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第十八話 悪意

「ジール、急にどうしたのだ! 何か……」

「入るなっ!!」


 駆け出した俺に追いついてきたレオンの言葉を、強い口調で遮る。今は俺と()()()以外にこの部屋に入って欲しくない。


「結論だけ言うぞ。誰かがこの部屋で死んでいる。身元の確認も勿論だが、まずは部屋の検分から始めたい。俺が良いと言うまで、この部屋の前にいてくれ」


「な、何だと……? 死んでいるとは……」


 突然の宣告にレオンも混乱しているようだ。

 俺だってそうだ。まさかこんな事件になるとは思っていなかった。古城での経験がある分、死体を見てからの切り替えが出来ているだけにすぎない。


「ちょっと! どうしたのよ!?」


 レオンが混乱している間に、リオやシャルウィル、エリノア達も追いついてきた。レオンと同じ様に状況を説明すると、皆一様に呆然と立ち尽くしてしまった。これは戻ってくるのにしばらくかかりそうだ。


「皆はここで待っていてくれ。先に俺とシャルウィルで調べてくる」


「な……。何を言ってるんですかっ!? いくら貴方が観察に優れているからと言って、彼女を調査に加える必要はないでしょう!?」


 思いの外、立ち直るのが早かったエリノアが口調を荒らげる。シャルウィルの魔術を知らなければ当然の反応だろう。


「……シャルウィルには殺された死体の調査をして、犯人を断定したという経験がある。アンタが言うように、観察眼の優れた俺にも見つけられない痕跡を、コイツには見つけられる可能性があるんだ」


 少し話は盛っているが、嘘は言っていない。俺に見つけられないモノをシャルウィルは捉えられる。そう強く言い切ったのが良かったのか、エリノアも、レオン達もそれ以上は何も言ってこなかった。


 とりあえず検分の了承は得られたと思い、シャルウィルを手招きする。


「……貴方の予感が当たりましたね。残念ながら、ですが」


「そう言うな。俺だって外れて欲しいと思っていた。……それで、言いたい事はわかるよな?」


「ええ。あの時と()()()()、見れば良いんでしょう?」


 古城での経験はシャルウィルにも活きているようだ。有難いことに、こんな状況でも冷静に対応してくれている。シャルウィルの声に、俺はゆっくり頷いて彼女の通る道を開けると、その後に続きながら言った。


「すまないな……。もう少し綺麗な物を見せたいもんだが……」


「あたしは貴方の恋人ではありませんから、そういった言葉は他の誰かにお願いします。……それにあたしの理想に至るためには、こういった事は避けて通れませんよ」


 シャルウィルの理想。それは魔法や魔術による冤罪のない世界。その実現のために、彼女は自身の魔術を魔法へと昇華させようとしている。そして、それには彼女の言う通り、こういった死体を見る事は避けては通れまい。殺人事件があれば、必ず死体を見る事になるのだから。


「……そうだな。任せたぞ」


 そう相槌を打って、俺はシャルウィルとは別の痕跡を探す。シャルウィルが魔術や魔法の痕跡を探すのであれば、俺は物理的な痕跡が見つかるかを検分するのだ。……まさか幼少の時に習った『三式観闘術』が、こんな風に役立つとは思わなかった。

 シャルウィルは死体の方から確認しているようだし、部屋に何か残されていないかから探してみよう。


 当然ながら、洞窟の中はかなり暗い。ガウスのかけてくれた『照明変調魔法』がなければ、完全に手探りで状況検分する羽目になっていただろう。欲を言えば、もう少し明るくしてくれると有難いが、動揺しているガウスにそれを頼むのは酷な話だ。しばらくはこのまま調べるしかない。


 ガウスの作った黒い光を頼りに、部屋の中をくまなく探っていくと、土の杭の近くに何やら撒かれている物がある事に気付いた。この物体にまだシャルウィルが『解析魔術』を使っていない以上、迂闊に触らない方がいいか。


 顔を近づけてまじまじと見てみる。円状の薄い何かだ。


「……これは、硬貨?」


 黒い光では色味まで把握出来ないが、馴染みのある物で思いつくのはそれくらいだった。よくよく見てみれば、辺りには硬貨らしき物体が沢山転がっている。

 その中に、一際大きな形をした物を見つけた。近寄ってみると同じ様に円状の物体だが、硬貨ではなく装飾品のようだった。施された飾りに見覚えがある気がする。つい最近、何処かで見かけたような……。


「ジール」


 何処で見たのかを思い出そうとしていると、シャルウィルから声がかかった。死体の方は終わったようだ。


「結果はまた後で伝えます。今度はあたしが部屋の中を……」


「ああ。この辺りに何か落ちている。まずはそこから調べてみてくれ。その間に、今度は俺が死体を調べよう」


 役割を変えて、死体の方へと向き直る。

 やはり、死体というのは見慣れない。……見慣れたいとも思わないが。

 意を決して死体に近付くと、先程の見解が間違っていた事に気が付く。いわゆる木乃伊(ミイラ)かと思ったが、周囲の地面に所々に服の燃えかすが残っている。どうやら焼かれて炭化していたのを勘違いしたようだ。

 続いて死体の傷痕を調査する。天井に向かって伸びた杭に貫かれた死体は頭の上にあり、視線が高い。仕方なく土の杭に足をかけ、杭を登って確認することにした。もう『解析魔術』はかけてあるし、大丈夫だろう。


 死体に近づいて見てみると、背中から胸にかけて串刺しになっている以外、大きな損傷は見当たらなかった。顔の周りや四肢、貫かれた背中側までじっくりと見たが、目立った傷も汚れもない。もっとも、俺は過去に検死をしてくれたユルゲンさんの様な医師じゃないから、どのくらい前に死んだのかというのは不明だ。

 少なくとも、土の杭に胸を貫かれ、更に炭化するまで焼かれているあたり、自殺ではないだろう。

 どちらが死因なのか。つまり、刺殺による失血死なのか、あるいは焼死なのか。予想はつくが、今のところは断定できないな……。


 しかし、いずれが先にしろ、死んだ人間を更に殺すような、そんな『悪意』あるいは『怨嗟』を感じる。これは古城の死体から感じられたモノと同種のモノだ。仮に何処かにオークが潜んでいたとして、奴等にこんな事をする習性はない。


 そこまで考えた時、ふと強烈な違和感を覚える。


 何だ? 何かを見落としている気がする。もう一度死体を見回そうとして、顔を近づけると、違和感の正体に気付く事ができた。


 無臭なのだ。

 人が焼かれているというのに、何の臭いもしない。嗅覚ではわからない死のニオイをひしひしと感じるのに、本来感じ取れる筈の焼け焦げた匂いだとか、血の匂いだとかは一切しなかった。


 やはり、これはオークだとかの魔物が起こした事件ではない。加えて、自殺もありえない。嫌な確証を得たとも思うが、変えられようのない事実だ。


 問題なのはこの被害者が誰なのか、だ。顔が焼け爛れていて、判別がつかない。レオン達なら、周りに残された服の燃えかすから、遺体が誰なのか判別できるだろうか?

 これは俺にはわからないことだ。他の皆の意見も聞く必要がある。見落としはなさそうだし、一度杭を降りよう。


「ん、なんだ?」


 杭から地面に足をつけると、ガウスの作った黒い光がじわりと白く色を変えていく。ガウスのいる部屋の入り口の方を見ると、既にシャルウィルもそちらに回っていた。どうやら、もう少し明るくして欲しいと話してくれたようだ。

 ややもすると、部屋の中はすっかり柔らかい光で包まれた。このぐらい明るければ、硬貨らしきものがはっきり見える。部屋の入り口に戻りながら、杭の周りに撒かれていた何かを一瞥する。それは確かに硬貨ではあったが、光を反射する程の輝きのある金貨の類だった。


「レ、姿無き妖精(レプラコーン)だ……」


 俺の視線に気がついたのか、同じ様に金貨を見つけたらしいガウスが震える声で漏らした。そして、その言葉は死人が出ている以上に、俺達に衝撃を与えるものだった。


「お、落ち着け、ガウス……。レプラコーンはあくまで碑文に書かれた存在だろう」


「そ、そうですよ……。あれはお伽噺の様なものですから……。ね?」


 その証拠に、ガウスをなだめる二人の声も震えている。有り得ない存在ではない、と心の何処かでソレを信じてしまっているのだろう。

 だからなのか。ガウスにはかえって逆効果になってしまったようだ。


「どうしてそんな風に思えるのさっ! 死体の近くにばら撒かれた金貨! 徒に金を求めた末路なんじゃないの!?」


「お、おい……」


「け、毛むくじゃらの、姿なんだって……。だ、誰かが見たことがあるから、容姿が伝わってるんたよね? それは、レプラコーンはいる、ってコトじゃ……」


「そ、それは……」


 ガウスは錯乱して声を荒らげるし、黙って聞いていたフィーネまでもが、そんな事を言い出したので、レオンもエリノアも困り果ててしまったようだ。かくいう俺も、レプラコーンとやらを無視できない。そう思わされるだけの存在感を感じる。まさか、本当に……?



「ちょっと! 今はレプラコーンがどうって話より、死体が誰で、どうして死んでるのかの方が大事なんじゃないの!?」


 そう声を張り上げたリオにハッとさせられる。

 彼女の言う通り、今談義すべきなのは、いるかもわからない存在より、そこにある死体の事だろう。


 全員がそこに思い至ったようで、四人のエルフ達は暗い面持ちのまま死体へと顔をあげた。


「……あれはライヴィだ。燃え残った服の特徴も、そこに残ったブローチも、ライヴィが持っていた物に相違ない」


「本当か? もう少し近くで見ないとわからないんじゃないか?」


「残念ですが……。そのブローチが彼である証拠です。次期族長候補の筆頭として認められた者に与えられる、彼が自慢して見せびらかしていた物ですから」


 そう言われて、金貨とは別に見つけた装飾品に目がいく。

 そうか、何処かで見た気がしたが、ライヴィが腰につけて、くすんだ輝きを放っていた宝飾具か。

 そんな意味合いを持っていたのならば、あの死体はライヴィで確かなのだろう。次期族長候補筆頭を示すならば、それは一点物の筈だし、それにあの性格だ。一度手に入れた宝飾具を手放すこともなかっただろう。


 どうやら、最悪な形で行方不明だったライヴィの所在が明らかになってしまったようだ。

 問題は何が起きてこうなったか、だ。わかっている所までは、きちんとコイツらに説明した方が良いだろう。


「とりあえず、杭の近くまで来てくれ。実際に見てもらいながら説明する」

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