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第二十二話 疎遠

 オウロと別れ里に戻ってくると、広場には昨日一緒に洞窟に向かった全員がいた。

 エリノア、リオは勿論、レオンやガウス、フィーネまで広場に揃っているのは少し不思議な気もする。


「何かあったのか?」


「ん? ああ、ジールか。特に何もないが……。エリノアが『水魔法』を研究するというのでな、一緒に話を聞いていようと思ったのだ」


 そう言われたエリノアはといえば、リオと固まって何か操作しているようだ。

 あまり邪魔しても悪いな。


「ジールはオウロとの面談は済んだのか?」


 そそくさと立ち去ろうとしたが、レオンに呼び止められた。


「ああ。『調教魔術』の凄さはよくわかった。あとはゾーリンと……。里の誰かにも話を聞きたいと思ってな。こうして戻ってきた訳だ」


「ふむ……」


 状況を告げると、何やらレオンは考え込んでいる。また魔法の研究をサボってゾーリンのところに行こうか考えているのだろうか。


「わかった。ガウス! ゾーリンを呼んできてくれ! 俺はサルートを呼んでくる」


 声をかけられたガウスの方は一瞬驚いた顔を見せたが、俺の姿を確認すると、わかった! と一言告げてゾーリンの家の方へと駆けていった。

 なんというか、こう……。もう少し、何故なのか、とかあるんじゃないんだろうか。


「サルートは一度会っているだろう? オーク退治の後に顔を合わせたアイツだ。わざわざ二カ所を回るのは手間だからな」


 唖然にとられていると、レオンから説明が入る。そりゃ確かに色々回らなくて済むのは有難いが……。


「その、よかったのか? 小間使いみたいな事をさせてしまったが……」


「他ならぬ族長が捜査を依頼しているのだ。協力しないエルフはこの里にはおるまいよ」


「族長、か」


 確かに俺は昨日族長から捜査を依頼されたが……。全員が全員、献身的に協力してくれるとは思っていなかった。それだけの権限が族長にはあるってことか。


「王様みたいだな」


「その認識で概ね間違いはないさ。里を守るために色々な決断をしているのが族長だ。族長が里のために誰かを追放すると言えば、そいつはこの里には居られなくなるからな」


 おう。ただの村長くらいなものかと思っていたが、かなりの権力を持っていたようだ。


「それだけに、この里のエルフにとって族長になる事は名誉なことなのだ」


「……それは、他人を殺してでもなりたいと?」


「……どうだろうな。そう考える奴はいない、と言いたいが……。あんな事件が起きた以上、否定はしきれない」


 そう言うレオンの額には皺が広がっている。コイツも里の仲間を疑うなんて事はしたくないんだろう。その視線の先には魔法の研究をしているエリノア達の姿があった。注視してみると、中々賑やかにやっているようだ。


「ちょっと香りがキツすぎかしら……。こういうのは、立ち去った後に、ほんのり香るぐらいがいいんですよ。あんまり香りが強すぎると、かえって品がなく感じられます」


「え! そうなの!? アタシ、つけ過ぎてたかしら……」


「リ、リオさんの付け方は、ちょっと主張が激しいかも……」


「う、嘘でしょ……。アタシ、品が無いって思われてたの……?」


「だ、大丈夫ですよ! ほら『消臭魔法』で消して、今からつけ直せばいいんですから!」


 お、エリノアが『消臭魔法』を使っている。意図せずして『消臭魔法』を使える奴が確認できたな。今なら自然な流れでレオンにも聞くことが出来そうだ。


「なあ、オウロは、自然の香りを楽しむのがエルフだ、なんて言っていたが、この里のエルフは『消臭魔法』を使える奴は少ないのか?」


「いや、そんなに難しい魔法でもないからな。使えないのがオウロだけと言ってもいいぐらいだろう」


 ふむ。そうすると、オウロが普段から嘘をついていない限りは、本当にオウロは『消臭魔法』を使えないし、里のエルフはほとんどが『消臭魔法』を使えるってことか。

 そう考えをまとめた事も知らず、リオ達はやいのやいのと話し合っている。それを見て、レオンは何処か遠い目をして呟いた。


「……こんな時でもなければ微笑ましく見ていられるのだがな」


「……まったくだ。一刻も早く、事件を解決しないとな」


 そう返すと、レオンは儚げに笑った。


「では、俺はサルートを連れてくるとしよう。アイツはゾーリン……。というかドワーフを嫌っているからな。少し時間をずらした方が妙な空気にならなくて良いだろう」


「……そういう事ならゆっくり頼む。ゾーリンからどんな話が聞けるかわからないからな」


「ああ、ではまた後でな」


 そう言い残して、レオンはゆっくりと歩いていった。喧々騒々としている連中は、その様子に気付く筈もなく魔法の談義を進めている。


「……あの人は、犯人を捕まえるという事がどういう事か、よくわかっているのですね」


 俺の後ろで様子を見ていたシャルウィルが声をかけてくる。


「そうだろうな……」


 あの儚げな表情は、二度とこういった景色が見られなくなる可能性を憂いてのものだろう。エルフの集落で下される処罰がどんなものだか知らないが、人を一人殺しているんだ。それなりの刑罰になるだろう。


「王国だと無期懲役が妥当なところか?」


「そうですね。情状酌量の余地があったとしても、人を一方的に殺せばそれだけの罰が与えられる筈です」


 人より長命とされるエルフだけに、無期懲役ってのはかなりキツイだろうな。懲役三百年とかでも足りないのかもしれない。


「……ただ待つのも時間がもったいないですし、少し事件を整理しませんか?」


 エルフの刑罰について考えていると、不意にシャルウィルからそんな提案が入った。確かに、ここで立ち尽くしていても仕方がないもんな。


「ああ。少しまとめてみるか」


 そう返すと、シャルウィルは一つ頷いて続ける。


「では……。まず、事件が起きたのは昨日の昼ジール達が洞窟を去ってから、再び洞窟に立ち入るまでの間。その間にライヴィと思われる人物が洞窟で殺されていました」


 俺達三人があの土の杭を見逃していたと考えられないし、死体の周りにライヴィを示す持ち物が落ちていた以上、その推測は間違っていないだろう。コクリと頷いて、先を促す。


「死体は巨大な土の杭に下から貫かれ、身体が炭化する程に焼かれていました。残された痕跡は、火水風土の魔法と、『清潔魔法』に『消臭魔法』、それと『土魔術』と『風魔術』の計八つです」


「土の杭を作るのに『土魔法』が、死体が焼かれた臭いと、血の跡を消すためにそれぞれ『消臭魔法』と『清潔魔法』が使われたんだろうな」


「ええ。それと、洞窟は地盤が緩いので『土魔術』による補強が至る所にされていて、『風魔術』は洞窟内の索敵のために入口から使われたものと思われます」


『火魔法』は死体を焼くためのものだろう。そうすると、ここまででわからないのは、水と風の魔法だ。何のためにその二つの魔法は使われたのか……。


「……死体の周りには金貨が落ちていました。不思議な事に、オウロの『調教魔術』で監視した結果、死体を発見するまでの間に、洞窟に入った人間は誰もいなかったと言うことです」


「オウロの言う事が正確ならば、な」


 オウロが嘘をついている可能性については、一つ楔を打っている。後でその結果について確認すればいいだろう。


「殺された動機は、おそらく族長の立場争いが原因でしょう。そこから考えられる容疑者は、他の族長候補達に現族長を加えた六人。それと、ドワーフも怪しいんでしたか?」


「いや……。ドワーフの方は偏見も入っている気がするな。まあこの後、話を聞いて確認してみるが……」


 どうも族長は、というか大半のエルフはドワーフの考えを嫌っているようだからな。ちゃんと本人の言い分を聞いてから容疑者に加えた方が良さそうだ。


「ではそれはこれから確認するとして。……殺害が可能だった人物。言い換えると、オウロの監視を掻い潜って洞窟に入る事が出来たのは、レオン、フィーネの二人ですね。その上、強く族長になりたいと思っていた人物は……」


「あ、待て待て。動機だけで第一容疑者にするのは駄目だ。俺達の知らない理由があるかもしれないし、本当の事を言っている確証もない」


 シャルウィルが容疑者を絞り込もうとしたところで、一度待ったをかけて止める。オウロは勿論だが、他の連中も嘘をついていないとは断言できない。


「そうすると……。残っている謎は、どうやって洞窟に入り込んだか、という事でしょうか」


「……そうなるな。殺害方法も妙に凝っているが、何よりはそこだ」


 付け加えると、犯人はライヴィの姿も見えないようにして、洞窟に入り込んでいる。はたしてそんな事が可能なんだろうか?


「ジールー! 連れてきたよー!」


 最大の謎をはっきりさせたところで、ゾーリンを連れてガウスが広場へと戻ってきた。とりあえず事件の整理はこのあたりにして、ゾーリンの話を聞くとしよう。


「まったく、儂は足が悪いんじゃよ? 老人にこんなに歩かせるなんて、もうちょっと労りの心ってやつを持っても良いんじゃねえ?」


 開口一番、ゾーリンはそんな風にボヤいている。悪いとは思うが、折角来てもらったんだ。しっかり話を聞かせてもらおう。


「すまないな。早速だが、事件の話は聞いているか?」


「おお。そんで族長の命だって言うから来たんじゃよ。追ん出される訳にもいかねえからな」


 そう言ってゾーリンはカカッと笑う。他種族であるドワーフにも、族長の命は有効なようだ。


「なら単刀直入に聞くが、昨日、俺とレオンが去ってから、自分の住んでいる洞窟から出たか?」


「いいや。ずっとあの寝蔵に籠もりっきりだったさ」


「誰かそれを証明できる奴はいるか?」


「どうじゃろ……。ただ儂が里に出たら目立つとは思うの。誰も儂を見てなければ、儂が寝蔵を出てないって証明になるじゃろ?」


 他種族だからこそなのか。それともドワーフという種を根本的に嫌っているからなのか。ゾーリンの言う通り、今も彼が歩いてきた通りの方は、ざわざわと騒いでいるように見える。この分だと、仮に昨日自分の洞窟を抜け出したとしても、同じ様に里のエルフに騒がれていただろう。


「わかった。あとは……。殺されたライヴィの事はどう思っていた?」


 動機について聞こうと思ったが、とりあえずライヴィの人となりから聞いてみる事にした。が、ゾーリンからはまさかの返答がかえってきた。


「どうもこうも……。儂、そのライヴィってエルフの事よく知らねえよ?」


「し、知らないって……」


 同じ里に住んでいて、しかも次期族長候補筆頭だというエルフだっていうのに、そんな事あるのか?


 混乱する頭に、ゾーリンは更に追い討ちをかけてくる。


「儂と交流があるエルフなんて、レオンとガウス坊の二人くらいじゃもの。ライヴィって奴は口をきいた事もないわい」


「ゾーリンは嘘ついてないよ。ゾーリンは鍛冶の技術を使って鋏とか鍋とか、そういうのを作ってくれてたんだけど、エルフってどうもドワーフと考え方が合わない事が多いから……。そういうのは僕かレオンが皆に配る事にして、里の皆はゾーリンの洞窟に近寄らなかったんだ」


 ガウスがゾーリンの言い分をフォローする。そうなると、ゾーリンにライヴィを殺すことはできなさそうだ。人相が判別できなければ、ライヴィを狙って殺すなんて無理だからな。


「殺された理由とか、犯人の心当たりとか、そういうのも……」


「まったく検討がねえな。儂がよく知ってるエルフは、レオンとガウス坊じゃて。レオンは魔術より鉄に興味を持っとるし、ガウス坊は土と戯れてばかりじゃし、二人とも変わっとるな、ぐらいにしか思っとらんよ」


 ゾーリンはどうも本気で言っているように見える。彼はエルフに興味がなさそうだ。族長争いがあったとして、別に誰が族長になろうと関係ないといった感じだ。いや、洞窟を追い出されると困ると言っていたな。新しい族長が追い出すとは考えなかったのだろうか。


「まあ、あの洞窟に住めなくなるのは困るけどよ。他に洞窟を探して住むだけだわな。引っ越すのが面倒だってぐらいのもんよ」


 その点を尋ねてみても、ゾーリンの態度はあまり変わりなかった。本当に、ただ面倒なだけのようだ。


「……わかった。わざわざ来てもらって、心から感謝する」


「お、もう終わりか? 大した事は教えてやれんかったのう。ところで、暗号はどうなったんじゃ?」


 話を終わらせようと感謝を伝えると、ゾーリンから予想外の言葉が出てきた。今は暗号の事はいいだろうに。いや、彼からすれば、俺等が暗号を解けるかもって洞窟を出て行ったんだ。気になる事ではあるか。


「……結果は駄目だったよ。石像はビクリともしなかった」


「ま、そうじゃろうの。何年も解けなかったもんじゃ。あんまり気を落とさんと頑張るんじゃな」


 そう言ってゾーリンは再びカカッと笑う。俺とすれば、犯人を捕まえる方を優先したいんだがな。


「それじゃあの、人族の小僧。犯人探しに暗号、やる事は多いが、儂は言った事は守るからの。もしお前さんが暗号を解いたなら、約束通りお前さんに盾でも何でも打ってやるわい。じゃから、この老いぼれが生きとる内に結果を出すんじゃな」


 そう言い残して、ゾーリンは自らの住む洞窟へと帰っていった。

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