第十一話 不穏
「なんなのよ、あの厭味ったらしいエルフっ!! 二度と顔を見たくないわっ!!」
レオンの家に戻り、早々に各自の部屋で休む事にしたが、リオとシャルウィルは情報の整理の為に、一度俺の部屋に集まっていた。
今のは俺達三人になった瞬間、開口一番にリオから飛び出した言葉だ。
「同感です。あんなのがエルフの里の次期族長だなんて……。アレクシア様に言って交流を断絶した方が良いかもしれません」
シャルウィルもあの不躾な視線は堪えたらしい。肩を震わせながら辛辣な言葉を紡いでいる。
まあ、俺も二人の意見に賛成だ。出来る事ならレオン達の誰かに族長になってもらいたいところだが……。シャルウィルが苦悩する様子を見ていれば、そう簡単に魔法への道が開かれる訳じゃないのもよくわかる。
「……つまるところ、あの碑文の秘密とやらを解き明かすしかないのか」
そう呟くと、リオが目を輝かせて身を乗り出してきた。こういうの、好きそうだもんな。
「ねぇねぇ! 碑文の秘密が解けたらエルフの秘宝があるんでしょう?」
「族長はそう言っていたな。どんな物なのか検討もつかないが……」
「エルフの秘宝と言うぐらいですから、何かしら魔にまつわるものでしょうか……」
魔術を扱うに長けた一族だからなぁ。その可能性は高そうだ。ひょっとしたら、魔術を魔法へと昇華させる教本みたいな物でもおかしくはない。
「それより老化を止める薬とか、お肌がツヤツヤになるとか、そういう可能性もあるでしょ」
「「それはない」」
リオがわけのわからない事を言うから、気せずしてシャルウィルと声がハモってしまった。わざとじゃないんだから、そうジト目で睨まないで欲しい。
「なによぅ……。エルフは長命の一族だし、そういうのがあってもいいじゃないの……」
「気持ちはわかるが……。もっと一族のためになる物を残すんじゃないか?」
女性の美への探究心には空恐ろしいものがあるというからな。落ち込むリオをさりげなくフォローしておいたが、それもそうね、とあっさり立ち直っていた。
「……で、実際どうなの? 古城で名推理を披露したジールさんは、碑文の謎って解けそうなの?」
リオはまた茶化して……。という訳でもなさそうだ。その視線には期待が満ち満ちている。適当にあしらうのも良くないな。
「正直、今の情報だけじゃ無理だ」
そう答えると、リオは意外そうに目を瞬かせる。コイツは、俺が何でもわかっているとでも思っていたのだろうか。
「あの文言だけじゃただの教訓話だし、第一、俺は姿無き妖精なんて聞いた事もない」
「そうそう! そのレプラコーンよ! 欲望を植え付けにレプラコーンが出てくるって話なのに、レプラコーンの協力がないと宝を獲得できないってどういう意味かしら」
「……そんな話だったか?」
なんかもう少し迂遠な言い回しだったと思うが……。
「……レプラコーンは欲望を植え付け財宝を求めさせようとするけど、その援助なしに豊かなる未来は訪れない、といったものだったと思います。未来と言う言葉を宝と捉えれば、リオさんの言う通りにはなりますね」
「でしょう? 財宝を求めさせようとしてるんだから、ここは未来が宝物と同じで良いと思うのよね」
まあ、そう捉える事も出来るか。だけど肝心のレプラコーンの情報がなさすぎだ。姿無き、なんて言うくらいなんだから目に見えないんだろうが、どうやって欲望を植え付けるのか、とか、どの辺に住んでるのか、とかのヒントがないと探しようもない。
二人共まだ頭を捻って考えているようだが、ここらで一度区切った方が良さそうだ。
パン、と手を打つと二人は顔を上げて俺に視線を寄せる。
「碑文って事は書かれている碑がある筈だよな? しっかり実物を見て、その周囲に何があるのかも調べてからの方が良いと思わないか?」
「それもそうですね。あのエルフがわざと重要な箇所を飛ばしている可能性もありますし」
「あいつならやりそうね……。わかったわ。明日は私達二人は、魔術の勉強にその碑文の周りも見ておく事にしましょう」
「俺は念の為オークの洞窟を見てから合流するから、二人共頼んだぞ」
任せてー、と手をヒラヒラさせたリオに、無言で頷くシャルウィル。態度は違えど目指しているものは違えていないな。俺達は今、同じ方向を向いている。
「よし。なら明日に備えてもう休むとしよう」
そうまとめると、二人共素直に頷いて部屋から出ていった。俺もさっさと寝るとしよう。明日はオークの事に碑文の事。考えなきゃいけない事が多いからな。
しかし、レプラコーンなんて存在が本当にいるのだろうか。姿が見えないのにどうやってそれを認識したのか……。そんな事を考えていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝、簡単な朝食を終えた俺達は、昨晩の話通り二手に別れた。リオとシャルウィルは村の中央に設置されている広場で魔術の研究を行うらしい。どうもそこに例の碑が残されているそうだ。
勿論、俺もオークの巣食っていた洞窟を調査したら合流する予定だ。ひとまずは姫さんに命じられた事を全うしておかないと、面目が立たないからな。
「やあ、お待たせ」
「お、お待たせしました……」
またいくらか歩くのを覚悟して入念に身体を伸ばしていると後ろから声がかかった。
当然、一人は約束していたガウスだが……。
もう一人、フィーネが一緒に来ている事は意外だった。
「フィーネも行くのか?」
「う、うん。ボクの魔術で洞窟の規模を推測したんだし、ちゃんと自分で確かめておこうと思って。……だ、ダメ、かな?」
そう不安気に聞き返してきたが、こっちは拒否するどころかむしろお願いしたい所だ。仮にオークがまだ洞窟に巣食っていた場合、洞窟の外から索敵出来るのはかなり心強い。
そう正直に伝えると、
「よ、よかった……。ボクにもまだ役に立てそうな事があるんだね」
と、胸を撫で下ろしていた。
自己評価が低めなフィーネだが、彼女の扱う風魔術は大したものだと思う。仮に魔法へと昇華して、一般的に普及するとなれば大きな恩恵がある。
例えば、今回の様な魔獣討伐は勿論、野盗なんかが洞窟に住み着いた時なんかにも役立つだろう。まあ、野盗は人間だから、魔法でどうやって人間を認識するのかといった課題があるのだろうが……。それでも洞窟なんかの内部構造が知れるだけでも有難いものだ。
そんな風にフィーネの魔術について考えていると、ガウスから声があがった。
「ところで、ジールはここで随分と待った?」
「いや、今し方来たばかりだ」
「そっか……。じゃあライヴィなんか見てないよね?」
ライヴィとは……。ああ、あの厭味なエルフか。
「見ていないな。何かあったのか?」
そう尋ねると、ガウスは眉をしかめて困った顔をしている。
「いや、何も無いって言えば何も無いんだけど……。ここ最近はいつも部屋に篭って魔法の研究をしてる筈なのに、部屋に居ないらしいんだよね。ほら、昨日ちょっと言い合いになってたでしょ? 誰も姿を見てないからちょっと心配でさ……」
ああ、成程。何か良からぬ事でも考えているかもしれないってことか。
「ライヴィは『身体強化魔法』は得意なのか?」
「え? い、いや、あんまり得意じゃないと思うよ」
「なら、そう心配する程でもないさ。人に魔法は使えない。それは絶対だろう?」
「あ、あぁ、うん。ライヴィがジールを襲う心配はないだろうね……」
「何とも歯切れが悪いな。他に何かあるのか?」
「んっと……。ライヴィが洞窟を見に行って、オークとか他の獣に襲われる心配、かな」
ガウスは何ともバツの悪そうに答える。
そっちか……。それはまあ、心配になるだろうな。
「いや、言われて見れば確かにそうだな。オークはもういないと思うが……。一応、周囲を警戒しながら進むとしよう。」
そう言って、俺達は昨日の洞窟を目指す事にした。




