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第二十話 決意

 死体を見つけた部屋から出て、里へ戻るまでの道中、シャルウィルには悪いが『解析魔術』を使い続けてもらう事にした。

 姿無き妖精(レプラコーン)の存在はとりあえず無視したとして、誰も洞窟に入った奴を見ていない以上、例えば『透明化魔術』とかいった魔術が使われた可能性がある。だがシャルウィルの魔術なら、その痕跡を発見出来るかもしれない。

 そう思い依頼した訳だが、今のところシャルウィルからは何の報告もない。幸い、そう魔力を注ぎ込まなくても発動できるらしく、魔力切れを起こす事なく里まで戻る事ができたが……。

 何の痕跡もなかったのか、後で何か見つけたと報告してくれるのか。『解析魔術』の存在を出来るだけ隠しながら捜査すると言うのも難しいものだ。

 以前、古城で王様に言われたように、シャルウィルの『解析魔術』は魔法や魔術が使われた事件の捜査に強力な手がかりを与えてくれるが、その存在がバレてしまうと、シャルウィル自身に危害が及ぶ可能性がある。


 誰しもが『解析魔法』として使える技法になるまでは、犯人を告発する瞬間まで『解析魔術』の存在を秘匿しておく。


 それが姫さんの決めたルールだった。


 そのルールに則って、シャルウィルはまだ自身の魔術の詳細を明らかにしていない。先程の死体発見現場でも、犯人の断定までは出来なかったから黙って首を振ったのだろう。それでも後で何の魔法があったのかは聞いておかないとな。


「族長! 大変だ! ライヴィが……」


「何だ、騒々しい……」


 今は洞窟から里に戻ってきて、族長の館に集まっている。シェルドさんに族長を呼ぶように取り次いでもらい、ようやく族長が姿を現したところだ。


「ラ、ライヴィが死んでたんだよ!」

「洞窟で、妙な死に方で!」


 レオンに続いてフィーネとガウスも族長へと詰め寄る。その様子に、一度は軽くあしらった族長もピクリと眉を動かした。


「ライヴィが……? どういう事だ?」


「洞窟で身体を土の杭で貫かれ、全身が炭化している死体を見つけました。その周囲にはこれが……」


 そう言って、エリノアは次期族長候補筆頭を示すブローチを差し出した。静かにそれを受け取った族長の手は震えている。


「加えると、その周囲には金貨の類がばら撒かれていた。洞窟の入口はオウロにずっと見張ってもらっていたが、誰も……。そう、ライヴィも含めて誰も洞窟には入っていなかったそうだ」


「な、なんと……。それではまるで……」


 そこまで言って、族長は押し黙る。レプラコーン、と口にしたくなかったのかもしれないが、頭にその存在が浮かんだのが見て取れた。


「……死体には少なくとも『土魔法』が使われた形跡があった。酷な報告だが、おそらくは里の誰かが関与している可能性がある」


 端的にそう伝える。族長は、馬鹿な、と呟くと俯いて考え込んでしまった。


 さて、どうしたものか。


 俺はオーク討伐の協力者として、シャルウィルやリオは魔術の勉強のために、この里へやってきている。事件の捜査を率先して行う立場にはない。

 しかし、魔法や魔術が事件に使われている以上、事件の解決にはシャルウィルの『解析魔術』を活かすべきだろう。問題は『解析魔術』の存在を伝えずに、どうやって捜査に携われるか、だが。どうやって切り込もうか……。


「ジール、人の子よ」


「……は」


 俯いていた族長に急に話しかけられ、心の中を見透かされたようで碌な返事が出来なかった。


「貴殿はこの事件、里の中に兇徒がおると言うが、その目星はつけられるか?」


 ……断言出来ない。捜査には携わりたいし、そのための手法も王立騎士団の養成所である程度学んだが、実践したのは一度きりだ。あの時は俺の人生もかかっていたし、そりゃもう必死だった。だからこそ上手くいったと言える。だが、今度もそう出来る、と自信を持って言えるだけの根拠はなかった。

 返す言葉が思いつかず、暫しの静寂が流れる。痺れを切らしたのか、族長はこう続けた。


「……貴殿はあの古城の事件を解決したと聞いている。同じ様に、この事件の兇徒を捕まえられるのか、と聞いている」


 その言葉に、エルフ達がざわめいた。各々、古城の? とか、ジールが? とか呟いているのが聞こえる。

 しかし、あの事件には情報規制がなされていたはずだが、何故このエルフ達は事件の事を知っているのだろうか?


「そう不思議がらずともよい。あの古城にはライヴィの魔法を発表しに向かったのでな。君等とは行き違いになったが……。私と王は昔からの友人だ。珍妙な事件があったと教えてくれたよ」


 なんと!

 族長は王様と古くから付き合いがあったとは。ならあの古城の事件を知っていてもおかしくないか。

 事件の仔細を知った方法に納得していると、族長はチラリとシャルウィルを見た。そして、一つ息を吸って続ける。


「勿論、解決に至った手法も聞いている。それを聞いたのは私だけだが、皆に言うつもりもない。……私が聞きたいのは、古城の時と()()()()犯人を見つけ出せるかと言う事だ」


「それは……」


 わざわざ二回言ったんだ。族長はシャルウィルの魔術を使って犯人を挙げられるかを問うているんだろう。


 正直、自信はない。

 ないが、俺の眼には静かな闘志を燃やしたシャルウィルの姿が映った。


 そう、か。姫さんとシャルウィルの理想のためにも、これは避けてはいけない道か。それならば……。そう、今回の事件が魔法や魔術を悪用したものならば……。きっと姫さんはこう言う筈だ。


「問題ない。きちんと捜査をすれば、犯人の検討がつくだろう」


 おおっ、と周囲から声があがる。ちょっと短絡的だったかもしれないが、あの時の、俺を庇ってくれた姫さんはこんな風に言ってくれた。だから、俺もシャルウィルの魔術を信じて断言しよう。


「……では、この事件の捜査はジール殿に任せるとしよう。我等に協力できそうな事があれば言ってくれ」


「……それなら早速で悪いんだが、ライヴィの人となりをもう少し詳しく教えてくれないか? その、人間関係とかそういった辺りも含めて」


 事件現場に残った手がかりだけでは、殺人の動機を特定できない。人が殺される程の事件なんだ。きっと、なにか特別な感情がその裏にはあるはず。

 そう思い提案すると、族長はふむ、と一つ頷いてシェルドさんを近くに呼び寄せた。一言、二言告げられたシェルドさんは、一礼するとそそくさと部屋から出ていってしまった。

 お、おい。話を聞きたいと言ったばかりなんだが……。


「少し長くなりそうに思ったのでな、喉を湿らす物を持ってきてもらうように頼んだのだ。直に戻ってくる」


 ああ、それならまだいいか。いや、どうなんだろう。シェルドさんが犯人で、このまま逃げてしまったら……。

 なんて考えている間に、シェルドさんは部屋へと戻ってきて皆に御茶を配り始めている。……どうやら杞憂だったようだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「さて、ライヴィの人間関係だったが……。ここの四人には恨まれているかもしれんな」


「ぞ、族長っ!?」


 全員に御茶が行き渡り、話し合いを始めた一番に随分とぶっ込んだ話をしてくるな。恨んでいると言われたエルフ達なんて、驚きのあまり折角の御茶を零してしまっている。


「……事実なのだから仕方なかろう。次期族長候補筆頭として、他の族長候補に厭われるのは予見できよう」


「そ、それは……」


 ふむ。次期族長争いの果てに殺した、ってのは動機としてありがちだな。エルフでなくとも、人だって大なり小なり、そんな事で争うのをよく見てきた。


「族長候補ってのはこの場にいる四人だけか?」


「いや『調教魔術』を使うオウロも候補に含まれている。ライヴィを含めた六名が族長候補であった」


 またオウロか。というか、オウロが怪しすぎる。俺が彼の『調教魔術』を信じきれていないのも理由だが。まあ、それだけで犯人としてもよくない。


「他に、ライヴィが恨みを買うような事に心当たりは?」


「あの性格だからな。好ましいと思っていた連中はいなかったぞ」


 レオンの言葉にリオが眉を顰める。彼女がライヴィに抱いた第一印象も最悪だったろうが、とはいえ既に死んでいる人間を悪く言う事もできず困っているようだ。


「……ライヴィは皆に嫌われていたよ」

「……里の皆、一度は嫌味を言われたことがあるんじゃないかな」


「……だからといって、殺す程憎んでいた人もいないと思います」


 うーむ。性格に難ありなのは確かだったが、殺される程に非道な事をしていた事もないようだ。


「それじゃ強い動機になりそうなのは、やはり次期族長だということか?」


 そう尋ねると、四人のエルフ達は黙ってしまった。肯定すれば容疑者の一人に浮上するのだから、当然の反応だろう。俺とすればこいつら以外だと思いたいんだがな……。


「やっぱり皆は族長になりたいのか?」


 そう尋ねたのは、四人に助け舟を出したかったからだ。その問いに、さも当然と頷いたのはレオンだ。


「調べればわかるだろうから言うがな……。俺は今の族長の息子だ。当然、父の後を継いで、族長になりたいと思っている」


 族長の息子って。思わず族長の方を見てみるが、あまり似ていない。いや、歳を重ねたらああなるのだろうか。


「……そこの不肖の倅の言う通り、私の息子だと言うのは確かだよ。加えて言えば、親心としてレオンには族長を継いでもらいたかった」


「と、父さん……」


 族長はレオンが自分を父親と宣言した事で、族長としてではなく父親の面を見せた。しかし、それは裏を返すと……。


「……ライヴィが族長になると困る、という点では貴方にも動機ができそうですね」


 シャルウィルが淡々と述べる。

 そう、そうなんだ。ライヴィが族長になると困るから殺したって動機もある。


「そうなるな。まさか里の人間が疑われておるのに、族長たる私が容疑者から外れる訳にもいくまい」


 だというのに、族長は平然とそう言い切った。

 ある種で捜査を撹乱されている気もするが、今は全ての可能性を探った方が良いだろう。もう一度、全員に尋ねる。


「自分が族長になりたいか、あるいはライヴィが族長になって困る事はあるか?」


 最初に返事があったのは、やはりレオンだった。


「族長になりたいのは先程も言ったな。ライヴィが族長になったとして……。魔術至高主義なあいつの事だ。俺はゾーリンとの交流を絶たれ、苦手な座学を延々とさせられていただろうな」


「そうだね……。僕もゾーリンには会えなくなるだろうし、より良い『土魔法』を開発するためには困った事になっていたかもしれない」


 そう続けたのはガウスだ。レオンの言う通り、魔術士でない俺は随分と除け者にされたもんな。


「族長になるのは、正直どっちでもよかった。僕はあまり人の上に立つとか、向いてないと思うし」


「それはボクも。あと、別にライヴィが族長になっても、あまり困らなかったかも。里以外に知り合いはいないし……」


「私は族長になりたいと思いました。レオンやライヴィがライバルというのは、艱難辛苦の道だとも思いましたけど……。フィーネと同じ様に、ライヴィが族長になっても、私にはあまり関わりがなかったと思います」


 レオンに続いて、各々が自らの想いを語ってくれる。ここだけ聞くと、族長に興味があったのはレオンとエリノアか。ライヴィが族長になって困るのはレオンとガウス、と。


「シェルドさんはどうだ?」


「わ、儂ですじゃ? わ、儂は誰が族長になろうとも自らの務めを果たすだけですからのう……」


「誰が族長でも良いのか?」


「そ、そういう言い方は語弊がありますな。現族長の課した課題を果たせた者ならば、ですじゃ」


 自分も容疑者になったと思ったのか、しきりに蓄えられた髭をさすりながらシェルドさんは答える。そういう仕草は怪しく見えてくるからやめてほしい。


「……話の腰を折るようだが、レオンとガウスはまだあの小人(ドワーフ)と付き合いがあるのか?」


 族長のその問いに、二人はビクッと肩を震わせる。それだけを見て、族長は察したのだろう。ハァ、と深く溜息をつくと呆れたように頭を振った。


「ドワーフとは思想が相容れぬと言っているだろうに……。いや、待て。そのドワーフはどうなのだ?」


「ぞ、族長はまさかゾーリンを疑ってるの!?」


「そんな馬鹿な……。ゾーリンは俺達に危害を加えるような奴ではない!」


 ゾーリンの人間性をよく知る二人が、族長の疑念に強く反論する。それでも、族長の疑念は晴らしきれないようだ。族長は強く首を振って続ける。


「いや、ドワーフならわからん。何せ奴等ときたら、森中を伐採して回るような野蛮な連中だ。一人で大人しくしておるから里に置いてやっているのに、こんな事をしでかすとは……」


 族長の中ではもうゾーリンが犯人になってしまっている。だが、それでは俺たちの捜査の意味がない。


「まあ落ち着いてくれ。……今日はもう日も落ちている。明日、俺たちがゾーリンの話を聞いてくるから、問答無用で犯人なんて事にはしないでくれ」


「……そうであったな。貴殿に捜査は任せたのだった。だが、存分に注意するように。ドワーフはレプラコーンそのものの見た目をしている。今回の犯人がドワーフだとしても、私は何の疑念も持たん」


 レプラコーン。その言葉に、ガウスが顔を青くする。


「その、さ……。犯人が僕達の誰かって話で進んでるけど、そのレプラコーンが犯人って事は……」


「止めろ、ガウス」


 怯えた様子の彼を、レオンが嗜める。だが、吐いた唾を飲み込めないように、一度口を突いた音は止められなかった。


「だ、だって、姿が見えなくて、死体の周りには金貨……。それって……」


「止めろと言っている!」


 レオンの怒号にも似た一言に、ようやくガウスは口を噤んだ。普段はあまり怒鳴られる事もないのか、ガウスの肩は震えている。


「すまんな。だが、ライヴィの死をそんな曖昧な者のせいにしたくはないのだ。ジールの捜査を受けた上で、ならば兎も角としてな」


 レオンがそう締めくくった後、動機に関して特に新しい情報は出てこなかった。念の為、族長とシェルドさんのアリバイも確認したが、昨日の集会以降はこの館から出ていない事をお互いが証明しあっていた。

 ひとまずこの館で聞ける事は聞いたところで、夜も更けてきた事もあり、続きの捜査は明日行う事となった。


 レオンの家への帰り途中、明日の捜査のために必要な事と言ってレオンへ一つ言伝を頼み、頭の中でここまで得られた情報を振り返る。


 今回、本来はオーク討伐を行って終わりだった。それが族長からエルフの暗号とやらを解けるか試され、それについて考えている内にライヴィが死んでいた。

 ライヴィの死体は土の杭に貫かれ、全身を焼かれていた。おそらくは死んでから焼かれたのだろう。遺体の損壊は激しく、正確な死亡推定時刻も人相も分からなかった。ただ、ライヴィの性格からして装飾品を手放すことは絶対考えられない、と言う事から死者の断定に至っている。奇妙な事に、死体の周りにはライヴィを示す装飾品と金貨がばら撒かれていた。

 ライヴィが殺された動機は、まず間違いなく次期族長の事が関わっているだろう。嫌味を言うのが日常的ではあったようだが、ある特定の人間を強く非難していた訳でもなかったようだ。いわゆるいじめだとか、そういった非道な行いが原因で、ライヴィを強く恨んでいた奴もいなかったと思われる。

 死体の発見現場は俺達が前日にオークを討伐した洞窟で、昼間に洞窟内を見回った時は死体なんて見当たらなかった。だが、その日の夜には忽然と死体が姿を現し、俺達が洞窟を去って以降は誰も洞窟に入っていないと言う。

 そうすると、ガウスがレプラコーンだと言うのも分からなくはない。あの洞窟で、今この時も、ガウスの言葉のような何かしらの恐ろしい存在がいるようにも感じる。


 だが、俺としては、誰かがレプラコーンを語って起こした事件の様に思える。死体の周りに使われていた魔法の存在もそうだが……。何より、姿無き妖精(レプラコーン)の名の通り、その名に妖精を冠する存在が、あんな『悪意』や『怨嗟』を撒き散らす存在だと思いたくない。


 妖精ってのは、可愛らしいけど悪戯好きで、どうにも憎めないもんだろう?


 しかし、あの『悪意』は妖精というよりもう悪魔か何かの類いだ。

 こんな話をすれば、妖精はお伽噺の存在だと笑う奴もいるかもしれない。だけど同じお伽噺の、『騎士物語』に出てきたあの理想の騎士なら、自らの友となった妖精の汚名を灌がない筈がないからな。


 俺の目の前で、妖精を殺人犯に仕立て上げようとしてくれた奴は、絶対に捕まえてやる。


 そう思うと、さっきまでの自信の無さが嘘のように吹き飛んでいくのを感じた。姫さんとシャルウィルの理想のためにも、必ずこの事件を解決してみせよう!

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