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第六話 捜査

 

 事件を解明する、なんて大見得を切ったが、いきなり捜査にあたる訳ではなく、伯爵様――いや、辺境伯様か? まあどっちでもいいか――とその従者であるシャルウィル、それに俺を加えた三人で、まずは捜査方針を固めようという事になった。

 それ以外の人間は後で話を聞きに伺う事にして、部屋に戻って貰っている。


「しかし……君も中々役者だな。咄嗟の誓いであれほど立派な言葉が出てくるとは思わなかったぞ?」


 立派、と言われると照れ臭いが、まさか練習していたとも言い出せず、ああ、まあ、と曖昧に返答をする。それに対して伯爵様はやや不満げに腕を組み口を尖らせた。


「む、褒めているのだからもう少し嬉しそうにしたらどうだ」


 これは誉められているのか?

 掘った墓穴をさらに拡げられているようにも感じるのだが……


「アレクシア様、御時間」


 どう反応したものかと考えていると、伯爵様の従者であるシャルウィルが言葉を発した。

 小さな身体から覗かせるその視線には焦りの色が見える。


「……そうだな。期限が決められている以上、彼への茶々も程々にしておこう。だが、自己紹介くらいはしておこうじゃないか。おい、とか、ちょっと、では少しみっともない」


 そう言うと伯爵様はシャルウィルを手招きし、俺の方へと彼女の身体を向けた。


「私の紹介はもういいだろう? 彼女は私の侍従を務めてくれているシャルウィルだ。幼い顔付きだが、君とそんなに年は変わらないと思うぞ?」


 そう言われシャルウィルの顔をよく観察する。

 伯爵様の映える様な長い金髪とは違い、暗い藍色の髪が綺麗に整った眉の上で切り揃えられている。小柄な外見も相まって、まだ十二、三と言っても信じられるようなあどけなさが残っているが、一般的には可愛らしい美少女と言えるだろう。


 ただ、伯爵様には俺もそのくらいの年に見えているのだろうか。もう十八なんだが。


 紹介されたシャルウィルの方はと言えば、眉間に皺を寄せて不快感を露にしている。当然だが、初対面の人間にこんなに嫌われるような事をした覚えはない。


「……アレクシア様、彼の紹介は不要です。ジールと呼べば良いのでしょう? あたしはシャルウィル()()と呼んでくだされば結構ですので」


 こいつ。然り気に自分だけ敬称付けろってか。まあ、どう見ても俺の方が年上だろう。ここは大人にならないとな。


「わかった。ジールだ。よろしくな、シャルウィル()()()


 と言っても、俺だってそこまで大人じゃない。ちゃん呼びくらいの意趣返しはさせてもらった。


「……撤回を要求します。ちゃん呼びは止めてください」


 ギロリ、と音が出そうな程目玉を動かして睨まれた。これ以上茶化しても喧嘩になるだけだな。


「悪かった。よろしく頼むよ、シャルウィル」


「…………」


 素直に謝罪をしたが、シャルウィルは白けた顔を見せると顔を背けてしまった。

 しかし、そんなに煙たがらなくても良いと思うんだが。


「シャル、そう邪険にするな。前にも言っただろう? 私達の目的の為にはもう一人は優秀な人間が必要だと。期せずして彼を配下に出来る算段がついたんだ。幸運だと思わなければ」


 拗ねているシャルウィルを伯爵様があやし始めた。髪の色や背丈など、外見は全く似ていないが、こうして見ていると姉妹のようだ。


「…………アレクシア様の目的にあたしは必要不可欠?」


「当然だろう。シャルが居なければ私の目的は果たせまい」


「……ん。なら頑張ります。貴方、邪魔はしないでくださいよ?」


「お、おう」


 少し百合の花が咲いて見えるのは気のせいだろうか……?

 いや、間違いなくシャルウィルは伯爵様を特別視しているな、こりゃ。


「そうだ。私の方も呼びやすい様に呼んで構わないぞ。公式の場では考えなければならないが……今はいいだろう。君は敬語が苦手のようだからな」


 二人の醸し出す雰囲気に当てられて固まっていたが、伯爵様の言葉に我に帰る。


 そうか。身分の高い人だからそれなりの言葉使いも覚えなければダメか。しかし今は好きに呼んでいい、と。なら……。


「姫さん、だな」


 騎士が仕える女性なんて姫に決まっているだろう。これはただの浪漫だ。理由はない。

 見れば柔らかい瞳に戻っていたシャルウィルが刺々しい視線を向けているが……。これは譲らんよ?


「はぁ……。まあいい。これ以上やってると本当に時間がなくなる。まずは現場検証としよう。…………君を正式採用した時には言葉使いから勉強してもらうかね」


 姫さんも何故か呆れ顔だが。……この浪漫が何故わからないのだろうか。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ところで姫さん。現場って何処なんだ? あの宝物庫の階段から上がった先の部屋と、もう一ヶ所あるのか?」


「ああ。君が守っていた宝物庫への階段のすぐ隣にある部屋で副班長のケイト女史が殺された。それと、その向かい側とでも言うかな。通路を挟んだ部屋に班長のダンカン卿が殺されている」


 そう言われ頭の中で城の地図を描く。

 俺達が今居るこの古城の二階は、丁度三ツ又の矛の様な形をしている。

 俺が居た宝物庫へと繋がる階段が三ツ又の右側――地図で言えば最も東側の矛の根の部分だ。そのまま矛の東側にケイト副班長の殺害現場があるらしい。

 それと、中央の矛へと繋がる通路を挟んで部屋が四つ。その内の一つにダンカン班長が殺された殺害現場があるって事か。


 今俺達が向かっているのは、先に死体が発見されたダンカン班長の部屋だ。と言っても、広間からそう離れてはいないからすぐ着くだろうが。


「ダンカン卿は奥方を連れ立って来ていた。流石に今は別の部屋に行って貰ったがな」


「奥方……? 同じ部屋に居たのか?」


「そのようだな。ショックを受けてはいるだろうが、外傷は特にないらしい。後で話を聞かせて貰うといいだろう」


 同じ部屋に居て傷一つ受けてないってのはどういう事なんだろうか。


 初めから標的にされていなかった……?

 いや、それよりも犯人の顔を見ているのではないか?

 もしや、犯人そのものの可能性だって……


「着きました」


 思考の渦に捕らわれかけたところで、シャルウィルの声が聞こえた。

 予想通り、そんなに時間もかからず部屋に着いたようだ。

 地図で言うと東側の北側、矛の根から矛先へ向かう曲がり角の前の部屋がダンカン班長の部屋になるようだ。


「ジール。君は死体を見た事は?」


「ああ。魔物に襲われて死んだ人間を何度か見た事がある。……あまり見慣れたものではないけどな」


「そうか……。なら、大丈夫だろう。開けるぞ」


 そう言って姫さんは部屋の扉を開いた。



「こ、これは…………案外、普通……じゃないな」


 目の前に飛び込んできた部屋の景色は、普段の生活で見る部屋と特段代わり映え()()()ものだった。

 ただ、俺の生活と大きく異なるのはその部屋の間取りだ。ベッドが二つに机が一つ。整然と配置されたそれらを取り払えば、雑魚寝で人が十人は悠々と寝られそうだ。

 俺が寝泊まりする騎士舎じゃ十人も入れば寝返りもろくに打てない事を考えると、随分と広くむしろ快適そうにさえ感じる。


「元々は城の来客用に使われていた部屋だったようです。浴槽も付いているようですよ」


「浴槽も!?」


 部屋に風呂が設置されているなんてとんだ贅沢だな。


「ええ。と言っても、今は使える筈もありませんが」


 それはそうだろうな。

 いくら俺でも、今しがた殺人事件があった部屋でのんびり湯に浸かる趣味はない。


「……何か、疑問に思う点はないか?」


 部屋の内装を見ている俺に向かって姫さんが声をかけた。

 あまりに日常と違う部屋に少し興奮してしまったが、今は捜査に来ているのだ。何か、事件の手掛かりになるものを見付けなければ。

 部屋をぐるりと見回し、やがて不思議な点に気付く。


「……死体は?」


「うむ。気付いてくれたか。こっちだ」


 そう言うと姫さんは部屋の端へと歩いていった。よく見ると彼女の立つ壁には小さく取っ手が付いている。壁の色が同じで分かりにくかったが、どうやら扉が有るようだ。


「それは?」


「さっき話したろう。浴室への扉だよ」


 そう言って姫さんはゆっくりと扉を開く。

 次に目に入ったのは、今度こそ非日常の風景だった。


「ここがダンカン卿の殺害現場だ」


 姫さんの言葉で、目の前で死んでいる男がダンカン班長だと理解した。


 今の俺の位置からは、死んでいる人間の頭が見えない。

 死体が浴槽に向かって前のめりにもたれ掛かり、頭と手を浴槽内に突っ込んでいるからだ。それでも死体だと容易にわかったのは、男の背中、丁度心臓の辺りに一筋光る物が刺さっていたからだ。


 そして不思議な事に、何故かダンカン班長は下着しか着ていない。いや、風呂に入ろうとしていたのなら不思議でもないのか?


「……私とシャルは一通り調べ終えている。今は君が主体に調べてくれ」


 姫さんに言われて、遠巻きに見ている場合ではないと気付く。

 ゆっくりと死体に近付いて、まずは顔を確認する。間違いない。ダンカン班長だ。

 顔を見る過程で、首を貫いた傷跡に気が付いた。ざっくりと前後に貫通している。傷の深さから言って、背中に刺さった短剣がこの首筋を貫いた物だろう。先に首を突いてから心臓に止めを刺したようだ。

 首筋と胸から流れた血液が膝元で血溜まりを作っている。それを避けるようにして、一枚の羊皮紙が落ちていた。


「これは?」


「先程言った犯行声明だな。遺留品として持って行っても構わないぞ」


 特段、新発見したものではないようだ。持って行っても良いと言うことで、手に取って確かめてみる。確かに何か書かれているな。なになに……


「『その『強欲』なる男は確かに断罪した。我が審問にかかる人間は未だ潰えず。異端審問官』」


 少し癖のある字だが別に読めない程じゃない。そして、確かにこれは犯行声明と次の事件が起こる予告と言っていいだろう。


「ちなみに、ケイト副班長の所にも同じ様に羊皮紙に文字が書かれていました。いずれの羊皮紙も店で買えるような普遍的なもので、そこから犯人を割り出すのは難しいでしょう」


「……この字体は? かなり癖が強そうだが」


「恐らくわざと崩して書いたか……あるいは代筆屋にでも依頼しているかだな。代筆ならば探せば書いた者を見つけられるかもしれんが……頼む時にも別人を向かわせている可能性もあるだろうな。犯人まで辿り着くには時間が足りんよ」


 実質、手掛かりにはなりえそうもない、か。


「他に気付くことはないか?」


 姫さんの声に辺りを注意深く見渡すが、取り立てて目立った痕跡はない。普段は装備していたのであろう剣や鎧が、脱いだ服の近くに置かれていたが、風呂に入ろうとしたのならそれも当然だろう。

 一応、剣を鞘から抜いて確かめてみたが、特に血の跡も残っていなかった。所々、刃毀れしていたが、普段から手入れしていなければこんなものだろう。まして、あのダンカン班長が、こんな見えないところを丁寧に扱うとも思えないし。


「ふむ。特に無いようなら次に向かうが……良いか?」


「ちょっと待ってくれ……もう少しだけ……」


 時間が無いこともあり、急かすように詰めてくる姫さんを制して、俺は死体の横へ陣取った。


「何を……?」


 シャルウィルが不思議そうに呟くが、それには直接答えずに死体と同じ様に浴槽へもたれ掛かる。犯人の考えはわからないが、ダンカン班長の考えならわかるかもしれないと思ったからだ。


 何故こんな格好で死んでいるのか……


 どうやって刺されたらこんな死に方になるのか……


 俺の行動を制するでもなく、黙って見ている二人に声をかける。


「なあ」


「……なんです?」


 返事があったのはシャルウィルだ。姫さんはどうやら興味深そうに俺を観察しているらしい。


「ダンカン班長は背中側から刺されているよな?」


「それはそうでしょう。でなければ、背中に凶器が残されてはいないでしょうから」


「なら、何で背中から刺されているんだ?」


「は?」


 意味がわからない、と言うようにシャルウィルは口を開けている。いや、これだけの言葉じゃ確かに伝わりにくいか。


「普通、不審者には後ろを預けたりしないだろ?」


「それはそうでしょうが……。隠密行動に長けていれば可能なのでは?」


 ふむ。騎士団の班長が気が付かない程気配を消すのが上手い人物ってこともありえるか。あるいは……。


「後ろに立っていても怪しくない人物、ってことはないか?」


「それはダンカン卿の奥方が怪しい、と言いたいのか?」


 黙って聞いていた姫さんから確信めいた質問が入る。そこまで断定は出来ないが……。


「少なくとも風呂に入るような状況で、背中を預けられるような相手は親しい人間だと思う。それにこの部屋は、浴室だけでなく居室にいたっても綺麗すぎる。普通、殺人現場ってのはもっと荒れているものなんじゃないか?」


 そう伝えると姫さんは腕を組み、何かを考えるように目を瞑った。


「悪くはない。が、ならば何故半裸なのだ? 服を脱ぐなら浴槽に湯を張ってからだと思うのだが?」


 確かに浴槽には水気が一切ない。仮に湯を貯めたものを抜いたのだとしても、水滴の一滴ぐらいは残っていると思う。


「それは……わからないな」


「方向性は悪くなさそうだがな。もう少し詰める必要があるように思う」


 悪くはなさそう、か。考えることはまだまだありそうだが、少しは捜査の進展に貢献しているだろうか。

 ふっ、と息を吐くと、忌々しそうに唇を噛んでこちらを睨んでいるシャルウィルと目があった。


 いや、マジか。同じ捜査をするチームだったよな?

 まさか事件の解決に役立つ情報の発見や整理より、姫さんに誉められる様に手柄を立てたいとか考えてないよな?


 驚きのあまり瞬きすらせずに凝視してしまう。それを何かの牽制ととったのか、シャルウィルは形の良い眉をしかめながら手を挙げた。


「シャル、どうした?」


「もう一つ疑問です。……何故奥方が主人を殺す必要があるのでしょう?」


「……それも、わからないな」


「そうだな……。シャルの言う通り、奥方が犯人なら動機が見えないな。そう言った点も、今の推理の穴の一つだろう」


 俺がわからないと言った事が嬉しいのか、単純に姫さんに同調されて嬉しいのか。シャルウィルは勝ち誇ったように顎を持ち上げ笑みを浮かべた。


 まあ、どちらでも構わんけど……。子供か。いや、子供なんだな。


 しかし、そうか。動機か。俺がケイト副班長を殺す動機がないように、奥さんがダンカン班長を殺す動機もあるかは今の段階ではわからない。


「まあこの場の現場検証としては良いだろう。わかったこととわからないこと、それらが出てきただけでも捜査は前に進んだ。動機に関してはこの後直接聞いて調べれば良い。わからないことは次の現場検証でも考えることだ。恐らく同一犯なのだからな。何か繋がりが出てくる可能性もある」


 そうだ。もう一つ、現場は残っている。この場で全てを結論付けるべきじゃないな。


 纏めてくれた姫さんに、俺は一つ頷いて立ち上がる。

 次は俺が犯人だと疑われた、密室の現場だな。

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