第十五話 小人
エリノア達と別れ、今日泊まったレオンの家の方を目指す。朱雀の石像がある方に真っ直ぐ進むだけだったから、特に苦も無く見覚えのある道へと出られた。レオンの家を越え、なおもしばらく進んで行くと、ぽかりと穴の空いた山肌が見えてきた。どうやら、これがドワーフの住む洞窟のようだ。
「失礼するぞ」
一応、一声かけて洞窟内に立ち入る。案外と中はこじんまりとしていたようで、すぐにレオンの姿が見えてきた。
「なんじゃい、お前さんは」
レオンの腰ほどから声が聞こえてくる。
少し角度を変えて見てみれば、レオンの足からもう一人の姿が見えてきた。
髭で毛むくじゃらになった顔、筋骨隆々とした二の腕、そして何よりその背の小ささ。間違いなく小人族だろう。
「おお、ジールか。ゾーリン、こいつがさっき言っていた客人だ」
そうレオンが声をかけると、ゾーリンと呼ばれた男はしげしげと俺の姿を見渡し始めた。いや、俺の姿というより、これは鎧を見ているようだ。
「ふん。たしかに良い金属を使っておるわ。この里の連中が使うような代物じゃないわい」
案の定、だな。鍛冶を生業にするドワーフらしく、気になるのは装備品だったようだ。だが、次の言葉には驚かされた。
「しかし、お前さんの技量じゃ太刀打ちできん相手がおるようじゃのう。せめて盾か、あるいはもう少し良質な金属の鎧があれば……。なんて考えておるじゃろう?」
「わ、わかるのか!?」
それは姫さんとの模擬戦を経て、俺が思い描いている装備そのものだった。
「わからいでか。その小手の部分はやたらとすり減っておるのに、その割には盾なんて持っとらんし……。大方、盾代わりに小手で攻撃をいなしておったんじゃろう? じゃが、それだけでは防ぎきれず、そうして鎧のあちこちに傷ができておるわ」
その説明に、俺は感嘆の溜息を漏らす。
本職の鍛冶職人とは皆こうなのだろうか。いや、ゾーリンと呼ばれたこの男が、鍛冶において卓越した技量を持っている証左なんだろう。今までに鎧のオーダーなんてした事がないが、全員がここまでの観察眼を持っているとは思えない。
「いや、凄いな。仰る通りだ。見ただけでわかるなんて、さぞかし高名な鍛冶職人なんだろう?」
素直に感想を伝えると、高名と呼ばれた事が嬉しかったのか、ゾーリンはカカッと笑いながら答えた。
「高名なわけなかろう。このエルフの里に隠れ住んどる偏屈ドワーフじゃよ」
「何を言うか。ゾーリンの腕は確かだぞ、ジール。そうだ、お前も盾や鎧を欲しているのなら、作ってもらえばどうだ?」
「カッカッ……。残念じゃが、お前さんの鎧に使われている以上の金属はこの里には無えよ。盾だって、その鎧と同じ金属を使って作ってもらった方が、よっぽど良いわい」
おお、と沸き立ちそうになったが、すぐさまゾーリンの言葉に意気消沈する。まあ、素材の問題は確かにあるだろうなぁ……。あの古城での事件で世話になった、ハンナ嬢が取り仕切るマクミルトン商会は、騎士団が最も信頼を置いている武芸品店だったからな。この鎧を作るにあたっても、かなり良い素材を取り揃えてくれていたのだろう。
「まあ、同じ金属がありゃ、儂の方が良いもん作れるとは思うがな。レオンの話じゃ、お前さんはもうこの里に入れなくなるかもしれんのじゃろう?」
おっと。そうだ、鎧談義に華を咲かせている場合じゃない。レオンに心当たりを聞きに来たんだった。
「里にある碑文と石像を見たんだが、何か思いつく事はないか?」
レオンに向かってそう尋ねる。しばし顎に手を当てて考える素振りをしていたが、すぐに口を開いた。
「おそらくだが、石像に掘られている部分も含めて、暗号になっていると思う。……ライヴィは碑文だけで解けると考えているようだったがな」
やっぱりか。そうなるとあの石像の事も考えないといけないわけだ。
「ジールは何か思いついたか?」
「そうだな……。多分、石像の台座に彫られた部分は、石像の向きを表していると思うんだ。今は四つとも中央に向かっているが、その向きを変える事が必要なんじゃないか?」
蒼き獣は朱き獣に嘶く、なんて書いてあったしな。おそらく蒼龍を朱雀の方向に向けるんだろう。
「おお! ジールもそう思うか!!」
俺も?
ということは、レオンもその考えには至っていたのか?
「俺もそう思って石像を動かそうとした事があったのだ。だが、びくともしなかった。『身体強化魔法』をかけてみても、どうにもならなかったのだ」
「びくとも?」
「うむ。まるで大地にそびえ立つ巌を押しているかのようだった」
それは……。おかしいんじゃないか?
レオンの『身体強化魔法』の練度は中々のものだ。どれだけ重い石像だと言っても、多少なりは動きそうなものだが……。
「とすると、動かし方に法則でもあるんじゃないか?」
「むう。押しても引いても駄目だったが……。体当たりでもすれば良かったか?」
いや、それは違うんじゃないだろうか……。
「他の碑文にヒントがあるのかもしれないが……。今はまだわからないな。あとは……。レプラコーンについてはどうだ?」
「レプラコーンと言ってもな……。当然、俺は見たこともない。ゾーリンのように髭が多いとは聞いたことがあるが」
「カッカッ。案外、儂等ドワーフを馬鹿にするための碑文じゃったりしてな」
「それなら素直にドワーフは髭もじゃの鍛冶馬鹿と書くだろう」
「カッ。違えねぇ」
こういう冗談が言える仲なんだろう。どちらも特に憤慨した様子はなく笑いあっている。その仲の良さを少し羨ましくも思いながら、残ったもう一つの質問をしておく。
「そういえば、ライヴィを見たか?」
「いや、見ていないな。ライヴィがどうかしたのか?」
「朝から姿が見えないらしくてな。洞窟に来たかと思ったが、見当たらなかったんだ。レオンと居るかと思ったんだが……」
「ゾーリンに会いに来るのは俺かガウスぐらいなものだ。他のエルフ達は近づこうとしないからな」
「そうじゃな。お前さんらは変わりもんじゃわい」
ふむ。ならどっかに潜んでいるとしても、こっちの方角には近づいてこないってことか。
「わかった。とりあえず聞きたいことは聞けたし、俺はもう一度碑文の所へ戻ってみるが……。レオンはどうする?」
「おお、なら俺も行くとしよう。石像が動くかもう一度試してみようじゃないか。それに、エリノアの座学を聞かなくても良さそうだ」
実はコイツもサボりたかっただけじゃないだろうか……。
「まあ人族の小僧も頑張ってみるこったな。上手くいったら、お前さんにも盾の一つぐらい打ってやるよ」
「ああ、よろしく頼む」
最後のは社交辞令だろうか。それでも、ドワーフに武具を作って貰える機会なんてそうそうあるものでもないし、頑張り次第で現実になるかもしれないと、そう思うと心が弾む。頑張らなければいけない理由がもう一つできた事だし、張り切ってみるとしよう。




