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第四話 詰責

 ここはもういい、と俺は班長に連れられて二階の広間へ移動する事になった。


 道中、守っていた部屋を出てすぐの階段を昇ると、一際異様な気配を放つ部屋が見えた。

 たしか元は牢屋だったと聞いたが……。それを差し引いたとしても、得も言われないこの雰囲気。


 その原因は間違いなく部屋の扉だ。


 客間として改修されたと言うのにすでに扉は破壊されている。おそらく先程の物音の正体だろう。

 新しくしたばかりの扉を力任せに破ったのだ。相当に尋常ではない事が起きたと思われる。先程の班長の言葉と照らし合わせれば、まず間違いない推測が俺の頭をよぎった。



 死んでいるのだ。あの部屋で。



 一体誰が――その思いが自然と足を部屋へと向ける。だが、気配に気付いたのか


「そっちへ行くな。今は広間に集まるんだ」


 と、低い声で班長に先を促されてしまった。


 死因がなんであれ、人が死んでいる以上ある程度規律のある行動が求められるのは当然か。

 あまり余計な動きをして困らせるのもよくない。班長の言う通り広間を目指すとしよう。


 まあここからは死角になっているが、班長の言う広間はそんなに遠くないと記憶している。この城に到着してすぐ集められた場所だ。

 そこで宝物庫の鍵を含む鍵束を受け取った。

 歩いて二、三分で宝物庫だったから、こちらから向かう時だってそうだろう。



 廊下に面した幾つかの部屋を越えて、想像通り二、三分で広間までやってきた。


 ぐるりと中を見渡すと、既に何人か集められている様だ。あまり知っている人間が多くない所を見ると、おそらく明日の催事への来客といったあたりか。

 よく見ればそういった人間は全員が全員、どこかしらに高そうな宝飾品をしている。

 俺みたいな平民暮らしをしている人間は居ないようだ。


 広間に集まったそうした面々の中には、俺も知っている人間も居た。十七班(ウチ)の副班長と、なぜかさっき絡んできたクインだ。


 クインと目が合うなり、奴はその細い目を剥き出しにして吠えてきた。


「この……人殺しっ!!」


 クインの怒声に広間の注目が俺に集まる。


 その反応事態は自然だが、奴の発した言葉が不穏極まりない。

 俺に集まる視線にどことなく敵意や恐怖のようなものを多く感じるのはそのせいだろう。


「聞いてるのかっ!! お前が……お前がダンカン班長を殺したんだろっ!!」


「死んだのは……ダンカン班長なのか?」


「お前が殺しておいて……何知らばっくれてるんだよ!」


 なおもクインは憤慨しているが、口悪く罵ってくるばかりで何を言っているのかよくわからない。

 だが、奴の言う通りダンカン班長が死んだのであれば……。奴は俺を疑うだろうな。



「黙れ小僧」


 不意に、広間の奥――三階にある玉座の間へと繋がる通路の方から威厳ある声が響いた。


 決して号令をかけるような大声ではない。低く、静かなものだった。

 だと言うのに、腹の底から震わされそうになる圧力を、おそらくこの広間にいる全員が感じた筈だ。

 その証拠に、先程まで喧しく騒いでいたクインの口はビタッと閉じている。


「話があるから呼んだのは俺だ。烏合の衆にピーチクパーチク囀ずらせる為に呼んだ訳ではない」


 玉座の間へと続く廊下から現れたのは、クインと同じく金色の鎧に身を包んだ騎士だ。


 同じ金色の鎧と言っても、彼とクインには決定的な違いがある。


 クインのそれは本人の性格通り、金のメッキが施された眩いばかりの物だ。

 ただ、メッキが剥げてしまえばその下地は俺の鎧となんら変わらない。ただの無骨な鉄で出来た鎧だろう。


 だが、彼の鎧はメッキには出せない純粋な金属の光沢を放っている。


 鈍いながらも人工物では決して出せない輝きを放つその金属は、『神からの贈り物』とまで言われるほど硬く、軽く、そして珍しい。


 強力な装備になる実用性の高さと、滅多に発見できない希少性。騎士としての技量は勿論、その人間性も王国にとって優秀であると判断された、極僅かな人間にだけ使用を許される金属だ。


 彼はその希少金属(オリハルコン)で作られた鎧を身に纏い、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてきている。



 ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた。

 視線を落とさずとも、膝が笑っているのがわかる。


 この感情を最も上手く表すなら『畏れ』だろう。

 彼は……あの人は、御貴族様の顔と名前に疎い俺でも知っている有名人だ。


 騎士団の中でも選りすぐりのエリートしか所属出来ない第一部隊。


 その中に俺と同じ平民上がりの騎士が居ると聞いた事があった。

 非凡過ぎるその才覚を持って数多の事件を解決し、ついには叙勲にまで至った平民。

 並みいる魔獣を相手に、只の一人で剣を振り続け多くを救った英雄。


 密かに、俺の目標とした人物でもある。御伽話の騎士が『夢や理想』なのだとしたら、今や目前まで迫っているこの人は『憧れた目標』だ。


 平民から騎士団第一部隊というエリートへの成り上がり。


 俺も男だ。そんな野心の一つくらいは持っていた。力一つでどこまで行けるのか試したい気持ちもあった。

 まあ今はもうそんな気持ちもだいぶ薄れてはいるが。

 それでも『憧れた目標』を前にすれば胸がざわめく程度の気持ちは残っていたようだ。


 やがて広間へと入ってきた彼は、ぐるりと周囲を見渡し、そして班長に向かい口を開いた。


「イヴァン、これで全員か?」


「はっ。閣下が挙げられた人間でこの場に居ない者は、後は検死に向かいましたユルゲン医師とレイアード卿だけです」


「まあ、そいつらは良いだろう。……それで、件の番兵とやらはこいつか?」


 その言葉と同時に彼の眼が俺を捉える。

 先程敵意を向けられた視線を感じたばかりだが、それが可愛いと思うぐらいに強烈な威圧感を感じた。


「はっ。宝物庫の番を任せていたジールになります。今まで一人で宝物庫に籠っておりまして……」


「説明はいらん。自分で聞く」


 俺の事を紹介しようとしていた班長をにべもなく遮り、彼は腕を組んで俺に向き直った。


「……第一部隊のフィンレーだ。ジールと言ったな。お前には殺人(コロシ)の容疑がかけられている」


 さっきクインが絡んできたからな。その言葉はおおよそ予想出来ていた。だから落ち着いて返事をする。


「……それは違う。俺は何もしていない」


「本当にそうか?」


 それに対してフィンレーは訝しげに顎に手をやると、こう続けてきた。


「……聞けば、お前と被害者のダンカン班長には何やら因縁があったそうだな。つい先日の事だ。覚えているだろう?」


「森のオークの群れを討伐した時の事か? あれは俺が討伐した手柄をそこのクインに奪われたんだ」


「違うな。正確には、『ダンカン班長に命令を受けたクインに討伐の手柄を奪われた』と聞いている」


「……それで俺がダンカン班長を殺す動機がある、と?」


 無言でフィンレーは首を縦に振った。


 クインが手柄を掠め取った形になっているが、その後押しをしたのはダンカン班長だ。

 俺の班長に圧力をかけ、手柄を譲るように差し向けた。だから俺がダンカン班長を恨んでいる。


 そう言う風に持っていきたいんだろう。だが……。


「ダンカン班長は結構強引な性格をしていたみたいだったな。俺以外にも、恨みを買うことはあったんじゃないか?」


「お前っ!! 班長を愚弄する気かっ!!」


「だが事実だ」


 俺の言葉にクインが吠える。それを一言で切り捨て、冷たく一瞥してやると奴は小さく呻いて黙った。


 俺以外にもダンカン班長が原因で手柄を取られた連中は大勢いた。その事は奴も知っているだろう。動機が理由なら、俺だけを疑うのはお門違いだ。


「それだけではない」


 だというのに、フィンレーは先程までの調子を崩さず静かに、けれど威圧感たっぷりの言葉で続ける。


「お前の腰に付けた鍵束。この城の鍵が一頻り揃っているな」


 腰を指差され反射的に手を向かわせると、ジャリ、と腰の鍵束が鳴った。まるでフィンレーの言葉が正確であるかのように。


「死んだのはダンカン班長ともう一人……副班長のケイトだ」


 流石にその言葉には驚きを隠せなかった。

 まさかもう一人死んでいるとは思わなかった。だけどそれと俺が疑われるのには理由がわからない。困惑しているとフィンレーはさらに口を開いた。


「彼女は自室で死んでいた。部屋には鍵が掛かっていて、その鍵は彼女が持っていた。……何が言いたいか、わかるな?」


「俺がケイト副班長を殺して、この鍵で部屋を閉じたと?」


「そうだ」


 いやいや、無理があるだろう。

 だいたい俺とそのケイト副班長とやらは全く面識がない。何で俺がそんな人を殺す必要があるのか。


「お前はダンカン班長を殺害。使った凶器を処分している所をケイト副班長に発見され、口封じに殺した。……こんな所だろう」


「そんな訳――」


「なら彼女の部屋の鍵はどう説明する。鍵は彼女の持っていた物とお前の持つ合鍵、その二つだけだ。彼女の死んだ部屋を施錠出来る人間は他に誰がいる?」


 ……これは、不味いな。状況的には完全に俺が犯人の流れになっている。どうにか反論しないといけない。


「加えて、先程の悲鳴の時に現場に駆け付けなかったのはお前だけだ。それだけで十分に怪しい」


「あれは宝物庫の番がいなくなる事が不味いと思ったからだ。それに受けた命を放り出すのも良くないと思った。それだけだ」


「その言葉を信じるなら、騎士として何を優先すべきかの判断を誤ったな」


 ……騎士とは難しいものだ。

 かたや『理想』の騎士には命を守ることが誉れと称賛され、かたや『憧れた目標』の騎士には命に拘る事で判断を誤ったと嘲罵を受ける。

 二重規範(ダブルスタンダード)だとは思うが、同じ組織の人間である以上フィンレーの言っている事が正しく思われるだろう。


「……俺一人で第二部隊の班長格二人を殺すなんて、実力的に難しいと思わないのか?」


 仕方がなく話を無理矢理に違う方向へと反らした。

 このボロボロの装備、しかも今は槍さえ持っていない状態で、上官を殺せるだけの能力が有るように見えるのか。

 その答えはクインの奴から返ってきた。


「殺せるだろっ! お前は、いつも何とか式闘術って卑怯な技を使ってるじゃないか!!」


「あれは相手の技量がわかって初めて効果を発揮するものだ。どんな技が得意なのか、よく知りもしない班長達にまで通用するものじゃない」


「だが、お前は単独でオークの群れを討伐出来る程度には腕が立つんだろう? 十二分に能力を発揮できずとも、不意を突いて致命傷を与えることは出来た筈だ」


 俺の反論をフィンレーは軽くあしらう。


 実際、オークと人間なら身体の頑強さはオークの方が上だ。『身体強化魔法』さえ使われていない状況ならば、今持っている予備の短剣でも人は殺せる。


 ただし、『身体強化魔法』が使われていれば、話は別だ。


 練度にもよるだろうが、班長格に『身体強化魔法』を使われれば、この短剣では皮膚を裂くことさえ難しくなるだろう。


「ダンカン班長達に争った形跡はなかったのか?」


「白々しいな……まあ良いだろう。ケイト副班長の片手には愛用の長剣が握られていた。おそらく不意を突かれた彼女は反撃を試みようと抜剣したが、最初の一撃が余程堪えたのだろう。その剣を振るう事なく死んでしまったのだ」


「なら、俺じゃない」


「なに……?」


 フィンレーは目を細めて俺を睨む。

 それこそ今にも剣を抜きそうな雰囲気に、膝だけでなく足首まで笑っている様に感じる。


 それでも、今ここで無実を証明しておかないと完全に犯人にされかねない。

 震える足を誤魔化す様に一歩前に出て、フィンレーの眼をしっかりと見据えて言った。



「俺は『身体強化魔法』が使えない。強化された身体をこの装備で貫く事は不可能だ」



 俺の独白が余りにも予想外だったのか、始めてフィンレーが威圧的な光を放っていた眼を閉じ、そして頭を抱えた。


「…………それは、自分が無能だと証明したいのか?」


「む……。無能じゃないぞ? オークの群れを討伐したのは事実だ」


 フィンレーは俺の返答にわざとらしく大きな溜め息をつくと、


「お前が魔法を使えようと使えまいと、強化される前に不意打ちで致命傷を与えていれば関係ないだろうが」


「それは……」


「それと、お前は鍵の事について答えていない。お前以外に、誰がケイト副班長の部屋に鍵をかける事が出来たのか。納得できる答えがあるなら話してみろ」


 先程無理矢理に反らした話を振り返されて、尚も言葉に詰まってしまう。


 どうにか反論を考えている内に、脅迫状の事が頭をよぎった。


 そうだ!

 脅迫状があったじゃないか。『異端審問官』が出した脅迫状が。


 一か八か、そっちに話題をずらそうと試みる。


「鍵の事はわからない。ただ俺が怪しいって言うなら脅迫状の件はどうなるんだ? 『異端審問官』とやらは?」


「おま、どこでその名を……」


 俺とフィンレーの問答を黙って聞いていた班長が口を出した。

 そういえば『異端審問官』の名前は下っ端には知らされていなかったんだった。


「関係者以外には犯人にしか知り得ない情報の吐露。答えろ。どこでその名を知った」


 フィンレーは一際強く俺を睨むと、(ドラゴン)さえ尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないかって位に強い圧力(プレッシャー)をかけてきた。


「ち、違う! 俺じゃない!! さっき知らない伯爵様に教えて貰ったんだ!」


「伯爵……? どんな奴だ?」


 俺の必死の弁明に、フィンレーは眉をしかめ特徴を尋ねてきた。然程長い時間を過ごした訳ではないが、おおよその特徴と言えば……


「……女性で鎧を着ていた。自分は神殿騎士だ、と。天使みたいな神々しさがあった」


「天使……それはまた大仰だな。それで、名は?」


「……わからない。聞く前に立ち去ってしまった」


「ハッ! そんなものでは話にならん。本人に確認も出来ないではないか!」


「ま、待ってくれ! クインが知ってる筈だ! 伯爵様に会った時、アイツも一緒にいた!」


 俺の一言に周囲の視線がクインへと集まる。


 これで失言は取り戻せる。そう思ったのに。


「……ボクは知らないよ。天使みたいな伯爵様なんて、本当に居るのなら教えて貰いたいぐらいだ」


 あの金メッキはそんな事を宣いやがった。



 その一言で、フィンレーは俺への追及を止めた。小さく首を振り、組んでいた腕をほどくと、俺に指を突き出した。


「……決まりだな。脅迫状の文言を知っていて、動機がある。状況証拠も申し分ない。ジール、お前をダンカン班長、ケイト副班長の殺人容疑で――」


 フィンレーがスラスラと口上を述べていく。


 もう、終わりだ……。


 これを騎士団での最後の仕事にしようと思っていたのに、どうしてこうなった……?


 このまま冤罪で裁かれる事になるんだろう。

 騎士団の班長格二人を殺した罪だ。それも貴族の集まりである第二部隊のだ。


 軽く見積もっても終身刑、下手すれば魔術使いの実験台にされるなんて事も有り得る。


 尚も何やらフィンレーが言っているが、もうよく聞こえない。


 はっきりしているのは、俺はもう終わりって事だ。





「そこまでだっ!!」





 つい先程聞いた、凛とした声が広間に再度響いた。


 驚き顔を向けると、広間の入口には名前の知らない伯爵様が理想の騎士像そのままの姿で立っていた。

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