第四話 下命
「さて、もう十七時か……。シャルウィル、今日の執務はこれで終わりだったな?」
「はい。急な来客で少し時間が押しましたが、本日の予定は全て終了しています」
「なら少し早いが夕食の準備としよう。明日はエルフの住む森に向かってもらうからな、支度も済ませておくといい」
「かしこまりました」
シェルドさん達が帰ってから、俺の事はそっちのけで姫さんとシャルウィルの会話が始まっていく。
全く話を振ってくれないあたり、姫さんは怒ってるのかもしれないなぁ……。
「それと、執務がなければ今日は鎧ももういいだろう。外すのを手伝ってくれるか?」
「ア、アレクシア様。それは……」
姫さんの突然の提案にシャルウィルがわかりやすく狼狽える。それも当然だろう。姫さんは極度のあがり症で、鎧に備えられた『不乱』の魔晶がなければまともに他人と話せない。
まだ俺が残っているのに鎧を脱ぐという事は、魔晶抜きで俺と対話するという事になる。あるいは、完全にキレていてこのまま明日までここに座させておくって事かもしれないが……。姫さんが怒ってたらそれも有り得そうなのが怖い。どうか前者であることを願うばかりだ。
「大丈夫だ。どうも鎧を着たままだと肩がこってしょうがないからな。そろそろ楽になりたいのだよ」
そう言って肩を回す姫さんを見て、シャルウィルは渋々と鎧の胴部分を外すのを手伝い始めた。もう慣れたものなのだろう。テキパキと部分毎に外され、姫さんは鎧の内に着ていたシャツ姿へと変わる。
「ありがとう、シャルウィル。助かったわ」
「……いえ、アレクシア様の御心のままに」
シャルウィルはそう言い残すと、部分毎にまとめられた鎧を持ち部屋を後にした。たぶん、姫さんの部屋にでも持っていったんだろう。
しかし姫さんの普段着姿というのは新鮮だ。鎧を纏っていると凛々しさで溢れているが、普通の服を着ている姿は姫さんの線の細さもあって儚さを感じる。
なんか、こう、守りたいって思わされて胸にクルな。
「さて、お待たせしましたね」
「い、いえ」
勿論、俺のそんな気持ちは表には出さない。姫さんはあくまで主で、俺の雇用主だ。邪な感情は持つべきじゃない。
だから、次の姫さんの言葉にはドキリとした。
「……何とも思わないのですか?」
「え?」
「だから、この姿を見て何も感じないのですか?」
あ、あれ?
なんか怒ってる?
この姿って言われても正直可愛いとかそんな褒め言葉しかでてこないのだが、おそらく姫さんの求めているものは違うと思う。何が正解なんだ……。
姫さんの後ろから射す夕陽が、白いシャツを朱く染めていく。それとは別に姫さんの『身体強化魔法』の紅い魔力がこめられていく様な気がして、必死で変化点を探して、ようやく気付く。
今、普通に話していなかったか?
「アレクシア様……。もしかして……」
「もう、遅すぎますっ」
そう。鎧を脱いだ姫さんは俺と普通に会話している。どもったり、噛んだりもしていない。
「克服なさったのですか!?」
「とても身近な人だけですけれどね。ほら、私も貴族になったので、パーティーなんかに出るかもしれないでしょう? その時に鎧を着ている訳にもいかないですから、練習したのです」
そうあっけらかんと話す姫さんだが、その裏には相当な努力があっただろう。いや、今も頑張っている最中かもしれない。よく見れば、足が震えている。
「お見事です、アレクシア様」
そう思った俺は、素直に彼女の努力を讃える事にした。といっても、これで言葉使いがあっているのかわからないが。
「ありがとう。……でも、この姿を見せたくて貴方を残したのではないのですよ?」
彼女ははにかんで笑うと、俺をこの場に残した意味について語り始めた。
「あのレオンという方が貴方に飛びかかってきたのはもううかがいましたし、その時に取り押さえられなかった事も罰するつもりはありません。というのも、貴方……。エルフについてあまり詳しくないのでしょう?」
「え、えぇ。……でも、どうしてそれを?」
「エルフは魔に長けた一族ですから、何の用意もなしに取り押さえても、魔術を使われれば逃げられてしまうでしょ」
まるで見ていたかのように言い当てられてしまった。しかし他人にも使える魔術を操る相手を制圧するとしたら、その魔術をどうやって封じればいいんだろうか。
「……ジールは意外と顔に出ますね」
「え?」
「どうやって魔術士を取り押さえようって顔をしていますよ」
正直、他人にそんな事を言われたのは初めてだった。
顔に出やすい?
俺が?
「フフッ……。今度は戸惑っています」
まいったな。どうにも姫さんには感情が読まれてしまっている。やれ仏頂面だとか言われていたのだが。
ん?
もしや、さっきの邪な感情も読まれていたのでは……。
「今度は何か心配事ですか?」
「……まいりました。アレクシア様にこれだけ詰められては、今後もし任務に失敗しても言い訳出来ないな、と考えていました」
「まあ! それなら明日も失敗しないようにしてもらわないといけませんね」
そう言って姫さんはゴソゴソと机の引き出しから何かを探り始めた。どうにか話を違う方向に逸らせたようだ。
いや、助かった。我ながら上手い言い訳だった。まさか邪な感情そのままを伝えるわけにもいくまい。
「魔術を扱う人間を取り押さえる時にはこういった物を使います」
ゴトリ、と音を立てて姫さんの手から机に置かれたそれは腕輪のようだった。凝った意匠はないが、一つだけ宝石の様な物があしらわれている。
「これは……。魔晶ですか?」
そう尋ねた俺に、姫さんはゆっくりと首を振って答える。
「よく似ていますが、これ自体に魔法はこめられていません。むしろ魔法や魔術に必要な魔力を吸い取る物ですね」
「魔力を吸い取る……」
「ええ。『破魔の腕輪』といって、魔術が使えない様にする事ができます。刑務所の囚人などに使われていますが……。初めて見ましたか?」
そう言うと姫さんは腕輪を俺に手渡した。まじまじと観察してみるが、今までに取り扱った記憶はない。
「王立騎士団では魔術士と会う機会はなかったのですか?」
「ええ……。そういうのは第一か第二部隊の役目で……。第三は獣害対策とか街の苦情処理がほとんどでしたから」
もっともそんなに長く王立騎士団に居たわけでもないし、実は違う班が取り扱っていたのかもしれないが。
「では、それはジールにお渡ししておきます」
「え?」
「だって今回みたいな事が起きたら、また逃げられてしまいますよ? そうしたら、私にどんな風に言われるか……」
そう言う姫さんの顔には意地の悪い笑みが浮かんでいる。この人、こんな顔もするんだな。そう思うのと同時に、魔術士に対する策を与えてくれた事に感謝する。
「あ、でも腕輪を付けただけでは身体の自由は奪えませんから、その後はしっかり拘束するんですよ?」
「承知致しました。……しかし、オーク討伐にこれは必要になりますかね?」
ありがたく破魔の腕輪を受け取って、懐にしまいつつそんな疑問を口にする。というのも、オークはほとんど魔術や魔法といった行動はとってこないからだ。
「ただのオーク討伐なら不要でしょうけど……。エルフの皆様が何を考えているのかがよくわからないのです」
「彼らが何か?」
どういう事だろうか。少なくとも俺には、あのシェルドという老エルフの言葉は腑に落ちた。自然を壊したくないから強力な魔術が使えないとかいうやつだ。
「私にも何か確証があるわけではないのですが……。ただ言い方を変えれば今回ジールは襲われた形になるわけですし、用心にこした事は無いと思うのです」
そうか。腕試しと言えば聞こえはいいが、問答無用で飛びかかってきたのは襲われたと言っても過言ではないよな。
そう考えると、今回の任務にはエルフの動向にも気を払わなければいけないな。
「それと、私は今回同行出来ません」
「それは……。そうでしょうねぇ……」
姫さんが着任して蛮族との諍いがなくなったとはいえ、直近まで戦いがあったのも事実だ。姫さんが居ない隙を狙って攻めてくるなんて事もあり得るだろう。
「一応、私の方から魔術の扱いに慣れた人に同行をお願いしておきますから、向こうで何かあれば彼女にも頼ってください」
「……その人、俺も知っている人ですか?」
何となく、その彼女という呼び方に引っかかるものを感じて尋ねてみる。
「ええ、リオさんですよ。彼女なら王都新聞の記者ですし、情報収集も上手にやってくれそうでしょう?」
まさかあの『魅了魔術』の使い手とこんな形で再開する事になるとは思わなかった。
いや、別に彼女と何かあったわけでもないのだ。
俺自身が彼女の『魅了魔術』に注意すれば良いだけで。
それに姫さんの言っている事もその通りだと思う。魔術にも長けて、情報収集も出来るだろう彼女は、今回みたいな魔術が関わる内容でしかも裏に何かありそうな時には適任だろう。
「承知致しました。リオにはエルフの動向を探ってもらいながら、オーク討伐を果たして参りましょう」
「ええ。よろしくお願いしますね。……では、夕食としましょう」
オーク討伐にエルフの思惑探りか……。
思ったより大仕事になりそうだな……。




