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第三十一話 解読

「さて……。碑文の謎と言っても、ここには三種類の碑文があるよな。一つは中央に配置された碑石。一つはその周りに配置された石像の台座。そしてその石像に刻まれた碑文だ」


 碑文の謎を解き明かすと言ったが、どこから説明していくのかは大切だろう。そのため、まずは碑文の種類から説明していく事にした。


「中央の碑石に書かれているのは、エルフの繁栄に関わる内容とそれを妨げる存在。……すなわち姿無き妖精(レプラコーン)の存在を示している」


「だがレプラコーンの援助なしに豊かなる未来はないともされているぞ?」


 もう何百回も確認したのだろう。レオンは台座を見ることなく疑問点をぶつけてくる。俺は黙って頷くと、彼の疑問に答えた。


「レプラコーンは姿が見えない存在の筈なのに、何故かその外見はエルフ達に伝わっていた。どうも髭がもじゃもじゃのおじさんの風体だと。……そんな姿がパッと思いつくのは、小人族(ドワーフ)なんじゃないか?」


「ば、バカな……。いくら姿が似ているからといって、ドワーフがエルフの秘宝に関わる筈がないだろう!」


 族長は驚いた様子で声を荒らげる。族長からすれば、ドワーフは他種族であまり思想が合わないと思っていたようだからな。その反応も無理はない。


「まあ、これはこじつけに近い。それ以外の碑文の謎を解いた時、実はそうだったんじゃないかって考えられたことなんだ」


「……つまり、先に他の碑文の謎を解く必要があると言う事ですか?」


「ああ。順番的には石像の台座。そして石像に刻まれた碑文。……特に石像に刻まれた碑文を読み解くと、レプラコーンがドワーフを指している可能性が高いと感じ取れる筈だ」


 そう言って、『玄武』の石像へと近付いていく。亀の姿に蛇の尾を持った不思議な姿をしているが、碑文の内容からは彼の世と此の世を繋ぐ存在のようだ。本当にそんなものがいるのかは別にしても、この石像の重厚感には圧倒されるものがある。


「台座に刻まれた内容は、それぞれの石像をどう動かすか、という事が書かれているわけだ」


「俺も同じ様に推測したが……。ジールと二人がかりで動かそうとしても無理だったではないか」


 そう。レオンも同じ様に考えていた。その考え自体は間違っていなかった。動かす方法が違っていたんだ。


「ただ闇雲に動かすんじゃ駄目だったんだ。あの時、確かに魔術的な何かを感じたと言ったろう? 石像を動かす為には、ある法則が必要なのさ」


「ほ、法則って……。ど、どんな?」


「その鍵が石像に刻まれた内容なんだ。この石像の台座にはそれぞれ同じ内容が刻まれているのに、石像そのものには別の内容が刻まれている。つまり、一つ一つ動かす方法が違うってわけだ」


 そう伝えると、あきらかにげんなりした様子でリオが肩を落とした。すぐに秘宝が見られると思っていたんだろうが、少し時間がかかると知って落胆したようだ。


「大丈夫だ。その動かす方法も難しいものじゃない。すぐに秘宝と対面できるさ」


 リオを励ますように声をかけて、『玄武』の石像の碑文を読み上げる。


「昏き地で妖光携えし青瞳の霊亀

 彼の者は常世と現世を司りし獣

 その痛切な願いから常世の門を開かん

 常世では必ず動さず泰然とすべし

 動せば常世での理が汝を蝕むであろう

 決して死人を現世に連れ帰らんこと

 愛ある二人を死が別つのは現世の理なり

 昏天黒地の世界で玄武は汝を待たん」


「何回も読んだ内容です。『玄武』の存在と、常世での決め事、それに死を受け入れなさいといった意味ですね」


「ああ。そのまま読めばそうなるんだろうな。これに、石像の台座の部分……。すなわち、黒き獣の心に打たれた蒼き獣の部分を合わせるんだ」


「どういう事だ? 蒼き獣の内容などないだろう?」


 オウロが意味がわからないと手を挙げる。もう少し噛み砕くか。


「この四つの石像はそれぞれ色が割り振られている。朱き獣の『朱雀』、白き獣の『白虎』、蒼き獣の『蒼龍』といった具合にな。そうすると、直接名前に色が入っているわけじゃなさそうだが、『玄武』が黒き獣ってことだろう?」


「ええ。ちなみに、『玄武』の玄は黒いことを示していますから、黒という文字が入っていなくとも『玄武』が黒き獣とされるのは間違いありません」


 あ、そうだったのか。消去法で『玄武』を黒き獣としたが、ちゃんと示されていたらしい。そこは勉強不足だったな。


「……そうなると、黒き獣に助けられるのは蒼き獣だ。『玄武』に刻まれた碑文には、黒とか青とか色が入っていないか?」


「青瞳の霊亀……」

「こ、昏天黒地……」


 ガウスとフィーネが揃って反応する。二人の言う通り、確かに読んだ部分には色が示されている。


「黒き獣から蒼き獣へ文字を引っ張っていくんだ。……黒から青へ」


 そこまで言うと、レオンがこちらに向かって走り出してきた。内容は覚えていても、文字の配置までは覚えていなかったようだ。かぶりつくように碑文に重なって、文字を確かめている。


「黒、二、人、で、動、か、世、青……。二人で動かせっ!?」


「そうだ。さあ、レオン。もう一度やってみるぞ。『玄武』を敵の方向……。つまり里の入口の方へ」


 俺は肩を回してレオンを誘う。魔術的な何かの答えが物理的に動かせというなら、今度はちゃんと動く筈だ。レオンも意気揚々と石像に張り付いた。


「行くぞ……。せー、のぉっ!!!!」


 以前二人で押し込んだ時と同じ様に、ガシッとした強い抵抗感があった。だが、その後はまるで壁がなくなったかのように抵抗もなくなり、じわりと力が伝わっていくのを感じる。やがて『玄武』の石像は里の入口の方へしっかりと顔を向けた。


「こ、今度はそこまで力を必要としなかったな」


「ああ。もし俺達が最初に『玄武』を動かそうとしていたら、簡単に動いていたかもしれないな」


 まあその後の石像を動かす事は出来なかっただろうから、結局謎は解けていなかっただろうが。


「そ、それで次は『蒼龍』だよね? 朱き獣は蒼き獣の嘶きを受けだから、青から赤へ読んでいくと……。あれ? 赤はどこ?」


 一足早く『蒼龍』の石像に近付いたフィーネが碑文を読んでいる。だが、赤という文字が見つからず困惑しているようだ。何度も文字を指でなぞっている。


「赫という字に含まれているだろう? それを目指して読んでみてくれ」


「あ! ほ、本当だ! え、えっと……。火、魔、術、を、駆、け、よ……。火魔術をかけるの?」


 無事碑文を読み解いたフィーネに頷いて、レオンへと目配せする。彼もすぐに『蒼龍』の石像へと近付くと、自身の『火魔術』を石像へ向かって放った。

 火球が石像に当たった瞬間、ズズズッと音を立てて石像が向きを変えていき、すぐに『蒼龍』は『朱雀』の方向を向いた。


「次は『朱雀』ですね。えっと、白き獣が癒しの炎を受けていますから、赤から白へ向かうと……。何、も、す、る、な。え? 何もするな?」


 エリノアはその内容に困っていたようだが、碑文がそう言っているんだ。ひとまずそのままにして『白虎』の石像へと視線を送ると、いつの間にかリオが石像の碑文を読んでいた。


「アタシもやってみたいわ! えっと、残ってるのは白から黒かしら……。卑、不、尾、裂、血……。ひ、ふ、お、さ、ち? いえ、違うわね。皮膚を裂け、かしら」


 そう言ってからリオは額に青筋を浮かべ始める。まさかそんな不穏な言葉が答えだと思っていなかったのだろう。辺りを見回して誰かに助けを求めている様だが、全員が首を横に振って拒否を示している。


「そ、そんな……。ここまできて、皮膚を裂くなんて無理難題出されるなんて……」


 フィーネはそう言ってガクリと頭を落とす。確かに、白から黒へと結べばそんな言葉になるよな。だが、その言葉が最後の罠なのだろう。


「おそらく、それが碑文に刻まれたレプラコーンの正体だ。悪いことをするとレプラコーンがやってきて皮膚を剥がされる……。エリノアは、たしかそう言ってたよな?」


「え、ええ。慣用句のようなものだと思っていましたが……。それが何か関係あるのでしょうか?」


「……たぶん昔は碑文の答えを知っているエルフも居たんだろう。ただ大っぴらに答えを教えることも憚られた。何せエルフの秘宝が関わっているとされるものなんだからな。だから、徒に碑文の答えを求める奴はレプラコーンに皮膚を裂かれるぞ、と言っていたんじゃないか。それが、いつの間にか子供が悪いことをしないように教育する、いわば慣用句に変わっていったんだと思う」


 エリノアの疑問に答えると、彼女は妙に納得がいったようで何度も頷いている。これは完全に推測だが、昔の教訓がいつの間にか意味を変えていく事は、そう珍しい事でもない。ありえないと断ずる事もできない所だろう。


「そ、それで肝心の答えはどうなるのよ? 皮膚を裂かなくてもいいの?」


 リオが若干、鼻息荒く尋ねてくる。秘宝を目の前にして、気持ちはわかるが焦らないでほしい。別に秘宝が目の前から逃げていったりはしないのだから。


「……中央の碑文はレプラコーンに関してこう言っている。我等の手に欲望を植え付け、財宝を求めさせんと欺く。つまり、エルフの秘宝を求めようとするものを欺く最後の砦が、その皮膚を裂けって言葉になるんだ」


「そうか……。それで碑文に刻まれたレプラコーンの正体ということか」


 レオンは納得したように手を打った。彼には俺の言いたいことがわかったようだ。


「ああ。ただ色を結べば、何となく答えに気付く事もあるだろう。だから石像の台座に刻まれた碑文をしっかり読み解かないと、最後の答えには辿り着けないように作ったんだと思う」


「け、結局答えは……?」


「白き獣の雄叫びは何者にも届かない。……つまり、何もない方向へ文字を走らせるんだ。白から黒以外の方向へ」


 そう言うと、リオは再び碑文を手でなぞりながら意味を成す言葉を探し始めた。といっても、もう文字を走らせる方向は一つしかない。すぐに気が付くだろう。


「あ! こ、これかしら。小、人、が、さ、遠、れ。……さ遠れって何?」


「永遠と書いて『とわ』だからな……。遠を『わ』と読めば……」


「「「小人がさわれ!!」」」


 レオン達三人のエルフの声が揃う。最後の答えは小人族(ドワーフ)であるゾーリンが石像に触れることだ。小人の意味に気付いた三人が勢いよくゾーリンへと視線を送る。


「小人って……。わ、儂かっ!?」


 振られたゾーリンはゆっくりと『白虎』へと歩みを進めると、石像のその縞模様の身体にそっと触れた。


「おぉおっ!?」


 ゾーリンが手を触れた瞬間、『白虎』の像は百八十度方向を変え、台座から顔を背ける形になった。……どうやら、『白虎』が動くのと同時に『朱雀』も向きを変えていたようだ。いつの間にか『朱雀』は『白虎』を見るように方向を変えていた。


「これで碑文の謎は解けた。後はこの後どうなるかだが……」


 そう言うか否か。中央に配置されていた碑文の台座が、ズズズッと音を立てて沈みこんでいく。代わりに現れたのは何やら四角い台座に……。植わっているのは木か?


 全員で近づいていきその正体を確認すると、やはり木が四角い台座に植わっていた。そんなに大きくない、植木鉢に植わる程度のものだ。見た感じは何処にでもありそうな木だが……。


「これは何か特別な物なのか?」


 正体がわからず、エルフの面々に確認する。だが、全員が全員、首を横に振って返してきた。


「この森の何処にでも植生している、何の変哲もない木ですね。まさか私達の秘宝とは……」


「森の恵みに感謝し、自然と調和する心。……そういう事なのか?」


 碑文の言葉通り捉えればそうなるよなぁ……。少し肩透かしを食らったようだが、出てきたものは変わらない。エルフの繁栄について説いていたんだから、こういう結末もあるんだろう。


 そう納得しかけた時、シャルウィルが一際大きな声をあげた。


「あ、あの! その木じゃなくて、台座の方! な、何か魔術がかかっています」


 どうやら『解析魔術』を使って見ていたらしい。台座と言われても、何も特別な物はくっついていないようだが……。


「……もういい。私は満足したよ。ジール、人の子よ。貴殿の知恵は確かに我等の助けになった。碑文の謎も解いてくれたのだ。特別な物でなく、心の在り方を説いていた碑文だとわかっただけでも、私には有意義だった」


 族長がそう言って締めにかかる。まあ、彼の願いは碑文の謎を解く事だったからな。特に何かを求めていたわけでもなかったし、納得のいくものだったのだろう。


「しかし、これがガウスの為になったのか?」


 あ。

 いかん、いかん。謎解きに夢中になっていて、伝える事を忘れていた。

 ガウスの為になることは勿論ある。それは中央に位置されていた碑文。すなわち、エルフの繁栄に関する部分だ。

 うん? この部分って、まさか……?


 いや、まずはガウスだ。中央の碑文を読むことで、彼にも気付いて欲しいものがある。

 俺は思い浮かんだ案を一旦打ち消し、シャルウィルのメモを見ながら碑文を読み上げる。


「……豊かな森には大いなる風が吹き、強い焔を生む。灼炎に焼かれた樹木は灰となり大地へ還る。その土の恵みには多くの鉱物が含まれ、やがて鉱物に浄化の水が纏わりつく。浄化の水は再び樹木の栄養となり、我等の繁栄をもたらすだろう」


「……中央の石碑の碑文だな。それがどうしたのか?」


「ガウスは意図せずしてか、この答えに辿り着いていたんだ。あのライヴィを貫いていた土の杭。ただの『土魔法』では強い炎に耐えきれず崩れ去ってしまう。それにライヴィを焼く為に使った『火魔法』も、普通に使ったのでは炭化させるだけの火力は出ない。……だから四つの魔法を組み合わせたのだろう? 水で土を固めて、風がより強い炎を生むように」


 そう伝えると、ガウスは驚いたように俺を見た。魔法の組み合わせにまで気付いていると思っていなかったのか、口は半開きのままだ。


「エルフの繁栄の為には四つの魔法を組み合わせる必要があった。それが中央の碑文の内容だ。ある意味で、ガウスはちゃんと碑文の答えに達していたんだな。向ける方向さえ間違えなければ、族長になれたのはお前だったのかもしれない」


「そ、そんな筈……」


「シャルウィルの言った通り、自分の悲願を諦めずに突き詰めていれば……。いや、安易に殺しなんて手段をとらなければ……。エルフの繁栄の方法を感じ取れたお前なら、やがて魔術を魔法に至らせる事も出来ただろうな」


「そ、そんな事って……。う、嘘だよ……」


 俺の言葉に放心したまま空を見上げるガウス。その眼に、ライヴィを殺してしまった後悔が浮かんでいるといいのだが……。


 それともう一つ。先程気付いた事だ。


「ところで、族長。この木にも中央の碑文と同じ事をしたらどうなるのか、やってみてもいいか?」


 ガウスには自省してもらえるよう、あえてそれ以上の言葉を伝えず話題を変えた。

 俺の提案に族長は訝し気な表情を浮かべていたが、気の済むようにしろ、と言うように手の平を向けてくれた。


「じゃあ……。俺は『水魔法』が使えないからな。レオン、頼んだ」


「お、俺か? まあ、構わんが……。碑文の内容通りにするのだったな。大いなる風に強い焔、それに土の恵み……」


「あ、ちょっと待ってくれ。ここにはもう樹木があるから、栄養となる『水魔法』から使って欲しいんだ」


「また面妖な事を……」


 そう言いながらも、レオンは律儀に『水魔法』、『風魔法』、『火魔法』、『土魔法』と順番に使ってくれた。

 豊富な水で栄養が行き渡った樹木は、風と共に強い焔を纏い、その姿を灰へと変えていく。その上から新しい土をかけると、元から敷き詰められていた土から、キラキラと光る何かの塊が浮かび上がってきた。

 現れた塊を手にして、レオンは驚きの表情を浮かべる。


「こ、これは!?」


「碑文の答えはそこまでやって完成だったって事だな。土の恵みには多くの鉱物が含まれるって部分、それがその塊なんだろう」


「おいおい……。そりゃあ魔法銀(ミスリル)じゃねえの?」


 鍛冶を得意としているらしいゾーリンが、目敏く現れた鉱物の塊の正体を見抜く。ミスリル、と聞いて更に驚いたのか、レオンが手から落としそうになって、慌てて握り直していた。


「……つまりエルフの秘宝の正体は、ミスリルの錬成方法だったってこと?」


 リオが目を光らせてミスリルを見つめている。彼女の望んでいた老化を止める薬とかではなかったが、謎が解けたからよかったのだろうか。


「……見事だ。ジール、貴殿の言う通り、ガウスは確かに碑文の答えに辿り着いていたようだ。……ゆえに、貴殿はガウスの減刑を望む、と。そう言う事か?」


 ん?

 何だか話が変な方向にいっている。別にそうは言っていないし、むしろ正しく罰を与えて欲しい。冤罪を防ぎ、罪を犯した者には罰を。それが俺達が求める社会には必要な筈だ。


「……如何な理由があれ、同族殺しは大罪。そう簡単に赦すわけにもいかぬ。かといって、一部とは言え碑文を解いておるのに、何も無しと言う訳にもいかぬだろう」


 俺の考えを聞く事なく族長は話し続ける。どうもいきなり死刑とかにはしなさそうだから少し安堵できるが、どう沙汰を下すのだろうか。


「ガウスよ。お前はこの里から追放処分とする。勿論、その『破魔の腕輪』はつけたままだ。一度はエルフの繁栄についての真髄に辿り着いたにも関わらず、その真髄を同族殺しに使ったお前は、魔法も魔術も使えぬその身でこれから長い時を過ごすのだ」


 族長は淡々と告げているが、自身の魔術を魔法へと昇華させようとしているガウスには結構キツい罰だろう。

 だが、追放ってそれでいいのだろうか。殺害犯である事は確かだし、魔術や魔法を封じるだけで贖罪とするのも、身柄を自由にしておくというのも解せない。


 ここは確かに王国ではない。ないが……。

 もし王国で同じ事をすれば、刑務所に収監されて刑務作業に従事する事になる。刑務作業の中には、反省を促すためのいわゆる瞑想の時間なんかも設けられていた。

 そりゃ強制的にやらせるものではないんだろうが、そういった環境に放り込まなきゃ出来ない奴がいるのもまた事実だ。誰にも強制されることのない自由の身で、ガウスはどこまで自戒できるのか。


 そんな風に考えていると、どこか申し訳そうな表情を浮かべた族長と視線がぶつかった。


「貴殿の考えにはそぐわないだろうな……。だが、この里の事情もわかって欲しい。今までこんな大事件を起こすような者はいなかったのでな、犯罪者を収監するような牢などもない。懲罰として与えていたものは、精々が里の力仕事ぐらいだったのだよ……」


 そうなると、死罪を除けばかなり重い刑になっているのか。だが目先の汚れを別の所へ移しただけにも聞こえるし……。


「この里で下せる刑としては、これが限界なのだ。しかし、この地を治めているのは貴殿の主、アレクシア・レイアード伯だ。レイアード伯の下す刑にも従う必要があると、私は考える」


 どこか腑に落ちない俺に、族長は更に言葉を重ねてきた。確かに、姫さんはこの地の領主となっているが、族長としてはそれで良いのだろうか……。


「私は、レイアード伯にガウスの身柄を差し出すつもりだ。その上で、シャルウィル殿の『解析魔術』が魔法へと至るその日まで、彼女のお手伝いをするようにして欲しい」


 ちょ、ちょっと待て。話が急に身近になってきて追い付けない。それはつまり、ガウスの身柄を俺達が拘束して、代わりに魔術研究の手伝いをさせろってことか?


「無論、それだけでは割に合わないだろう。追加して、このミスリルを貴殿らに譲渡する。今あるだけでなく、今後錬成された物も、貴殿らが望めば優先的に渡そう」


 そ、それは……。軍事的に考えれば、ミスリルはかなり価値の高い物だ。普通の金属ではできない、魔法を半永久的に取り込む事のできる特殊金属。

 そんな物で作られた武具を揃えた騎士団があれば、強大な力を持った一団となりえるだろう。


「ミスリルの加工が難しければ、ゾーリンにも協力させよう。たった一人と言えど、ドワーフである事に変わりはない。ミスリルの加工もやれる。そうだろう?」


「……まあ、出来るか出来ねえかで言えば、出来るわな」


 振られたゾーリンは何故か乗り気だ。難しそうに腕を組んでいるが、顔は嬉々としている。


「……その代わりに、シャルウィル殿の魔術が魔法へと至った暁には、ガウスに嵌められた『破魔の腕輪』を外して欲しいのだ。どうだろうか……?」


 そうか。族長はガウスの減刑の為にこんな条件を出していたのか。

 シャルウィルがいつ『解析魔術』を魔法に昇華できるのか。それはわからないが、いつかはその時が来る。その時が少しでも早く来るよう、ガウスに協力をさせよう、と。


「……あたしは別にガウスさんに頼らずとも、この里で研究しても良いのですが」


「勿論シャルウィル殿がこちらへ尋ねてきても協力は惜しまない。だが、この森を越えてくるのは中々骨が折れるだろう? 森に慣れているジールはともかく、シャルウィル殿には負担となる筈だ。一人で森に入ってくる訳にもいかぬだろうしな」


「……そういう意味で言えば、ガウスがアレクシア様の館に居ることは、シャルウィルにとってメリットにもなるってことか」


 聞こえは良いんだが……。どうにも判断するには難しすぎる。だいたい、姫さんの館にも牢屋なんてあっただろうか。


「ひとまず、エルフの里の族長がこうした提案をしてきたと言ってくれればいい。その上で、領主であるレイアード伯の判断に従う」


 そう言って族長は話を締めくくった。


 とりあえず、犯人は断定できたし、暗号も解けた。事件は一応の解決で良いだろう。俺が出来ることは全部やった筈だ。後は姫さんの裁量に委ねよう。

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