている所は死体の周りだけだ。普通、戦いになればもう少し周りにも血が飛び散るもんじゃないか?」


 俺の言葉に姫さんは手を壁に付けて歩き始めた。血の後がないか探しているのだろう。一回りして戻ってくると、満足したように頷いた。


「どうもそのようだな。しかし、何故だ? こんな面倒な事をする必要がどこにある?」


 そう言われて言葉に詰まる。確かに謎だ。わざわざこの部屋に戦闘の跡を残す必要があるのだろうか?


「……他に気付いた事はあるか?」


 言葉を返せなかった俺を見て、姫さんは話題を変えた。今すぐに答えが出ないことを悟ったのだろう。

 取り敢えず必要な情報かは別として、先程のフィンレーとの問答から気付いた事を伝える事にした。


「……たぶんフィンレーは偽装工作だった事に気付いている」


「ふむ。何故そう思う?」


「あいつはケイト副班長が不意打ちで殺されたと言っていた。この激しい戦いの跡を見れば、普通はそんな風に思わない筈だ。おそらく……俺が壁の傷の事を言えば、偽装工作だった事を明かして犯人に仕立て上げられていたんじゃないかな」


 そう考えるとフィンレーも怪しく感じるな。

 偽装工作をしておけば、壁の傷を指摘した人間―――今回は俺だったわけだが――を犯人扱い出来る立場に居るわけだし。


「有り得なくはないが……。彼が犯人だとは言い切れないな。……他には何かあるか?」


 姫さんの言う通り、まだフィンレーが犯人だと断言できるだけの証拠はないな。

 他に、と言えばこの破壊された扉だが……よく見ると小さな鉄格子が頭の高さぐらいの所に備え付けられている。頑張れば親指の根元位までは通りそうだ。


「この鉄格子は?」


「ああ。元々この部屋は幽閉部屋だったそうだ。中に閉じ込めた人間が何をしていたかわかるように設けられていたのだろう」


「……ここから鍵を投げ入れれば密室じゃ無いんじゃないか?」


 密室と言うからネズミの通る穴一つ無い部屋を想像していたが、これは抜け穴になるような気がする。しかし、姫さんはまたも首を横に振った。


「鍵は死体を挟んで置かれていた。やってみればわかるが、その格子から手を入れて投げ入れるには距離が有りすぎる。投げたとしても、せいぜいその扉位までが現実的な距離だろう」


「それこそ『身体強化魔法』を使えば?」


「いや……。例えどんな『身体強化魔法』の使い手であったとしても、それだけの隙間から死体の向こう側まで鍵を投げ入れるのは不可能だ。鍵自体にも厚みがあるし、勢いよく投げ入れるのも難しいだろう」


 うーむ……。手元の鍵を格子に合わせてみるが、確かに少しずらして遊びを作らないと通りそうもない。抜け穴を見つけたと思ったんだがなぁ……。


「そう気落ちするな。犯人の不可思議な行動が明らかになっただけでも前進だ」


 鍵と格子を捏ね繰り回していると、姫さんから励まされた。まあ、前向きに捉えればそうなるのか。


「だけど犯人は断定できていないぞ?」


「何、ただ断定に至る材料が足りないだけさ。と言っても、時間に限りがあるのも事実だ。ここでの検証は一先ず区切りを付けて、関係者の話を聞きに行くのはどうだ?」


 遅くなると眠ってしまう者も出て来てしまう、と最後に一言付け加えられると、確かにその通りだと思える。


 考えてみれば、被害者の二人の人間関係も全然わかってないな。

 これだけ『悪意』のある殺され方をしているのだから、何かしら知っている者も居るだろう。


「関係者って何人いるんだ?」


 あの広間に集まっていたのは俺を含めても十人前後だったと思う。返ってきた姫さんの答えはその記憶を肯定してくれるものだった。


「私達を除けば八人だな。一人ずつ話を聞いていると時間が勿体無い。手分けして聞いていくとしよう」


 その言葉に頷いて、奇怪な痕跡の残る部屋を後にする事にした。……が、その前に。


「なあ。死体は動かさないのか?」


 いくら死体と言っても、ここまで無惨に殺されてそのままってのは可哀想だと思った。何かしてやれないのだろうか。


「先程は後の捜査の事もあったからなるべくそのままにしたが……君がもうそこから得られる物がないのなら、動かしても構わないぞ?」


 う……。そう言われるとわからないな。まだ調べ足りない事があるかもしれない。


「せめて……布くらいかけてやってもいいか?」


 そう伝えると姫さんは僅かに口角を上げて頷いた。


「ああ、そうしよう。……シャル! 聞こえているだろう!? 何か布を持ってきてくれ!」


 姫さんが叫ぶと、廊下を駆けていく音が聞こえた。良かった。今はこの位しか出来ないが……せめて安らかに眠ってほしい。


「……優しい事だ。君を私の騎士にしようとして、正解だったと思うよ」


 優しい?

 そんなん初めて言われたぜ。だが、悪い気はしないな。


 ほんの二、三分で戻ってきたシャルウィルからテーブルクロスらしき布を受け取り、死体にそっと掛けてやる。


 しばし黙祷をして、今度こそ部屋を後にした。

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