第二十四話 進展
サルートとの話が終わった時、まだ日は高かったが、一度レオンの家に戻ってきた。聞くべき人物に話は聞けたし、情報をまとめようと思ったのだ。レオンがそのまま広場に残りあの碑文と睨みあっていたので、落ち着いて話し合う事が出来ると考えたのもある。……ちなみに、リオはまだエリノアと何かやっていたので置いてきた。
「先程あたし達が話した内容と、これまでに聞いた内容をまとめてみました」
シャルウィルがスッとメモを差し出してくる。
思い返せば、古城の事件の時もコイツのメモには随分助けられた。今回も簡潔にまとめてくれているようだ。ざっと目を通しながら、議論すべき内容を探しだすとしよう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
・死体の様子
土の杭に背後から胸を貫かれ、炭化するまで焼かれていた。遺留品の様子から次期族長候補筆頭であるライヴィであると思われる。
・遺留品
死体の周りには金貨が撒かれていた。次期族長候補筆頭を示すブローチも現場から発見された。
・死因
おそらくは刺殺。その後に焼かれたようだ。凶器は見つかっていない。
火をつけた痕跡が残っていないため、魔法を使ったものと思われる。
・殺害動機
族長の跡目争いが関係している?
族長候補であるレオン、エリノア、ガウス、フィーネ、オウロ、それと現族長の六名が関係がありそうな人物。
族長候補は全員が族長になりたいと思っていたようだ。ガウスとフィーネはどちらでも良いとも言っていたが……。
・族長候補と使う魔術
レオン……里の族長の息子。『火魔術』を使える。生まれがこの里で族長になりたいと強く思っていた。
エリノア……『水魔術』を使うエルフの女性。
ガウス……『土魔術』を使うエルフの男性。
フィーネ……『風魔術』を使うエルフの女性。
オウロ……『調教魔術』を使うエルフの男性。離れた位置にいる動物の視界を共有できる。
ライヴィ……被害者と思われる。里の全員に好ましいとは思われていなかった。戦う力はあまりなく、特殊な訓練を受けていなくても殺すことはできたと思われる。
・死亡推定時刻
詳細は不明。死体を発見した状況から、ジール達が昼間洞窟に足を踏み入れてから、再度洞窟へ突入するまでの間と考えられる。
・死亡推定時刻内に洞窟へ入れた者
レオン、フィーネ、オウロの三名。
・小人族について
里の外れに住んでいる。見た目は姿無き妖精そっくりらしい。エルフ達との交流はあまり無いようだ。
・姿無き妖精について
エルフの碑文に記された妖精。欲望を植え付け欺く?
・エルフの碑文について
三種類の内容が刻まれている。
中央の台座に刻まれた内容。
『豊かな森には大いなる風が吹き、強い焔を生む。灼炎に焼かれた樹木は灰となり大地へ還る。その土の恵みには多くの鉱物が含まれ、やがて鉱物に浄化の水が纏わりつく。浄化の水は再び樹木の栄養となり、我等の繁栄をもたらすだろう。だが、我等は徒に鉱物を取り扱ってはならない。我らが欲深き手に鉱物を取り扱いし時、運命を乱すこととなろう。悲しきことに、鉱物に含まれる金は姿無き妖精を呼び寄せるのである。彼らは我らの手に欲望を植え付け、財宝を求めさせんと欺く。自然の恵みを傷つけぬよう、我等は慎むべきである。森の恵みに感謝し、自然と調和する心を忘れることなかれ。彼の援助なしに、豊かなる未来は訪れまい』
石像の台座にそれぞれ刻まれた内容。
『四匹の獣は、それぞれ使命を果たすべく顕現す。黒き獣は猛る心を持ち、一匹で敵へと立ち向かった。黒き獣の心に打たれ、蒼き獣は友を助ける嘶きを上げ、朱き獣はその嘶きを糧に我等へと癒しの炎を灯す。されども、癒しの炎を受けた白き獣の雄叫びは何にも届かない』
石像にそれぞれ刻まれた内容。
『朱雀』
炎より出でて赤き翅を煌めかす宝鳥
その一振りで何もかもを焼き尽くし
邪なる霊さえも近付く事は叶わぬ
朱雀の炎を愛する者達にとっては
その者達の流るる血や傷の全てを癒し
安らぎと大いなる福音を与えるだろう
助けに応じ灰白より朱雀は蘇らん
『白虎』
白き体毛に覆われた美しき巨虎
卑小な存在を縦横無尽に蹴散らし
不敗人の象徴として守り神とされん
尾の縞が減り玄色へと変わりし時
裂いた魂さえ喰らいつくしまだ足りぬ暁には
血を求め永遠に彷徨う凶獣とならん
黒曜の彼に触れることなかれ
『玄武』
昏き地で妖光携えし青瞳の霊亀
彼の者は常世と現世を司りし獣
その痛切な願いから常世の門を開かん
常世では必ず動さず泰然とすべし
動せば常世での理が汝を蝕むであろう
決して死人を現世に連れ帰らんこと
愛ある二人を死が別つのは現世の理なり
昏天黒地の世界で玄武は汝を待たん
『蒼龍』
赫灼の炎さえも暴風で切り裂く長尺の龍
風より生まれし恵みの雨で大地を潤わさん
風引けた大地には豊穣が約束されよう
天高く駆ける龍の手には光輝く珠あらん
宝玉の名を如意宝珠とされん
悲願たる魔術から魔法への昇華
宝珠用いれば魔の才能なくとも容易とならんが
怠惰者なれば烈火の怒りが降り注ごう
自らを高めし者を蒼龍は助くことを忘れぬなかれ
・死体発見現場について
ジール達が洞窟を散策後、死体が発見されるまでの間に誰も洞窟には入っていなかった。
姿を消した方法は?
・『消臭魔法』について
里で『消臭魔法』を使えないのはオウロだけ。オウロが嘘を言っていなければ、彼は犯人ではなさそう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……こうして見ると、古城の時と比べて随分多いな」
パラパラとメモを捲りながら呟く。エルフの碑文が載っているから、その分メモの量が増えるのも仕方がないと言えばその通りだ。
「何か気になるところはありますか?」
「ここにお前の魔術の結果を残していないのは、誰かに見られたら困るからか?」
シャルウィルのメモには『解析魔術』の結果が載っていない。几帳面なコイツの事だから、あえて記入していないと思いそう尋ねる。
「ええ。まだあたしの魔術を知らない人間の方が多いですから。先程話した通りですが、あたしの『解析魔術』では、あの死体発見現場で使われた魔法や魔術の痕跡は八種類。火、水、風、土魔法がそれぞれあの土の杭に。それと部屋に『消臭魔法』と『清潔魔法』、それに加えて魔術の痕跡が二つでしたね」
ああ、やっぱりか、と思いながら『解析魔術』の結果に対して相槌を打っていく。
「そうだったな。使われていた魔術は『土魔術』と『風魔術』の二つだった。いずれも洞窟に入る時にガウスとフィーネが使った魔術だ」
「ええ。魔法は土の杭を作る時に使われたものでしたね。『消臭魔法』と『清潔魔法』は死体の匂いと血痕を消すために使用されたのでしょう」
ここまではオウロに会う前に話した内容だ。先ほどは触れられなかった内容についても確認していく。
「さっきも言ったが……。水と風の魔法が何のために使われていたかわかっていなかったよな」
「そうです。何か意図があると思う、というところでしたね」
意図か。まあ無駄な魔法を使う必要はないはずだよな。
「例えば……。魔法を組み合わせることで何か特殊なことが起きる、って可能性はどうだ?」
「それはありえますね。水と風の魔法なら、洗濯に用いられることでよく知られていますね」
「洗濯?」
思いがけない単語に聞き返すが、特に表情も変えずにシャルウィルは頷き返す。二の句を告げずにいると、シャルウィルは一つため息をついて解説をしてくれた。
「本当に貴方は魔法を知りませんね……。水と風の魔法を組み合わせて、強い水流を発生させることで汚れを落とすんです。まあ、『清潔魔法』が普及されてからはあまり使用されませんが」
成程。『清潔魔法』は一瞬で汚れでもなんでも綺麗にしてくれるもんな。あれを経験したら、わざわざ洗濯するのも、なぁ。
「しかし、それで強い水流を生むことが今回どう関係するんだ?」
「それはわかりませんが……」
そうして二人で黙ってメモを見つめる。詳しくはわからないが、四つの魔法は組み合わせて何かを生み出すために使用されたと考えて良さそうだ。どんな反応が起きるかはわからないが、魔法や魔術に詳しいエルフ達なら誰か知ってる奴がいるかもしれないな。後で聞いてみよう。
「今回凶器は見つかっていませんが、おそらく『清潔魔法』が使われた痕跡があるはずです。凶器を見つけられれば、犯人が断定できるのでは?」
「……どうだろうな。前回の時は持ち物が犯人を断定できるものだった。今回も同じようにいけばいいが、それがいわゆる量産品で個人が特定できない道具だったとしたら、それだけじゃ犯人と言い切れないよな?」
「そ、そうですね……」
「それに今回はあの古城のように完全に閉ざされた場所じゃない。この広い森のどこかに捨てられてしまえば、探すのは容易じゃないだろう。凶器の線で犯人を断定するのは、ひとまず消しておいていいんじゃないか?」
「……わかりました」
渋々、といった感じではあるが強く文句を言わないあたり、シャルウィルも納得はしているようだ。だが、俺にも今の話は頭の整理になった。今回の事件で犯人を断定するには、動機や凶器ではなく『どうやって姿を消して洞窟に入ったか』そして『それができるのは誰か』から犯人を考えた方が早そうだ。
「洞窟に入れたのはレオンとフィーネ、そしてオウロの三名、か」
「その中で、オウロの目を搔い潜らないと洞窟に入れないのはレオンだけですね」
「そうだな。そして、一番簡単に洞窟に入れたのはフィーネだ。まだオウロの監視が始まっていなかったからな」
「その、オウロが嘘をついていた場合はどうなんでしょうか? 『消臭魔法』が使えて、『調教魔術』で洞窟なんか見張っていなくて、誰でも洞窟に入れたとしたら……」
「それでも洞窟に入れたのはその三人で変わりないな。里から出たエルフが確認できていないんだから」
「ええ。でもオウロなら疑われずに洞窟に入って犯行ができたのでは?」
確かにな。監視していたと言って、実は自分が洞窟に入っていたって事は在り得るだろう。そうなれば姿を消す方法なんていらないし、死体発見現場にあった大掛かりな状況を作る時間もできただろう。彼が嘘をついていたとしたら、犯人だと容易に結びつけやすい。
「そういえば、『調教魔術』の痕跡はわからないのか?」
「あの鷹にはしっかり使われていましたね。おおよそ一日前から使われていたように思われました」
「じゃあ実際にあの洞窟は監視されていたってことか?」
「少なくとも『調教魔術』が使われていたところまでしか断定できません。洞窟以外を見ていた可能性もありますから……」
まあ、それはそうだな。ただオウロはシャルウィルが『解析魔術』を使えるとは知らない。『調教魔術』を使用したかどうか調べられるとは思わないはずだ。それなのにわざわざ『調教魔術』を使用するだろうか。
「実際、監視していたのは間違いないのかもしれないな……」
「ですが、それでは……」
姿を消す方法を考え出さないといけない。その言葉が出てくる前に、家の扉が開く音がした。レオンが返ってきたようだ。
「結局、どうやって姿を消すかって問題なんだよな……」
そう一つ溜息をついて、家主を迎えに行くこととした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ジール! 戻っていたのか!」
俺の顔を見るなりレオンは大声でそう話しかけてきた。まあ家に戻るとは言っていなかったが、そう大きな声を出さなくても良いだろう。それよりも……。
「丁度よかった。待つ手間が省けたな」
レオンは一人客人を連れてきていた。それも、先ほどから話題になっていた人物だ。
「待つ手間って、オウロ。俺に何か用があったのか?」
「用も何も、お前が俺に頼んだのだろう。それを答えにきてやったのだ」
オウロはそう言うとドカッと椅子へ腰かけた。そういや俺が頼み事してたんだっけな。
「まず、ライヴィの死体の件だが、お前の言う通り、土の杭で胸を貫かれている点だけが目立った外傷だったな。他には大きな傷痕は残っていなかったぞ」
「そう、か……」
そうなると、オウロは新しい痕跡を見つけてきていない。どこまで信用していいかわからなくなるな。
「が、小さな傷跡はあった。土の杭に隠れるようにしてだが、何かで刺されたような痕があった。おそらく、先に刺されてからあの土の杭に貫かれたのだろう」
「! どうしてそう思うんだ?」
「後ろから貫かれたにしては不自然な裂け方をしていた。傷の方向というのか? 一部だけ前から刺された力の加わり方をしていたからわかったんだ」
思わず手に力が入ってしまう。オウロは新しい痕跡を見つけてきた。それも、かなり子細に調べなければわからないような痕跡だ。自身が犯人であれば、言い出さないようなそれを見つけてきた。この事実は、俺の中でオウロが嘘を言っていないと信じるに値する価値があった。
「胸のどのあたりに残っていたんだ?」
「左胸のあたりだな。気になるなら見てみるか?」
「見るって……。どうやって?」
「オレの『調教魔術』で使役している動物とお前の視界を共有してやる。ほら」
そんなこともできるのかっ! すごいな!!
促されるままにオウロの前に立つと、オウロは何やら手をかざして念じ始めた。
「お、おぉっ!!」
み、見える! 確かにここは洞窟の死体発見現場だ!
ずいぶん低い視界だが、小動物の類を使役しているのだろうか。そう思うと同時に、視界はぐんぐんと死体の方へと近づいていった。
「これでわかるか?」
映し出されたのは死体の左胸のあたり。確かに、下から身体の外へと突き破られた傷とは別に、一点だけ身体の内側に向かってついている傷があるのが確認できた。
「ああ、十分だ。すごい魔術だな……」
こんなことまでできるとは……。まさに監視や探索にはうってつけの魔術と言っていいだろう。
「あと、お前の主にも手紙を届けてきた。謎の執事が飛んできて、噂の『紅の姫君』の御尊顔は見れなかったがな」
「モリー様ですね。見慣れない鷹が飛んできたので警戒していたのでしょう」
流石は有能執事である。いや普通、鷹の姿まで確認していないだろう……。
「手紙も預かってきたぞ。これがそうだ」
トン、と机に羊皮紙が置かれた。姫さんからの返書だろう。ありがたく頂戴して、今中身を確認するか考える。それと同時に、聞き覚えのある声が広間へと響いた。
「ただいまー!」
どうやらリオが帰ってきたようだ。他人の家でも『ただいま』と言うのは、行儀が良いのか遠慮が無さすぎるのか。
「あ、皆居るわね! よかったわ!」
どうでも良いことを考えていたが、リオは俺達を見つけるとホッとしたように肩をおろした。どうも合流出来た事以外にも安心したように思える。
「何かあったのか?」
不思議に思い尋ねると、リオからの返事はオウロから渡された情報に勝るとも劣らない衝撃を俺に与えた。
「エリノアがね、碑文の謎が解けたから、明日の朝広場に集まって欲しい、って!」




