第七話 捜索
オークの痕跡がすぐ近くにある。
そう告げたことで、あからさまに反応したのは怯えた様子を見せていた女エルフのフィーネだった。
「そ、そんな痕跡、どこにあるんですか!? い、いえ、それよりもこんなに里の近くまでオークが来てるなんて……」
「そ、そうだよ! オークが森に出たってのは知ってたけど、もっと里から離れた位置だって聞いてたよ!?」
ガウスと名乗った土の匂いのするエルフがフィーネの疑問を引き継ぐ。言葉を発さなかった残りの二人も困惑した表情を浮かべていた。
一度オーク討伐を成している俺からすれば、かなりわかりやすい痕跡なのだが、どうもエルフ達はオークの生態には詳しくないようだ。少し教えておくか。
「オークは猪型の魔物とされていて、その食形態もよく似ている。基本的に雑食で何でも食うから、毒でもなければ葉っぱでも果実でも毟って食うんだ。……そこの植物みたいにな」
そう言って前の木を指し示す。そこには一角だけ果実のなっていない枝が見えた。
「だがあれがオークの仕業だと断定はできまい? 里の者が果実をもいだのかもしれないだろう?」
「ああ。だが決定的な痕跡が残っている」
「決定的……ですか?」
「そう。人やエルフが果実をもいだ筈がない証拠が、その幹に残っているんだ」
「み、幹にって……。いったい何が……。えっ!?」
俺の言葉につられて、幹を確かめに近付いたフィーネは痕跡に気付いたようだ。
「さっきも言ったようにオークは猪型の魔物だ。だが猪よりは遥かに賢い。……奴等は巣に食料を貯蔵することを知っているし、どうやったら楽に次の食料を取れるか考えている」
「その楽に、の正体がこの幹の変色なのですか?」
フィーネに続いて幹を確かめたエレノアが俺に続きを促してくる。俺は彼女の言葉に大きく頷いて説明を続けた。
「そうだ。色の変化なのか、奴等にしか嗅ぎ取れない匂いなのか……。どちらかはわからないが、そうやって奴等は次も食料を楽に見つけるように痕跡を残す。まあ、魔物だけあって植物には有害みたいだからな。何度もそうされると次第に枯れてしまって奴等も飢えていくんだが。その辺は猪型の魔物らしく知性が低いらしい」
そう言って少し笑みを浮かべてみたが、自然を愛するエルフ達にはこのジョークは通じなかったようだ。皆、神妙な面持ちで変色した幹を見つめている。
「これは……。不味いな」
「ええ……。この辺りには里の皆もよく散策に出てきますし」
「も、もしかしたら、オークに見つかって攫われちゃうかもしれません……」
「里の皆……。特に戦えない人にはしばらく自戒してもらわないといけないね」
このエルフ達は自分達の事よりも、むしろ里の仲間達の事を心配しているようだ。そうやって他者を慮る姿勢ができるのには好感が持てるな。だから、と言うわけではないが、一つ気になる事を尋ねてみた。
「ここから里は近いんだろう? 里が見つかってしまう心配はないのか?」
「それは大丈夫だろう。我等の里には『結界魔術』と呼ばれる認識と行動を阻害する結界が張られている。里の人間が案内でもしない限り、近付いてくる事はない筈だ」
「認識の阻害は何となくわかるが……。行動の阻害ってどういう事だ?」
結界内に入れなくするようなものなのだろうか?
俺の生じた疑問にレオンに次いでエリノアが答える。
「端的に言えば、結界に近付く行動をしないように誘導するのです。道が無いように見せたり、毒のある植物が繁っているように見せたり、ですね」
そりゃなんとも凄まじい魔術があったもんだ。
だがシャルウィルが言っていた魔術の痕跡の正体とやらがわかったな。まず間違いなく『結界魔術』の痕跡だったんだろう。
そう考えると、シャルウィルなら『解析魔術』を使いながら歩けば、何も阻害されずに里に近寄れるかもしれないな。
まあ、オークに見つかる可能性がある以上、一人で里に向かわせるなんて事はしないが。
「ジール殿」
「ん?」
説明された『結界魔術』について考えていたら、レオンから声をかけられた。先程同様、かなり深刻そうな顔付きをしている。
「貴殿はオークの生態にかなり詳しいようだ。それならば、この痕跡から奴等の巣を見つけることも出来るのか?」
成程、討伐のことを考えていたのか。見れば四人ともが期待に満ちた視線を俺に向けていた。
四人ともが衝撃的な事があっても、すぐに切り替えられる判断力を持っている事も好ましいな。いきなり試されるなんて出会いをしたが、ここまでの対話で俺はこのエルフ達の事をかなり気に入った。決してオーク達の毒牙にかからないようにしないとな。
「この痕跡一つじゃ難しいだろうが……。条件を整えれば可能だ」
そう告げると、四人はおおっ! と声をあげて詰め寄ってくる。
「い、いったいその条件って……」
「まあ焦るな。さっきの続きだがな、オークは自らの巣に食料を貯蔵する。そしてあまり巣から離れすぎた場所を狩り場にすることもない。遠くてもこの四方をニ時間歩く距離が精々だろう」
「四方を二時間となるとかなり広いではないか……」
「だから条件を整えればと言ったろ。奴等は巣の作りに好みがある。人みたいに家を建てたりしないし、鳥の巣みたいな木で組む物も作らない。……暗くて物を貯めこめるような場所。いわば人気のない洞窟のような所に物を運び入れて巣にしていくんだ」
「人気のない洞窟……」
真面目そうに見えるエレノアは俺の言葉を反芻している。近くに洞窟がないか考えてくれているようだ。
「ここから二時間以内に行けて条件にあうような所はあるか?」
「一つ、心当たりがあるよ」
そう言ったのはガウスだ。
土の匂いが染み付いているこの男は、洞窟に関しても詳しかったらしい。
「ここから東に三十分程の所に、森の切れ目があるんだ。そこは山の麓に近いから、探せば手の入ってない洞窟があってもおかしくないと思う。というかそこ以外に考えられない」
「……なら決まりだな。他にも痕跡がないか気にかけつつ、その森の切れ目の方へ向かってみよう」
俺の言葉に四人のエルフは力強く頷いて返した。
実際の戦闘能力はわからないが、実に頼もしい態度だ。やっぱりこいつら良い奴らなんだろうな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガウスの言う通り、三十分も歩けば森の切れ目へと辿り着いた。山の麓に近いためか、木々による遮蔽物ではなく隆起した大地の壁が目の前に見えている。
ここまでの道中、何本かの木の幹からは先程の痕跡が発見出来ている。あとはこの大地の壁から洞窟が発見出来ればビンゴだろう。
「あ、あった!」
五人で手分けして探していると、不意に吃った声が響いた。近寄ってみると、発見したのはフィーネらしい。先程までの怯えた表情はなく、決意めいたものをその瞳に映している。
「……間違いなさそうだな」
洞窟の入口には、どう見ても人のものではない足跡が一つだけあった。おそらくは何かを強く踏みつけたのだろう。そうでもなければ、こんな不自然に片足分だけ足跡が残るなんてありえない。
「この足跡はオークにしてはどうなんだ? デカいのか?」
足跡を目にしたレオンが尋ねてきた。少し顔が青ざめて見えるが、いざ戦うとなって血の気が引いたのだろうか。
「いや、俺が前に見た足跡もこんなもんだったと思う。いわゆるオークの大きさからは逸脱してない筈だ」
「ならこれから……」
「ああ。……オーク討伐だ」




