表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/70

第六話 逸脱

 ダンジョンを進む俺達の快進撃は止まらなかった。現れる魔物のことごとくを焼き払い、あるいは射殺して階層を踏破していく。気がかりにしていたンガカナ族の行動も、特段こちらに牙を剥くような素振りを見せず、ダンジョンの踏破は順調そのものだった。


 異変が起きたのは、新たに開かれた階層が七つ目に入った時だ。

 俺達全員がその階層に入った時、今まで進んできた通路が土の壁に覆われ戻る事が出来なくなった。同時に目の前にガラガラと音を鳴らして、土で出来た立て札の様な物が姿を現した。


「こういうのはよくある事なのか?」


 突然の出来事に動揺しているレオンとフィーネを制し、ダンジョンをよく知るリンシャに声をかける。冒険者としてダンジョンに潜る彼女は、突然の異変にも動揺した素振りを見せず、静かに首を横に振った。


「……いいえ、こうした罠はあまり見かけないわね。でもまったくありえない事でもないわ。以前もダンジョン内の一室に閉じ込められた経験はあるもの」


 そう言いながら彼女は立て札をよく観察している。暗くてよく見えないのか、ボソリと呟くと指先に僅かな光が灯った。


「『照明魔法』ですか。器用な使い方をしますね」


 様子を見ていたシャルウィルの声があがった。器用な使い方、というのは灯りの範囲を絞っている事だろう。通常はもう少し広範囲に光が届くはずだ。


「ありがと。あんまり魔物に居場所をバラすのも嫌だからね、こういう小細工は上手くなったわ」


 そう言って返すリンシャの視線と指先は、立て札から外れる事なく流れる様に滑っていく。どうやら何かの文字を読んでいるようだ。


「何が書いてあるんだ?」


「『汝等の進んできた道は修羅の道。相対した尽くを滅し歩んできた道は閉ざされた。この地で溢した水は瓶に返らない事を学べ。瓶を満たすのはただ時だけなのだ』……ですって」


 リンシャはそう言うと静かに首を横に振って手を挙げた。お手上げという事だろう。


「ひっひっ! これ以上進む事も戻る事も出来ンと言うことか?」


 何が可笑しいのか、口元に笑みを浮かべながらベルコはそう尋ねる。それには直接答えず、リンシャは立て札の先を指差した。


「とりあえずこの階層をよく探ってみましょう。入口にあったように、魔物を全て倒せばまた道が開くかもしれないわ」


「……そうするしかないか。フィーネ、『風魔術』で索敵と地形の把握を頼む」


「う、うん」


 俺の言葉に反応して、フィーネは『風魔術』を使った。一陣の風が背中から駆けていく。数秒もすると、顔を顰めながらフィーネが口を開いた。


「こ、この階層は、なんていうか、人の手みたいな形をしてるみたい。ボ、ボク達が今居る所が腕の部分で、少し進むと手の平みたいに少し広がった空間があるよ。そこからは指みたいに四つの通路があって、最後に部屋があるみたい。う、腕だとしたら、一つ指は足りないけど……」


 フィーネは自身の腕をなぞりながらそう言った。どうやら複雑な地形をしているわけじゃなさそうだ。


「魔物は?」


「あ、あんまり居ないと思う。通路の先の部屋に何かいそうだったけど、そのくらいかな」


 先程まではうじゃうじゃと湧いて出てきていたが、何か構成が違うのだろうか。まあ魔物の数が少ないのであれば、さっさと掃討してダンジョン内の探索に移った方が良いだろう。


「よし。なら進むとしよう」


 そう締めると、全員が大きく頷いた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「この部屋も同じか……」


 フィーネの言う通り、通路を進むと少し開けた広間が見えてきた。広間には四つの通路があり、その一つ一つを探索しながら進むことにした。道中の魔物は代わり映えなく、何の問題も無しに掃討できたのだが……。


 通路の先にあったのは、中央に瓶が置かれた小部屋だった。奇妙なのは、どの通路を進んでも同じ様に瓶の置かれた小部屋が配置されていた事だ。微妙に瓶の模様が違うから、知らず知らずの内に同じ小部屋に転移させられたという事はないだろう。瓶の中を覗き込めば、僅かながらに水が入っていた。ピチョン、ピチョン……、と天井から滴る水滴が瓶に注がれているようだ。


「……最後の小部屋も同じ様だったな。魔物は掃討したが、新たな階層への入口は開かれていないし、戻る道も閉ざされたままだ。どうしたらいい?」


 レオンの言葉通り、既に広間から繋がる通路の探索はこれが最後の一つとなっていた。

 魔物を掃討すれば道が開かれる事を期待して進んできたが、その期待は見事に裏切られた形だ。誰も彼の疑問に答える事は出来ず、ただ静寂だけがその小部屋に広がっていた。


 数分もした頃だろうか。黙って瓶を見ていたリンシャが急に手を打った。


「ど、どうした?」


「そうか! そういうコトね! ならこの瓶はもしかして……」


 俺の問いかけに答えることなくリンシャは瓶に近づくと、地面に手を当ててその置かれた接地面をつぶさに観察している。何がわかったと言うのだろうか。


「やっぱり……! なら他の小部屋の瓶もそうだろうし、中々に厄介ね……」


 ブツブツと呟いているリンシャの肩に手を当てると、彼女は驚いたように肩を竦めた。


「ひとまず説明してくれ」


「……あ、そ、そうよね! ごめんなさいね、つい夢中になっちゃって」


 そう言いながら彼女は立ち上がり、膝に付いた砂を払う。どうやら夢中になると周りが見えなくなるタイプの人間だったらしい。彼女は恥ずかしそうに頬を掻くと、自らが気付いた発見について話し始めた。


「このダンジョンには強力な魔物もいなければ、致命的な罠もない。その代わり、入口にあったような独特のルールがあるわ」


「魔物を殲滅しないと次の階層が開かないというやつだな」


「そうね。つまり、次の階層に進むためにはダンジョン独自のルールに従う必要があるの。だけど、この階層は入口に書かれたルールからは逸脱している」


「ひっひっ……。魔物を滅しても次の階層が現れンからな」


 すっかり口調の変わってしまったベルコだが、リンシャはそれを気に留めた様子もなく話し続ける。


「……こういうダンジョンを、私達冒険者はリドル型のダンジョンと呼んでいるわ」


「リドル?」


 聞き慣れない言葉をそのまま返すと、リンシャはゆっくり頷いた。


「ええ。謎解きと言えばいいかしら。……私達冒険者は勇気と知恵を持ってダンジョンに挑む。それはダンジョンに私達が試されているからって意見があるわ」


「試されている? ダンジョンに?」


「そう。強力な魔物に挑む勇気や、致命的な罠を避ける知恵……。今回の件で言えば、この階層に閉じ込められた状況を、知恵を使って解決しなきゃいけないってこと」


 ふむ。ダンジョンに試されているという考えは初めて聞いたが……。確かに状況的には知恵を示せと言われている様に思える。

 だが、肝心の答えがわからないな。早くリンシャに答えを言ってほしいとヤキモキする。俺が犯人を指摘する時、犯人以外の他の連中の心境はこんな感じなのだろうか。


「それで? この階層を抜けるにはどうすりゃいいンだ!?」


 痺れを切らしたように左頬に刺青の入ったパドゥががなる。どうやらあまり気の長い人間ではなさそうだ。


 顔に刺青の入った人間に怒鳴られたら怯みそうなものだが、流石は冒険者。そんな事にも慣れているのか、リンシャは慌てずに俺達の歩いてきた道を指差した。


「あの立て札にあった瓶を満たすという言葉。……あれはつまり、この瓶を水で満たせって言っているんだと思うの。そして、その水は天井から滴る水滴で得なければならない。それが時だけが瓶を満たすって事じゃないかしら?」


 そう説明されると、突如現れた立て札の事も腑に落ちる。ダンジョンが俺達を試しているのならば、きちんと解決方法を明示しないのはフェアじゃないもんな。


「み、『水魔法』なんかで満たしちゃダメなのかな?」


「多分駄目でしょうね。時だけが瓶を満たすと言っている以上、魔法や水筒なんかで水嵩を増しても反応しないと思うわ」


 これもダンジョンの不思議よね、なんてのんびり言いながらリンシャは瓶に近づいていったが……。本当にそうならかなりの時間を必要とする事になりそうだ。天井から滴る水滴で瓶を満たすなんて、いったい何日かかるんだ?


「答えがわかると、ダンジョンの意地が悪い所も見えてくるのよ……。見て。この瓶は水平に置かれていないの。ある程度の水量が瓶に入ったら、自然に傾いて水が溢れてしまうようになってるわ」


 そう言われ、彼女が先程したように屈んで瓶の接地面を確認すると、確かに自然と傾くように曲線の上に瓶が配置されていた。となると……。


「この瓶を水平に保たなければいけないって事か? 何日かかるのか、わかりもしないのに?」


「ええ。それも、おそらくは他の三つの部屋も同じ様にね」


 うわ、マジか……。


 リンシャの表情は茶化すようなふざけたものではないし、本気で言っているのだろう。何より、さっきの説明に納得してしまっている自分がいる。他に手がかりがない以上、リンシャの言う通りにするしかなさそうだ。


「大丈夫よ。多分、こういう仕掛けは気付かせる事が本質だから……。何日もここに籠もるなんて事にはならないと思うわ」


「だといいが……。持ってきた食糧にも限りがある。より早く終わらせるには、手分けして瓶を固定して、なるべく同時に瓶を水で満たした方がいいよな?」


「ひひっ。その様だな。部屋は四つ。我等は十人。瓶を固定する役割と、その交代係で二人ずつ五つの班に分けたらどうだ?」


 黙って聞いていたベルコが俺の意見に賛同し、更に案を一つ追加してきた。しかし、何故五つの班なんだ?


「へ、部屋の数通り、四つの班でいいんじゃないかな?」


「ひっひっ……。何日も籠らせないと言うが、実際は分からンだろう。先の広間で休養する班を作って、何時間か毎に交代すれば、消耗も少なくて済むンじゃないか?」


 成程。フィーネが俺と同じ様に疑問を投げかけたが、ベルコの返答は確かに理に適っているようだった。そうなれば班分けだ。ンガカナ族への警戒もしなければならないとすれば、彼等と俺達は班を分けた方が良さそうだな。そうすると……。


「俺とシャルウィル、レオンとフィーネ、リンシャは……」


「ヌムと組みたいわ。女の子同士の方が気が楽だもの」


「ひひっ。ならボトウェと俺が組むとしよう。パドゥはアッターと組むんだ」


「えー!? 俺は頭と組みてぇ!!」


「五月蝿え! 頭の言う事聞きやがれ!」


 左頬に刺青の入ったパドゥは不満を漏らしていたが、右頬に刺青の入ったボトウェに怒鳴られて渋々従う事にしたようだ。

 しかし、刺青の位置を聞いていなかったら名前と顔が一致しなかったように思う。パドゥとボトウェは二人セットで動いているようだし、すぐ怒鳴るあたりをみると、性格も似ているようだ。区別しやすい位置に刺青があって良かった。


「ケッ! こんな小心者と班を組むなんてな!」


「あ、う、うン。ごめん……」


 パドゥは班を組む事になったアッターに当たり散らしている。それを素直に謝るあたり、アッターも人が良いというか何というか……。俺なら文句の一つも言ってしまいそうだ。


「ひひっ。班分けはこンなものだろう? あとは分担だが……。ひひ……。この様子を見るとパドゥはアッターとよく話しあった方が良さそうだ。悪いが、最初の休憩はあの二人にしてやってくれンか?」


「ま、まあ、それは構わないが……。話せば何とかなるのか?」


「ひっひっ! 俺からよく言っておくさ。そうすれば、何も文句は出ンよ。なあ、パドゥ!?」


 ベルコが最後に一際大きな声でパドゥに呼びかけると、パドゥはすっかり怯えた様子で何度も頷き返した。


 妙な関係性だ。


 パドゥがベルコに付き従っているのは、心酔している以外にも何か恐怖心みたいなものが垣間見えるが……。あまり詮索して時間を無駄にしてもよくないか。


「ひひっ。大丈夫そうだろ? それと、左から順番に一つ目の部屋は俺たちが入ろう。二つ目はジール、三つ目はヌム、四つ目がレオン。これでどうだ?」


 班分けすると決めた時から考えていたのか、ベルコはすらすらと部屋に入る班分けを挙げた。まあ、順番としては俺達とンガカナ族が交互になる形だし、偏らないようにしただけかもしれない。


「休憩する班との交代はどうする?」


「ひひひ……。俺達が最初の一時間でコイツらの様子を見に行く。そこで交代だ。その後は一時間後にジール、お前達の所に俺達が向かおう。その一時間後にはヌム達の所へお前達が、更に一時間後にはレオン達の所へヌム達が……。そうやって順繰りやってけばいいンじゃないか?」


 最後に交代するレオン達は四時間ばかりあるが、レオンは何とも無さそうに首を縦に振った。彼が大丈夫と言うなら俺としても問題はなさそうだ。


「分かった。そうしよう」


「ひひっ……。また全員が集まるのは何時間後になるかな」


 そう言い残し、ベルコは自らに宛てがった小部屋へと去っていった。


「……俺達も行こう」


 ベルコの残した言葉にどうにも不安を覚えるが、あの喋り方と言葉選びがよくないんだろう。そう無理矢理思い込ませて、シャルウィルと自分の担当の部屋へと向かう事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ