第五話 迷宮
「これがダンジョンか……」
蛮族の集落からダンジョンまでは大して離れていなかった。あの『ゲン担ぎ』の後、荷物をまとめて足を運べば、ほんの二、三十分でダンジョンに辿り着いた。山肌の合間に、ぽっかりと口を開けた洞窟が顔を見せている。
ちなみに、あれだけ飲んでいたレオンとベルコの二人はしっかりとした足取りで一団に付いてきていた。どうやら杞憂で済んだらしい。
「我等は必滅の迷宮と呼ンでいる」
「必滅?」
随分と物騒な名前で紹介したベルコの方を見ると、彼はダンジョンの入口上部を指差した。促されて見ると、何やら文字が刻まれている。
「えーと、何々……。『この先に進まんと望む者、其の敵を討ち漏らさん事叶わんと知れ』? これは?」
俺の出した疑問にベルコは答えず、代わりにリンシャが頭に手を当てて項垂れた。どうやら冒険者にとってはかなり問題な文言のようだ。
「さっき言ったダンジョン全体が罠のパターンよ。まさか口にしたからってあたるとは思わなかったけど……」
「ああ、集落に着く前に言っていたな。すると、これはダンジョンの中のルールみたいなものなのか?」
「ええ……。そのまま、各階層の魔物を全て倒さないと次の階層に向かう事は出来ない。そういう意味でしょう。それで必滅、ね」
そう言ってリンシャは、一つ遠い目をしてから天を仰いだ。コクリ、と小さく唾を飲み込んだのが見える。
「……危険か?」
「正直、私だけなら突入したいと思わないわね。魔物が何処に潜んでいるかわからないのに、そのことごとくを探し出して討伐しなきゃなんだもの。疲れも溜まって判断力も鈍るだろうし、最悪と言ってもいいわ。幸い、戻ることには制限がないみたいだけど……」
リンシャはそう言葉を返してきた。だが、言い換えれば魔物が何処にどれだけいるかわかれば、次の階層を目指すのはそう難しくないと言う事だろう。そして、それを出来る人材がここには居る。
「この位置から内部を探索できるか?」
「も、もちろんだよっ! 任せて!」
フィーネに声をかけると、彼女の周りから一陣の風が駆けていった。オーク討伐の時に世話になった『風魔術』での索敵だ。
「う、わ……。結構うじゃうじゃいる。で、でも入口付近には居ないみたい。少し進んだ所に広間みたいに開けた所があるから、そ、そこでなら戦いやすそうだよ」
その言葉を受けて驚いたのはリンシャだ。まさか内部構造はおろか、敵の数まで把握出来る魔術があるなんて思わないよな。
「これなら行けそうか?」
「え、えぇ……。早く魔法になって欲しいと心から思ったわ」
でもそうしたら冒険のロマンがなくなっちゃうかしら、なんて呟いている。ロマンもわかるが、こういう時には非常に有益な魔術の使い方だよな。後は俺達の戦闘力次第って事になるだろうが、勿論、そこはどうにでもしてみせる気概でいる。
「……もう構わンのか?」
俺達のやり取りを見ていたベルコが声をかけてくる。それに俺は小さく頷くと、彼は何かのスイッチが入ったかの様に嗤った。
「ひひっ! そうこなくてはな」
その人が変わった様な嗤い方に、一抹の不安を抱きながら俺達はダンジョンへと足を踏み入れていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ダンジョン内へ入ってからの探索は順調そのものだった。
レオンの『火魔術』はゾンビやグールの群れを容易に焼き尽くしたし、フィーネの『風魔術』のお陰で討ち漏らしがないかも確認できていた。
蛮族の面々は集落で語っていた通り、ロゲンヴォルフにジャイアントバットといった動物型の魔物を相手取っていた。遠間から弓で寸分違わず射抜いていく様は、惚れ惚れする程見事な腕前だ。
斧を扱うヌムやアッターは、たまに飛び込んでくるオオカミやコウモリを払う程度の動きで、ほとんど消耗していない。
当然、その後ろに控える俺はもっとやることがない。魔物よりもむしろ、誤射がないか後ろへ気を使う事の方が多いくらいだった。
「……凄いわね」
ボソリとリンシャが呟く。彼女も自前の短剣を構えていたが、魔物がこちらの間合いに近付く前に掃討されてしまっているため、その腕は既にダラリと気が抜けていた。
「冒険者ってのはこういった陣形を組んだりはしないのか?」
「前衛後衛に分けて進む事はあるけど……。ここまで完璧に立ち回れる事なんて、ほとんどないわよ。」
うーむ。
隊形を組んで、各自の役割をこなす事を考える騎士団とは少し違うのかもしれないな。あまり臨機応変に動き回るよりも、自分の役割が決まっていた方が動きやすいと思うのだが。
勿論、臨機応変に対応する遊撃の位置の重要性も分かっている。今は俺がその立場にあるが、前衛と後衛が完璧すぎて、魔物に対してやる事が無いのが現状だ。
「これならダンジョンの踏破も問題なさそうか?」
「ええ。魔物は相手になってないし、このままいけば問題はないと思うわ」
「そ、その岩の後ろの奴で最後っ!」
俺達ののんびりとした会話を余所に、フィーネの指示が飛ぶ。視線をやれば、岩陰から飛び出そうとしていたゾンビに向けて、レオンの作り出した火球が直撃した所だった。
「他愛もない。余程オークの方が手強かったぞ」
そう言ってレオンが手を払うと、ゾンビを灰になるまで焼き尽くした火がかき消えていく。幾ばくかの静寂の後、何処か遠くでズンッと何かの動く音がした。
「……どうやら次の階層への入口が開いたようね。これを繰り返して、最後の階層まで進めばダンジョン踏破ってことになるわ」
「最後の階層まで行くだけで良いのか? 何か特別な事をする必要は?」
思ったより単純な踏破条件に、思わず声を出してしまう。もっと何か、複雑な事をしなきゃいけないのかと思った。
「強いて言えば、帰還の為に転移魔法陣に魔力を通すぐらいかしら。入ってすぐの所にもあったでしょう?」
そう言われ入口の様子を思い出す。言われてみれば魔法陣があったような……。
「確かに魔法陣がありましたね。しばらく使われていなかった様ですから、それだけ長い事このダンジョンは踏破されていなかったという事でしょう」
考えこむ俺に代わってシャルウィルが答える。しばらく使われていなかったと断言するあたり、恐らく魔法陣を見つけて、『解析魔術』を使ったんだろう。
「ああ、そうか。帰りは『転移魔法』でダンジョンをすっ飛ばせる訳だな。どのくらいの階層が残っているかわからないが、あまり沢山の階層を進んでは戻るに大変だもんな」
「そういうこと。冒険者の基本よ」
魔物を掃討して次の階層に向かっているが、帰りの道中でまた魔物が生み出されないとも限らない。その不安が減るだけでもありがたい事だ。
そう話していると、何やらベルコの様子がおかしい。
ブツブツと何かを呟きながら、明らかに焦点の定まっていない眼で虚空を捉えている。
「ひひっ……。必、滅、必、滅……。ころ、殺す……。魔物は、全て、殺す……」
近寄って、大丈夫か、と声をかけようとしたが、集落の時とあまりに変貌していて話しかけづらい。仕方なく他の二人。ベルコに心酔しているというボトウェとパドゥに声をかける。
「……ベルコは何時もこんな感じなのか?」
「ン? あー、ひひっ。そうだよ。そンな感じ」
「ひひっ! 頭は戦いになると気が昂ってそうなるンだ。大丈夫さ、旦那。次へ行こうぜ?」
何だかこの二人の言動も怪しいが……。
まあ何時もこうならそうなんだろう。弓の取り扱いにおかしいものは無かったしな。早々にこのダンジョンを踏破して、元に戻ってもらうとしよう。
ンガカナ族三人の、特にベルコの態度の変わりように、一抹の不安を覚えながら、俺は新しい階層へと足を進めていった。




