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第一話 結実

 俺の名はジール。アレクシア・レイアード辺境伯が誇るレイアード騎士団の騎士団長、『白鈎(はくこう)の騎士』ジールだ。


 ……ふふ。これだよ、これ! こういうのだよ!


 いや、こういう自己紹介をしてみたかったんだよな。今までは頭にやれ燻ってるだの、やれ浮草者のだの、どうにも不名誉な枕言葉がついていた。


 だが!

 ついに俺にも立派な異名がついたのだ!


 王都新聞社のリオが、エルフの里で起きた殺人事件を記事にしてくれた事で、事件を解決した俺の名前は王都中に広まったらしい。


 それだけに留まらず、三日も経たずに事件を解決した騎士として、三日月を表す銀鉤をもじって『白鈎の騎士』なんて異名もできたわけだ。


 どうも鎧の色から白鈎とされたようだが、悪い気はしない。姫さんの渾名される『紅の姫君』と組み合わせると、紅白になって見栄えが良い気がする。

 あ、でも紅なら黒との組み合わせもいいな。まあ、今さら鎧を黒塗りにするのも変だし、もう遅いか。


 そんな事よりも、姫さんと言えば、模擬戦の方も順調だ。


 魔法を半永久的に取り込む魔法銀(ミスリル)でメッキされた鎧には、エルフの里のレオンが『身体強化魔法』をかけてくれていた。


 正直、ずるいなぁと思ったよ。『身体強化魔法』を使える連中は皆こんな感覚を味わっているのかと。


 今までただの赤い軌跡にしか見えなかった剣閃は、はっきりと刀身の形を見据える事ができたし、それに合わせて鍔迫り合いに持っていく事もできるようになった。俺が欲していた盾を使って、攻撃を防ぎ反撃に転じる事も容易になった。


 そりゃもう『身体強化魔法』の効果がてきめんに表れた結果だよな。


 それに盾にかけられた『静穏魔法』の効果も大変嬉しいものだった。


 常に冷静でいられるような効果を持つ『静穏魔法』は、医療魔法の一種らしい。本来は興奮状態にある患者を落ち着かせる為に使うものらしいが、それが盾にかけられていた。


 つまり、戦闘時においても動じず冷静に対処出来るってわけだな。言ってみれば、姫さんの鎧に付けられた『不乱』の魔晶と同じ様な効果が、俺の盾にもあるという事だ。


 お陰で最近は姫さんに一方的に袋叩きにあうなんて事も無く、実りある模擬戦を過ごせている。



 実りある、といえばもう一つ。


 リオの書いた記事が切っ掛けで、この町への移住者が増えた。家の数も増えてきたし、それに伴って辺境とされるこの地の開拓も順調だ。そろそろ街と言ってもいいくらいには栄えてきていると思う。


 勿論、その分ガラの悪い連中には注意しなきゃいけないが……。


 幸いにも騎士団へ入団希望の移住者も多くいたからな。まだまだ駆け出しの連中ばかりだが、鍛えれば犯罪の抑止力として十分役立てる連中だと思う。


 今の俺は騎士団長として、彼等に戦闘の技量は勿論、冤罪を生まないための注意深い捜査方法なんかを教えているという訳だ。


 まあ、相変わらず内政面は有能執事のモリーさんが取り仕切っているし、表立って事件なんか起きていない。今日も今日とて、この町は平和そのものである。


 だが念の為、という訳でもないが、こうして新米達の教練を休みにした日は、前と同じ様に町の様子を警らとしてプラプラと歩き回る事にしている。

 報告書だけじゃわからない異変が起きている可能性もあるからな。しっかり自分の目で確かめないと。


「ジール!」


「ん?」


 そんな事を考えていると、不意に誰かから呼ばれる声がした。声の方向へ振り返ってみると、そこには懐かしい顔ぶれがあった。


「ハンナ嬢!? それにユルゲンさんじゃないか!」


「久しぶりね。中々上手くやってるみたいじゃない」


 声を掛けてきたのは、マクミルトン商会を取り仕切るハンナ嬢だ。古城の事件を切っ掛けに知り合い、俺の鎧を用立ててくれた人間でもある。


「あたしが準備した鎧も、元よりも随分立派にしてくれたみたいで、商会の主としては鼻が高いわ」


 うむ?

 これはもしや皮肉で言っているのだろうか。

 勝手に鎧にメッキ加工なんかしやがってと怒っているのかもしれない。素直に謝っておこう。


「……勝手にメッキ加工を施してしまってすまないな」


「いいのよ、別に。なんたってミスリルのメッキですもの。あたしだって物があればするわよ。まあ、悪いことをしたと思っているのなら、その物の出処を教えて欲しいものだけど?」


「そ、それはだな……」


 流石にエルフの秘宝ともされるミスリルの製法をおいそれと教える訳にもいかない。

 どうしたものかと困っていると、もう一人の人物。ユルゲンさんが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、ハンナさん。機密事項というものもあるでしょうし、ジールさんも困っていますよ」


 ユルゲンさんの言葉にハンナ嬢は、む、と口を噤むと、


「ま、そりゃそうよね。わかってるわよ。……それに、ミスリルの出処なんて情報、どんな対価を出せばいいのかわからないわ」


 と、以外にもあっさり引いてくれた。同時に、最後の言葉は実に彼女らしいとも思えた。古城での彼女の態度を思い出せば、情報に対価を求める人間だったからな。

 そんな彼女の様子を見て、ユルゲンさんは柔和な笑みを浮かべると頭の帽子を軽く外して俺に挨拶してくる。


「久しぶりですな、ジール殿。御壮健そうで何よりです」


「こちらこそ、お久しぶりです。ユルゲンさんもお元気そうで何よりだ」


 別に世辞でも何でもなく、ユルゲンさんの顔色は古城の時より血色が良い。まあ、あの時が異常だったと思えば、これが普通なのかもしれないが。


「しかし……。どうして二人はここに?」


 挨拶もそこそこに、俺は二人を見て最初に思った疑問を投げかける。二人とも王都で暮らし、それぞれ立派な職業に就いている人間だ。それがどうしてこの町に来たのか、見当もつかない。


「それがですな、どうにも王都が最近物騒なのですよ」


 俺の問いに、ユルゲンさんは眉を顰めながら答える。

 物騒とはまた穏やかじゃないが、何があったのだろうか。


「どうも最近、王都の貴族が罪を犯して捕まるという事件が多発しているのです」


 うん?

 それだけ聞くと随分真っ当になった感じがするが……。何が物騒なのだろうか。

 俺は不思議そうな顔をしていたのだろう。返事を待たずにユルゲンさんは更にこう続ける。


「それが捕まった貴族達は、全員が冤罪を主張していましてな。残された証拠品からは、犯人が貴族達で間違いない。そう断言されるだけのものであったようですが、その剣幕があまりに真剣なので、どうにも……」


 そこまで言ってユルゲンさんは、ばつの悪そうに言葉を切る。つまり……。


「誰かに嵌められた、と?」


「真相はわかりませんが……。捕まった貴族達は、全員が市民からの悪評が絶えない者ばかりだったのです」


 うーん……。

 どうだろう。冤罪かどうかわからないが、そんなお貴族様達だったら、本当に罪を犯していてもすごい剣幕で否定しそうに思えるなぁ……。


「だが、それと二人がここに居ることにどんな関連が? 二人は貴族でもなかったよな?」


「あたしのマクミルトン商会は貴族も贔屓にしてたからね。変な噂が流れて、あたしまで捕まるなんて御免だったのよ」


「私は貴族であろうと、市民であろうと、分け隔てなく患者を診ていましたが……。どっちつかずのコウモリなんて揶揄される事もありましてな。仮に貴族達が本当に冤罪だったとしたら、私の身にもそういった事件が起きそうで怖くなったのです」


「そしたらレイアード伯の所でアンタが活躍してるって言うじゃない? 知らない仲じゃないし、もし変な事件に巻き込まれても、きちんと捜査もしてくれるだろうから、王都よりも安心できるかなって思ったのよ」


 ハンナ嬢の言葉にユルゲンさんも頷く。

 成程。二人共が、もしかしたら嵌められるかも、と思って逃げてきた、って感じか。


 俺からすると、悪徳貴族が捕まってくれるのはありがたいが、冤罪となるとなぁ……。俺が王都に出向くのも違うだろうし……。静観するしかないか。


「話はわかった……。まあ、二人共しばらくはこの町で暮らすんだろ? 何かあったら遠慮なく頼ってくれ」


「ええ、そうさせて貰うわ」

「申し訳ありませんが、私も頼らさせて貰いますよ」


「ま、何にもなくても話し相手にはなれるからな。気軽に相談してくれよ」


 そう言って話をまとめると、姫さんの館の方から、慌てて駆けてくる男の姿が目に入った。

 何やら叫んでいるが、あの姿は騎士団の新入りの一人だ。俺を探しているんだろう。


「だーんちょー! だんちょー!!」


「どうしたっ! こっちだ!!」


 そう言って声をかけると、彼も気付いたようで一目散にこちらへ駆けてきた。


「だ、団長……。あ、アレクシア様から言伝です。ハァ、ハァ……」


 姫さんから?

 こいつもこれだけ切羽詰まって走ってきたのだから、何か事件が起きたのだろう。少し息を整えさせると、ようやく新入りは姫さんからの伝言を口にし始めた。


「ば、『蛮族がこちらに向かっている。戦にはならないだろうが、館に召集してくれ』との事っす……」


 蛮族か。

 互いに不可侵としていたがその約束を違えるつもりなのだろうか。

 相手の思惑はどうあれ、一先ずは姫さんの元へ駆けつけねばなるまい。


「よし、伝令御苦労だった! お前は息を整えてからゆっくり戻ってこい!! ……ハンナ嬢、ユルゲンさん、申し訳ないが俺は戻らなきゃならなくなった。何かあれば、騎士団まで伝えてくれ!」


「ええ。……ちゃんと団長してるじゃない。頑張ってね」

「何かの折には頼みます。ご武運を!」


 二人の言葉を背に、俺は姫さんの館までの道を駆けていった。


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