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第十八話 真相

「犯人は……。アンタだ!」


 俺が指を突きつけた人物――エリス夫人は一度大きく肩を震わせると、その両手で顔を覆ってシクシクと泣き崩れてしまった。


「ち、ちょっと!! エリスは夫を殺されてるのよ!? そんな……犯人な訳ないじゃない!!」


 そう食って掛かってきたのは、ハンナ嬢だ。

 二人は仲の良い友人で、俺が詰問した時も一緒にいた。その時にも、同じように激昂されて泡を食ったのだ。

 だから、こうなる事も予想できていた。


「……そうだな。普通に考えれば、ありえない事だ。だが残された証拠の一つ一つが、彼女が犯人だと教えてくれる」


「証拠……?」


 どんな反応がかえってくるのかわかっていれば、その対応もしやすいってものだな。

 息巻くハンナを宥めすかし、あくまで落ち着いた口調で理由を答えてやると、ハンナも戸惑ったように勢いを収めた。


「ああ。まずは皆も気になっているだろう『ケイト副班長の密室』から話をしようか」


 そう言って、俺は手元から死体と共にあった一つの証拠品を取り出した。

 それを見たハンナの顔が青ざめていくのがわかる。昨日の惨状を思い出したのだろう。


「それ、死体と一緒にあった……」


「そう。『異端者のフォーク』だ。昨晩の内に、もう一度現場へ行って拝借させてもらった。綺麗なものだろう? 『清潔魔法』も使ってもらったから、血の跡も残っていない」


 クルクルと『異端者のフォーク』を回せば、まるで新品同様に汚れのないことがわかる。流石に魔法と言うだけあって、その能力は凄まじいな。


「見ての通り、この道具はとても歪な形をしている。両端に、フォークと言われるだけあって鋭利な突起物が、中心には穴の空いた円が作られている。本来は、この中心の円の部分にベルトを通して、首に巻いて使うらしいな」


「そりゃそういう拷問に使われる道具だもの。ま、まさかエリスにそれを着けようって言うんじゃ……」


 ハンナの言葉に周囲がざわつく。

 そんな酷い事を、なんて声も聞こえてくるが、俺は落ち着いて首を振って答えた。


「まさか。そんな野蛮な事はしない。密室を解く話をすると言っただろう? これはその為に必要な道具なんだ」


「それが密室を解く為の道具……?」


「ああ、そうだ。今から説明しよう。シャルウィル、すまないがこっちに来てくれ」


「は? あたしが、ですか?」


 シャルウィルにはまだ何も説明していなかったため少し戸惑っていたが、ゆっくりと俺の近くに寄ってきてくれた。


「ああ、悪いな。……さて、ここに居るシャルウィルをケイト副班長に見立てて説明しよう。彼女は鍵のかかった自室で殺されていた。その手元には鍵が落ちていて、部屋の入り口から見るとこんな風に身体で隠れていた筈だ」


 そう言って、シャルウィルの身体を盾にするように鍵を準備した。

 俺達を見ている皆からは、この鍵は見えないようになっている筈だ。


「部屋には鉄格子があったが……。身体に隠れる位置に、鍵を投げ入れる事は出来なかった。だから、密室だと思われていたんだが……」


 そう言いながら、俺は『異端者のフォーク』をシャルウィルの手に持たせる。そして、皆からは身体の側面が見えるようにして立たせてやった。


「手に刺さっていたこの『異端者のフォーク』だけは、こうやって扉からも見えていた筈だ」


「確かに、そんな風に死体は横たわっていたな。扉を抉じ開けた瞬間に目に入ってきたから、よく覚えてるぜ。だけど、それがなんだってんだ?」


 扉を開けたらしいイヴァン班長が、俺の記憶を後押ししてくれた。まだ密室の謎には辿り着いていないようだが……。こうすればすぐにわかるだろう。


「見ての通り、『異端者のフォーク』の中心の部分は身体で隠れていないだろ? ここに紐を通して、輪を作ってやれば……。扉の鉄格子から鍵を通して滑らせる事が出来る筈だ。後は輪にした紐の片側を引っ張ってやれば、鍵は『異端者のフォーク』に引っ掛かって止まり、紐だけが回収できる」


 俺の言葉に全員が静まりかえる。

 そう。何て事はない、単純な事だったのだ。

 ただ鍵に紐を通して滑らせるだけ。子供でも出来る細工に、全員が気付けなかった。それは、ケイト副班長の異様な死に方も影響していたのだろう。誰だって、あんな殺され方をしていれば、まずはその異常性に目が行くだろうから。


「……貴様の言い分はわかった。だが、それは密室が解けたと言っても、エリス夫人が犯人である証明にはならんだろう?」


 やがて口を開いたフィンレーの言葉はもっともなものだ。これだけでは、エリス夫人が犯人だとは言えない。


「ああ。これだけなら、ただ密室が誰にでも作れるものだった、っていう話だ。これだけなら、な。当然、エリス夫人だと断定できる証拠も用意している。だが、先に『消えた凶器の行方』の話を聞いて欲しい。その方が、証拠の信憑性も増すからな」


「……まあ構わんだろう。今のところ、エリス夫人が犯人だと断定する以外には、おかしな事は言っていないからな」


「助かる。それじゃあ『消えた凶器』だが、シャルウィル。昨日のアレを持ってきてくれるか?」


「わかりました」


 そう言い残し、シャルウィルは昨晩の内に回収した証拠品を自室へと取りに戻っていった。

 その間に、俺の方も仕込みをしておかないとな。


「さて、皆には一つ見ておいてもらいたいものがある。リオ、アンタは『回復魔法』が使えたよな? 『清潔魔法』も使えるか?」


「え、ええ。使えるわよ。それが何か関係あるの?」


「そりゃ良かった。いや、今からちょっと血が出るからな。その二つの魔法で、処理を頼みたい」


 そう伝えると、俺は手にした短刀で指先をゆっくりと刺した。

 ぷっくりと赤い染みが滲み出てくる。

 この程度で良いだろう。


「ちょ、ちょっと何やってるのよ!!」


 その様子を見ていたリオが慌てて駆けてくる。指先に『回復魔法』の淡い光が触れると、みるみる内に傷は塞がっていった。


「貴方、馬鹿じゃないの!? 何だってこんな事するのよ!!」


「い、いや、これからの話に大切な事なんだが……。突然始めたのは確かに悪かった。すまない」


「だからって……。もう!!」


 尚も目を吊り上げるリオに陳謝し、短刀をつたって落ちた血痕を指差す。


「皆も知っての通り『回復魔法』は人体の傷を癒す事の出来る魔法だ。だが既に身体から流れ出た血液は、そのままこうして残っている。それをきれいに消し去ってくれるのが『清潔魔法』だな。リオ、頼む」


「あーもう! 何なのよっ!!」


 苛立ちながらもリオは、血の滴る短刀と床に『清潔魔法』を使ってくれた。シュワシュワと音を立てて短刀と床の血痕が消えていく。

 これで仕込みは完了だが……。払った代償は大きかったかもしれない。

 だってリオが凄い目で俺を睨んでいるもの。後で何を要求されるやら。


「戻りました」


「おう、悪かった、な……」


 続く言葉が出なかったのは、別にシャルウィルが証拠品を持っていなかったからじゃない。

 そこに、居るはずの無い人物が現れたからだ。


「……傷はもう良いのか、レイヤード卿」


 固まった俺に代わり声をかけたのはフィンレーだ。


 だが、姫さんからの返答はない。


 当然だ。

 今の姫さんは、あの鎧を着ていない。会話どころか、人前に立つ事でさえ緊張しているのではないだろうか。


 なのに、姫さんは一つ頷くと俺に視線を向け、ほんの僅かに微笑んだ。


「……傷の具合は悪くないのですが、病み上がりの身体に違いはありません。ユルゲン医師の言う通り、安静になさるようお伝えしたのですが……。従者の晴れ舞台に参じない訳にはいかない、と。御無理を承知で参られました。この場は黙って見ているから、きっちりと証明せよ、とのお申し付けです」


 微笑んだまま返事をしない姫さんに代わって、シャルウィルが淡々と告げる。


 しかし、そうか。


 シャルウィルの理想もかかった場だものな。いくらあがり症だと言っても、その目に入れない訳にもいかないだろう。


「よし、なら姫さんも見ててくれ。これから『消えた凶器』と『異端審問官の正体』を明らかにする」


 なんにせよ、姫さんがこの場に来てくれた事で、俺の心にはさらに火が点いた。

 シャルウィルの半分、いや更にその半分でも良いから、俺の事も見ててくれよっ!


「さて……。凶器の話をする上で、皆に説明しておかないといけない事がある」


「それはさっきアタシをこき使った事と関係あるのかしら?」


 あー、やっぱりまだ怒ってる。

 だがこの話を聞けば納得する筈だ。


「勿論。さっきのはその為に必要な準備だったからな。……話っていうのはそこのシャルウィルの使う、とある魔術に関しての事だ。まあ、本人に直接説明してもらった方がわかりやすいだろう。シャルウィル、頼めるか?」


 俺の言葉に周囲がどよめいている。魔術が使える人間はそう多くないし、まして事件の解明に関わる魔術なんて聞けば、それも頷ける反応だ。

 当の本人はと言えば、特に普段と変わらない涼しい顔をしている。大丈夫そうだな。


「ええ。あたしは『解析魔術』を使います。その場に使われた魔法や魔術の種類、使った人数等を解析する事が出来ます。当然ですが、あたし以外の人間に見せるようにする事も可能です。魔法や魔術を使ったかどうかは、半日程度前まではまず確実にわかるでしょう」


 その言葉に、皆は驚きが隠せないようだった。その中でも、一際大きな反応を見せた人間がエリス夫人だ。先程まで、俺の推理を聞いていてもさめざめとすすり泣く素振りを見せていたが、シャルウィルの魔術を聞かせられた途端、大きく肩を震わせたまま固まっていた。


「そっか! それでアタシに魔法をつかわせたのね!?」


 意図に気付いたらしいリオが声を張り上げた。やっぱり、ちゃんと説明すれば納得してくれたな。


「ああ。百聞は一見にしかず、って言うしな。実際にどんな風に見えるのか、試してもらおうと思ってな」


 そう答えて、シャルウィルへと短刀を差し出す。それだけで彼女は理解したのだろう。目を大きく開くと、次第に短刀の刀身の色が変わっていくのがわかった。


「おぉ……!」


 感嘆の声は誰のものだったか。

 本来鋼色をしていた刀身は、シャルウィルの魔術によって鈍い朱色に輝いていた。


「と、まあ、こんな風に魔法を使った魔法がわかるわけです。今回は『清潔魔法』を使いましたね。それにジール。貴方の指先には『回復魔法』の痕跡が残っています。大方、その短刀で指先でも切ったんでしょう?」


「……当たってる」


「見てた訳でもないのに、凄い……」


 ハンナ嬢と班長の奥さんがボソリと呟くのが聞こえた。他の面々も、反応を見る限りは『解析魔術』の存在は信じてくれたようだ。


「……今見た通り、使われた魔法がわかればある程度の事が推測できる。……例えば『消えた凶器』に『清潔魔法』を使って、すぐそこにあるのに犯行には使われていないように見せかけた、なんて事とかな」


「……それは、レイヤード卿が持っている剣が凶器だと言いたいのか?」


 その言葉に、皆の視線が一斉に姫さんの持つ剣へと集まった。それを受けて、姫さんはゆっくりとシャルウィルへと剣を抜き放った。


「その通りだ。ただ、あの剣は姫さんが元々持っていた物じゃない。殺されたダンカン班長の部屋で、死体の傍らに置かれていた物だ」


「ダンカンの物だって!?」


「ああ。……シャルウィル、頼む」


 俺の言葉に、シャルウィルがゆっくりと掌を剣へとかざすと、先程と同じように少しずつ刀身が鈍い朱色の光を灯し始めた。


「ああぁあ……」


 漏れ出た声はハンナ嬢か。

 先程の感嘆と違い、どこか悲哀がかったその声は、これが何を意味するのかわかっているのだろう。


「……同じ騎士団の人間ならわかっていると思うが、この古城へと辿り着いたのは昨日だ。その道中、何かに襲われたり、討伐したり……。そういった剣を使うような事はなかった。つまり、この剣に『清潔魔法』が使われている事こそが、凶器である証左だ!」


「ふ、む……」


 俺の断言に対し、小さく唸ると顎に手をあてて何やら考えている。何かアラがないか探しているのだろう。


「待てよ! さっきから勝手に話を進めやがって!! しかもよりにもよってダンカン班長の剣が凶器だって!? ありえないよ、ありえない!!」


 急に降って沸いた声はクインだ。こいつは本当にしゃしゃり出てくるな。


「そもそも、その剣に『清潔魔法』が使われているから何だって言うんだい!? 今日は新作魔法の披露会だ。古くなった血糊を落としたり……。そうだ! 刀身を輝かせる『鍍金(メッキ)魔法』を使ったのかも知れないじゃないか!!」


 そう叫ぶクインだったが、突如としてその鎧が淡く黄色に光始めた。


「な、何だ!? う、うわあぁぁあ!!」


 突然の変化に驚いたクインは手足をバタバタと振り回したが、淡い光は止むこともなく輝いたままだ。

 危害を加えるようなものではないと理由を知っている俺からすれば、煮え湯を飲まされた相手の滑稽な姿を見るのは少し気分が良い。


 けど、よく考えればクインはいつもこんな姿を見せていたな。別に珍しいものでもないか。


「……もし『鍍金魔法』を使っているのなら淡く黄色に輝きます。……貴方のその鎧のようにね」


 シャルウィルがネタをばらすと、ようやくクインは落ち着いたようだった。


 即席だったが、今のはナイスだったな。あいつの反論を潰す足掛かりになった。まだ気が動転しているうちに、もう一つ追い討ちといこう。


「ついでに言えば、新作魔法の披露会の為に剣をきれいにした、なんて事はまずありえない」


「な、何でだよ!? 第二の班長だぞ!! 王の御前で礼剣を抜く事だって……」


「その剣をよく見てみろ。刃がボロボロに欠けてみっともない。まあこの剣が凶器で、あの犯行現場の凄まじい戦闘の跡を作り上げたのなら、致し方ない事なのかもしれないがな。……ところで、フィンレー。もしこの剣が持ち主の準備不足で、魔法の披露会に出席するとわかっていたのに、何の手入れもしないこの状態で王の御前に掲げられたとしたら、随分と礼節に欠いた行為だと思わないか?」


「……仮にそんな無礼な態度を取ろうものなら、即刻騎士団から除隊処分だ。班長を名乗る人間であれば、そういった無礼を働けばどうなるかもわかっていただろうな。……どうやら、この剣が凶器であることは間違いなさそうだ」


 クインはまだ何か言いたそうにしていたが、フィンレーの言葉に顔を真っ赤にして押し黙った。

 王を対象にするのであれば、直属の部下にあたるフィンレーを噛ませるのが一番説得力がある。まして、自分よりも身分が上になるわけだからな。こいつはもう何も言えないだろう。


「さて……。話を戻すが、この剣が凶器ならば、その犯人は持ち主であるダンカン班長か、生活を共にするその奥方か……。だが、ダンカン班長は既に死んでいるからな。残るは……」


 皆の視線がエリス夫人へと集まる。

 彼女は一度肩を震わせた以外は、相変わらずさめざめと泣いているようだ。まだ罪を認めようとは思えないらしい。


「待て。その帰結にはまだ早い。別の人間がその剣を奪い、二人を殺した後に戻した可能性もあるだろう。違うか?」


「そ、そうよ! それにあたしは言った筈よ!! エリスは騎士を殺せるような訓練なんて受けてないわ!! 現実的に考えて、無理よ!」


「……それに、鎧の事もありますな。私も彼女の腕力で、ケイトさんと鎧とを一緒に身体を断ち斬れるとは思えません」


 ここに来て、一斉に反論が出てきたな。


 だが、それも想定の範囲内だ。


「ああ、その辺りの疑問は当然だ。だけど……。言った筈だ。俺は『異端審問官の正体』も暴くと」


「ちょっとさっきも思ったんだが……。言い間違いかと思って聞き返さなかったけどよ。お前の言う犯人はエリス夫人なんだろ? 『異端審問官』は、エリス夫人と言いたいんじゃなかったのか?」


 不思議そうな顔をしてイヴァン班長は首を捻った。

 言葉だけ捉えれば、たしかに矛盾した事を言っているように聞こえるかもな。俺も気付いた時には、まずありえないと疑った。だが、これが真相なら全ての辻褄があう。


「エリス夫人には殺せないが、凶器はエリス夫人だと指し示している。……なら、凶器を使った人間は誰だと思う?」


「あ? そりゃ誰って……。真犯人、とか?」


 イヴァン班長の不思議そうにしていた顔が、さらに戸惑いを混ぜて困惑した様子だ。真犯人って事でもないんだがな。


「……もう一人、凶器を使える人間がいるだろう? 剣の腕も保証された使い手が」


 そう告げると、フィンレーは目を見開き声に出した。


「……ダンカン班長かっ!!」


「御名答っ……! ダンカン班長なら剣を自由に使えるし、鎧と一緒に身体を断ち斬る事も出来た筈だ」


「だ、だけどよ。ダンカンは殺されて……。いや、その言い分だと実は生きてんのか? あぁ、もうわからん!!」


 最早考える事を放棄して手を挙げたイヴァン班長を横目に、俺は懸念していた事を告げる。


「ずっと不思議だったんだがな。……何で犯人はわざわざ脅迫状を送ってきたり、犯行声明とも取れる手紙を残したりしていたんだろうな?」


「それは……。外部犯の仕業と見せかけたかったからでは?」


「そうだとしたら、わざわざ密室を作る必要がないだろ。死体の発見を遅らせる為なら、最初からケイト副班長の持っていた鍵を使えば良い」


「それじゃ……。何のために?」


 全員が一様に口を閉ざし、俺からの返答を待っている。俺は一つ大きく息を吸い込んだ。もう少しだ。


「もし『異端審問官』と名乗る犯人がいれば、その現場に『異端者のフォーク』が残っていてもおかしくない、と言うのがあるだろう。密室を作る上で、そんな道具が存在する必要性を作り上げるのに一役買った。それが脅迫状やらの役割の一つだ」


「ふむ。そう言われてみれば納得ですな。……ですが、一つ、と言うことはまだ他に理由があるのですかな?」


 ユルゲン医師は、こんな時でも柔らかい口調で尋ねてくる。きっと、他者を思いやれる良い医師なのだろう。


「ああ、この事件の要と言っても良いくらい肝心な役割だ」


「要……? 先程の『異端者のフォーク』を不審がらせない事よりも重要だと言うのか?」


「そうだ。事件はさっきも言った通り、ダンカン班長の死体、そしてケイト副班長の死体と言った順番で見つかった。ユルゲンさんの診立てでは、死亡推定時刻はほぼ変わらない、と言う事だったよな?」


「ええ。この診療録(カルテ)、いや死体検案書にも、しっかりその様に記録していますな」


 そう言ってユルゲン医師は死体検案書を手で叩く。大急ぎで書いていたが、どうやら記載は終わっているらしい。


「なら考えてみて欲しい。俺達は何故ダンカン班長が先に死んだと考えたのか……」


「何故って。そりゃ先に見つけたのがダンカンだったし……。犯行声明も……。あ!」


 ようやくイヴァン班長もわかったようだ。

 俺は最後まで言葉を待たず、ニヤリと笑って言い放った。


「そう。あの犯行声明があったからこそ、俺達はダンカン班長が先に死んでいたと考えさせられたんだ!」


「つまり……。実際はダンカンがケイトを殺して、その後に夫人に殺られたって事かっ!?」


「俺の推測通りならそうなるな」


「だがそれならエリス夫人が殺したとするには随分と穴がある。ダンカンがケイト副班長を殺したとするなら納得も出来ようが……。彼女が何故犯人扱いされるのだ?」


 フィンレーは、エリス夫人が犯人だと言う所にはまだ納得がいかないようだ。まあ彼女の証言を聞いていないからな。


「俺は捜査の過程でエリス夫人にも詰問を行った。ハンナ嬢、貴女も同じ場に居たから覚えているだろう? 彼女は、何故部屋を開けたのだと言っていた?」


 俺の質問に、ハンナ嬢は青ざめた顔で答えた。


「そ、それは……。ダンカンの部下を名乗る男が呼び出したって……」


「ああ、そうだったな。だがダンカンが犯人なら、そうする必要はないだろう。何せ自分の部屋でもあるんだからな。堂々と入って行けばいい話だ」


「つまり嘘をついていた訳か……。だが何故だ? 動機は?」


「それはカール副班長が教えてくれた。ダンカン班長とケイト副班長はどうも不倫してたらしい。愛憎の果てに……。ってところなんだろう」


 動機に証拠。

 これで自供でも始めてくれれば事件は解決なんだが、エリス夫人はまだ認めようとしていないようだ。相変わらず、両手で顔を覆ったまま一言も発しようともしない。ただ呻く音が聞こえてくるだけだ。


 仕方ない。最後の証拠を突き付けよう。


「……ダンカン班長の部屋は荒らされた形跡もなければ、取り立てて珍しい品が置いてあるわけでもない、ごく普通の部屋だった。まあ、風呂が付いているのには驚いたがな」


「急に何を……」


 言い出すの、とリオの出かける声を制して、俺は言葉を続ける。


「部屋には、密室に使われたと思しきロープやら紐やらの類いは見当たらなかった。彼女が犯人だとすれば、何処かに持っている筈だが……。そう大きな荷物を持って移動している姿も見かけていない」


「物置小屋にでも隠してるんじゃないか?」


「いや……。事件が発覚してから、彼女は物置小屋の建物の方へ向かう時間はなかった。ダンカン班長の死体が見つかるまでの間に物置小屋へ移動するのも、もし誰かに見られていたら後で矛盾する事を突っ込まれるからな。あの部屋には持っていっていない筈だ」


「では、何処にそんな紐があるのだ?」


「おそらく紐を『異端者のフォーク』に通したとしても、回収するときに紐がケイト副班長の身体には必ず触れている筈だ。……あれだけ無惨な死体の上を通れば、血塗れになるだろうな」


「そんな血塗れの紐なんて目立つもの、すぐ見つかると思いますがなぁ……」


「そのままならな。だがさっきの『清潔魔法』を使えば、一瞬で血痕を消すことが出来る」


 あ、と誰かが声を漏らしたのが聞こえた。


 要するに、この事件は『清潔魔法』を上手く悪用したものなのだ。だから、その悪用した場所を指摘すれば、おのずと真相が見えてくる。


 俺はシャルウィルに『解析魔術』を使うよう頼むと、皆が持ってきた品を彼女へと向けていった。


「ユルゲン医師の書いた死体検案書の内容は、事件の解明に大変参考になった。イヴァン班長夫妻の持ってきたチェスの駒は、頭の発想を切り替える良いヒントをくれた」


 当然だが、どちらも特に何の反応も示さない。


「リオのアクセサリーやクインの鎧には『鍍金魔法』が使われているな。ダンカン班長の剣に、その『鍍金魔法』が使われていない事を示す例になってくれた」


 リオの持つイミテーションだと言うアクセサリーは、クインの鎧と同じように淡く黄色に輝いている。


「カール副班長の持つ『異端審問官』の面とマントは、犯行時に使われたんだろうな。血痕を隠すために『清潔魔法』が使われたようだ。……そして、同じように『清潔魔法』が使われているのが……」


 エリス夫人が自作したという革の鞄をシャルウィルへと向けると、『異端審問官』の面やマントと同じく鈍い朱色の光を放ち始めた。


「この鞄……。革紐で編まれている物だが、伸ばせば相当な長さになるよな。少なくとも、あの現場の扉からケイト副班長まで、行って帰ってこれる位の長さには……」


「そ、それじゃ……」


「ダンカン班長を操って、最後に背後から刺せる人間は貴女しかいない。凶器だけじゃなく、密室を作った道具まで出てきたんだ。……そろそろ演技もやめて、話してくれないか?」


 そう告げると、エリス夫人はビタっと泣き止んで立ち上がった。


「……何故、嘘泣きだとわかったの?」


「簡単さ。本当に犯人じゃないなら、泣いて黙っている場合じゃない。必死に反論する筈だ。俺も、カール副班長もそうだった」


「……そう。貴方は、この一日で二人も冤罪で罰せられそうな人間を見たのだものね。欺くには、ちょっと私の経験不足だったかしら」


 エリス夫人はどことなく儚げに笑ってみせた。どうやら、認めてくれるようだ。


「そ、その言い方じゃやっぱり……」


「ええ。『異端審問官』は私。そこの騎士さんが言った通り、夫がケイトさんを殺して、その夫を私が殺したわ。……顛末はそれで良いでしょう? あまり多くの人間に家庭の事情をほじくられたくないもの。フィンレーさん、私を逮捕するのでしたら、どうぞ」


 先程までと違い、あまりにもあっさりとしたその態度に面食らってしまう。

 どうやらフィンレーも同じだったようで、動き出すのに少し時間がかかっていた。

 ようやく動き始めた時、彼は疑問をそのまま口にした。


「……ああ。だが随分と素直に捕まるのだな」


「ええ。だって私の目的は達していますもの。夫も、あの女も殺せましたから、悔いはありませんわ」


 そう薄ら笑いを浮かべた彼女を、フィンレーは拘束し何処かへと連れていった。



「……これで解決ですね」


 いつの間にか横に立っていたシャルウィルから声をかけられた。


「そう、だな……」


 最後のエリス夫人の笑みのせいで、どことなく後味の悪さを感じるが、事件は解決した。

 俺も無罪放免。それで今は良いだろう。


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