第八話 討伐
いざオーク討伐、といっても破れかぶれに突撃するわけじゃない。個々の適した方法でオークと相対した方がいいに決まっている。レオンなら『身体強化魔法』でオークの攻撃を捌くだけの体術が可能かもしれないが、他の連中がどんな事が得意なのか、まったくわかっていないからな。
「皆はどんな方法で戦えるんだ?」
そう問いかけた俺に、四人のエルフは消沈した様子で肩を落とした。
え、まさか全然戦えないのか……?
「ボクは風の魔術が使えるよ。飛ばした風の反響で、洞窟の内部構造とか生き物の数とかがわかると思うけど……。オークをやっつけられる魔術は使えないと思う」
「私は水の魔術を専門としていますが……。生憎とオークを倒せる程の強い魔術は使えません。水を出したり消したりする程度のものです」
「僕は土の魔術が得意だよ。土を削ったり出したり……。まあ、威力は無いからオークには効き目が無いかもしれないけど……」
伏し目がちに答えたのはフィーネだ。次いでエリノア、ガウスと自身の魔術の説明が入ったが……。どうも三人は攻撃用の魔術というのは得意でないようだ。
「私は火の魔術が使えるな。貴殿も見たであろう? 縄を焼き切ったあれだ。もっとも火の魔術はあの程度がやっとだからな。オーク相手にはこの短剣で斬りかかった方が良いと思う」
そう言って最後に締めたのがレオンだ。抜いた短剣を両の手に構えて、今にも飛びかかっていきそうだ。
「まあ待てよ……。他の三人は『身体強化魔法』が使えるのか? 武芸の心得は?」
レオンを諌めながら重ねた問いに、三人は首を横にして答える。その様子を見たレオンもバツが悪そうだ。
四人のエルフは互いを見合うと揃って肩を落とした。
「……やっぱり、ボク達だけじゃオークを倒せないのかな」
「だけど放ってはおけません。私達だけで倒せないのなら里の皆に協力してもらってでも……」
「だけどそれは……」
「エリノア、ガウス、よせ」
何か気にかかる事を言いかけていたが、レオンの一言に二人は口をキュッと噤んでしまった。
姫さんから命を受けた、エルフの思惑探りに関わる内容に思えたんだがな。
「魔術を用いた戦いに向いていない我等だからこそ、『身体強化魔法』が使えない身でありながら、単身オークを討伐したジール殿を頼ったのだ。……ジール殿、何か妙案は浮かばないだろうか?」
四人は期待を込めた眼で俺を見てくる。
さて、どうするか……。
策は確かにあるが、それを取引材料にエルフの思惑を聞き出すべきだろうか。相手の弱みに付け込むのは兵法の基本だが……。
「……四人の力を合わせればオーク討伐は容易いだろうな」
そう告げると、四人の表情はパァっと明るくなった。続けて、どうやって相手取るのかの具体的な方法を伝えていく。真剣に聞いている四人の眼には、徐々に興奮の色が浮かんできた。自分達でやれる、と思ってくれたのだろう。それだけでも策としては上々と言うものだ。戦場において、精神の働きは肉体の動きに直結するからな。
策の全てを伝えて、結局俺は策を材料に思惑を探る事は止めにした。
気の良い連中だ、と感じていたこともそうだが、姫さんならどうするか、と思ったのだ。
姫さんは当初、無償でオークを討伐してこいと言う姿勢だった。隣人として接する気持ちもある、と。
今後の関係性がどうなるのかわからないが、もし、気の良い隣人として接するようになるのであれば、ここで策を伝える事で取引するのは違うと思ったのだ。
良い関係性を築いた上で、取引なしに本心を聞いた方が良いに決まっている。
それにここで思惑を尋ねたとして、返ってきた答えが嘘かどうかの判断もつけられないしな。
「やれそうだね!」
「うん! ボク達でも何とかできそうだよっ!!」
ガウスとフィーネはすっかり昂揚した顔で手を取り合っている。その様子を見て、レオンやエレノアも諌める事なく安堵の表情を浮かべていた。
どうやら俺の案は、四人のエルフにとって十分な策となったようだ。
「さて、皆が良さそうならそろそろと思うんだが……」
そう言って場の雰囲気を締めてやると、ガウスもフィーネもはしゃいでいたのが嘘のように真面目な顔付きへと変わった。この様子ならわざわざ指摘して釘を刺す必要もなさそうだ。
「大丈夫そうだな。……仕掛けるぞ」
その言葉に、四人は口をきつく結んで頷き返してくれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
レオンとエレノアの二人をそれぞれ隠れる様に配置して、俺はフィーネとガウスの三人で洞窟の入口に立った。
これから頼りにするのは主にこの二人だ。まずはフィーネの風の魔術だが……。確かに攻撃力は乏しいかもしれないが、索敵という意味ではかなり有用だと言えるだろう。
「いけるか?」
「まかせてっ!」
やや緊張した面持ちのフィーネに声をかけると、何とも小気味よい返事が戻ってきた。同時に、一陣の風が洞窟へと向かって流れていく。
「うん……。大丈夫、そんなに広くないよ……。部屋の数は、よ……ううん、三つだよ!」
「オークはいるか?」
「オークかはわからないけど……。大きめの生物反応が三体ある」
「部屋の数から考えればそのくらいのオークが居てもおかしくないだろう……。どうやら一網打尽にできそうだな」
この洞窟にオークがいなければ、俺の策も何日か寝かせる羽目になっていた。それを確認出来るのだから、まったくフィーネの風魔術は大したものだと思う。
そう感心しながら、荷物袋から一枚のハンカチと瓶を取り出す。
「同行してくれたリオに感謝だな……」
森に来る前にリオから預かった香水だ。今は『消臭魔法』で何の匂いもしないが、この蓋を開ければあの甘い香りが漂う筈だ。
「あんまり使いすぎるのも後が怖いからな。ハンカチに染み込ませる程度にしとこう」
瓶の蓋を開け、中の液体をハンカチに染み込ませる。それだけで、予想通り甘い香りが辺りに舞い始めた。
「フィーネ、もう一度頼む」
「うんっ!」
そう返事があるや否や、再び風が洞窟へと吹き始めた。さっきと違うのは、そこに甘い香りを乗せているかどうかって事だ。
「ガウス、来るぞ。準備しておくんだ」
「ゔんっ!」
次いで俺の策は第二段階へと移行する。
「グルルァァ!!」
俺がガウスに声をかけてから、案の定すぐに興奮したオークが飛び出てきた。どうやら上手く三匹誘き寄せられたようだ。
余程に好色家だったんだろう。俺の倍はあろうかという体格で、目は赤く血走り、口や鼻から体液を撒き散らす様子は、男の俺からしても気色悪い。
そんな魔物が三匹もその勢いのままでぶつかってこられたら、いくら準備をしていようがたまったもんじゃない。
だがそれだけ興奮していれば、その注意も散漫になっている。そこを土の魔術で足場を無くしてやれば……。
「決まっている。避けられる筈がない」
三匹のオークが洞窟の入口から飛び出し、俺達の眼前に迫ったところでガウスは土の魔術を発動させた。オーク達は勢いそのままに、出来た穴の壁へと身体をぶつけながら落下していく。ただ穴に落ちただけでなく、奴等の身体が壁に激突している事で少なからずダメージが入っているだろう。見れば三匹は重なるようにして倒れ込んでいた。
ガウスが作り出した穴は、三匹が起き上がっても、決してすぐには上がってこられない深さはありそうだ。これだけの落し穴を一瞬で作り出すあたり、ガウスもまた優秀な魔術士なんだろう。
「レオン! エリノア!」
「任せよ!」
「ええ!」
三匹の姿を確認して、俺の策は最終段階へと移る。
控えていたエリノアは穴へと近付くと、穴を水で満たし始めた。当然、オークも必死に抜けようともがき始めたが、レオンの火球がそれを許さない。水から抜けようとするオークの顔面へ火球を当て続ける。余分な事かもしれないが、俺もガウスが新たに作った土塊を投げてはぶつけを繰り返し加勢しておこう。
火球や土塊を十数発もぶつけた頃には、もうオークだったものは動かぬまま水にぷかりと浮かび上がっていた。
「もう良いだろう」
そう伝えた俺の声で、エリノアがどしゃっと腰を落とすのが見えた。なんだかんだ一番魔力を消費したのは彼女な気もするから、そうやって座り込むのも仕方ない。
「ボ、ボク達……」
「や、やったの?」
声を出したのはフィーネとガウスだ。二人共震えながら俺を見つめている。安心出来るよう、出来るだけ優しい声色で伝えてやる。
「ああ。よくやったな。これで三匹のオーク討伐は完了だ」
「や……やったー!!」
「す、すごいよ僕達! オークにほぼ何にもさせないでやっつけちゃった!!」
そう言うと二人は手を取り合って喜んでいる。なんかさっきも見た光景に似ているな。この二人は随分仲が良いようだ。
しかし討伐を依頼してきたレオンは随分静かだな。何も気にせずはしゃぐかと思ったが。
そう思いレオンを見ると、彼は身体を震わせてオークの死骸を見つめていた。
「……オークを倒したのは初めてか?」
そう声をかけると、レオンはハッとしたように顔を上げ俺に向き直る。
「そうだ。いや……正確にはこんなに簡単に倒したのは初めてだ。今まではもっと苦戦してようやく一匹といったところだった……」
「ま、習性を知って対策を立てればこんなもんなんだろ。俺だって一人で討伐したときはもっと苦戦した」
「ジール殿が?」
信じられない、といった様子で見てくるが、俺の事を何だと思っているのか。俺は『身体強化魔法』も碌に使えないんだぞ?
「ああ。穴を掘って隠すのに一晩かけた。穴に嵌ったオークを倒しきるのには半日だ。ほとんど寝ずにやっていたからな……。とんでもない格好で街に戻って、オークと間違えられて討伐されそうにもなったぞ」
そう伝えると、ようやくレオンの顔にも笑みが戻ってきた。
「それは笑えない冗談だ。ジール殿はオークよりも恐ろしい相手だろうに」
コイツは何言ってんだ……。
俺ほど人情味溢れる奴はいないだろうに。
「とりあえず、胸を張って良いんじゃないか。これだけ楽に討伐出来たのも、お前達の魔術が優れていた証左だろう?」
「そう……だな。我等もエルフの一員だったという事にしておこう」
エルフの一員って……。あぁ、魔術が強すぎて自然を破壊してしまうってやつか?
使い方次第でどうでもなりそうだけどな。
「ねぇ……」
そう考えていると、座りこんでいたエリノアから声がかかった。どうしたのかと振り返ると、彼女は既に立ち上がって服についた砂を払っている。
「もう、いいのですよね? そしたら里に帰りませんか? 疲れてしまって……」
「そうだな。依頼された討伐は完遂したと思うし、俺もシャルウィル達を迎えに行きたいからな。一緒に行っていいか?」
「勿論だ。今はまだ昼だが……。里に着く頃には日も陰ってくるだろう。彼女に魔術を教える約束もあるし、食事や寝床も用意するからしばらく泊まっていくといい」
「そりゃ助かるな」
オーク討伐は一段落としても、まだエルフの思惑はわかっていないからな。泊まらせてくれるならありがたい。
「じゃ、戻ろうっ!」
「うん、帰ろっ!」
フィーネとガウスは相変わらずだ。
まあ後の憂いになるようなものが無くなったんだから、明るくなるのも無理はないけどな。
このまますんなり何を考えてるのか教えてくれるといいんだが。まあ、取り敢えず里に行ってから探ってみるとするか。




