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第十六話 不在

 レオンと二人で広場に戻ってくると、エリノアの座学にガウスとフィーネが加わっていた。シャルウィルの隣に座って、何やら熱心に声をかけている。


「戻ったぞ! エリノア、座学は一時中断だ! ジールが碑文の謎に天啓を得たようだ!」


「え、えぇ!? も、もう何か閃いたのですか!?」


 レオンの一言に振り向いて固まるエリノア。ガウスもフィーネもウキウキとした顔付きでこちらを見ている。何だか妙に持ち上げられているが、前に石像を動かそうと試した事があると言っていたし、それを自分の目で確認でしたいだけなんだがな。


「そ、それで! どうするの!?」


 いつもに増してリオが食いついてくる。それを片手で軽く制して、そのまま蒼龍の石像を指差す。


「とりあえず、思いついた事をやってみたい。レオン、協力してくれ」


「無論だ。最初から全力でやらせてもらおう!」


 そう言ってレオンは自らの身に『身体強化魔法』をかけた。時間も限られていることだし、コイツの言う通り最初から全力でかかろう。目配せの後、一つお互いに頷き合うと、蒼龍が朱雀の方を向くように思いっきり押した。


「「うおぉぉぉっおおぉォォォっっ!!」」


 人目も憚らず、絶叫しながら両の腕に力を込める。果たしてそれはどのくらいの時間だったろうか。おそらくは数秒にも満たない時の中で、俺の手には確かな感覚が宿る。



 ……コレは無理だ。絶対に腕力でどうにかなるもんじゃない。



「ぬっ! ぐっぅぅっっ!!」


 レオンは諦めずにまだ力を加えているが、もう限界だろう。制止するよう軽くレオンの肩を叩くと、糸が切れたように俺もレオンも膝から崩れ落ちた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……えーっと、どういう事だったの?」


 肩で息をする俺達に、リオが問いかけてくる。ちゃんと説明するから、少し待ってほしい。


「……石像の向きを変えれば何か起こると思ったのでしょう。蒼き獣を朱き獣に向けたかったんじゃないですか」


「ハァ……ハァ……。き、気付いてたか」


「先程、御丁寧に読み上げてくれましたからね。見当はつきましたよ。ですが……」


 そう言うシャルウィルの視線は蒼龍の石像に向けられている。おそらく『解析魔術』で見ているはずだ。俺の至った答えにも、すぐに気が付くだろう。


「ふぅ……。それでジールよ、何か分かったか」


「ああ。まず間違いなく、この石像には何らかの魔術がかけられている」


「魔術だと?」


「あるいは魔法か。どちらかまではわからんが……。あの石像を動かすには、物理的な力だけじゃ絶対に不可能だ」


「むう……。ジールでも解くことは出来ぬのか」


 ガクッと肩を落とすレオン。しかしひどく落胆しているが、俺はそもそも石像の動かし方に法則があるんじゃないか、と言っただけで、二人で協力して押せば動くなんて言った覚えはない。そもそも、そんな程度で動くものなら、とっくに誰かが動かしていただろう。


「あ、あのさ……。石像に魔法がかけられているなら、それは何か意味がある、ことだ、よね……?」


 フィーネの言葉は、自信がなくなっていったのか、最後の方は掠れ声になっている。俺は、間違っていない、と自信を持たせるように大きく頷いた。


「そうだ。わかりやすく言えば、石像を正しく向きかえる事と、碑文の謎は関わっている可能性が高いって事だ」


「でも、どうやって向きをかえるのさ?」


 至極当然の疑問がガウスから発せられる。力じゃ無理なんだ。当然、関係してくるのは……。


「赫灼の炎さえも暴風で切り裂く長尺の龍。風より生まれし恵みの雨で大地を潤わさん。風引けた大地には豊穣が約束されよう。天高く駆ける龍の手には光輝く珠あらん。宝玉の名を如意宝珠とされん。悲願たる魔術から魔法への昇華。宝珠用いれば魔の才能なくとも容易とならんが、怠惰者なれば烈火の怒りが降り注ごう。自らを高めし者を蒼龍は助くことを忘れぬなかれ」


 ボソっとエリノアが呟いた。

 そう。石像を動かすために関係するのは、それぞれの背中に彫られた碑文の方だろう。問題なのは、その碑文がどういう意味だか全くわからんってことだ。


「あ、ねえ! この像には宝珠が施されているの?」


 何かを閃いたようにリオが声をあげる。たしかに、碑文のいう宝珠とやらがあれば、それはエルフの秘宝とも言えるだろうが、すぐそこに見えていたらなんの謎にもなっていないだろう。案の定、レオンの答えはそっけないものだった。


「いや、手には何も持っていないな」


「それじゃあ、その宝珠っていうのを持たせてあげるのが、碑文の答えって事はないかしら?」


 そう言われて、何人かが息を飲む音がした。


 エルフの秘宝が欲しければ、何処かから宝珠を探して蒼龍の石像に設置しろ、と。


 成程、筋は通っている気がするし、何となく無視できない意見に思わされる。以前にもリオはこうした閃きがあったし、自分で言った通り感覚派なのは間違っていないんだろう。


「だが……。そうすると他の石像は? 明確に何か持っているとされているのは、この蒼龍の石像だけだぞ」


 レオンの言葉に全員で黙ってしまう。


 そうだよなぁ……。朱雀、玄武、白虎の石像には何か足りない物を埋めるような記述は見当たらないんだよ。


「で、でも、その宝珠があれば……」

「蒼龍の石像を動かせるかもしれないんだよね?」


 フィーネの言葉をガウスが引き継ぐ形で尋ねてきた。本当にこの二人は息があっているな。


「そうかもしれないな……。宝珠なんて物があれば、だけどな」


「な、なら!」

「僕とフィーネは宝珠を探してみるよ! 里中を探せば何か見つかるかもしれない!」


 そりゃ助かるかもしれない。仮に宝珠が必要だったとして、里の誰かが持っていたとしたら、俺達は余所者だ。宝とつくような物を、おいそれと貸し出してはくれないだろう。だが、この二人なら里の人間だし、事情を話せば借りてくる事もできそうだ。


「じゃあ……」

「また後で!」


「ちょ、ちょっと待った!」


 今にも意気揚々と駆け出そうとする二人を慌てて止める。ありがたい申し出だが、確認しておかなきゃいけないこともあるんだ。


「洞窟の件はどうなったんだ? 二人ともこの場に居るってことは、ライヴィは見つかったのか?」


 そう。崩落する可能性のある洞窟に、何も知らないライヴィが入っていって大事故になるのを避けるって話だった筈だ。まあ、ライヴィが見つかっているなら何の問題もないんだが、ガウスがゆっくりと首を横に振ったのを見ると、どうもまだ見つかってはいないらしい。


「でも大丈夫。洞窟の入口はオウロに頼んできたから」


「おお、オウロか! 見張りと言う意味ならあやつ以上の適任もおるまい!」


「そうですね。オウロなら安心できます」


 だから何者なんだよ、そのオウロってのは。レオンもエリノアも納得している所からすると、どうも見張りに長けたエルフみたいだが……。


「とりあえず、僕等はもう行くね! オウロの説明はエリノアかレオンに聞いてよ!!」

「す、すみませんが、お願いします」


 そう言うと二人はさっさと行ってしまった。仕方なく、レオンに説明を求める。


「オウロはな、『調教魔術』の使い手なのだ。自らと心通わせた動物と、意思の疎通が完璧に図れる」


「動物は昼に活動するだけじゃなく、夜行性のものもいますから、昼夜を問わず見張りが出来るんですよ」


 成程。それならばライヴィが洞窟に来たのがわかるし、洞窟に入ろうとしても……。いや、どうやって止めるんだ?


「術者以外とも意思の疎通が図れるのか?」


「いや……。だが里の人間はオウロが『調教魔術』を使う事は知っている。動物に、洞窟に入らないことをしたためた手紙でもくくっておけば大丈夫だろう」


 おー、成程なぁ。色々な魔術があるもんだ……。


「しかし、まだライヴィの姿が見つからないのも気になるな……。俺は森を探してみるとするか……」


 感嘆しているとレオンがそんな事を言いだした。

 お前、エリノアの座学を聞きたくないだけじゃなかろうな。


「そうですね。流石に少し心配です……。お願いできますか?」


 と、まさかエリノア本人から許可が出てしまった。そうなった以上、留める訳にもいくまい。一つ頷くと、レオンもさっさと森へ消えていってしまった。


 残されたのは俺等三人とエリノアだ。シャルウィルはまだエリノアとの座学が残っているようだし……。

 うん、リオの閃きに期待しつつ、残りの碑文を考えるとするか。


 そうして時間はあっという間に過ぎていったが、夕方になっても、ライヴィの姿は誰にも発見されなかった。

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