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第十話 連鎖

 ベルコの失踪を告げたにも関わらず、ボトウェは変わらずとぼけた顔を浮かべている。どうもコイツには事の重大さがよくわかっていないらしい。一つ強く言ってやろうかと思った瞬間、ボトウェは大きく頷くと薄ら笑いを浮かべ始めた。


「へへ……。頭は消えたンじゃなくて、何かを見つけて追い回してるンだろ。頭が意味もなく消えるなンてありえねえからな」


「何かって、何を見つけたって言うんだ?」


「そンなモン、頭にしかわからねぇよ!」


 そう言ってボトウェは語気を荒らげる。別に何とも思わないが、論理的な会話になっていないのには辟易してくる。だが、コイツを一人にしていくわけにもいかないな。コイツとの会話は話半分に聞いて、全員と情報共有を図った方が良いだろう。


「とりあえず、ここに居てもしょうがない。まずはレオンとフィーネの所に行くとしよう」


「あン? 何でだよ?」


「瓶の水を満たすのに適切な解が見つかったからだ。人手を割かずとも、瓶の水を満たす事が出来るのだから、全員で集まっていた方が安全だろう」


 そう答えると、ボトウェは苦虫を噛み潰したように唇を噛み締めて俺の言葉に従った。


 ベルコに心酔しているというのはわかるが、そんなに俺の提案は気に食わないものだろうか。いや、コイツの反応を見るに、消えたベルコが犯人でコイツが共犯という可能性が俺の頭をよぎった。

 全員が集まると、奴等の行動に困る何かがあるように思える。


 だが、そうなると何故最初の被害者がアッターなのか……。


 同族のアッターを殺すという不合理が、どうにも不快な気分にさせる。まるで組木細工の一部が欠けて機能しないような、そんな不快さだ。その不快さの答えに辿り着くことは出来ず、現時点で出来うる策として、ベルコとボトウェ、パドゥへの警戒を引き締める他なかった。

 そう考えをまとめた所で、レオンとフィーネが瓶の水を溜めている部屋へと辿り着いた。


「ジール!? 何故ここに来たのだ!? 休憩の順番はまだの筈だろう? それにお前の部屋の瓶はどうしたのだ?」


 俺の姿に気付いたレオンは、驚いた顔を見せて矢継ぎ早に質問してくる。まあ当然の疑問だし、これから伝えようとしていた内容でもある。


「一つずつ答えるが、俺がここに来たのは瓶の水を満たす最適解を伝えるためだ。既に俺の担当していた部屋の瓶は水平を保っているし、そのために人手を割く必要はない」


 そう伝えるとレオンは、おおっ! と、笑顔を見せた。こんな状況下での単調な作業に飽いてきた所もあったのだろう。何時間か振りに、心から笑う彼の姿を見た気がする。


「だが嫌な知らせもある。このシャルウィルの姿を見ればわかると思うが、中々に衝撃的な事が起きている」


 そう言って背中に抱えたまま気を失っているシャルウィルの姿を見せると、レオンの表情が一気に曇った。

 彼もシャルウィルの人となりは知っているから、余程のことが起きたのだと予想できたようだ。


「ベルコの姿が消えた。それと、アッターが死んでいた部屋の前にこんな物が落ちていた」


 端的にそう伝えながら、二通目となるヒュドラからのメッセージをレオンに渡す。彼はそのメッセージを黙読していたが、やがて読み終えると眉間に皺を寄せて俺を見つめ直した。


「この手紙や状況を見るに、ヒュドラとやらの正体はベルコなのではないか? 毒を使いこなせるのは彼だけなのだろう?」


 やはり、というべきか。

 どうやらレオンも俺と同じ様に、ベルコが怪しいという結論に行き着いたようだ。

 メッセージの最初の部分、『我が毒は我が身をも蝕み、理を濁す』という所は、ベルコ自身が自らの毒で蝕まれているように捉えられる。それと、『我が心は狂い、殺し尽くす』の部分か。

 この二点を考えると、ベルコは毒に蝕まれ精神に異常をきたし、この場の全員の殺害を企てている……。そんな風に読み解ける。


「おいおいおい!! 頭が毒に負けたって、そう言いてえのか!」


 俺達の考えに待ったをかけたのがボトウェだ。えらい剣幕で怒鳴り込んでくるあたりに、ベルコの失踪に一枚噛んでいそうな、そんな気持ちを抱かせる。


「何もそうは言っていないが……」


「いーや! 言ってンだよ!! 頭が俺達全員を殺そうとしてるなンて、ありえねえ! 頭が毒に負けるなンて、もっとありえねえ!!」


 レオンは冷静に対応したが、ボトウェは聞く耳を持たない。ボトウェの盲信的な姿勢に、レオンも呆れて返す言葉を失ってしまったようだ。どう説得したものか、と困惑した表情で俺に視線を向けてくる。

 ともあれ、話は平行線だろうし、これ以上の議論は時間の無駄だ。ヒュドラの正体の件を打ち切り、もう一つの共有事項を伝える事にした。


「……ベルコと一緒にパドゥの姿も見当たらない。ボトウェが言うにはトイレらしいが、まだ戻ってきていないんだ」


「そ、それって、あんまりにも長すぎない……?」


 俺の言葉に反応したのはフィーネだ。元々吃りがちな彼女だが、声を震わせる今の様子は、見るからに怯えている。

 このままフィーネの精神状態まで擦り減らされてしまい、シャルウィルのように魔術の使えない状態、すなわち『風魔術』による索敵が出来なくなってしまうのは大変不味い。


「まだ『風魔術』を使う魔力は残っているか?」


 そう声をかけると、俺の身体を一陣の風が駆けていった。このダンジョンでも幾度となく経験した、彼女の『風魔術』だ。


「だ、大丈夫……。まだ使えるよ。で、でも……」


 でも?

 でも何だと言うのだろう。妙な所で言葉を切った彼女に怪訝な視線を送ると、彼女は自らの『風魔術』の結果を口にした。


「い、生きてる反応が少ないの……。あ、あっちの部屋にリンシャとヌムの反応があるけど、ほ、他の人は……」


 その言葉は俺達に衝撃を与えるには十分すぎた。


 勿論、彼女の『風魔術』は生物の動きを感知して反応を見るものだから、今のシャルウィルのように気を失っていれば感知出来ない可能性だってあるだろう。だが、それはこの階層の何処かで気を失う事態に陥っているという事で、良い兆候とは言えない。


「急いだ方が良さそうだ。レオン、シャルウィルを頼めるか?」


「む、それは構わんが、ジールはどうするつもりだ?」


「俺はボトウェと一緒にリンシャ達の部屋へ行ってくる。レオン達と同じ様に情報の共有を図り、その後はパドゥの探索だ」


「何で俺もアイツを探さなきゃなンねえンだよ!」


 ボトウェが文句を言ってくる。まだこんな態度をとってくるコイツにはホントに呆れるばかりだ。だが、お前の同胞だろう、と冷たく言い切ると素直に押し黙った。


「レオン達はこのスコップを使って、瓶の接地面を水平にならしてくれ。倒れない程度に水平に出来たら、今度はリンシャ達にスコップを渡して、広間で集合だ。全員がバラバラのこの状況は良くない」


「うむ。犯人が誰であれ、全員で固まっていた方が安全だろうな。抵抗もしやすくなる」


 そう言ってレオンはスコップを受け取った。俺はシャルウィルを背中から降ろすと、レオンに目配せして部屋を後にした。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 リンシャとヌムが担当していた部屋でも、彼女達にレオンに説明した事と同じ様に情報共有を図ると、驚きはしたものの素直に俺の意見に従ってくれた。リンシャにはレオン達の作業が終われば、スコップを持ってこの部屋へ来るだろうから、同様に瓶を水平にして広間で集まるように伝え、今はボトウェと二人でパドゥを探している最中だ。


「パドゥだって糞するのにわざわざ人の居るところではしねえよ」


 そう言うボトウェの言葉に従って、広間からダンジョンを戻る方向、つまり最初にこの階層についてのルールが示された立て札が現れた場所へ続く道を進んでいく。

 当然だが、ボトウェへの警戒心は最大限に向けたままだ。どう強襲されようと対処できるだけの『間』をとっている。姫さんとの模擬戦で、ただの赤い閃光にしか見えなかった剣戟はきちんと見えるようになった。どれだけ強力な一撃だったとしても、姫さんを超える程の事はあるまい。今の俺の眼には、捉えられない物などそう多くはないと、そう自負していた。


 その油断、あるいは慢心が俺の眼を曇らせたのか。


 立て札の所まで戻り、やはりパドゥが居ないことを確認する。また一人消えた事に苛立ちを覚えながら後ろを振り返ると、そこに俺の後ろを付いてきた筈のボトウェの姿はなかった。


「ボトウェ! 何処だ!?」


 そう声を張り上げるが、返事はない。ただ俺の声がダンジョン内に木霊するだけだ。注意深く辺りを観察するが、消えたパドゥの痕跡はおろか、今さっきまで後ろに居た筈のボトウェの痕跡さえ残っていない。


「そ、そんなバカな……」


 誰も居ないと言うのに、思わず口に出してしまう。

 確かに後ろを付いてきた以上、死角となっていた瞬間はあっただろう。だが、怪しい言動を繰り返すボトウェと二人で捜索すると決めた時点で、俺は奴への警戒を怠ってはいなかった。曲がり道なんかで奴の姿が消える度に、後方を振り返りボトウェの姿を確認していたのだ。


 だが、奴の姿はそこにはなかった。


 立て札の近くを注視したほんの一瞬。その僅かな時間で、影に溶け込んだかの様に奴は姿を消した。走り去る音は勿論、僅かな風の流れといったあらゆる痕跡を、俺の眼、あるいは肌で捉える事は出来なかった。


「キャアアァアアー!!」


 不意に耳をつんざくような悲鳴があがった。声の高さから言って女性のもの、フィーネか、リンシャか、ヌムか。誰かは分からないが、何か異常事態が起きた事は確かだ。


「くそっ!」


 一人強く言葉を吐き捨てると、俺は悲鳴の元へと走り出した。

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