第十二話 洞窟
洞窟を目指す道中、不穏な気配はないかと周囲に気を使っていたが、やはりというか、当然というか、特に変わった事もなく歩みを進められていた。
オークは討伐したし、そもそも獣はそうそう人の前に姿を現さない。もし現れたとしても、鹿や猪の類なら俺でもどうにかできる。過度な緊張は必要ないし、自然と話をしながら森を歩いていた。
「フィーネは今の風魔術を魔法にするのが目標なのか?」
「う、うん。まだまだ改善しなきゃいけない事は多いけどね……。魔法を目指す上で必要な独創性は十分だと思うんだ」
オリジナリティねぇ……。確かに風で索敵するなんて魔法は聞いたこともなかったなぁ。
「その点、ガウスは大変だよね。土魔法って自由性が少ないから……」
そう話を振られたガウスは、頭を掻きながら首をかしげている。
「まあねぇ……。大抵は土を生み出す事で土魔法は完結しちゃうから、そこから新しい何かを付け足すって言われても思いつかないんだよなぁ……」
「新しい何かを付け足すってのはどういう事なんだ?」
そう尋ねると、二人はキョトンとした顔で俺を見つめ返してきた。な、何か変な事を聞いたのだろうか。
「あぁ、ジールはあんまり魔術に詳しくないんだったっけ。じゃ、知らなくても無理はないか」
「う、うん。ボク達には当たり前だと思う事が、ジールには不思議な事でも可笑しくないよ、全然」
は、励まされているのだろうか……。
よくわからないが、幼い印象の残る二人にこうして話されるのは何だかちょっと切ないものがある。
「簡単に言うとね、魔術を新しく魔法にするのに、今までにある魔法と同じ事をしても意味がないでしょ?」
そりゃそうだ。それは新しい魔法とは言わない。
黙って頷くとガウスは続ける。
「だから今までにある土魔法とは別の土魔法を作らなきゃいけないんだけど……。土魔法ってほぼ完成してるんだよ。自分で思い描いた物を土で生成する魔法なんだもん。後は何を足せばいいのさ?」
珍しく苛立った様子でガウスは声を荒らげた。それだけ壁にあたっている問題なのだろう。
しかし、ようやく俺にも意味が理解できた。
土魔法はある種で完璧なのだ。自分の思い描いた物を生成している以上、土で他に何をするのか、といった所を考えると、確かに行き詰まってしまう。
「……そもそもなんだが、土魔術と土魔法には違いがあるのか?」
ガウスの悩みを少しでも解決してやりたい。そう思ってかけた言葉だった。彼にとっては、何を今更、と思う事かもしれないが、案外と何も知らない第三者の意見が的を射ている事もある。たぶん。
「そうだね……。一番わかりやすいのは耐久性と持続性かな」
そう言って嫌な顔一つせずに答えるガウス。本当に、昨日のライヴィとやらよりよっぽどこいつが族長になって欲しいものだ。
「土魔術で作った物は、魔力が消えるまではほとんど形を変えないで残せるんだよ。だけど、土魔法は環境の影響を受けやすいんだ」
「環境ってことは……。風とか雨とかか?」
「そうそう! 自然の土を作ってる訳だからね。砂場のお城をイメージしてくれるといいよ。土魔術で作ったお城は、魔力が消えるまで何があってもその形を保ち続けるけど、魔力が消えた瞬間に崩れ去ってしまう。一方で、土魔法で作ったお城は魔力に関わらずそこに残るんだ」
「だ、だけど、雨風に曝されれば、だんだん崩れちゃうよね。そ、それが土魔法で作った物の習性なの」
ふーん……。耐久性がある土魔術と持続性がある土魔法か。
「なら耐久性のある土魔法を作ったらどうだ?」
「それは……。土である以上無理なんじゃないかな。自然にある地面だって削れたり欠けたりするでしょ?」
「あー……。なら土以外の、例えば岩で物を生成するとか、固い土を生成するとか……。そういうのはどうだ?」
そう伝えると、ガウスは顎に手を当てて考え始めた。お、何やら良いセンいってるかもしれないな。
「そうか、硬質土魔法とか、岩壁魔法なんてのがあっても良いもんね……。何か新しい物を作る技術を考えていたけど、土そのものを新しくするって発想もありかも……。いや、でもそうすると僕の魔力が……」
どうもガウスの中で考えがうまく巡り始めているようだ。邪魔しちゃ悪いとは思うが、今はそっちに集中されても困るんだな。
「悪いが、それ以上の推論は里に戻ってからにしようか。……目的の場所だ」
土魔法について話しているうちに、昨日の洞窟が目に入ってきた。ここからは、洞窟の探索だ。
二人に目配せをすると、フィーネは勿論、ガウスも頭を振って考えを入れ替えたようだ。さっきまでの緩やかな顔から一転、緊張感を持った顔をしている。
「そう気負わなくても大丈夫だ。昨日やったときと同じ様にすれば良い」
安心させるようにそう言うと、フィーネは少しはにかみながら一歩前に出た。
「う、うん! 頑張るっ!!」
その言葉と同時に、一陣の風が背中から駆けていった。昨日同様、まずは洞窟内を風で探索する。これは道中で二人に伝えていた事だ。
「や、やっぱり洞窟には三部屋あるみたい。大きめの生命反応は見当たらないかな……」
昨日の焼き直しの様にフィーネは自身の風魔術の結果を告げる。違うのは、生命反応は見当たらないと言ったところだ。
「昨日簡単に説明を受けたが、フィーネの風魔術で生命反応がわかるってのはどういう事なんだ? 内部構造が風の反響でわかるのはなんとなく理解できるんだが……」
「そ、それはね、風が通った時に動いているモノを反響で捉えるんだよ。呼吸もしないような無機物はそのまま通り過ぎていくけど、生き物なら何かしら動きが絶対にあるから」
「そうか……」
そうすると、風魔術での索敵も絶対じゃないのかもしれないな。
「え、えっと……。何か失敗してるかな?」
何も言わずに考え始めた俺を、不安そうな顔でフィーネが覗きこんでくる。ここでいたずらに不安を煽っても仕方ないし、彼女の不安を振り払うように、大げさに手を振って答えることにした。
「いや、何も失敗はしてない。ただ、例えば冬眠なんかしてるような動物なんかは、上手く索敵できない可能性もあるな、と思っただけだ」
「冬眠中……?」
不思議そうにガウスが呟くので、もう少し詳しく説明する。
「ああ。例えば熊なんかは冬眠するよな? あいつらは冬眠中のエネルギーの消費を極力抑える為に、呼吸の数も普段の十分の一以下になるなんて聞いたことがある。そうすると、流石に索敵は出来ないんじゃないかな、と思ったんだ」
「そ、それは、無理だよ……。そんなに長い時間風魔術を展開しておけないし、その瞬間を切り取るのが精一杯かな」
俺の生じた疑問に、フィーネは肩を落としている。ちょっとした屁理屈みたいなものだから、あんまり気にしないでほしいんだがな。
「もっとも、今は冬眠するような時期じゃないが……。オークがいつ冬眠するか、そもそも冬眠するかどうかさえ知らないからな。一応、用心して洞窟に入った方がいいんじゃないか、と言いたいだけだ。決してフィーネの風魔術を責めている訳じゃないぞ」
「それは言えてるね。魔術といえど、絶対はないんだから」
俺の言葉に、ガウスは納得したように頷くと何やらブツブツ呟き始めた。……なんだ?
「世界に遍し火水土風の精霊よ。僕の魔力に応えてくれ。『照明変調魔法』」
ガウスの呟きに反応するように、彼の手には黒い光が瞬き始めている。どうやら魔法で照明を作ったようだが、その割にはにはあまり明るくもなさそうだ。洞窟の中をこれで照らすのだろうか。しかし、今の魔法は何処かで聞いた事があるような……。
「もし何かが潜んでいても、これならすぐには気づかれないで済むでしょ?」
そうやって自信満々に言うガウス。考えは良いが懸念される点をちゃんと確認しておこう。
「成程、そうだな。無闇にこちらの位置を教える必要もないし名案だと思う。だが、それで探索がしっかり行えるのか?」
「近くにオークがいるかぐらいはちゃんと見えるよ」
「ならそれでいこう。……しかし今の魔法ってつい最近何処かで聞いたような……」
俺の呟きにガウスは笑って答えた。
「ついこの間に新作魔法として発表されたからね。聞いた事があるのはそれでじゃない?」
ああ、成程。この間の古城の事件の時に御披露目された魔法だったからか。そういや新聞で読んだんだっけな。
「しかし新作魔法をもう使いこなしているなんて凄いな」
「まぁ……。発表したのがライヴィだからね……。色々使い方なんかを教え込まれたよ」
そう言ってガウスは遠くを見る。
あのエルフなら自分が作った魔法なんだってクドクドと話し続けそうだ。そりゃ大変だったろう。
しかし、あの時の新作魔法とやらがアイツの作った魔法だったとはな。御披露目会に参加しないで姫さんの領地に戻って正解だったかもしれない。もし残ってたら何を因縁つけられたかわかったもんじゃないからな。
「あ、あの……」
「ん?」
フィーネが困ったように手を挙げた。どうしたのだろうか?
「そ、そろそろ行こう?」
「あ、あぁ! そうだな、すまない。行くとしよう」
いつまでもここで話している訳にもいかない。この後に碑文の確認もしなきゃいけないんだからな。気持ちを切り替えて、探索に向かうとしよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
洞窟の中は、俺達三人が横に並んでもまだゆとりのあるぐらいには広かった。そこをガウスの『照明変調魔法』で照らしながら進んでいる訳だが……。思いの外、この魔法の照明はしっかりと機能してくれている。
本来なら松明なんかで明るくしないと道が把握出来なさそうだが、そうするとこちらの位置が完全にばれる。そんなデメリットを黒色の光は多少なり打ち消していた。
「もう少し明るくも出来るけど……。どうする?」
「……いや、この程度でも地形は把握できるし、ゆっくり進んで行く分には充分だろう」
一応のところ、身の回りから数歩程度までは目を凝らして確認が出来ていた。そのため、ガウスの提案を断って、黒い光を頼りに洞窟の中を進んで行く。ほんの一分も歩いた頃に、道が二つに分かれているのが見えてきた。
「こ、こっちの曲がった方に部屋が一つあって、奥にはまだ続いてるみたい」
風の魔術で洞窟の内部構造を把握したフィーネの声があがる。……やっぱり便利だな。
「なら部屋を一つずつ潰していくか。この道を曲がった方に進むとしよう」
道なりに進む方向を選ばず、右手に伸びている方向へと進むと、フィーネの言う通り進んできた道よりも広い空間に出た。小部屋と言っても差し支えないそこには、森に植生していた木々の果実が無造作に転がっている。
「いわゆる食物庫といった所だな。量としては多く見えるが……。俺が以前討伐したオーク三匹の貯蔵していた分も、こんなもんだったと思う」
「三匹でこんなに溜め込むの!? 何日分かわからないけど、僕等なら半月は持ちそうだよ」
「だいたい一週間分だろうな。前に観察していた時は、三日でこれだけを集めて、残りの四日間は巣に篭っていた」
「い、以外とマメに動くんだね」
「その分生態系がすぐに狂ってしまうがな……。早目に討伐できて何よりだったな」
俺達はその程度で食物庫の探索を切りあげて、分かれた道を今度は道なりに進む事にする。一度分かれ道まで戻り、今度も右側だな。これでさっきの道を奥に進んでいる事になる筈だ。
「え、えっと、今度は左に分かれる道があって、そこに部屋が一つと、真っ直ぐ進んだ所にもう一つ部屋があるよ。どっちも距離は変わらないくらい、と思う」
「……なら今度は真っ直ぐに進むとしよう」
所謂『右手法』だ。右手を壁伝いに歩いていけば、やがて迷路の出口に進むことが出来る、というやつだ。
別に左手沿いに進んでも結果は同じだろうが、どうせ入口に戻っていくなら、同じ方向に曲がり続けた方が抜けもないだろう。さっき右側に曲がったから、同じ様に右側の道を選択して進む事にする。
やはりそう遠くない距離を歩くと、先程よりは幾分狭いが四方を壁に囲まれた小部屋に出てきた。先程と違うのは、食料の代わりに何かが床に敷かれている点だ。
「これは……。葉っぱかな?」
近付いたガウスがそう声をあげる。俺も近寄って確認すると、間違いなく何かの木の葉っぱだった。
「ど、どういうこと? これも食べてたの?」
「いや、これは寝床にしていたんだろうな。オークだって直に地面で寝るよりは、何かしらを布団にしたいと思ってもおかしくないだろう」
「じゃあ、この布団らしき葉っぱの塊を数えれば……」
「ああ。この洞窟に巣食っていたオークの数も把握出来そうだな。見た感じ、一つ、二つ、三つ……。やはり三匹のオークがこの洞窟に居たんだろうな」
そう言って葉っぱで出来た布団を指差し数えてやる。四つ目の寝床が確認出来ない事を知らせると、ガウスもフィーネも、安堵の表情を浮かべていた。いくら残ったオークがいる可能性は低いといっても、流石に緊張していたようだ。
「ボク達が昨日倒したオークは三匹だったから、もうオークはこの洞窟に居ないって事だよね?」
「そうだな。オーク討伐は成功。もう森が荒らされる事もないだろう」
良かった、と漏らしながら笑みを浮かべるフィーネとは対照的に、ガウスはまだ眉間に皺を寄せている。
「まだ気になる事があるのか?」
「ううん。……ただ、やっぱりライヴィが居ないなって」
「ああ、村に居なかったから洞窟に居るかもって考えてたんだっけか。フィーネの風魔術だと生き物はいなそうとしていたが……。一応、もう一つの部屋も確認していくか?」
「うん。ライヴィの性格なら、この洞窟に来ていてもおかしくないと思うんだよね……」
他人の手柄の確認か。まあ、粗を探して突っ込んできそうな感じは確かにあった。
「なら戻りがけにもう一つの部屋を確認していこう。まあ、何もないと思うがな」
むしろ何も無い事を願いたい。
フィーネの風魔術が正確なら、その部屋に生者はいない事になる。何の目的の部屋か、ある程度予想はつくが……。使用されていない事を願うばかりだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「結局、ライヴィは居なかったね」
オークの寝床を確認した後、残るもう一つ部屋が部屋も見てみたが、そこは空き部屋だった。これから何かの部屋にしようとしていたんだろうが、特に何の痕跡もない空っぽの部屋だった。……ちなみに、俺が予想した部屋とは違っていた。てっきり攫ってきた人間を捉えておく部屋かと思ったが、どこにもそんな痕跡は残っていなかった。当然ながら、ライヴィの姿もなかった。
「ど、洞窟が見つけられなくて、森をさまよってるんじゃない?」
「ライヴィが? ありえなくは、ないかなぁ……。あまり外に出てなかったし」
二人はライヴィの行方について話し合っている。俺としては、オークの殲滅も確認できたし、洞窟で不幸な目にあった人間も居なかったから、正直この洞窟はもうどうでも良いのだが……。
「でもライヴィが一人で来て、岩盤が崩れでもしたら大変だね。誰かが洞窟に入らないように忠告しないと」
「そうなんだよ。僕が土魔術で崩落を抑えていたから、今も簡単に行って帰ってこれたけど……。何も知らないで洞窟に入って、余計な事でもしたら……」
余りにもスムーズに進んだから忘れていた。そういえば崩落の危険性があったんだったな。というか、ガウスは知らない内に土魔術で大活躍してくれていたんだな。
「そうなると確かに放ってはおけない、か。だがずっとここに残り続ける訳にもいかないだろう?」
「そう、だね……。ジールは仲間の所に行かなきゃだし、僕等も一日中張り付いてたくないし」
「じ、じゃあオウロに頼もうよ!」
おや。知らない名前が出てきたな。だが二人は、それだ、と言って嬉々として手を取り合っている。どうも状況を打破できる人物のようだ。
「それじゃ、オウロに頼むまではフィーネに待っててもらって良いかな? 僕はオウロにお願いしてくるから」
「うん、大丈夫」
そう言うとガウスは洞窟に背を向けて進んでいこうとする。と、立ち止まりこちらに顔を向けて、
「ジール、何してるの? 置いてくよ?」
なんて言うもんだから、俺も慌てて後ろを追いかける事になった。
フィーネは置いていっていいのか、とか、オウロは誰なのか、とか、気になる事はあるが、オークはもういないし、大丈夫だろう。俺は俺のやれる事をしなきゃな。




