第二十七話 解明
頭に怪我をしているエリノアが心配だったが、地下室への階段は思ったよりも楽に降りてくる事が出来た。階段もなだらかに作られていたし、手摺まで準備してあったのも大きい。おそらく普段から使いやすいように作ってあったのだろう。
階段を降りきって目に入ったのは、貯蔵庫らしくたくさんの壺とそれを並べる棚だ。壺の中を覗いてみると、保存食だろう乾燥した果物や薬草の類の葉っぱが入っていた。
「何か無くなっている物はあるか?」
そう尋ねてみるが、エリノアは小さく首を横に振ると安堵したように答えた。
「いえ、何か盗まれたりしている様子はなさそうです。まあ、盗まれて困る物もここにはないのですけど……」
やはり物盗りの犯行ではないようだ。そうすると何故犯人はわざわざエリノアをこの地下室へ連れてきたのか、という事になるが……。何か痕跡は残っていないだろうか。
地下室の中をくまなく探して回る。……が、その前に甘ったるい匂いが鼻についてしょうがない。これがレオンの言っていたリオの香水の香りの事だろう。
「随分と匂いがキツいな」
「ええ、ちょっとコレは辛いですね。少し消しておきましょう。……世界に遍し水と風の精霊よ、私の声に答えてください。『消臭魔法』」
エリノアがそう魔力を込めると、やがてあたりから甘ったるい匂いは消えていった。しっかり効果があるもんだ。
「リオさんがこんなに香りが残る程に香水を付けるとも思えないのですが……」
「ああ、昨日そんな話をしていたな。香りが残りすぎると品がないんだったか?」
「ええ。あまり主張がありすぎても、という話をしていましたね」
「そうすると他の奴が香水を振り撒いたって可能性があると思うんだが……。大元の香水の瓶はリオが持っているんだよな……」
「あ、それなら私が持っていますよ」
あれ?
確かにリオに返したと思っていたが、何故エリノアが持っているのか?
「私の魔術の研究の為に一本いただいたんです。ほら、ここに……」
そう言ってエリノアは懐から小瓶を取り出した。外面は傷一つなく、俺がリオに手渡した時と変わりない。だが、中身は随分と少なくなっている。
「……エリノアが香水を持っている事を知っていたのは誰だ?」
「フィーネと……。レオンにガウスは知っていたんじゃないでしょうか。昨日、広場で集まっていた時にいただいたので……」
フィーネの方を見ると、その通りと言うように首を縦に振っている。どうやら俺達が先にレオンの家に戻った間に、リオがエリノアに香水の瓶を渡したのを見ていたらしい。
「ならその中の誰かが香水を撒いたって可能性もあるよな」
「……そうですね。瓶の中身が明らかに減っていますから……」
「ぼ、ボクじゃないよ!?」
慌てて手を振るフィーネに、わかっていると言うように手を挙げて制してやる。
しかし、やっぱりか。こんな事をする奴は一人しか考えられない。だが、あの洞窟にどうやって入ったのかがわからないんだよな。アイツには洞窟に入る事は出来なかった筈なのに……。
「……あの、一つ脱線して聞きたい事があるのですが」
洞窟への侵入方法を考えていると、黙っていたシャルウィルが口を開いた。脱線、と言うからには事件とはあまり関係がないことなのだろうが……。何がヒントになるかわからんし、とりあえず先を促す事にする。
「先程エリノアさんは『消臭魔法』に火と土の精霊への呼び掛けをなさいませんでした。それでも効果はキチンと出ていましたが……。何故ですか?」
おう、俺には全くわからん類の話だ。黙ってエリノアの答えを待つとしよう。
「ああ、それはですね、『消臭魔法』に関与しているのが水と風の精霊だからですよ。人間の皆さんは魔法を使う時に四つの精霊全てに呼び掛ける事が多いようですが……。魔法に関与した精霊に呼び掛ければちゃんと魔法は発動します」
「そ、そうだったんですか……」
ふーん……。難しい話はわからんが、呼び掛けを短縮しても魔法は発動出来るって事なんだろうな。
「……ジールさんが『身体強化魔法』を使えないのも同じ様な理屈なのです」
「うん!?」
不意に俺の話になって声が上擦ってしまった。俺が『身体強化魔法』を使えないのと、今の話がどう繋がってくるんだ?
「ライヴィが言っていたでしょう? 精霊はよく見ているって。……何故かはわかりませんが、生まれながらに精霊に嫌われている者がいるんです。貴方は……。その、水の精霊に……」
な、なんと……。俺が使えない魔法がある理由は精霊に嫌われているから、って事らしい。というか、魔法の習得に得手不得手があるのはそれが原因って事なのか。
「……後天的に精霊に好かれる事ってあるのか?」
「余程人生観が変わるような事でもないと……」
駄目、か。まあ今更嘆いても仕方あるまい。『身体強化魔法』に関してはだいぶ前から諦めていたし、然程気にならない。だけど、もしかするとそれは……。
「俺は水の精霊が関与するような魔法は一切使えないって事か?」
「え、ええっと……。でも火の精霊とは相性が良いようですし、火と風を組み合わせた『乾燥魔法』なんかは上手に使えると思いますよ」
うん。エリノアの慌てた態度でわかった。『乾燥魔法』も洗濯を乾かすのに良さそうだが、なら『清潔魔法』を最初から使えた方が早い。でも俺に『清潔魔法』は使えないってのは、そういう事なんだな。
「まあ仕方ないさ。魔法は万能じゃない。使えない魔法があったって、生き抜いていく事は出来るだろ」
そう締めて視線を部屋の隅にずらすと、やたらと不自然に土が積まれている箇所を見つけた。
「これは?」
「あら? 珍しいですね。『土魔術』の魔力が切れてしまっているようです」
そう言ってエリノアは土を浚う。土塊の下からは、特に何も出てこなかった。だが、俺にはその中身が無かった事より気になる事があった。
「『土魔術』が切れたって、どういう事だ?」
「この地下室はガウスの『土魔術』で掘ってもらったんですよ。彼なら階段なんかも成形しやすいですし、使い勝手のいいように作ってくれました」
「その『土魔術』が切れると、こんな風に土塊が残るのか?」
「ええ。……そういえば私が目を覚ましたのもこの辺りだったような……」
それは在り得ない事なのか?
いや、可能性としては在り得る筈だ。……何より、姿を消すにはこの方法が一番適している。
問題はシャルウィルだ。この方法の証明に『解析魔術』をどう使ったらいいのか。
いや、逆の方に使えばいいのか……。リオの犯行でない証明に『解析魔術』を使う事が正しいのか。
待てよ……。逆なのか?
犯人の証明にも逆を行えば……。
組み木がガチりと噛み合う音がする。
この感覚は間違いなさそうだ。
「……犯人と、その手口の目星がついた」
ボソッと呟いた言葉に、俺以外の三人が驚愕の表情を見せる。一番反応があったのはエリノアだ。
「ほ、本当ですかっ!? い、一体誰が……」
俺はそれには答えず首を横に振る。
このままじゃ足りない。これだと狡いアイツは尻尾を出さないだろう。
犯人を追い込む為のあと一手。その一手が掴めない事にもどかしさを覚える俺に、シャルウィルが小さく声をかけてきた。
「……ジール、貴方は何を悩んでいるのです?」
「……犯人だという証明には、魔術を使わせる必要があるんだが……。お前が犯人だから魔術を使ってくれ、なんて言われて使う奴はいないだろう?」
「つまり魔術を使わせる状況にすればいいのでしょう? うってつけの物があるじゃないですか」
そう言ってエリノア達には見えないように、あのメモをヒラヒラとさせる。まだ解けていない碑文をダシにして、魔術を使わせる、か。
エリノアの二番煎じだし、きっと後で族長あたりから反感を買うなぁ……。きちんと解いてしまうのが一番良いんだが……。
最初は何だったか。大いなる風が吹き強い焔がなんちゃらで……。そうすると、焔の灰が大地に還る。って、さっきもこんな話があったな。火と風で『乾燥魔法』だったか。これはつまり魔法の掛け合わせを言っているのか?
「……エリノア、四つの精霊の力を全て使うとどうなるんだ?」
魔法の事は専門家に聞こう。そう思いエリノアに話を振ると、彼女は少し呆れた顔を見せた。
「先程話したばかりですよ。『身体強化魔法』です」
強化!
そうか! だからあの土の杭には四つの魔法がかけられていたのか。
そうなると次の碑文は……。シャルウィルのメモを見ようと目を凝らすが、地下室だけあって流石に文字までは見えにくい。
「くそっ! 誰か明かりを持ってないか!?」
「あ、い、今明るくするよ。世界に遍し火の精霊よ、ボクの声に応えて! 『照明魔法』」
今、まさに俺に天啓が降りてきている。そう感じている瞬間なのに、酷く邪魔されている感じもして、つい苛立った声を出してしまう。だから、というわけでもないだろうが、すぐにフィーネが『照明魔法』を使ってくれた。同時に、普段は読まない部分が俺の目に飛び込んできて驚く。
そんな事ってあるのか?
いや、そうするとこの部分は確かに意味のあるものになる。ならこっちは……。
「は、ハハッ……」
「今度は何ですか?」
こんなもの、笑わざるをえない。
そんな偶然が在り得るのか?
それともこれが天啓とやらなのか。
「……碑文の謎、解けちまった」
「「「え、えぇっ!!!?」」」
再び三人の声が木霊する。そりゃあそうだろう。俺だって信じられない。だが、この内容以外には答えはないと思う。
これでもう後に残された謎は多くない。碑文を解いた後にどうなるか。それはやってみなきゃわからない本当の謎だ。犯人の告発も大丈夫だろう。この碑文を解くために必要な事だと言えば、協力をしてくる筈だ。つまり……。
「洞窟に入った方法も、碑文の謎も解けた。事件はこれで解決だ」




