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第五話 再会

 翌朝、オーク討伐の準備を終えた俺はシャルウィルと一緒に約束の森へと向かっていた。

 姫さんの話では、もう一人の同行者である新聞記者のリオとは、村の入口で落ち合うように連絡してくれているとの事だった。


「しかしこの領地内にエルフが住んでいたとはなぁ」


 道中、流石に何も話さずに進むなんて事もありえない。

 自然と昨日のエルフの話になったが、そういえばコイツと話をするのも久しぶりな気がするな。


「エルフ、という確証はありませんでしたけど、何か魔力を持つモノが森に居るとは思っていましたよ?」


「そうなのか?」


「ええ。領地内をアレクシア様と見回っていた時に、『解析魔術』で今まで見たことのない反応がありましたから」


 シャルウィルの使う『解析魔術』は、その場に残る魔力の残滓からどんな魔法、あるいは魔術が使われたかを解析するものだ。

 コイツが過去にどれくらいの量の魔法や魔術を解析してきたのかは知らないが、『身体強化魔法』みたいなありきたりなものは反応を見たことがある筈だろう。

 つまりは……。


「まったく未知の魔法、ってことか」


「……いえ、あれは魔術の反応でしたね。相手がエルフなら魔術でもおかしい話でもなかったのでしょうし」


 エルフは魔に長けた一族、か。

 実際、レオンとかいう男は火の魔術を使っていたな。何やら未知の魔術を使えても不思議ではないか。


「で、どんな魔術だったんだ?」


 そう尋ねると、シャルウィルは困った顔をしながら頭を搔いた。


「あたしに見えるのは魔法や魔術を使ったって言う結果だけなので……。それがどんなものだったかは『解析魔術』ではわからないのです」


「そんなに上手い話はない、か……」


 前に古城で見た『解析魔術』は魔法によって様々な変化が現れていた。その変化を一つ一つ解釈するのは、あくまでシャルウィル自身が覚えていかなきゃいけないわけだ。


「あたしの理想に近付けるためにはその点も改良させていく必要がありますね……。要検討事項です」


「そうだな……。頑張れよ」


 魔法による冤罪のない世界。

 言葉にするのは簡単だが実現にはいくつも障害がある。その最たるものは『解析魔術』が使えるのは今のところシャルウィルだけだって事だろう。早いところ魔法に昇華させて、万人が使える様にしてほしいところだが……。どうにも煮詰まってるみたいだからな。オークを討伐して、しっかりとエルフから魔術ってやつを教わって貰わなければなるまい。


 しかしコイツと知り合ってから魔術ってやつが随分身近になった感じがする。本当はそうそう魔術士なんてお目にかかれない筈なんだがな。

 これから会うことになっているリオだって、『魅了魔術』なんてものを扱える魔術師だったが、それまでの人生で魔術なんて使える奴には会った事がなかった。


「珍しく人を励ましていると思ったら、本心はそっちですか」


「ん?」


「鼻の下が伸びていますよ。やっぱり駄犬らしく今の内に矯正してあげましょうか?」


「だ、誰が駄犬だっ! 誰が!!」


 そうだった……。

 コイツはこういう奴だった。


「貴方以外に駄犬が居るなら見てみたいです。あぁ……そうするとあたしの手間が増えてしまいますね。やっぱり貴方だけでお願いします」


「だ、か、ら! 俺は鼻の下なんか伸ばしてねぇっ!!」


「本当でしょうか……。と、どうやら噂の女性が見えてきたようですよ」


 俺の弁明を訝しげに一瞥すると、シャルウィルは視線を前へと送った。つられてその先を追えば、まさに今しがた話していた彼女が立っていた。


「ハァーイ、元気してるー?」


 俺等の姿に気が付いた彼女は小走りに寄ってきた。風に揺られて、いつか嗅いだ甘い林檎の様な香りが飛んでくる。


「お久しぶりです。リオさんは相変わらずお元気そうで」


「まあねー。シャルちゃんは少し顔色に赤みがさしたかしら? 前より元気そうで良かったわ」


 前、というのは古城の事件の時を指しているのだろうが、それを言うならあの時が異常だったのだと思う。何しろ死体の検分なんて滅多にしない事をしていたのだ。領地に来てからは、むしろ今の顔色が普通だ。

 そういえばこの二人、というかシャルウィルはリオを毛嫌いしていたな。姫さんを馬鹿にされたと思って憤慨していたっけ。その後にリオが姫さんの治療に一役買っていたから、わだかまりも解けているのだろうか。いや、もしまだ吹っ切れてなくて、オーク討伐に加えてこの二人の間を取り持つなんて事も加わったら流石にしんどいぞ。

 そんな事を考えていると、今度は俺の方へと声がかかった。


「ジールも相変わらずそうね。また考え事してると、皺が寄ってすぐおじいちゃんになっちゃうわよ?」


「余計なお世話だ」


「あら? せっかくお手伝いに来てあげたのに、その言い方はないんじゃないかしら? これでもアタシ、一応王都新聞社のエース記者で忙しい身なのよ?」


 リオの言う事も事実ではある。『魅了魔術』なんてものを扱うために軽薄な印象を受けるが、彼女は信じられない事に敏腕記者として多くの記事を書いている一人なのだ。

 こんな事で気分を損ねられても困るし、俺は頭を抑えながら素直に謝罪をする事にした。


「いや、すまない。……今回は忙しい中、協力に感謝する」


「わかればいいのよ」


 彼女はそう言って胸を張ると、すぐに踵を返して進み始めた。


「アレクシア様からお話は聞いてるわ。アタシの役割はエルフの皆さんの事情を伺う事と、シャルちゃんと一緒に魔術のお勉強ね」


「ん? リオも一緒に勉強するのか?」


「まあね。別にアタシは『魅了魔術』を魔法に昇華させようと思ったりはしてないんだけど、魔術的な感覚ってやっぱり人それぞれだろうし。色々な意見があった方が良いかなって思ったのよ」


「あー……。エルフの感覚とシャルウィルの感覚は違うかもしれないし、橋渡しが出来るかもしれないって事か」


「そういう事」


 言われてみれば成程、確かにだな。

 リオは結構感覚的な閃きが鋭い方だったし、こういう事にも適しているのかもしれない。


 おや、そういえば渦中のシャルウィルが随分静かだな?

 そう思ってシャルウィルを見れば、何やらワナワナと震えている。何かよくないものでも食べたのだろうか?


「……リオさん」


「あら、どうしたのかしら?」


「いい加減、ちゃん呼びは辞めていただけますか?」


「いいじゃない、別に。アタシから見たらシャルちゃんはまだまだカワイイ少女よ」


「むぐ……」


 あぁ、ちゃん呼びがお気に召さなかったのね。そういや前にもそんな事があったな。今回の場合は同じ同性から、しかも可愛いなんて言われてしまっているもんだから強く反論できないようだが、どうにかあのジトっとした目で睨みつけるぐらいの反抗はしているようだ。

 しかしこのやり取りを見る限り、シャルウィルも表面上は仲良くやろうとしているみたいだな。一つ懸念が減って何よりだ。


「そういう視線もカワイイのよね」


「…………っっ!!!! ジール! やっぱり貴方、矯正します!!」


「うぇっ!? な、何でだっ!?」


「う、うるさいですっ!! 黙って言う事聞きなさいっ!!」


 大方照れ隠しだろうが、いつも姫さんの世話周りを担当しているんだ。たまにはこうして年相応にからかってやってもいいだろう。

 そう思って、俺はシャルウィルの八つ当たりを甘んじるのだった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 そうしてしばらく歩いていくと、やがて約束していた森の入口が見えてきた。シャルウィルも流石にもう落ち着きを取り戻して、罵声を浴びせる事なく静かになっている。


「あ、そういえばリオに一つ聞いておきたいんだが」


「あら、何かしら?」


 森を前にして前から気になっていた事を尋ねる事にする。これは大事なことだからだ。


「その甘い匂いは香水か?」


「……貴方、本当に駄犬だったんですか?」


 俺の質問にシャルウィルがドン引きしている。いつものジト目でなく、若干後退りしているあたりが本気でヤバいと思われていそうだ。


「違うっつーに。……今回の相手はオークだ。猪型の魔物で鼻が利くからな。その匂いじゃ森に入った途端に居場所がバレる」


「あぁ、そういう事。アタシ、遂に何もしてないのに『魅了魔術』をかけられるようになっちゃったかと思ったわよ」


 コイツ等はどうあっても俺を変態さんにしたいらしい。ちょっと頭にきた。


「別にオークに襲われても良いならそのままにしとくんだな。あぁ、そうそう。オークはたしか若い女を攫う趣味があるんだったか」


 そう告げてやるとリオの顔から血の気が引いていった。どういう意味か理解したのだろう。


「ちょ、ちょっと! ちゃんと護ってくれるんでしょうね!?」


「そりゃ努力はするけどよ。そっちも協力してくれないと護れるもんも護れないぜ?」


「もう! 別に隠してる訳じゃないんだから! 香水よっ! アタシ特製の調合品!!」


 香水か。っていうか特製の調合品って自分で作ってるのも凄いな。


「……ならそこの茂みで転がりまわれば匂いも消えるか?」


「……アンタ、冗談よね?」


「オークにアピールしたいならそのままにしとけばいいんじゃないか?」


 そう意地悪く言うと、リオは悔しそうに茂みへと近付いていった。今にも転がりそうな彼女を止めたのはシャルウィルだ。


「あの、『消臭魔法』を使っては?」


「そ、そうよ! 何も転げ回らなくたって『消臭魔法』で済むじゃない。あー、慌てて損した」


 そういえばそんな魔法もあったな。たしか完全な無臭状態にする魔法だったか。俺がオークを退治した時は、身体に森の匂いを付けるために色々やったから、すっかり忘れていた。


「世界に(あまね)し火水風土の精霊よ! アタシの魔力に力を貸して! 『消臭魔法』」


 そう考えている内に、リオはさっさと『消臭魔法』を使っている。先程までの甘い香りはすっかり消えてしまっていた。


「これで大丈夫でしょう?」


「……厳密には無臭なのも変なんだがな。まあ森に入る前から匂いが消えているし大丈夫だろう」


「ホントに、大丈夫よね?」


「ああ、何も無いようにしっかり護ってやる。……ちなみに、その香水の瓶は今も持ってるか?」


「あるけど……」


「ならそれは俺が持っておくか。『消臭魔法』で人間にはわからないが、オークには瓶の元の匂いが嗅ぎ取れるかもしれないしな」


「そういう事なら……。でも変な事に使わないでちゃんと後で返してよ?」


「当たり前だ。お前ら、俺を何だと思っているんだ……」


「頼むわよ、本当に……」


 そう言ってリオは俺に香水の瓶をハンカチに包んで渡した。万が一、なんて事があってはいけないからな。荷物袋に大事にしまってリオを見返すと、既にシャルウィルにも『消臭魔法』を使っている。

 俺には……。まあ、必要ないか。男だし。

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