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エピローグ

 あの事件から一ヶ月後、俺は王都の喫茶店で待ち合わせをしていた。わかりやすくするために、と手紙と一緒に送られてきた、わざわざ事件のあった翌日の古い新聞を手に持って。


「しかし、新作魔法の内容がこんなもんだとはねぇ……」


 少しばかり早く着きすぎたようで、相手はまだ来ていないようだ。手持ち無沙汰に新聞を読んでいたが、事件のことは何処にも書かれていなかった。

 代わりに、あの日発表された新作魔法の内容が書かれていたが……。心底どうでもいい。


 何だ、その『照明変調魔法』って。元々あった『照明魔法』を使った亜種のようだが、使い勝手がわからん。照明の強さは前から調整出来ていたが……。今回は照明の色が変える事が出来るようになったって、何の意味があるんだ?


「お待たせ! ってどうしたの、難しい顔して」


 呼び出された声に新聞から顔をあげると、赤髪の女性に開口一番そんな事を言われた。声の主はもちろん、この記事を書いたリオだ。


「いや、別に深い意味はない。それより、今日はどうしたんだ? 手紙には近況報告をしたい、と書いてあったが……」


 そう言って、待ち合わせの場所と時刻が書かれていた手紙をヒラヒラと振る。リオはその手紙を手に取ると、向かいの席についた。


「そのままの意味よ。新聞の通り、エリス夫人の事件は世に出てこなかった。……いえ、出せなかったの方が正確かしら。何せ王さまから直接情報統制がかかったのだもの」


「まあ、なあ……」


 リオの言う通り、あの告発の後に王から呼び出された俺達は、今回の事件を公表しない事を約束させられた。

 王は別に貴族が起こした事件を隠蔽したい訳ではなく、『解析魔術』を使って解決した事件である事をまだ広めて欲しくないそうだ。

 まだまだ魔法や魔術を巧妙に使って、事件の実態をすり替えているような犯罪は多いらしい。それに対する抑止力として、『解析魔術』の力を大いに期待している、とまで言われてしまった。


 それだけなら素直に称賛を受けたと喜べたのだが、きっちりと魔法として万人が使えるようになるまでは、『解析魔術』の存在を一部の人間だけのものとして、今後も使用の際には十分に注意して欲しい、と続けられた。


 もし今すぐに発表してしまうと、貴族の指示を受けて事件を起こす連中――いわゆる裏の組織みたいなものから、『解析魔術』が邪魔に思われて使用者の命を狙われかねない、と言われてしまえば、俺達は何の反論も出来なかった。


「普通に解決した事件として報道しようにも、必ず事件の詳細を聞く人間は出てくるからね。話しているうちに細かいアラが出て、勘づく人も現れるでしょうし。……結局、『解析魔術』を知られないようにするためには、こうして事件の全容を隠すしかなかったのかしら」


「……どうだろうな。まあ、スクープを逃したリオには悪いが、姫さんも納得した上での判断だし、エリス夫人にもしっかり罰を与えるって話だったから、俺としては文句は言わねえよ」


「そう言われるとアタシが一番損してるのよね……。あ、珈琲でお願いします。冷たいの。そう、砂糖もミルクもなしで」


 席についたリオにウェイトレスが注文を取りに来たため、話が途切れた。


 まあ今の話で言えば、万人が使える魔法になれば公表出来るのだからそれまではもう少し我慢しろ、と王の言わんとする事は理解できる。

 問題は本当に魔法まで昇華出来るのか、だが……。そればかりはシャルウィルに頑張ってもらう他ないな。


「ええと、何だっけ……。そう、エリス夫人の事よ。貴方たちすぐに領地に帰っちゃったから、その後の事をよく知らないでしょう?」


「そう言えばそうだな。何か知ってるのか?」


「と言っても、事件の事はほとんど貴方の推理通りだったからね。アタシが知ってるのはその後の様子ぐらい」


 ふむ。

 たしかに、どんな罰が与えられたかは知らないし、気になるところではある。


「どんな感じなんだ?」


「刑務所で禁固されてるみたいだけど、聞かれたことには何でも素直に答えてるみたい。最後に言った通り、目的が達成したからもう悔いはないんですって。捕まらなければそれに越した事はなかったけど、捕まってしまったのならしょうがない、って罪を認めてるようね。反抗的な態度もないし、模範囚として刑期を勤めてるらしいわ。もしかしたら、仮出所なんて事もあるかもね」


 ふーん。

 あの最後の感じ通り、ある種の諦観があったのかね。


「……ねえ、何で密室を作るのに、あの革の鞄にしていた紐を使ったのか、わかる?」


 リオは運ばれてきた珈琲をカチャカチャと混ぜながら、そんな事を言い出した。


「まだ謎解きさせるのか?」


「だって、アタシそこは納得出来なかったんだもの。もっと使いやすいロープとかあったと思うのよね」


 そこはたしかにリオの言う通りだな。

 仕方ない、少し付き合ってやるか。


「……何でロープを使わなかったんだと思う?」


「えぇ? 逆にアタシに聞くの? うーん、そうね。何処にあるかわからなかった、とか?」


「まあ当たらずも遠からず……か?」


「え、嘘……。アタシって天才?」


 少し鼻が高くなっているリオに、正確ではないぞ、と釘を刺してから続ける。


「たぶん、ダンカン班長は夫人に言われた通りに事件を起こした筈だ。だけど最後に自分が殺されると思ってる筈ないよな。ケイト副班長に残された文章もこれで終わりだと読めるものだったし」


「そうでしょうね」


「エリス夫人と違い、ダンカン班長は万が一にでも自分が犯人だと疑われたくなかった。普通はそうだろう。だから、騎士団で使用している、あるいは自宅から持ってきたロープやらで密室を作ると言われたら、心理的に抵抗すると思うんだよな」


 エリス夫人はこれで終わっても良いと考えていたが、強欲と言われるぐらいのダンカン班長なら、絶対に捕まらないようにしたかった筈だ。


「だから、ダンカン班長に持ち物でない夫人の革紐を使ったのさ。使った後は鞄にでもするから絶対にバレないとでも言えば、ダンカン班長も納得しやすいだろう」


「なるほどねぇ……。でもよく気付いたわね?」


「ダンカン班長の死に方が不審すぎたからな。エリス夫人が犯人かもってのは、最初から考えていた。じゃなきゃ、革の鞄を使うなんて発想には至れなかっただろうな」


「へぇ……。貴方、やっぱり魅力的だわ。今度はご飯でも一緒にどう?」


 そういうとリオはわざわざ屈んで上目遣いに誘ってきた。

 距離が近くなった事で前にも嗅いだ、甘い林檎の匂いが漂ってくる。


「……よせ。お前の場合『魅了魔術』なのか本気なのか、わからん」


 どうにか抑えられたのは、一度魅了されかかっていたからだろう。

 これが初見だったら危なかった。


「フフ、残念……。でもその新しい鎧、よく似合ってるわよ? これは御世辞抜きの本音」


「お、そうか? ハンナ嬢の所で買ったんだけどな。流石はマクミルトン商会だな。しっかり作られているけど、無骨に過ぎない。紋様のお陰かな?」


 そう。姫さんの騎士となる事を許された俺は、ハンナ嬢との約束通り彼女の商会で鎧を仕入れた。

 前のボロ鎧からは比べ物にならない、金属製の白く輝く鎧だ。


「ハンナさんの所で……。何もなかったの?」


「ん? ああ。エリス夫人が罪を認めていたからな。俺を恨んでも仕方ないとさ。……もしエリス夫人が犯した罪を償って、また会うことが出来たなら、変わらずに友人として接するって言ってたぞ」


「そう……。友人には恵まれたのね」


 そう言うと、リオは珈琲をぐいっと飲み干した。


「さて、アタシはもう行くわ。次の取材が待ってるもの」


「忙しい奴だな。まあ新聞記者らしいが」


「当然。王都のスクープはアタシのものよ!」


 席を立つと、リオは上着を羽織った。

 何となく、まだ長い付き合いになりそうな気がする。

 そんな気がして、一つ声をかける事にした。


「なあ。騎士に就任した祝いってわけじゃないんだが、今度姫さんたちに食事を作る事になってるんだ。……お前も来るか?」


「え?」


「いや、どうせ取材とかで姫さんたちに会うこともあるんだろ? 顔合わせみたいなもんだ」


「……そうね。なら、お呼ばれしようかしら」


 リオは少し考えた後、微笑みながらゆっくりと返事した。


「おう。呼ばれろ、呼ばれろ」


「じゃあ、楽しみにしてるわ。美味しい料理、期待しているわよ!」


 そう言うと、彼女は今度こそ喫茶店を後にした。


 さて、俺もそろそろ戻るか。


 姫さんやシャルウィルと目指す理想はまだ遠い。だが、見えない果てにあるものでもない。今回の事件で、それはわかったからな。

 一つずつ、理想へ進んでいくとしよう。


 とりあえず、帰りがけに今度の食事会で使う猪でも狩っていくとするかっ!

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